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お似合いの二人


「大丈夫だと思いますよ。」


その日の午後、私の部屋へお茶を持って来てくれたパトリックにアデリーナ様の様子を聞くと、意外なほど軽い答えが返ってきた。


「本当に?」


「ええ、確かに精霊祭の直後はショックを受けていましたが。ご主人様が恐いというより自分勝手に想像していた本の中の魔法使いと違ったからといったところも大きいと思いますよ。むしろ、ご主人様が怒って稲妻を落とした理由を聞いて感動していました。」


「感動?」


なぜ?だいたい稲妻を落とした理由って何のことだろう?


「はい、大切なリリアナ様が襲われたことに対して激怒されてとのこと。大魔法使い様のリリアナ様への愛に感動しておりました。」


え?!え?!パトリック?!冷静な顔して、しらっと何を恥ずかしい事を言っているのかしら?!


う~ん、まあ、今のくだりは置いておいて。アデリーナ様をよく分かっているパトリックが大丈夫だと言うならそうなのかもしれない。それなら、王妃様主催の夜会にシエルと一緒に出席してもいいかしら?




その催しは王妃様が定期的に開催する夜会の一つで、私が社交デビューした時のものよりは規模が小さい。とは言っても王宮で開かれるのだから、一般貴族の屋敷で開かれるものと比べれば格段に大勢の人達が集まっているのに違い無い。


以前ご本人から聞いたことがあるけど、王妃様はこの催しの内容や招待客を毎回自分で決めているらしい。自分の小さなお茶会の招待客やテーマをパトリックやマリー達に任せてしまった私からすると、尊敬の一言だ。



   ◇



「リリアナ?何をキョロキョロしている?」


馬車を降りた時からパトリックとアデリーナ様は何処かしらと探していた私に、隣に立つシエルが不思議そうに声を掛ける。


「パトリックとアデリーナ様よ。婚約されてから初めての公の場でしょう?」


パトリックは今日の夜会でアデリーナ様をエスコートするため、昼過ぎからお休みを取って侯爵家に行っていた。アデリーナ様にもきちんとご挨拶したいし、我が家で働いている時とはまた違ったパトリックを社交の場で見るのも初めてなのでちょっと興味がある。


「それなら、私たちも婚約してから初めての公の場ではないのか?」


シエルが不機嫌な顔をして言う。まあ、他人から見たらいつもの無表情なのかもしれないけと。


「...。確かにそうね。」忘れていたわ。


どおりでさっきから周りから見られている気がした。麗しの大魔法使い様が注目を浴びているのだろうとしか思っていなかったけど。それだけではなくてその大魔法使い様が婚約をしたというのもあって注目されていたのね。


シエルが私の隣で大袈裟に溜息を着く。


「そんなに、呆れた態度を取らなくても良いじゃない。2度目なんだから今更でしょう?」


シエルにだけ聞こえるようにこそこそと話す。


「呆れたわけではない。ただ、私は何度目でもリリアナが自分の物だと周りに知らしめるのは嬉しいと思っていただけだ。特にリリアナを狙っていた男どもに対してはなおさらだ。」


そう言うと、シエルは周りを見回すと誰にともなく威嚇するような冷たい視線を送った。遠巻きにシエルを見ていた周囲の人達が一歩後ずさったのは気のせいではないと思う。


全く何を言っているのだか、私を狙うって。知り合いもほとんど居ない私に?

シエルに憧れていたお嬢様方の溜息ならあちこちから聞こえてきそうだけれど。お嬢様方だけでもはなくご婦人方もかしらね。


「あっ!いらっしゃったわ。」


人混みの中、私がアデリーナ様を見つけたのとほぼ同時に、アデリーナ様もこちらを見つけて微笑むとわたしとシエルの方へと向かって来た。


そして、一瞬誰かわからなかったけど、アデリーナ様の隣にいたのは当然パトリックだった。華やかなフリルの付いたシャツに凝った刺繍の施された白い上着を着ている。仕事の時に掛けている眼鏡が無いためか、若々しい貴族の子息といった様子だ。いや、実際まだ20代前半のはずだから今の方が実年齢に近いといえるのかも。一瞬、誰かと思ってしまった。


隣に寄り添ったアデリーナ様は柔らかいシフォン地をふんわり膨らませた淡い桃色のドレスを着ていた。以前は大人びた感じの華やかなドレスを着ている印象だったけど、今日のようなドレスも年齢に合っていてとても可愛らしかった。


良かった。少なくとも逃げられなくて。


「大魔法使い様、リリアナ様。この度は父も私も色々とご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。」


目の前まで来るとアデリーナ様とパトリックも一緒に頭を下げる。


「そんな、こちらこそ怖がらせてしまって...。」とわたしがフォローしているのに怖がらせた当人であるシエルは無言で突っ立ったままだ。


でも目の前のアデリーナ様はそんなことは全く気にしていない様子で、パトリックの腕にしっかりと手を回し寄り添っている様は何と言うか。愛情が駄々洩れていると言うか仲の良い婚約者にしか見えない。

パトリックの方がアデリーナ様の事をずっと好きだったと聞いていたけど?どちらかというとアデリーナ様の方がパトリックにうっとりという感じ...?


