最終日
お茶会最終日、その日は朝から少しばたついていた。
「どうしたの?マリー、サンドラ?」
「お嬢様。実は今日のお茶会はお庭の東屋で行おうと思ったのですけど、パトリックさんが通り雨があるかもしれないとおっしゃるものですから、急遽お庭が見えるお部屋にご用意をすることになりまして。」
「まあ、そうなの?とても爽やかないい天気に見えるけど。パトリックは凄いわね、通り雨まで予測できるなんて。」本当に有能ね。
「はい、東屋なのでお茶会中は多少雨が降っても大丈夫ですけど、帰り道にお客様方のお洋服の裾が汚れても良くないとパトリックさんが気づいてくださったので。構いませんか?」
「そうね。パトリックの言う通り、私は別にお部屋で構わないと思うわよ?」
始めて来る人だけなのだから、そう毎回趣向を変えなくても全く問題はないと思う。とは、マリーとサンドラには言えないけれど。
「かしこまりました。では、初日と同じようにお庭が見える室内にご用意いたしますね。」
「分かったわ。よろしくね。」
しかも今日は、例のご令嬢が来ることになっていた。
マダムローズモンドのところで話題に上がって、シエルも何故か気にしている、ドルトン侯爵令嬢アデリーナ様。一体どんな方なのかしら。
あまり人の噂は鵜呑みにしたくないけど、マダムのお弟子さんのドナはアデリーナ様がマダムを脅したのではと疑っていた。
とりあえず、今日はマダムローズモンドの話は避けた方が良いだろう。
今までのお客様にも好評だったお庭の案内をメインに、あ、でも雨が降るかもしれないのだった。
じゃあ、お菓子の話かしら?馬の話は先日してみたけどあまり受けが良くなかったし。
ああ、自分の話題の乏しさがもどかしい!
などと悩んでいるうちに最初のお客様がいらっしゃったとパトリックから声が掛かる。
そして、最初のお客様は噂のアデリーナ様だった。
「初めまして、リリアナ様。お招き頂きありがとうございます。」
そう言って微笑んだアデリーナ様は華やかな美少女だった。
艶やかな黒髪をハーフアップにした髪型と、くっきりした目元は大人びて見せてはいたけど顔立ちはまだ幼くて女性というよりは少女といった方が似合う感じだった。
「初めましてと言いましたけど、私もリリアナ様と同じ日に王宮の舞踏会でデビューしましたの。
私が呼ばれたのは一番最初の方でしたので、リリアナ様と大魔法使い様の姿は随分遠くからしか見えませんでしたけど。」
「まあ、そうでしたか。ご挨拶ができなくて申し訳ございませんでした。」
実はアデリーナ様が同じ日に社交界デビューしたのはパトリックからの情報で知ってはいた。
もちろん、舞踏会当日はお顔を拝見した覚えはないので、そこは知らない振りをしておく。
「いいえ、リリアナ様と大魔法使い様はとても注目を集めていらっしゃったので、見つけやすかっただけですわ。」
とても、注目...。まあ、集めていたでしょうとも。でも、注目を集めていたのは私ではなくお父様と王妃様であって、私は断じてその中に入っていないと思いたいですけど。
私が微妙な顔をしたのには気が付かず、アデリーナ様は無邪気に微笑んでいる。
お茶会を行うことになっている部屋の前に着いたところで、次のお客様がいらっしゃったと連絡があったため、アデリーナ様の案内はパトリックに任せてもう一度玄関ホールまで戻ることになった。
結局、アデリーナ様以外の方々がほとんど同時にお着きになったので、残りの全員を引き連れてもう一度お茶会を行う部屋へと向かった。
その中のおひとりが遠慮がちに聞いてくる。
「あの~、大魔法使い様は今日もお屋敷にいらっしゃるのですか?」
お茶会も最終日ともなると、すっかりシエルが挨拶に顔を出すことが知れ渡っているようだ。
「はい、恐らく最初の方に挨拶に来ると思います。煩わしいとは思いますが、よろしくお付き合いください。」
それを聞いて、きゃっきゃとお嬢様方が嬉しそうな声を上げる。
「まあ、煩わしいなんて!」
「噂は本当だったのですね。」
「嬉しいですわ!かの麗しい大魔法使い様のお姿が近くで見れるなんて!」
これはまたお父様がいらっしゃったら今日も悲鳴が上がるのね。と思って部屋に入ったところで今日の悲鳴がいつもより早めに上がった。なぜなら、シエルが既に部屋にいたからだ。
それどころか、ソファに座って先に来ていたアデリーナ様と談笑をしていた。
これには、お嬢様たちの悲鳴には覚悟をしていた私でさえも驚いた。
いつも、全員が集まってから一言だけ挨拶に来てさっと部屋へ籠ってしまうシエルが、先に来ていてしかもご令嬢の一人と談笑している?!
