#13 俺は怪現象の正体を見破ったらしい
ところ変わって廃病院四階。三階より上は病室で、同じような構造の部屋がズラリと並んでいた。
「うぅ……ぐすっ……」
「いつまで泣いてんだよ、彩里は」
「し、仕方ないじゃないのよぉ……怖いものは怖いもの…」
「って言ってもなぁ……」
そう呟いた瞬間、真横に位置する病室の扉が勢いよく開き、地響きのような唸り声を出す徘徊死体が出現する……が。
「うぅ……ぐすん」
「……見えねぇよ、全然」
見向きもしない、確認もしない、認識すらせずに、彩里はそのゾンビを燃やし尽くした。
「だってぇぇぇぇぇぇ!!!死体は燃えるじゃないのよぉぉぉぉぉぉぉ!!もしも実態の無い幽霊が出たら……!」
「…彩里は幽霊って、いると思うか?」
「いるわけないじゃ無い!!!!!変な事聞かないでよ!!!!!!!!」
「でもゾンビとかは信じてるんだ?」
「いるとか、いないとかじゃなくて……いたとしたら、こんな感じかな、とか。燃やしやすいかな、とか…でも幽霊は絶対無理!信じない!!科学の時代に質量の無い思念体とか、スピリチュアルな事、あるはずないもの!!!」
「そうか……」
それに、と彩里言葉を付け足して。
「アンタは、アタシを殺すつもりなんて無いんでしょ」
それまで困ったような笑みを浮かべていた大吾は、ほんの一瞬だけ固まると、ポリポリと頭をかいた。
「……それは、どういう意味だ?」
「まさか気が付いてないとでも思った?亮太は鈍感だから、気付いて無いかもだけど…アタシ達三人がどれだけ長い付き合いか、知らないわけでも無いでしょ」
それは、言葉にしなくてもわかる事だった。ただその事を口に出せば、口封じされる可能性を否定できない。だからこそ、彩里は確信を持ちつつも話さなかった。
「……まぁ、アタシは亮太を信じてるから」
「……」
大吾は……否、大吾の姿をしたそいつは。否定も肯定もせずに、薄ら笑いを浮かべているだけだった。
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「おかしい」
「おかしいデスね」
もう何段降りただろうか。明らかに、建物の構造を無視している。そもそもの話、上での一戦から遊んでいる節があった。あの、よくわからない女型の敵が相手の能力である以上、ここまでの空間改変能力はあり得ない。
「…まさか、敵は複数なのか?しかし手口と趣向は完全に同一人物の気配がする……」
「わかったデス!きっと相手はシノビ……ゲンジュツを使っているのデース!!」
「一人で複数の能力を使える……いや、そんな能力者が何人もいるとは思えないし…」
「ムシデスか!?」
当たり前だ。漫画やアニメじゃ無いんだ、印を結んで幻術をかけたり、一子相伝の秘術なんてあるわけない。見ただけで相手を模倣する目?あってたまるか、そんな能力。
「ムムゥ……とってもイイ考えだと思ったデスが…上でもそう思ったからショーシツしたと…」
「待てリサ、今なんて言った?」
「エッ!ニンジュツなのデース!!!」
「違う、その後だ。あの女型の敵が、なんだって?」
「エート、あの時は『ユーレイみたいで突然消えたりするデスかね』って思ったら消えたデス」
「…………もしかしたら本当に、俺たちは幻術の中にいるのかもしれない」
「本当デスか!?ニンジュツ!シノビ!!胸が高鳴るデース!!!」
うん、まぁ忍術では無いけれども。少なくともそれに近い能力だと考えた方が良さそうだ。
「よく思い出してくれリサ。あの時、どんな事を考えながら戦っていた?」
「突然消えるかもって考えてたデスよ?」
「本当にそれだけか?他には」
「か、顔が近いデスよ…リョータ……」
詰め寄って問いかけるも、リサはウンウンと唸っているだけで思いつかない様子だった。俺の予想では、相手の能力は『想像の産物を出現させる』能力だ。だが、発動条件はそれだけでは無いはず。もしも、条件がその一つだけだとするならば……今俺の目の前に、階段が現れる事は無い。
「わ、わからないデース!!とにかく離れるデスよ!!!」
「そうか、わからないか……」
となると、気付かないうちに条件を満たしたという事になる。ならば逆はどうだろうか。突然消えた理由ではなく、突然現れた理由。
「……リサ、どうしてあの女型は突然現れたと思う?」
「ウーン……それもわからないデス…あっ!」
リサは思い出したかのようにポケットへ手を入れると、中から小さな白い布切れを取り出した。
「それは?」
「関係あるかわからないデスけど、階段の手すりに貼りつけてあったデス」
