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後日談

「いや~、ありがとうございました!」


ドルトン侯爵は恰幅の良いお腹を撫でながらにこにことシエルにお礼を言うと、一緒にやって来た侯爵家の者達に品々を運んで来させた。


「これは、ほんのお礼の品々です。お納めください。」

そういって積み上げたのは外国の珍しい反物や綺麗な柄の敷物、特上品の茶葉、きっと城下町の文具店では売っていないような見たこともない上質の用紙の束などなど。


一応、私達が断らないように宝飾品は避けたようだけど、明らかに王族に納めても差し支えない上等な品々。きっとあの敷物はちょっとした宝石類では太刀打ちできない値段がするに違いないわ。


「これで、やっとアデリーナも跡取りの自覚ができて大魔法使い様と結婚したいと言い出さないでしょう。」


私はてっきりドルトン侯爵もシエルとアデリーナ様の結婚を望んでいると思っていたのに、違ったようだ。


「パトリックも腹をくくったようですし、まあこいつがアデリーナに惚れているのは分かっていましたがね。」

はははっと機嫌良く笑うドルトン侯爵の後ろでパトリックが神妙な顔をして立っていた。今日は、いつものスッキリとした家令の格好ではなく、華やかな刺繍が施された上着を着こなしていかにも貴族の子弟のような正装姿をしていた。


なんと、我が家の家令のパトリックは没落貴族の長男でアデリーナ様の幼馴染みだったのだ。

私達も知っている通り、頭も良くて気が利いて全てにおいて優秀だったパトリックは、家計を少しでも助けるために親戚筋のドルトン侯爵を頼って就職したらしい。

ドルトン家でもその優秀さを発揮して主人である侯爵にも信頼され、侯爵としては一人娘のアデリーナ様の婿として迎え、侯爵家を継がせたかったのが残念ながら当人たちにその気がなかった。


アデリーナ様は幼い頃からシエルと結婚するのを夢見ていていたし、パトリックもお世話になった家のお嬢様である彼女の願いを叶えてあげたいと思った。まあ、ドルトン侯爵によるとパトリックは以前からアデリーナ様のことを好きだったそうだから、なおさら彼女の夢を叶えてあげようとしたのだろうけど。


まず、我が家で家令を探しているという話を聞き付けて、パトリックが家令として就職をする。アデリーナ様をどうやってシエルと出会わせるか考えていたところに、私のお茶会の話が持ち上がった。そこで、アデリーナ様を招待客の中に紛れ込ませた。実際、パトリックが招待客を決めたのだからこれは簡単なことだった。


お茶会の時に、いつも仕事で居ないはずのシエルが自宅に居るというのも幸いした。


「申し訳ございませんでした。仕事については手を抜いたつもりはございませんが、お二人を利用したのは事実です。」


パトリックがそう言って深々と頭を下げる。


「そんなことは、分かっていたから別に構わん。」

シエルがいつもの無表情でバッサリ切り捨てる。


え?わかっていたの?いつ?何で?


驚いてシエルの顔を見上げた私にシエルがあきれた顔をする。


「パトリックが持参した推薦状が、ドルトン侯爵からになっていただろう?」


え?それだけで?


「他にもお茶会でのアデリーナとパトリックの行動を見れば二人が知り合いだとはわかる。」


「分かっていて雇っていただいたのですか...。」パトリックも驚いている。

「まあ、こちらもドルトン侯爵の調査を国王に命じられていたからな。ちょうど良かったんだ。お互い様だ。」


「それについては、本当に面目無い。」

今度は侯爵が頭を下げる。


ドルトン侯爵家の疑いは結局晴れたようだけど、他国のからの来客に対する調査不足と疑惑を持たれる行為については国王様から相当お叱りを受けたらしい。ちなみにマダムローズモントが脅された件は、ドルトン侯爵もアデリーナ様も全く知らなかったらしい。確かに以前マダムに注文したアデリーナ様のドレスが、なかなか出来上がってこないと言う話を食事中の会話でしたらしいけど、それを聞いてマダムを脅したのは男たちの全くの独断だったらしい。


