和解
「周りの人間は皆畏れて、でも私の力は利用しようとした。それは、歴代の王族達も同じだ。それに不満はない、私もそれを利用して来たからな。お互い様だ。だから、わたしは誰も信用したことはない。」
「そんな。」誰も信用したことがないなんて…。
「精霊達は少なくとも人間と違って嘘はつかない。一緒にいて楽だった。でも、やっぱり私は人間で精霊の仲間ではない。しかも、彼らは人間よりもしっかりと対価を求めてくる。それは、彼らからしたら自然なことだから仕方がないのは分かっているが、私はどこに行っても息苦しかったよ。」
シエルの姿は7、8歳の子供の大きさになって椅子の上で膝を抱えていた。気が付くとマティの姿は消えてシエルと私の二人きりになっていた。
「でも、魔法使いは他にも居るじゃないですか。」
魔法省にはリカルドや他の魔法使いが沢山いる。
無言でシエルが頭を振る。
「例え魔法が使えても私とは根本的に違う。私ほど長く生きるわけではない。」
言葉遣いは大人だけど声も子供の声になっている。でも、本人は自分の姿に気づいていないようだ。
確かに、魔法省の魔法使いは達は普通に年を取っていく。
シエルの下についているリカルドの同僚には髭が長く生えた、いかにもなお爺さんも多い。
「だから、リリアナに会った時初めて息が出来た気がしたんだ。」
息が?そんなに苦しかった?
「リリアナが側に居ないと、また息苦しくて窒息してしまいそうなんだ。」
椅子に座って両手で顔を被ったまま、本当に苦しそうに絞り出された声に思わず近付いて、シエルの前に立った。
こうやってこの人の頭を上から見下ろすのは初めてかもしれない。頭の形まで完璧に整っているのね。そこに艶やかな黒髪が流れている。
私が子供の姿のシエルの頭を撫でると、ビクッとしてやっと顔を上げた。
黒曜石のような色の瞳を潤ませた美しい顔の子供は、やはりシエルの面影があって、ああ綺麗だなあと思ってしまう。子供は私がすぐ目の前に立っているのを見ると縋り付くように私の腰のあたりにしがみついてきた。
仕方がないではないか、息が出来ないと泣く人を放っては置けない。だって、窒息してしまうと言うのだもの。
自分に対する言い訳を考えて苦笑いをする私に抱きつく子供が、徐々にぼやけてまた元のシエルの姿に戻っていく。可愛かったのにと少し残念に思ったけど、子供のままで居られてもこちらも困ってしまうのでほっとする。
「私を屋敷に閉じ込めたりしないですか?」
私が尋ねると不思議そうに顔を上げたけど椅子から立ち上がった。そして私の顔を上から覗き込み真剣な顔をして言った。
「約束する。」
「私が出かけたいときには自由に外出させてもらえますか?」
「ああ、自由にさせる。邪魔はしない。」
「お城での仕事もきちんと続けてくださいますか?」
仕事で忙しければ私を束縛している余裕も無くなるかもしれないし。
「リリアナがそう望むなら今のまま続けよう。他人に嫉妬もしないようにもする。」
「...。やきもちは少しくらいなら仕方がないかと...。ただ、相手を攻撃しないようにして下されば。」
私も嫉妬したのでお互い様だし、やきもちを焼かれて正直少し嬉しい気持ちもある。
「...。分かった。リリアナ?」
「はい?」
「抱きしめても良いだろうか?」
そんなことを聞かれたのは初めてだ。
いつも、勝手に抱き締めてきたのに。
「はい...。」
シエルがそーっと最初は壊れ物を扱うように両腕を私の背中に回して自分の胸の中に抱き込んだ。
久しぶりの感覚に安心する気持ちが沸き上がる。
ああ、やっぱり自分はこの人のことが好きなんだと改めて自覚する。
「わたしが転生したくないと言ったらもうやめてくださいね。」
少しの沈黙の後、頭の上からしぶしぶといった感じで返事が返ってくる。
「…分かった。その時は私も一緒に時を止めることにする。」
うーん、それって一緒に死ぬってことだろうか?
まあ、それはだいぶ先のことだからまたその時考えることにしよう。今、ここで争っても解決しなさそうだし。
私はその案件は先伸ばしにすることにした。
だいたい、シエルがあとどれほど生きるのか分からないし...。
「リリアナ?もう、監禁したりしないからずっと一緒にいてくれるか?」
まるで懇願するかのようかのように抱き締める手に力がこもる。
「…はい、分かりました。」
だって、仕方ないではないか、それでも愛しいと思ってしまうのだから。私は、もう一度心の中で自分に仕方ないと言い訳を繰り返した。でも、その言い訳は心にすとんと落ちて、まるで足りなかったパーツを埋めるようにしっくりと自分の胸に収まった。