怒涛のお茶会週間
お茶会が始まる前日にマダムローズモンドからドレスが届いた。
マダムが我が家に来るのは危ないかもしれないとのことで、今回は弟子のドナが代理でやって来た。
ドナは先日の警備兵を呼びに行ってくれた娘だ。
先日のこともあるのでマダムがあまり出歩くのはどうかと思っていたのでホッとする。
「この度は、私が代理で来ることになり申し訳ございません。」
ドナが来るなり謝る。
「とんでもない!マダムに出歩かれてまた危ない目に遭われては私も心配ですから。むしろ、こちらから取りに行けば良かったのですけど、私もお父様からしばらくの間は出歩くなと言われてしまって。」
「そうなんですか。せっかく、こちらのハインツさんがマダムを脅していたやつらを捕まえてくれたのに、黒幕は分からないなんて!」正義感の強そうなドナは憤慨した様子だった。
「そのようね。私も聞きました。主犯は分からなかったと。」
ハインツとマダムの証言をもとに逃げた男を探してはいるそうだけれども、まだ捕まっていない。もっとも、その男を捕まえても結局雇われただけで主犯にまで行き着くのかどうか。
で、最終確認ということでマリーとサンドラ立ち会いのもと、全てのドレスをもう一度着させられた…。
その間、私以外のドナも含めた3人はドレスを確認しつつ、それに合わせたお茶会に使うクロス類や食器などのセッティングを熱く話し合っていた。トータルコーディネートです!とマリーは言っていたけど。
何て言うか、若いって素晴らしいわ…。
いや、私の方が肉体年齢は若いのだけれども…。
一日目、テラスに面した部屋にソファを置いて寛げるようにした。
ソファに掛けたクロスは白。
爽やかなミントグリーンに白い縁取り、金糸で刺繍が施されたクッションが沢山置かれて寄り掛かれるようになっている。
オフホワイトの繊細なレースを使った私のドレスが映えるらしい。
マリーとサンドラの指揮のもと料理長を筆頭に、料理人達も頑張ってくれた成果がテーブルの上に現れていた。
カラフルな砂糖菓子に美味しそうなフルーツが載ったミニタルト、一口サンドウィッチ、様々な味のチョコレートボンボン、女子なら誰でも歓声を上げそうなスウィーツや軽食が並んでいる。
「凄い!素敵ね!」もちろん、私も大満足で思わず声を上げた。
「本当ですか?!」
マリーも自分が頑張った成果が形になって表れて喜びを隠せない様子だ。
「もちろんよ!」後は私が頑張ってお客様をもてなさなければ。
初日は5人の方をお招きしていた。
最初にいらっしゃった侯爵家のローラ様と伯爵家のアリス様は仲が良いらしく一緒の馬車でいらっしゃった。
「ようこそいらっしゃいませ。ローラ様、アリス様。」
「お招きありがとうございます。リリアナ様。」
ふわふわした柔らかそうな明るいブラウンの髪を緩くまとめたローラ様が挨拶をすると、ブルネットの艶やかな髪をアップにしたアリス様もニッコリ笑って膝を折る。もちろん、招待したお嬢様方の名前はパトリックに教わって叩き込んだ。
お茶会のテーブルに案内すると、二人とも「可愛い!」と喜びつつソファに腰かけてくれる。
とりあえず、初めてのお客様が人の良さそうな方々で少しホッとする。
その後すぐに残りの3人もいらっしゃってテーブルに案内するとやはり、「きゃ~、可愛いわ!」「素敵ね!」と言いう反応が返ってきて、扉の側で控えていたマリーとサンドラが満足げに微笑んだのが見えた。
5人とも顔見知りらしく「お久し振り。」などと簡単に挨拶を交わすと残りの3人もそれぞれ好きなソファに腰かけた。
そこで私が切り出す。
「あの、お茶会の前に父が皆様に挨拶をしたいと言っておりますので少しお待ちいただけますか?」
「まあ、大魔法使い様が今日はご自宅にいらっしゃるの?!」
アリス様が驚いた様子で聞いてくる。
それはそうでしょうとも、通常ならお城の魔法省で仕事をしているはずですから。
「ええ、その、しばらくは諸事情で自宅でお仕事をする予定で...。」
まさか、お茶会を見張るためとは言えず、私がしどろもどろになっていると、ノックがしてシエルが入って来る。
そして、お茶会はお嬢様方の悲鳴で始まることになった。
「本当に素敵ですね、大魔法使いシエル様。」
ローラ様がほうっとため息をつく。
「本当に伝説級の美しさでした。」アリス様も胸に手を当てて息を吐く。
本当に。と全員が口々に言う。
「思わず悲鳴を上げてしまって申し訳ございませんでした。」
大人っぽい落ち着きを持ったグレース様が少し立ち直った様子で私に向って謝罪する。
「いいえ。こちらこそ驚かせてしまって申し訳ございません。私が開く初めてのお茶会ですし、父が心配をしてどうしても挨拶をするというものですから。」
「まあ、お優しいのですね!大魔法使い様といえば氷のような美貌と鋭利な物言いで有名ですのに。」
「まあ、ローラ様!」
アリス様が慌てて止める。他の方達も気まずそうに目をそらす。
どうやら、ローラ様は貴族の令嬢にしては歯に着せぬ物言いをされるさっぱりした方らしい。
「あの、気にしないで下さい。私も父の世間からの評価は良く聞かされてはいますから。でも、私や屋敷のものたちには意外と優しいんですよ。」
まあ、見た目が綺麗で無表情なので近寄りがたいのは否定できないけど、少なくとも屋敷のスタッフに対する態度は礼儀正しいと思うし、皆に慕われているのは間違いない。
「まあ、そうなんですねぇ。大魔法使い様の意外な一面を知ることが出来て嬉しいですわ。」
グレースがそう言ってほっと溜め息をつくと、他の方々もうんうんと頷いた。
最初こそお父様の登場でざわついたけれど、あとは和やかにお茶会は進み、皆の努力の結晶である軽食も美味しく頂き、ご令嬢達の希望で少し庭も散策して終了した。
「う~ん。」自室のソファに腰掛けて伸びをする。
「お疲れ様でした。」
マリーがニコニコしなから声を掛けてくれる。
「とりあえず、初日は大成功でしたね。」
サンドラも私の明日に向けての衣装を整えながら、満足気だ。
「二人こそお疲れ様。テーブルセッティングも軽食の内容も皆様べた褒めだったわね。」
もちろん、二人共近くで給仕をしていたので褒められているのは分かっていたでしょうけど、改めて私の口から伝えると嬉しそうに顔を見合わせた。
「明日もよろしくね。」
「はい、明日はちょっと趣向を変えてテラスにテーブルを出す予定です。」とマリー。
「ドレスはこちらです。」サンドラ。
「……分かりました。」