私たちが入ってくると今までアデリーナ様の隣に座って話をしていたらしいシエルが立ち上がり、後から来た方々に挨拶をすると、アデリーナ様に会釈をして去っていった。
「あの、父とアデリーナ様はお知合いですか?」
そんな話は聞いていなかったけど、シエルと同じ階級のドルトン侯爵のお嬢様。もしかしたら面識があっても可笑しくはない。
「いいえ?今日初めてお話いたしました。もちろん、先日の舞踏会でお姿はお見掛けしましたが。ただ、父のドルトンとシエル様は面識があるそうで、皆様をお待ちしている間話し相手になってくださいました。」
シエル様?話し相手?
普通は大魔法使い様と呼ばれるシエルを名前で呼ぶ人はほとんどいない、しかも初めて会った人間と親し気に話すなんて...。
余りにも驚き過ぎて、他の方々がいつものようにテーブルセッティングを褒めてくださるのも耳に入ってこなかった。ありがたいことにアデリーナ様が私の代わりにお話の中心となって盛り上げてくださるので、私がぼさっとしている間にもお茶会は順調に進んでいった。(マリーとサンドラは冷や冷やしながら見ていたでしょうが)結局お天気が大丈夫そうなのでいつものようにお庭を案内することになる。
「あの、申し訳ないけれど、わたしはこちらでお待ちしていますわ。ちょっと、お喋りしすぎたみたいで、頭痛がするので。」
皆が立ち上がるとアデリーナ様が頭に手を当てて痛そうにしている。
「まあ、大丈夫ですか?別室で少し休まれます?」
きっと、私の代わりに話を盛り上げてくださっていたので疲れてしまったのかもしれない。
「いいえ、そこまでして頂かなくても大丈夫です。気圧の変化でこうなる時も良くありますし。いつも、少し目をつぶって座っていると良くなりますから。ご一緒に行けなくて残念ですけど、こちらに腰かけてお待ちしておりますわ。皆様は気にせずにお庭の散策を楽しんできてください。」
辛そうにしつつも健気に笑顔を作ろうとするアデリーナ様に無理に移動してもらうのも申し訳ないので、ご本人の言葉通りソファで休んでいてもらうことにする。
「分かりました。では、何かありましたら家令のパトリックが扉の向こうで控えていますので声をおかけくださいね。」
「はい、ありがとうございます。」
結局、庭の散策をして、珍しく馬が見たいとおっしゃるお嬢様がいらっしゃったので、裏庭の馬小屋まで足を延ばした。私の愛馬をお見せしてから戻ったのでだいぶ時間が経ってしまった。
戻った時にはアデリーナ様の姿が見えなかった。
パトリックもいないからどこかのお部屋に案内したのかしら?
ちょっと、確認してきますと言ってちょうど新しいお茶を運んできたマリーにお茶を出しておいてもらうようにお願いして廊下に出る。
客室に案内したのなら二階かしら?
我が家は一階が食堂室とリビング、応接室、小さめの舞踏室などの他に台所や使用人たちの働く家事室などがあり、二階にシエルの書斎と私室、図書室、私の部屋と普段使っていない客室がいくつかある。
屋敷内には独身で住み込みの料理人やメイド達が3階に部屋を持っていて、家令のパトリックは1階のホール脇に個室を持っている。あとは庭師の一家が裏庭の一角に小さな一軒家を持っていて、門番と護衛を兼ねたハインツは屋敷の3階にも部屋はあるらしいけど、正門の横に小さなキッチンが着いた小屋がありほとんどそこに住んでいる。
ホールの階段下まで来たときに2階の方から話し声が聞こえた。
どうやらパトリックと女性の声はアデリーナ様かもしれない。
やっぱり、具合が悪くなって客室に案内をするところかしら?
だとしたら、声を掛けたら遠慮して居間に戻って来ると言い出しかねない。気を使わせては申し訳ないので、様子を見ようとそーっと階段を登って廊下を覗き込んだ。