「あの、お二人ともとても仲良さそうで...何よりです。」


思わず何と言っていいのかいいあぐねる。

聞きようによっては嫌みに聞こえないかしらと心配になったが、全く問題なかったようだ。

アデリーナ様はウフフと可愛く笑うと言った。


「はい、今日初めてパトリックと公の場に出たのですが知り合いのご令嬢にとっても羨ましがられました。」


「アデリーナ!お二人にわざわざ言うことではないだろう?」


パトリックがアデリーナ様に窘めるように言って、私とシエルに頭を下げる。


「申し訳ございません。彼女は婚約したのを友人たちに初めて言えたので舞い上がっているんです。実際のところ貧乏貴族の自分と婚約したなんて自慢できることではないと思うのですが...。」


「まあ、そんなこと誰にも言わせないわ!だいたい、この婚約を一番喜んでいるのは侯爵である私のお父様なのだから、誰も文句は無いと思うわ!」


ええっ?私は何を見せられているのかしら?これは、これは惚気?惚気なの?


「ええっと、お幸せそうで何よりです。」相変わらずシエルは無言なので私が仕方なく相槌を打つ。


「はい、ありがとうございます。リリアナ様と大魔法使い様もご婚約おめでとうございます。」


アデリーナ様は無邪気にニッコリと笑うと知り合いを見つけたようで、それではまたと言ってパトリックを引っ張って行ってしまった。残された私は唖然と見送るしかなかった。


  ◇


「だから、心配はいらないと言ったじゃないか。」


シエルはそう言って私の腰を引き寄せると音楽に合わせてクルリと回った。


「そんなこと言ったかしら?」


私もシエルに合わせてステップを踏みながら答える。シエルの方が頭ひとつ高いので、必然的に下から睨みつけるような格好になってしまうのは仕方がないだろう。


「リリアナはまだ社交デビューしたばかりで世の中が分からないだろうが、昔と違って今は爵位よりも実務を重んじる傾向にあるから。侯爵から優秀だとお墨付きをもらっているパトリックは羨ましがられる相手なんだ。見目も良いから女性受けは抜群だろうしね。」


まあ!まるで人を世間知らずみたいに言うけど、確かにそうかもしれないけ・れ・ど・も。自分だって社交界には顔を出さない引き籠りのくせに!だいたい、2度も人生を生きている私が世間知らずなのはシエルが私を閉じ込めていたのが原因だと思うのだ・け・れ・ど!


シエルの物言いに釈然としない腹立たしさを感じて心の中で憤慨する。その気持ちを私はステップを間違えた振りをしてシエルの足を踏みつけることで表した。シエルはほんの少しだけ痛そうに眉をひそめたけど、何も言わずにそのまま踊り続けた。


「まあ、何にしても幸せそうで良かったわ。」


シエルの足を踏みつけて少しだけ留飲を下げた私は、パトリックとアデリーナ様の様子を思い出してそう呟いた。周りからの評判はともかく二人が愛し合っているのは見ていても良く分かったから。


「私も幸せだよ。リリアナがまた結婚してくれることになって。昔のリリアナももちろん大好きだったけど今みたいに自分の意思をしっかり示してくれるリリアナの方が更に好きだ。」


そう言うとシエルは珍しくほんの少し微笑んだ。


自分の意思をしっかり伝える?それは足を踏みつけたりすること?

確かに前世の私だったらずっと歳上で有名人の旦那様に意見するなんて恐れ多くて出来なかった。今は娘として育ったから、遠慮なく家族として憎まれ口も叩けるけど。


今の方が好きだ。(それはたぶん私も同じです。)


下を向きながら小声で言った私の声をシエルはきちんと聴きっとったらしい。ちょうど曲が終わりお互いに離れて挨拶を交わす場面なのに、私の腰に回っていた手にグッと力強く引き寄せられるとその場で抱きしめられた。


周りからどよめきが上がった。



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