訪問者
「それよりお嬢様、もうすぐお嬢様も社交界デビューですけど、準備は大丈夫ですか?新しいメイドたちはきちんと段取りを分かってます?」
この国の男女は通常16歳で社交界デビュー、つまり大人の仲間入りを果たす。
貴族の子弟、子女は16歳になると、王宮での舞踏会に出席して皆の前で国王夫妻に挨拶をする。
そこで初めて社交界デビューとなり結婚することも許される。とは言っても、近頃は16歳で結婚するなんて貴族の娘でも聞かないけれど。
ちなみに、貴族以外でも例えば町の名士の邸宅であったり、田舎の方では広場であったりと子供たちが大人の仲間入りをする似たようなイベントはあるらしい。
「大丈夫よ。王妃様が寄こしてくださったデザイナーと意気投合して、私を飾り立てようとしてくれているわ。」
実際、明日も社交界デビュー用のドレスの最終補正だそうで、髪型も一緒に決めていただきたいと言われていた。
「まあ、王妃様がデザイナーをご紹介くださったのですか?」
「ええ、最近王妃様のお気に入りの、ええっと、マダムローズモンドという...。」
「マダムローズモンド?!」
私の声は乳母の叫びにかき消された。
「ええ...。知っているの?」驚いた...。
「当たり前です!今、王都で一番予約が取れないデザイナーではないですかっ!」
そうなのね...。いつも、身の回りのあれこれは乳母に任せっきりだったので、実は流行にはあまり詳しくない。
母親がいればまた違ったのかもしれないけど、家族は私が何を着ても褒めたたえる大魔法使いのみ。
しかも極度の社交嫌いで仕事以外はほぼ引きこもり。その娘である私も年頃のお友達がいる訳でもなく、屋敷と王妃様のサロン程度しか行動範囲はない。
私の流行の情報源は王妃様と乳母ぐらいだ。
あ、でも今日みたいに乳母の嫁ぎ先に遊びに来るようになったから、少し行動範囲が広がったかも。
ダンスや乗馬など体を動かすのは好きなんだけど。
「さすがは王妃様!お嬢様のことをよく考えてくださっていますわ。」
確かに、王妃様には感謝している。女親がいない私にとっては母親代わりに色々と気に掛けてくださっていている。もっとも王妃様もまだ30代前半で、私のような大きな子供がいるような歳ではないから母親というよりは年の離れたお姉様といった感じだろうか。
「ああ、お嬢様の晴れ姿を見ることができなくて残念です。きっと素晴らしく可愛らしいお姿でしょうに!」
「そうかしら?いつもよりちょっとドレスが華やかになるだけで、中身が変わるわけじゃないし。」
「お嬢様!」
「はいっ?!」育ててもらった乳母に頭が上がらないわたしは思わず条件反射で返事をしてしまう。
「お嬢様はもっとご自分の容姿について自覚した方がよろしいかと思いますよ?その見事な金髪にバラ色のお肌、エメラルドグリーンの大きな目、まるでお人形のようなお顔と華奢な体型なのにしっかり胸元はあって、絶対社交界デビューされたら殿方から結婚の申し込みが殺到するに違いないです!」
う、う~ん、そんなに自分の容姿について熱く身内に語られても...。
だいたい、ずっとこの見た目で前世も生きたのにそんなにもてた覚えはないけど...。
それとも前世は黒髪だったけど、今は金髪になったから印象が違うのかしら。もっとも、前世は大魔法使いに求婚されてすぐに結婚、社交界にもほとんど顔を出していないから、まずそんな経験はないのは当たり前かもしれない。だいたい、隣に世のどんな女性よりも麗しい美貌の大魔法使いがいるのだから自分の容姿についてあまり自信がないのも仕方がない。
「まあ、もっとも結婚の申し込みを受けても、旦那様が全部はね返しそうですが...。」
確かにやりかねない、今回の社交界デビューも結局お父様にエスコートしてもらうのだから。
絶対、あの絶世の美貌で周りに対して冷徹に対応しそう。
ああ、このままだと前世と同じシエルに束縛されて箱入り娘のまま人生が終わってしまうかも。
私は、改めてお父様にはどなたかと結婚してもらい、自由を勝ち取ろうと決意した。自宅に帰った私は早速明日王妃様のサロンに伺いたいとの手紙をシエルにお願いして王宮の王妃様の下まで届けてもらおうと、シエルの書斎に向かった。
廊下に面した書斎の扉をノックしようとすると部屋の中から話し声が聞こえてきて思わず手を止める。
お客様かしら?誰も来客中だとは言っていなかったけど...。
「...当然、結婚を申し込むつもりだ!」
結婚というシエルの言葉に思わず聞き耳を立てる。
お父様が誰かに結婚を申し込む?
じゃあ、王妃様に誰かを紹介してもらう必要はないかしら?でも、一体どなたに?
私が再婚の話を振るといつも嫌そうな顔をしていたのにいつの間に?
「だが、まだ...が...。」
今度は誰か分からないがお客様らしき人の声が聞こえた。聞き覚えのない、ちょっと低めの良く通る男性の声だけど、何を言っているかまでは聞こえない。
う~ん、どうしよう。
ここで聞き耳を立てていてもあまり内容までは聞こえないし、お手紙を頼むだけだからノックしても大丈夫だろうか?
中からボソボソと話す声は聞こえたが、急いで王妃様への手紙をお願いしたかったので、仕方なくノックすると中の話し声がピタッと止まった。
「お話中申し訳ございません。リリアナです。」
「...。ああ、リリアナか。どうぞ。」
少し間があってシエルの返事があり扉が自動で開いた。
「失礼します。お客様がいらっしゃるのに申し訳ございません。」
入口で一度スカートをつまみ頭を下げる淑女の礼を取る。
「いいや客などいないが?」
シエルの返事に驚いて思わず顔をあげて部屋を見渡した。確かに部屋には窓辺にちょこんと座っている猫のマティ以外誰の姿もなかった。
「え?でもお話される声が...?」
「私の独り言かな?」
独り言?シエルとは違う声が聞こえた気がしたけど?
「にゃ~。」マティが窓枠から飛び降りると、廊下に面した重厚な扉を器用に開けて外に出て行った。