「……」
想像の具現化、貼りつけてあった白い布、突然現れて突然消えた女型の敵……その全部が、たった一人の、たった一つの能力だとするならば。
「なにかわかったデス?」
「…試してみる価値はある。さしあたって……そうだな」
亮太はリサの手を握り、えっ!と困惑するリサを壁に押し付け抱きしめる。
「目を閉じるんだ、リサ」
「リョータ……イロリに悪いデスよ…」
「彩里?あいつは関係ないだろ」
「ホンキ……デスか?」
「嘘をついているように見えるか?」
「わかった、デス……リサも、覚悟を決めたデス!さぁ来るデス!!ブチューッと!!」
「……お前は何を言っているんだ?」
「………デス?」
まったく、また余計な事を考えていたな?これは後でお灸を据えてやらないと。
「いいか、よく聞け。俺たちは今から、地下の部屋を…うん、あえて言葉で表現するなら、そうだな……『観測』する」
「……言ってる意味がわからないデス」
「俺たちは今階段にいる。そして階段を『観測』しているんだ。だから今から『観測』をやめる」
「???????」
頭に大量のハテナを浮かべたリサは、いまいち理解ができないと見えた。まぁ俺も確信を持って話しているわけではないから、理解しろと言う方が無理難題な気もするけれど。
「とにかく、今は頭を空っぽにして、俺の指示通りにしてくれ」
「No sinkingは得意デス!」
「じゃあ目をつぶって…そう。周りの情報を一度忘れて。感じるのは俺の存在だけでいい……ゆっくり、足の感覚だけで階段を降りるんだ」
「…考えない、考えない、No sinking……」
考えるなと言うのには無理があるだろうと思いつつも、リサは必死で階段を降りる。
意外と細身デスけど鍛えてるんデスね。あっヤバイデス。心拍数上がってきたデス。これだけ近ければ聞こえてるんじゃ無いデスかね。イロリの気持ちがちょっと分かった気がするデス。そもそもリョータはイロリの気持ちに気付いてるデス?ウン、無いデス。あるはず無いデス。リサも、リョータ以上にドンカンな人は…見た事あるデスが。マチガイ無く、ジョーイランクに入るデス。
「マダデス!?!?そろそろ限界デス!!とっくに階段は無くなっているデス!」
「いいタイミングだ。もう目を開けてもいいぞ」
ゆるゆるとリサが目を開ければ、そこには階段など無く。いったいいつ、そこに辿り着いたのか謎ではあるけれど。
「なん…デスか、これは……」
それはまるで、古い遺跡のような。そして近代的な実験器具が所狭しと並べ立てられ。しかしその異様な光景よりも目を引くのが、おびただしいほど天井から吊るされた『白骨死体』だった。その骸は成人した大人から子どもまで多岐に渡り、そして何故か、大人の白骨死体には白衣が着せられている。
「…リョータ、ここは……」
「……さぁな。けど、退路を断たれた今となっては、先に進むしか無いぞ」
「…わかった、デス……でもその前に一つだけ…手を繋いでもいいデス……?」
「あぁ…」
リサの繋いだその手は、わずかに、けれども確かに、震えていた。
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奥に進めば進むほど、吊るされた白骨死体は数を減らしていく。その影響もあってか、逆に実験器具や古い遺跡のような造りが目立ち始めてきた。
…否、最初の頃よりも、実験器具はより大型になりつつある。
「ここが行き止まりらしいな」
「…シンワに出てくる壁みたいデス……」
暗くて良く見えないが、とても大きな岩扉が、そこにはあった。どう考えても怪しさ満点なのだが、戻れない以上進むしか道はない。
「デモ、どうやって開けるデス?人力で開けられるとは思えないデス」
「…鍵でもあるのか、はたして能力を使うのか……ふむ」
調べようと亮太が触れた瞬間、岩扉は青白く光り始め、刻まれた模様に光が走る。
「こ、これは…すごいデスね」
「…わけがわからない」
刻まれていたのは模様ではなく、この遺跡に祀られているであろう神様の肖像画だった。だが、その顔は何故か…俺と瓜二つに描かれている。
「リョータ、いつGODになったデス?」
「なった覚えも無いし、なる予定も無い」
そもそも神様なんてのは、科学終期以前より創作物の中だけに存在している様なおとぎ話だぞ。祀られる理由なんて、これっぽっちもあるものか。
「oh……」
「…頭痛くなってきた」
壁画だけならまだ良かった。どうして扉の先に、俺の顔をした石像が何体も並んでいるんだ…。ここは京都の三十三間堂じゃあ無いんだぞ…?
