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家令パトリック

社交デビューをした舞踏会の翌日。


朝には立ち直ったらしいシエルは、いつものように朝食を取ると仕事に出掛けていった。


猫のマティは今朝は大人しく家に居るつもりらしく、私の部屋の窓辺で丸くなって寝ている。

艶々の毛並みは今朝も持続していて我家のメイド達も不思議そうに眺めて、撫でて行く。


「まあ、どうやったらこんなに艶々にブラッシング出来るんでしょうか?」


マリーが少し悔しそうに呟いた。

きっと、メイドのプライドが刺激されたのかもしれない。


「さあ?お城の誰かにブラッシングしてもらったのかと私は思っているのだけど。」


「やっぱり、お城にお勤めの方は特別な方法をご存知なのかも知れませんね。」

サンドラが冷静に答える。


でも、 私の髪をブラッシングするサンドラの手に力がこもっているのは気のせいだろうか。


「そう言えば、パトリックさんが後でお部屋に伺うと言っていました。」


「パトリックが?何かしら?」


家令のパトリックは、王妃様に「そろそろリリアナも社交デビューするし必要になるから、家令を雇いなさい」と言われて最近になって採用した。我が家では一番新しい使用人だ。


今まで我が家にはそういった役職の人は居なかった。

だいたい、家族は世間と交流がないシエルとまだ社交デビューしていない私の二人だけ。

敷地こそかなり広いけど、屋敷は公爵邸にしてはこじんまりしていてスタッフの人数もそれほど必要ない。なんと言ってもシエルは何でも自分でやってしまう。


一番必要なのは、広い敷地の手入れをしてくれる庭師じゃないだろうか。

ちなみに大魔法使い様は一応グラシャム公爵という肩書があるのだけど、たぶん誰も覚えていないのではないかと…。通称の大魔法使いシエル様で通っている。

あ、でも私も見せてもらったけど、パトリックが持ってきた推薦状にはきちんとグラシャム公爵宛と書かれていた。


「パトリックはどう?みんな良くしてあげている?」


本人は、なんでもそつなくこなしそうだけど。


「はい、すご~く冷静沈着な方なんで最初はちょっと怖かったんですけど、すご~く気が利くし、何でも良く知っているので皆の評価は上々ですよ。」

マリーが嬉々として語ってくれる。


「そう。確かに余り表情が無いかもね。」

まあ、仕事柄、冷静沈着なのは良いことなんでしょうけど。

「はい、この屋敷の自動扉にも全く驚いた様子もなくて。逆にこちらの方が驚きました。」


「そうよね。私たちなんて慣れるまで1ヶ月は掛かったわよね。サンドラ。」

「そうね。他にも旦那様に対して最初から冷静にお話されていて凄いと思います。」

サンドラも同意する。


確かに。初めて大魔法使いと話す人達は、何と言うか必ず緊張してまごまごしてしまう。

伝説の魔法使い様で、あの美貌。決して友好的ではない態度。

全てが緊張させるのかもしれない。


その点、彼は初日からシエルと普通に話していた。

まあ、心の中はわからないけど、態度に出ないだけでも珍しい存在なわけだ。


仕事ができて、他の使用人からの評判も良い。シエルとも上手くやって行けそうなんて、もしかして物凄く良い人材を採用したのかも。



サンドラがブラッシングに満足したのか、やっと私の髪の毛を離してくれる。

その時、ノックの音がして噂のパトリックから声が掛かった。


「どうぞ。」

扉に向かって私が声を掛けて、サンドラが扉を開けてくれる。


「失礼致します。」

パトリックがワゴンを押して入ってきた。


私と、マリー、サンドラの3人がパトリックではなくそのワゴンの上に盛られた物に釘付けになる。


「手紙?」


「はい、正確には全て茶会の招待状です。」

パトリックが淡々と答える。


「旦那様からの指示で内容は確認済みです。実際はこの10倍はございましたが、私の判断で精査して絞らせていただきました。」


「10倍?」


今まで私に手紙なんて王妃様からぐらいしかほとんど来たことは無いのに、なぜ?


