シエルvs王妃様
「どうしますか?広間に戻りますか?」
リカルドが聞いてくる。
腕の中のマティをを眺めて、困ってしまった。
まさか猫を連れて舞踏会に戻るわけにもいかないし、どうしよう。
「陛下たちに挨拶だけして今日は帰りますか?」
「そうだな。まあ、マティは放っておいても勝手に帰ると思うが。どうする、リリアナ。せっかくの社交デビューだろう、もっと踊りたいんじゃないのか?」
「そうかもしれませんけど、さすがに放っておくのは心配ですし。今日はマティを連れて一緒に帰ります。」
とりあえず、ホールまで戻ることにしておとなしく抱かれているマティを私が抱いたまま回廊を3人で戻る。
「リカルド、陛下達に挨拶をしている間だけ、マティを預かってもらっても良いかしら?」
「分かりました。マティさえ大人しくしてくれれば、バルコニーで待っていますよ。」
「あら、大丈夫よ。この子はとても頭の良い子だから、暴れたりはしないと思うわ。」
そこでまるで同意するように、にゃ~と鳴くので、本当に自分が誉められているのは何となく分かっているのかもしれない。
「でも、大丈夫ですかね。」
「何が?」
「いや~、陛下のところまで簡単に行き着くこと出来ますか?」
リカルドが意味ありげにシエルをチラリと見る。
何かしら?
「…大丈夫だ。私も一緒に行くから。リリアナ、先ほどと同じ様にホールに入ったら私の手を離さないように。」
ああ、なるほど。
人混みが凄いから、なかなか玉座に辿り着くのが大変ということかしら?
きっと、また人並みの間をすり抜けてくれるに違いない。
「はい、分かりました。」
「じゃあ、マティ大人しくしていてね。直ぐに戻るから。」
リカルドにマティをお願いして、バルコニーからホールに戻った瞬間、近くの人達がざっとこちらを振り向いたのにはぎょっとした。
反射的にシエルの影に隠れる。
「な、なんでしょうか?」
何か粗相でもしてしまった?
「気にすることはない。それに、どうやら向こうからやって来たようだ。」
シエルがそう言うと、私たちを取り巻いていた人達が今度はざっと2つに割れて王妃様が歩いてくるのが見えた。
私も周りの人達も頭を下げるが、王妃様が「良いのよ。今は、舞踏会の真っ最中なのですから私も自由に歩かせてちょうだい。」
と言って扇を降る。
つまり、それはあっちに行ってという意味に正確に理解した人達が、ちらちらとこちらを気にしつつ少し遠ざかっていく。
それを確認した王妃様が満足したように、笑顔でこちらに歩いてくる。何度もお会いしてはいるけど、今日は正装をされていて、いつもよりも豪華なドレスをお召しになっている。
3人もお子様が居るとは思えないスタイルと美貌に思わずぽーっと見とれてしまった。
「リリアナ、どこに行っていたの?心配したのよ?」
「はっ、申し訳ございません。ちょっと涼みに神殿の方へ行っていました。」
ひとりにならないようにおっしゃっていたのに、心配を掛けてしまったようだ。
「神殿?」
「はい。あのそれで神殿の近くで、我が家の飼い猫を見つけてしまって、連れて帰りたいので、そろそろお暇をしようかと。今からご挨拶に行こうとしていたところでした。」
「まあ、以前リリアナが言っていた綺麗な黒猫?」
「はい、そうです。すいません、お城にまでお邪魔しているとは思わなくて。」
「あら、猫なんて自由な生き物なんだから仕方がないわ。それより、その猫、私も見てみたいわ。」
「はい、そこのバルコニーに…」
せっかくなので王妃様にも我が家の可愛いマティを紹介しようとしたところ、侍従が王妃様の元に来て耳打ちをして行った。
「まあっ!」
王妃様が面白く無さそうに玉座を振り返る。
玉座にひとりで座る陛下がヒラヒラとこちらに向かって手を降った。
「そろそろ、戻られた方が良いのでは?」
そこで、初めてシエルが口を利いた。
「仕方がないわね、貴方達と私が一緒に居ると皆の動きが止まって盛り上がらないそうよ。」
?王妃様が背後のホールを振り返る。
それに、釣られて私もホールを見渡すと、音楽は鳴っているのに踊っているのはほんの僅かだった。
殆どの人達が、話をしながらこちらをチラチラと伺っている。
「やあねぇ。まるで私が貴方達を苛めているみたいじゃない!」
王妃様が憤慨したように文句を言う。
「まあ、あながち外れてはいないかも知れませんね。私に再婚を押し付けようとする辺り。」
「シエル!?」
王妃様に対して何てことを言うの!
