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旅の始まり~田園風景にて~

王都を出て少し走ればのどかな田園風景が広がってくる。乳母が嫁いだ村のような果樹園や、私にはよく分からない農作物が整然と植えられた畑が馬車の通る一本道の両側に整然と広がっている様子は美しかった。すれ違う馬車や人もほとんどなく、畑で農作業をしている人々が遠くに小さく見えるのみだ。


「ねえ、あれは?何かしら?」


「あれは、バンジュの畑だな。」


植えている農作物が違えば色合いも変わる。それが私には物珍しくて隣に座るシエルにいちいち聞いてしまう。シエルはそれに対して面倒がらずにひとつひとつ答えてくれていた。


しかも、私が聞く質問に全て淀みなく答えてくれる。

何十回目かの質問に答えてもらった後、思わず隣で馬車を操るシエルの整い過ぎた横顔を思わずまじまじと眺めた。


「どうした?」


その視線にシエルが不思議そうに聞いてくる。


「シエルは本当に何でも知っているのね。」


もちろん、とっても知識が豊富なことは知ってはいたけれど。こう、何でもスラスラ答えてもらうと本当に知らないことは無いのではと思えて来る。


「まあ、長く生きているからな。」


「でも、長く生きているだけでは田畑に植わっている農作物や、花や木の名前まで全部答えられないでしょう?」


やはり、魔法使いたるもの色々な知識があるものなのかしら?


「以前はずっと旅をしていたからな。王都から出たことがない人間よりは色々な物を見聞きしている。」


「そうなの?」


前世に森の奥の屋敷で暮らしていた時、シエルは時々ひとりで出掛けることはあった。でも、それほど長く屋敷を離れることは無かったと思う。今も王宮勤めでいつも忙しそうで、旅なんて無縁だと思っていたので少し驚く。


「ああ。リリアナと出会う前はあまり一所に長居することはなかったな。アムズベルフの国王が代替わりをすれば挨拶のために王都へ顔を出すようにはしていたが。」


それって、かなり長いスパンですよね。

でも、それなら旅が好きなのかしら?今回の旅はシエルにとっては短くて旅とは言えないのかもしれない。


「じゃあ、もっと長い旅に出たい?」


もしかして、一ヶ所にとどまる生活はそんなに苦痛なのかしら?確か以前、私の為に王都で大人しく仕事に就いていると言っていたけれど。でも、シエルの答えは全く違ったものだった。


「いや?別に旅が好きだった訳ではない。たしかに以前は仕事で呼ばれれば様々な国に行っていたし、その国にとどまって欲しいと言われることもあったが、長く居れば居ただけ、色々と政治的なものに巻き込まれることもあるからな。それが煩わしくて、特に長くいたい場所がなかったからと言うだけだ。」


「本当に?あの、時々ならひとりで旅に行っても構わないけど....。」


「ひとりで?なぜ?」


あれ?間違えた?


「えっと、じゃあ少しなら私も付き合うけれど。」


でもせっかく王都にお友達もできたし、もちろん今回の旅はとっても楽しみにしていたけど、あまり長期間なのはちょっと。


「いや、だから私は旅が好きな訳ではない。リリアナが側に居れば別にどこでも構わない。」


真顔でそう言われて思わず顔がぼっと熱くなる。おかしい。そんな話をしていたつもりではなかったのだけれど。


話が変な方に進んでしまい、そう言えばシエルと二人っきりだとか、狭い御者台の上に並んで揺られているためずっと体が密着していたこととか、シエルの服装がいつもと違いかなり質素な役人風な装いだけど何を着ても似合っているとか、改めて色々な事が押し寄せてきた。思わず狭い御者台の上で慌ててシエルから少しでも離れようとして体勢を崩す。


「リリアナ!」


危なくシエルに片腕で抱き止められて事なきを得た。


「ご、ごめんなさい...。」


恥ずかしいやらすまないやらでそのまま硬直してしまう。

シエルは器用に片手で手綱を操ると馬車を止めた。


「大丈夫か?」


「は、はい。」


私のぎこちない返事を聞いて、明らかにほっとした様子のシエルに両腕でそっと抱き締められる。


「出発も朝早かったからな、疲れたか。後ろの荷台で少し休むか?」


特に疲れていたわけではなかったけれど、自分のせいで馬車から転げ落ちそうなった居たたまれなさから大人しくシエルの申し出に従うことにした。


荷台の荷物の間に、旅慣れない私が横になれる程度の隙間が作られていた。予定ではこの場所は王都で待つ我が家の家人や友人たちへのお土産が積み上げられることになっていた。今は柔らかな毛布が敷かれているその場所にそっと横になるとシエルが静かに馬車を出発させた。


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