絵本と大魔法使い様
「いや~!日頃完璧で冷徹な大魔法使い様が今日は朝から様子がおかしくて、読んでいる本をボロボロ落とすわ、質問には要領を得ない変な答えを返すわで、魔法省は仕事にならないんですよ。仕方なく、精霊祭の準備担当の手伝いがてら皆で神殿に避難しています。」リカルドがあっけらかんと説明する。
シエルの様子を聞くべく王妃様がリカルドをお茶の席に呼んだのである。
「まあ、それは見ものでしょうね。」
王妃様がそれはそれは面白そうに眉を上げた。
せっかくの美しい顔が、とても意地悪そうに見えるんですけど。
「この後、ドルトン侯爵の娘のアデリーナを招待しているのだけどシエルのところに連れていかない方が良いかしらね?」
え?アデリーナ様がいらっしゃるのですか?聞いていませんけど。
「止めた方が良いですよ!僕が出てくるときも、薬品の調合を間違えて煙吹いてましてから。皆さんが行って怪我でもしたら大変です。それにしても今なら、後ろから頭を叩いても気付かれないかもしれないですね。」
日頃こき使われている恨みからかリカルドの目がキラリーンと光る。
お願いだから、止めてあげてリカルド。
「あら!そんな心配そうな顔をして。原因であるリリアナは責任を感じて様子を見に行くのかしら?」
王妃様のからかいに、行きません!と返したけれど確かに心配ではある。
「なるほど、リリアナの家出が原因だったんですね。」
リカルドが如何にもといった感じで頷く。
「そんなわけでは...。」
「そんなわけでは無くて、それ以外の理由がないでしょう?」
王妃様が突っ込んでくる。
ううっ、そんないい方しなくても。
「おやおや、大魔法使いがそんな状態だと知られたら国家の危機だね。」
いきなり頭の上からよく響くの低めの声が降ってきた。
驚いて振り返ると、私達がお茶を頂いていた王妃様専用のお庭の薔薇の生け垣の上からひょいっと顔を出した背の高い人はなんと国王様でした。
「陛下!」
慌ててリカルドと私は立ち上がり頭を下げると国王様がそれをまあまあと押し留める。あくまでもお顔しか見えないのだけれども。
「邪魔をして済まないね。何か穏やかではない話が聞こえてきたものだから、つい声を掛けてしまった。」
確かに、ここは王宮の奥だからと安心して軽口を叩いていたけど、国防の要でもある大魔法使いの不調は本来なら笑って済ませる問題ではない、はず。
「申し訳ございません。」とにかく、ここは身内である私がまず謝るべきだろうともう一度頭を下げる。
「良いのよ、リリアナ。この狸は分かって言っているんだから!」
王妃様が吐き捨てるように暴言を繰り出した。
狸?!いくらご夫婦とはいえ、国王様に向かって?!
「いや~、君に誉められるのはいつも嬉しいねぇ。薔薇の生け垣が邪魔で抱き締められないのが残念だ。」
「誉めてません!」
全く堪えていない様子どころか国王様はにこにこ笑って王妃様を見つめている。
国王様ってこんな方だったとは、初めて知りました。
「まあ、大魔法使い殿には早めに立ち直ってもらえるように頼むよ。リリアナ?」
「は、はい!?」
「私のリリアナに圧を掛けるのは止めて!」
そう言うと王妃様にぎゅっと抱き締められた。
なるほど、私は今陛下からシエルの不調は私のせいだと遠回しに言われたのね。
国王様はひょいっと肩をすくめるとそれには答えずに私に向かって「じゃあ、リリアナ。我が国の王妃と大魔法使いをよろしく頼むよ。」そういい残して生け垣の向こうに消えていった。
その道は何処へ続くのかよく分からないけど、陛下は一体どこから現れて何処に消えていったのでしょうか。
「国王様ってあんな感じなんですね。初めて知りました。」
さっき思ったことをそのまま口にする。今までもお会いしたことは何度もあるけど、いつも威厳があって、でもお子様達にはにこにこされて優しそうな感じとしか思っていなかったけど。
なんというか何でも見透かされそうでちょっと怖い?
「いつも、神出鬼没ですよね。」
リカルドが頷きながら言う。
「そうよ。優しそうな顔をして人をいたぶるのが好きな変態なのよ。」
王妃様も仮にも自分の旦那様を大概な言い方で評価する。
「へ~、国王様って変態なんですね。」
リカルド!王妃様の話に便乗してなんてことを言うの!
「それより、王妃様。アデリーナ様がいらっしゃるのですか?」
さっき王妃様が言っていたのを思いして確認する。
昨日帰られた時はまだ、朦朧としていたけど大丈夫だったのかしら?
「そうなの、早速お呼びしていたのよ。本当は魔法省へもご案内差し上げようかと思っていたのだけれど、大魔法使い様がそんな様子なら今日はこのお庭でお話をするだけにしましょうか。アデリーナ様に幻滅されて再婚話が頓挫しても困るものね。」
結局王妃様に引き留められたリカルドと私、王妃様とアデリーナ様の4人でお茶を頂くことになってしまった。
アデリーナ様は昨日の無作法を詫びてはきたけど、全く元気なご様子でホッとする。
王妃様がシエルとのことを聞くと嬉しそうに話しだした。
「絵本?」
「はい!子供の頃から大切にしている絵本なのですが、大魔法使い様のお話でそれはそれは素敵なんです。もちろん、絵本よりも実物の方がもっと素敵でしたけど!」
いつもシエルに振り回されているリカルドと、会えば言い合いになる王妃様は同意しかねるという顔をしていたけれどそれには気が付かずに彼女は続けた。
「そういえば、その絵本に、精霊祭の前夜に告白すると必ず思いが伝わると言う言い伝えが載っていて...。」
うん?なんかそれわたしもどこかで聞き覚えがあるような?
「あの、その絵本、いつ頃発行されたものですか?」
「発行ですか?私が幼い頃にはもう既に家にありましたし、新しいものではなかったので、たぶん私が生まれる前に発行されたものではないでしょうか?濃紺の星空を背景に大魔法使い様が描かれた表紙なんですけどそれはそれは美しい絵で。私、幼いころから大きくなったら大魔法使い様のお嫁さんになろうと決めていたんです!」
アデリーナ様は祈るように両手を組んで目をキラキラさせて語ってくれる。
それを聞いて王妃様も思い出した様子で
「あら、その絵本なら私も子供の頃見たことがあるような気がするから、きっと発行されたのはあなたたちが生まれるよりずっと前ね。」
「僕は見たことないです。でも、魔法使いなら僕だってそうなんですけど?」
リカルドが不服そうに言う。
「あ、そういえば脇役の若い魔法使いがリカルド様に似ていらっしゃいましたわ。」アデリーナ様が無邪気に微笑む。
「脇役って…。」リカルドががっくし肩を落とす。
「リリアナ?どうしたのボーとして。」
王妃様に声を掛けられてはっとする。
「いえ、すいません。私もその絵本を知っているような気がしたので。」何故か、絵本の内容が心に引っ掛かる。
「そうなの?どこかで見たことがあるのかもしれないわね。以前からあるものなら人気がある絵本なのかもしれないし。」
「ええ、そうですね...。」