「昨日の舞踏会でリリアナ様を見かけてお知り合いになりたいと考えた方々からですね。」

なるほど。でも、社交デビューすると皆こんなに招待状が来るものなのかしら?


「普通はこちらの半分以下かと。」


パトリック?

私、さっきから何も言っていないのに何で考えていることが分かるの?!人の心が読めるの?!


「お嬢様は思っていることが分かりやすいので。」


「そんなに?」

え?!そんなに?


「はい。それでこちらの招待状のお返事ですが、いかがなさいますか?」

私の驚きをさらっと流してパトリックが尋ねた。


「お父様が指示して中身を確認したってことは、行っても良いってことよね?」


「はい、あとはリリアナ様に任せるとのことです。」


「そう。」

珍しい。いつも、王妃様のお茶会に行くのは嫌がるのに。

少しは私が大人になったと認めてくれたのかしら。


ぜひ、同じ年頃のお友達は作りたいと日頃から思ってはいたけど、この手紙の量のお茶会に伺うのはちょっと…。


「あの、パトリック?」


「はい、お嬢様。」


「もう半分に減らしてもらえる?」


「…」3人の沈黙が重い。


だって、ワゴンの上に乗っている招待状だけでもざっと見て50通近くはあるのよ!

今までほとんど引きこもりで社交デビューしたばかりの私が、こんなにたくさんのお宅に伺っていたらいくら私が健康でも精神的に参ってしまいそう。


「かしこまりました。では、全てのお宅に伺うのは大変かと思いますので、逆に数人ずつまとめてこちらにお招きしてはいかがでしょうか?」


「私がこの家に招待するの?」


「はい、例えば5~6名ずつお呼びすればそれほど大変ではないかと。」


確かに、こちらから出向くより格段に効率は良い。


「でも、皆様それで喜んでくださるかしら?せっかく招待してくださったのに反対に我が家にお招きするなんて。」

失礼に思われないだろうか?


「むしろ、喜ばれるかと思います。大魔法使いシエル様のお屋敷を見ることができるなんてなかなか無い機会ですから。」


なるほど。


「しかも、こちらのお屋敷のお庭は広大で素晴らしいと世間では有名です。」


そうなの?わたしは大好きで、いつも散歩をしたり、裏庭で乗馬をしたりと堪能させてもらっているけど。有名だとは知らなかったわ。


「ぜひ、そうしましょうよ!お嬢様!」

マリーがなぜか乗り気で同意してくる。


「そうね。でも、むしろ準備をするあなた達は大変じゃない?」


「いえいえ、近くでお嬢様方のお世話をする方が楽しみです!」

サンドラもウンウンと頷く。


「だって、余所のお宅に招待されるのでしたら私達がついていく訳にはいかないですけど。こちらのお屋敷でしたら貴族のお嬢様方がお茶会をされているのを間近で見られますから!」


そんなものかしら?

「そお?ならそうしようかしら?」


「はい、準備は任せてください!」

お茶請けに出すお菓子を料理人と決めて、テーブルセッティングのテーマも考えなくては、と二人で盛り上がっているのでその辺りはまるっとお願いすることにする。


「では、どういった分け方をしたら良いかは私が組みますので。」


「そうね。それはお願いするわ。」


たぶん、仲の良いご令嬢同士が一緒の方が良いのだろうけど私は全く分からないし。

ていうか、その辺の事情まで精通しているのかしら、パトリックは...。

そして、この10倍の手紙を朝の内に仕分けしたのよね。

パトリックを雇っておいた本当に良かったわ。


「お嬢様はお返事をお願い致します。」

そう言って私の白い机に手紙の山が載ったワゴンが横付けされた。


お返事ですか…。

これ全部ですよね。

王妃様が言っていた忙しくなるとは、このことだったのですね。


パトリックは私が書いてみた手紙の雛形をチェックしながら、日取りと誰をいつ招待するかを手早く決めた。

その日の夜、手紙の書きすぎで手と肩をガチガチにしながらも私は何とか招待状を全て書き終えた。



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