精霊祭、前夜
アデリーナ様が尋ねてきたのは夕食が終わり随分夜が更けてからだった。城門は既に閉まっていたけど、王妃様の指示で、私の所に遊びに来ると伝えてあったので、横の通用口からすんなりと入れてもらうことができた。
「リリアナ様!」
大判のケープを頭から被り、通用口から入ってきたアデリーナ様は少し上気して赤くなった頬がいつもより少し幼く見えた。
流石に馬車は人目につくので馬で来たらしい。
一緒についてきた護衛らしき男たちも帽子を深くかぶって通用口をくぐって入って来る。
門番役の兵士が馬を預かろうと申し出ていたけれど、男のひとりが断っているのが聞こえる。
どうやら、直ぐに帰れるように自分が城門の外で見ているからかまわないと言っているらしい。
アデリーナ様もこんな時間に自宅に居ないことが侯爵にばれたら困るからきっと急いで帰るつもりなのだろう。
結局、男のひとりが残って二人がアデリーナ様に付き添ってきた。
「では、ご案内します。こちらです。」
そう言うと、建物には入らず庭を抜ける道を選んだ。
そちらの方が人目につきにくいし、王宮から神殿へ向かう回廊の、ちょうど真ん中辺りに出ることができる。あとは、回廊に沿って歩いていけば神殿まで迷うことはない。
アデリーナ様が戻ってくるまで途中のベンチで腰かけて待っていることもできる。
「良かったらこれをどうぞ。」持ってきたランプの下にもうひとつ小さめランプがぶら下がっており、それを外して従者のひとりに渡す。男は軽く頭を下げると無言でそれを受け取った。相変わらず帽子を深く被っていて、暗い中顔はよく見えない。
自分は大きい方のランプを手に持ってアデリーナ様に説明した。
「この散策路を抜けると王宮から神殿へ抜ける回廊に突き当たります。」
アデリーナ様が神妙な顔をしてこくんと頷いた。
私とアデリーナ様が先に立ち、後から男二人が続く。
左手には王宮が外壁に灯された明かりに照らされて、暗闇の中優美な姿を浮かび上がらせていた。先日、私とアデリーナ様が社交界にデビューした大ホールの大きな窓が、庭に面していくつも並んでいる。もちろん、今は誰も居る気配はなく黒く静まっていた。
誰も話すものもなく、静かに四人の人間が深夜の広い王宮の庭を進む様は怪しいことこの上ないだろう。
王妃様が兵士達に指示を出していなかったら、確実に不審者扱いで捕まっているに違いない。
しばらく歩くと前方に明かりが点々と見えてきた。回廊の柱に付けられた松明だった。そして、その明かりの先、回廊の奥に神殿のシルエットが浮かび上がって見える。
今日は精霊祭の前夜のため、いつより、城内も周りの街も灯されている明かりが多いからか、深夜でも神殿の建物の形がはっきりと見えた。
「アデリーナ様。あとはこの回廊に沿って行けば直ぐです。私はこちらでお待ちして居ますが大丈夫ですか?」
回廊まで辿り着くと神殿の方向を指差しアデリーナ様に確認した。
「はい、神殿まで着いたらリカルド様がシエル様を呼んでくださるそうですので大丈夫です。」
少し緊張した声でアデリーナ様が答える。
「では、ランプはお預かりしておきます。」
もう、回廊の柱に灯された明かりがずっと神殿の入口まで続いているので手持ちのランプは必要ないと思いランプを預かろうと従者のひとりに声を掛ける。
「いや、念のためこちらは持っていきます。」
ランプを持った従者がそう断って来た時、初めて回廊の明かりでアデリーナ様に付いてきた二人の顔を見ることが出来た。
ランプを持っている男が少し年長なのだろうか、二人とも浅黒く日焼けした顔をしていた。後ろに立っている若い方の男は頬に傷があった。
「では、リリアナ様。申し訳ございませんが、急いで行って参りますので少しお待ちください。」
そう言ってアデリーナ様は二人の従者を連れて回廊を神殿に向かって足早に歩いていった。
私は、とりあえず役目を果たしたのでほっとして回廊に並んでいるベンチのひとつに腰かけた。
アデリーナ様に会う前は、マダムローズモンドの弟子のドナの話もあってどんな方なのかしらと疑っていたこともあったけど。今は自分の子供の頃からの夢を叶えるために一生懸命で、とても可愛らしい方だと思う。
そういえば、マダムを襲った犯人達の黒幕は結局分からないままなのかしら。せっかく、ハインツが捕まえてくれたのに…。
と、そんなことをとりとめもなく考えていてあることに気がついた。
「…でも、まさか。」思わず独り言が漏れる。
自分の考えに思わず背筋がぞっとした。
「どうしよう。」
とにかく本当に正しいか確かめないと。それとも、誰かに相談する?そうだ、とりあえず神殿にはシエルもリカルドも居るはず。
できるだけ音を立てない様に履いていた靴を片手に、ランプをもう片手に持つと回廊を神殿に向かって小走りで急いだ。