悪巧み
神殿の入口まで辿り着くと扉が少し開いていて、近くには誰もいる様子はなかった。
扉の隙間に頭だけをそーっと差し込み、中の様子を伺う。
奥の祭壇の近く、ほんのり照らされた明かりの中にアデリーナ様の後ろ姿が見える。シエルを待っているのだろうか。
「従者の二人はどこかしら?」
てっきり外に居ないから、扉の内側に控えているのかと思ったのに姿が見えなかった。でも、奥のアデリーナ様が居る辺りは明るかったけど、入って直ぐの扉の内側は暗くて良く見えない。もう少し良く見ようと上半身を狭い隙間から無理やり中に入れて、覗き込む。
その時、後ろからいきなり声が掛けらた。
「お嬢さん、誰かお探しですかい?」
思わず悲鳴を上げそうになり両手で口を塞ぐと慌てて顔を扉の外に出して振り返った。
危ない!ここで悲鳴を上げたらアデリーナ様の告白が台無しになってしまう。でも、その声の持ち主を振り返り、やっぱり悲鳴をあげておくべきだったかもと後悔した。
アデリーナ様に付いてきた従者の二人がいつの間にか後ろに立っていた。
「あなた達、何処にいたの?」
驚かされたこともあり、つい声が刺々しくなってしまったかも。
「外に居ましたよ。アデリーナ様に待っているように言われましたので。」年嵩の男が平然と答える。
うそ。私が来たときには誰も居なかった。そう思ったのが顔に出ていたらしい。
「やあ、信じていただけないようで。」
男が先程までの行儀の良さを脱ぎ捨ててニヤニヤと馬鹿にしたような表情をする。
やっぱり、この男だ!マダムローズモンドを脅して、ハインツにやっつけられて、ひとり逃げ出した男!
さっきまでの済ました顔だと自信が無かったけど、今の表情なら分かる。
「おや、もしかして気付かれてしまいましたかね。」
睨み付ける私に相手も開き直ったようにニヤニヤと笑いながら言う。もう、誤魔化す気もないようだ。
「何であなたがアデリーナ様の従者をやっているの?」
まさかとは思うけどドルトン侯爵とアデリーナ様もやっぱりマダムの件に関わっているの?
「まあ、色々あるんですよ。その辺はヴィル・カリ様に聞いてくださいよ。」
「ヴィル?」
「そうですよ。ドルトン侯爵の舞踏会で気に入られたんでしょう?お嬢さん。ヴィル・カリ様とハルイッツの旦那が話しているのを聞いたんですよ。俺の予想だと、あんたを連れて行ったらかなりの金と今後の仕事も頂けそうなんですよ。なのにあんたは城に籠って外に出て来ない。まあ、ちょうど城に来る用事も出来たことだし、両方一気に済ませてこの国ともおさらばだ。」
うそ、ハルは諦めたんじゃなかったの?
そう言えばヴィルに聞いてみようと言って消えたんだったかしら。聞いてみてやっぱり拐うことにしたとか?
ニヤニヤ顔の後ろにはもうひとりの若い男も立っていた。もし、ここで口を塞がれたら誰にも気付かれずにさらわれてしまう。
後ろの扉は私が通り抜けるにはもう少し開けないといけないけど、重い扉を開けるそんな余裕は無さそうだった。
「おい、お前は予定通り仕掛けに火を着けてこい!」
ニヤニヤ顔が後ろにさっきから立っていた若い頬に傷のある男に指示を出す。
こくんと頷くと若い男は神殿の壁に沿って走って行ってしまった。
「火を着ける?」
穏やかではない言葉に思わず声が出る。
「今回の祭りの中心だろ?この神殿が。ここが使えなくなれば祭りは台無しだ。この国の王族や魔法使い達の威信もがた落ちだろう?」
「まさか、アデリーナ様はそれを知っているの?」
当然、アデリーナ様の従者のなのだから知っていても不思議はないけどそうは思いたくない。
だけど、男はなんでそんなことを聞くのだと驚いた顔をして言った。
「いや?何か勘違いしているのかもしれないが、俺たちの雇い主はヴィル·カリ様だぜ?あのお嬢さんと父親の侯爵はこの国の人間だろう?まあ、泊めてもらった礼に色々と気を回して手伝いはしてやったけど。」
その表情は嘘をついているようには思えなかった。
では、アデリーナ様とドルトン侯爵は本当に知らされていない?
「でも、どうやってここから逃げるつもりなの?」
城内から私を抱えて逃走しようとしたら直ぐには捕まってしまうに違いない。
「そりゃ、歩いて一緒に入ってきた門から出てもらう。王妃様のお気に入りのあんたなら適当な理由で外に出るのは簡単だろう?もし、拒否するならさっき仕掛けた爆薬と、アデリーナお嬢さんがどうなるか...。」
最後まで聞く間もなく反射的に体が動いて、神殿の扉にしがみついた。アデリーナ様に申し分けないとか言っている場合では無さそうだと悟った私は何とか中に入ってシエルに知らせようと隙間から無理やり体を押し込んだ。
シエル!そう叫びたかったけど、予想していた通りあっという間に後ろから口を塞がれる。
「おい!大人しくしないと爆薬を爆破させるぞって…痛って~!!」
私の口を塞いでいた男の手に思いっきり噛みついた。
何を言っているのだ。どうせ自分たちが逃げたらどっちにしろ爆破させる手筈になっているに決まっている。そんなの脅しにもなりはしない。
「シエル!!」
さすがに痛かったようで男の力が緩む。その隙にシエルの名前を叫んで扉にすがり付く。
「このやろう!」
今度は口は塞がれない代わりに、下ろしていた髪の毛を思いっきり引っ張られる。これには、たまらず石畳に背中から派手に転がった。不意をつかれたためか思いきり体が浮いくとズドンとかなりの衝撃が体に走る。
転ぶ時って痛いよりも恥ずかしいっていう気持ちが先に来るのよね。
「痛っつ~。」遅れてやって来た痛みに思わず声が出て、涙が滲んだ。