お城へ
「それで、何の用だい?」
シエルが不思議がっている私に近づいてきて顔を覗き込むと尋ねた。こうして上から顔を覗き込まれると、思わず前世の記憶を思い出す。大魔法使いは私の腰を抱いて顔を覗き込むと...。
「リリアナ?」
私ははっとして過去の記憶から呼び戻された。
危ない危ない、思わず昔のように抱き締められるのを待ってしまうところだった。
慌てて少し離れると、用件を告げる。
「ええ、王妃様にお手紙をお願いしたいと思いまして。」
「ああ、お安い御用だよ。」
ちょっとわざとらしく一歩後ろに離れた私に不満そうな顔をしたが、それ以上は何も言わず、シエルが空中から何かを捕まえるように手を振ると一羽の白い綺麗な鳥が何もなかったところに出現した。
私がその鳥に細い筒状に巻いた手紙を差し出すと、鳥はくちばしでそれをくわえてシエルが開けた窓から飛び立っていった。
いつも、わたしが手紙を誰かに届けたい時はこうやって魔法の鳥を使って届けてくれる。
「明日、王妃様から了解のお返事があれば私もお城へ行きたいのですが。」
つまり、お城に仕事で登城するシエルに、一緒に馬車に乗せていって欲しいと頼む。
「また、王妃のサロンかい?」
シエルが嫌そうに答える。
きっと、あれこれ言われるので王妃様のサロンに近付くのも嫌なのだろう。
でも、私の貴重な社交の場、お子様達にも会いたいしこれは譲れない。
「はい、社交界デビューの件について最後の打ち合わせです。」
本当はもちろんお父様の再婚についても話してくるつもり。
「あの何とかっていうデザイナーに頼んだんだろ?あとは、私がきちんとエスコートするし大丈夫じゃないか?」
「まあ、でもお父様も私も社交界や流行については疎いですし、社交の場で恥をかかないためにもやはり王妃様の助言は大事かと思いますわ。」
ズケズケと言えるのは娘の特権だと思う。
前世では年の離れた夫にこんなに遠慮なく物を言うことは出来なかった。
社交に疎いというところに反論できなかったのか、シエルはそれ以上は黙ってしまった。
翌朝、王妃様からぜひサロンに来るようにとのお返事を頂いて、予定通り毎日お城からシエルを迎えに来る馬車に乗せてもらい一緒に王宮へ向かうことになった。
「リリアナ。」
シエルに呼ばれて馬車に近づくと手を差し出され馬車に乗るのを手伝ってくれる。
その仕草も様になっていて、きっと世のお嬢様方が見たら真っ赤になるのだろうか、などと、思っていたら何故かお腹の辺りがむかむかして来る。朝食を少し食べすぎたかもしれない。我が家の料理長は私が幼い頃からいるから、私を甘やかして好きなものを出してくれる。ついつい食べ過ぎてしまうのだ。
シエルにそのまま腰を抱かれて隣に座らせられる。
おや?と思うと馬車の向かいの席は既に埋まっていた。
「おはよう、リリアナ!」
「あら、リカルド!あなただったの。」
向かいに座っていたのは、明るい茶色の柔らかそうな髪をした笑顔が爽やかな青年だ。
大魔法使いシエルの部下で、王宮の魔法省に所属しているリカルドだ。
リカルドはモンターニュ公爵家の三男で私よりは少し年上。
まだ、若いけど16の時からシエルの元で働いている。
つまり、それだけ将来有望だと言うことだ。
「すいませんね。お忙しい大魔法使い様を捕まえる時間は移動中くらいなもので。」
リカルドは全くすまなくなさそうに私に向かってニッコリと笑いかける。
お父様の部下ではあるけど、いつも親しげに声を掛けてくれる数少ない知り合いだ。
「まあ、大変ね。王宮に出勤してから、こちらまでわざわざお父様を迎えに来たの?」
「まあ、そうですね。でも、リリアナが一緒だなんてわざわざ来た甲斐があったね。」
リカルドはいつも笑顔で人当たりも良いし、こんな社交辞令もさらっと言えてしまう。
まだ、若いのに感心してしまう。
シエルなんて、何年生きているのか分からなくらいなのに、社交辞令とは一番遠いところに居る気がする。それとも、長生きしすぎて偏屈になってしまったのかしら?
「リカルド、いつも貴方の社交性には感心してしまうわ。」
私は常々思っていたことを口にした。
「それは、どういう意味かな?」
「人が喜ぶ話術にとても長けているということよ?素晴らしい才能だと思うわ!」
「はははっ!リリアナはいつも面白いことを言うね。もちろん僕は話術なんかじゃなくて、君に対してはいつも本音を言っているだけだよ。ところで、社交デビューのエスコートはもう決まった?僕が立候補してもいいかな?」
何というか、こうも滑らかに自分の都合の良いように話を持っていけるリカルドのこれはやはり才能だと思う。
私が感心しきりで聞いていると、まだ私の腰を抱いたまま座っていたシエルが冷気をまとった声でリカルドを呼んだ。
「リカルド?リリアナのエスコートはもちろん私だ。」
一瞬でへらへら、いやニコニコしていたリカルドの顔が仕事モードに切り替わる。
う~ん、この切り替えの早さもシエルの部下として上手くやっていけている主な理由かもしれない。
シエルは気に入らない部下は全く相手にしない。というか、ほとんどの人間を相手にしない。
だから、リカルドはシエルに気に入られている、かなり貴重な人材と言っても差し支えない。
「もちろんそうでしょうとも!分かってはいましたよ?」
「それで、朝から何の用だ?」
まだ、ひやりとした口調でシエルが話を促した。
「はい、ミルディア神殿の祭司からですが。」
リカルドがチラッと私の方を見る。
あっ、私が聞いてはいけないような話なのかもしれないとは思ったが動いている狭い馬車の中、どうしようもない。困って、隣のシエルを伺う。
「かまわない、リリアナは私の娘だ。外で話して良いことと悪いことの区別はついている。」
珍しく、娘と言うことを強調して私を信用していると口にしてくれたことは素直に嬉しくて顔が緩む。
一瞬、リカルドが呆れた顔をしたような気もしたけど直ぐに仕事モードの真面目な顔で話し出したので気のせいと思うことにした。