「アッ!よく見るデス!」
「俺は今現実から目を背けたい…」
「そうじゃないデース!アソコに誰かいるデスよ!」
誰か?誰か、だって?こんな最下層にいるのは、誰かなんかじゃない…今の俺たちにとっての『敵』だ。
「やぁ、遅かったね……君ならもっと早くたどり着くと思っていたんだけど…難しかったかな?」
「…気を付けるデス。アイツ、とっても強いデス」
「…だろうな」
そいつは後ろを向いたまま話しかけてきているが……全く隙が無い。敵意などこれっぽっちも感じないのに、心臓を撫でられるような感覚がする。まるで…幽霊のような。
「お前、俺の事を知ってるようだが…何者だ?」
「何者とはご挨拶じゃあ無いか…僕は君の家族だよ……的確な表現をするなら…僕は君の弟という事になるね、お兄ちゃん」
「リョータ、弟なんていたデス?」
「ふざけるなよ。俺にお前みたいな弟はいない」
そうだとも。俺に兄弟はいない。親も…いない。育ての親は隊長……つまりは彩里の父だ。俺の出自については今度語るとするが…どのみち、あんなにデカイ弟は知らない。
「もう一度聞くぞ。お前、何者だ」
「本当に心当たり無いの、お兄ちゃん…?」
「お兄ちゃんと呼ぶな。鳥肌が立つ」
「はぁ、悲しいなぁ…あ、そうだ。これなら分かるかな……検体番号217501番」
「何言ってるデスか?よくわからないデス。マジメに答えるデスよ」
「……嘘、だろ」
「…リョータ?」
嘘だ。そんなハズは無い。だってあの事件の生き残りは俺だけなんだぞ。俺だけのハズなんだぞ。そんな、そんな事……あるものか。あり得てなるものか。
「ありえないよ、たしかに。なにしろ僕は一度死んだからね。でも…僕は生き返った。君と同じさ……」
「…黙れ」
「別に殺された事を恨んで無いさ。むしろ感謝してる。こうやってお兄ちゃんを神格化するくらいには」
「黙れッ!」
「でもね、だからこそ許せないんだ。あれだけの事をしておいて、自分だけのうのうと幸せな日々を送っている事に。お兄ちゃんはこちら側の人間だろう?」
「それ以上喋るんじゃあ無いッ!今すぐその口を閉じろと言っているのがわからねーのかテメーはよォ!!!!」
貯め持っている速度の残量など無視した移動で近づくと、亮太はソイツに触れて…。
「…っ!?」
「残念」
何かに弾かれるように、亮太は盛大に吹き飛ばされる。なんとか空中でバランスを取り、着地だけは見事にやり遂げたが。
「リョータ!?」
「惜しかったね、お兄ちゃん。もうちょっと速ければ当たったかもしれないけど」
「なん、だ…その能力は…ッ」
「二人ともワケが分からないデス!!いったい何の話デスか!!!何が起こってるデスか!!!!そもそも『Who is this』デスよ!!!!!!!」
「これはこれは、名乗り遅れて申し訳無かったね」
仰々しく執事のようなお辞儀をしながら、ソイツは名乗る。
「僕は『チルドレンズ』の死に残り。あえて付け足すならば……『井堂 霊琥』だよ」
ご愛読ありがとうございます。
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