まあ、今回は相手側か悪かったとのシエルからの口添えもあり(何と言っても強力な精霊が絡んでいたので)お咎めはなかった。


「それで、いつ仕事に戻るんだ?」


「「「え?」」」全員が驚いてシエルを見る。


「いや、でも、皆様をだましたのですし。」

「パトリックはドルトン家を継ぐのでしょう?さすがに家令としては働けなんじゃないかしら。」

「いや、仮にも我が侯爵家の婿となるのですから。」


三者三様に疑問を投げ掛ける。


「家を継ぐのは今の侯爵殿が引退してからだから、まだまだ先の話だろう?」

その疑問には全く動じないでシエルが淡々と語る。


まあ、確かにドルトン侯爵はとてもお元気そうで、まだ何年も引退する必要はなさそうだけど。

だからと言って、侯爵家の跡取りに家令をさせるのはどうなのかしら。


「それはそうですが...。」パトリックも何と答えて良いのか分からず言葉を濁す。


「その間、また実家にでも戻るのか?」


「いえ、実家は金銭的には大変ですが、父がまだまだ元気ですし、年の離れた弟がゆくゆくは後を継いでくれるので戻る必要はありません。」


「ではドルトン侯爵のお宅に住むのか?婚約中の男女が一緒に住むのは問題だろう?」


え?!!

お前が言うのか?!

ここにいるシエル以外の全員が心の中で叫んだに違いない。


一応、私とシエルが婚約したことは二人には伝わっている、はず。

さすがのパトリックも動揺を隠せない。ドルトン侯爵に至ってはあんぐりと口を開けてしまっている。


さっきまで日当たりのよい窓際で、こちらを興味深そうに見ていた猫の姿のマティが、明らかに馬鹿にした顔をすると大きくあくびをして扉の隙間から外に出て行ってしまった。


「だったら、侯爵家を継ぐまでは我が家で働いて、実家に仕送りでもしてやればいいだろう。お前の弟が実家を継ぐ頃までには家を建て直せるのに充分な給金は払ってやる。婿養子に入る家から金を出してもらうより、自分の能力を生かした仕事をして自分で稼いだ方が良いだろう。」


「!」パトリックも私もまさかシエルがそんなことを言いただすとは思わなかったので驚く。


「仕事ができる家令がいるとなかなか便利なことが分かったからな。」


「...ありがとうございます。」いつも通り冷静に頭を下げたように見えたけど、パトリックの目が少し潤んでいるように見えたのは間違いないと思う。


結局、ドルトン侯爵から「アデリーナが公式の場に出る時は婚約者としてエスコートすること」という約束を守れば、侯爵家を継ぐ時まで自由にして構わないという許可を取り付けてパトリックは我が家に戻ってきた。




朝食が済んでシエルは王宮に出勤した後。食堂につながる家族用の居間で私は寛いでいた。

今日はこの後、子供が産まれた乳母の所にお祝いと手伝いを兼ねて顔を出そうと思っていたので、朝から乗馬に向いた身軽なドレスに着替えている。昨日から仕事に復帰したパトリックが、先日侯爵から頂いた茶葉でお茶を入れてくれていて、今までに嗅いだことのない良い香りが部屋中に漂っていた。


「それにしても本当にここで働くことになっていいの?仮にも侯爵家の跡取りが。」


「ええ、お給金に惹かれたのもありますが、私はこの仕事が好きですので。」


ふ~ん、まあ確かに天職だと思うほど優秀だけど。


「それに、この仕事についていれば貴族社会の覇権図や人間関係が良く分かりますから。侯爵家を継いだ時にもさぞかし役に立つことでしょう。」

パトリックは微笑むと私にお茶を差し出してくれた。


...なるほど。私は、パトリックは敵に回さないようにしようと心に誓った。


ここまでお読みいただきありがとうございます。あと少しだけ、主人公二人とヴィル&ハルの短い話が続きます。

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