でも、王妃様はシエルの言葉には全く気にした素振りも見せずに鼻で笑うと「いいのよ、リリアナ。いつもの事だし。私なんて大魔法使い様に比べたら、大した力もないただの王妃ですもの。」
いえいえいえ。ただの王妃って何ですか?!
っていうか、思いっきり嫌味ですよね?
「あなたの再婚だって、可愛い私のリリアナが心配するからこそでしょ?」
「可愛い私の?リリアナは私のだ。」
二人の間に見えない火花が散った。ように見えた。
だいたい、私のリリアナってなんですか?!
「ええ、ええ、確かにリリアナは貴方の娘よね。」
「…本当の娘ではない。」
シエルが言い辛そうに言った。
え?私は驚いて隣に立っているシエルを見上げた。
それは誰もが知っていることだけど、今ここで言わなくても…。
「だから、何?まさかリリアナと結婚したいとか言うわけじゃないでしょうね?」
「王妃様!」
思わず大きな声を出してしまい、周りの視線を更に集めてしまった。王妃様も言い過ぎたと思ったのか気まずそうな顔をして黙る。
「こんなところで話す事では無かったわね。私は戻るわ。リリアナ、きっと明日から忙しくなると思うけどまた遊びに来てちょうだいね。」
「…?はい。」
忙しくなる、誰が?良く分からないがとりあえず返事を返すと王妃様は皆の視線を集めつつ玉座へと戻っていった。
それと共に踊る人達がホールに戻ってくる。
「帰りましょうか?」
隣に立つシエルに声を掛ける。
リカルドとマティをずいぶん待たしてしまった。
「ああ。」
何故かその場で固まったままのシエルを、今度は私が手を引くようにリカルドが待つバルコニーへと戻っていった。
何かしら?実の娘ではないと今更言われて、ちょっと落ち込みたいのはこっちの方なのに。
まるで、シエルの方が辛そうな顔をしている。
「大丈夫ですか?ずいぶん話し込んでいたみたいですけど。」
バルコニーに出るとリカルドがマティを抱いたまま、心配そうに声を掛けて来る。
シエルが反応しないので私が答えた。
「ええ、待たせてしまってごめんなさい。」
お礼を言ってマティを受け取る。
「大魔法使い様どうかしたんですか?」
リカルドがちょい腑抜け状態のシエルを不思議そうに見て、
耳打ちをしてきた。
「ちょっと、王妃様とやり合って」
私もシエルに聞こえないようにコソコソと答える。
「え~、珍しくやり込められたんですか?いつも、どっちも退かなくて結局陛下が二人をなだめるのに。」
「え?陛下がなだめるんですか?」
何てことを!
なるほど、玉座から見ていた陛下が気を回して王妃様に声を掛けてくれたらしい。
「とにかく、私達は今日は帰りますね。リカルドはまだ残っていくでしょ?」
「う~ん、ちょっと大魔法使い様が腑抜け過ぎて心配だから送っていきますよ。どうせ、魔法省専用の馬車だし、またお城に戻ってきますから。」
「まあ、良いの?」
実は、この状態のシエルと二人だけで馬車に乗るのは気が乗らなかったのだ。
リカルドには面倒を掛けて申し訳ないけど、本人からわざわざ言ってくれたので甘えることにする。
結局、3人と一匹で馬車に乗り屋敷まで帰ると、リカルドは私達が中に入るのを見届けてまた城に戻っていった。
シエルは馬車の中でもほとんど、「ああ。」とか「そうだな。」とか相づちは打つけど上の空で、屋敷に帰っても直ぐに自分の部屋に行ってしまった。
「本当に、大丈夫かしら?」
いつも、冷静で口では誰にも負けなさそうなのに。
前世の私なら、まるで落ち込んでいるような、初めて見るシエルを抱き締めてあげれたのに…。
お父様を抱き締めて慰めるなんておかしいわよね。
そして、次の日。
王妃様の言っていた、「忙しくなる」の言葉を理解することになった。