神殿と黒猫
神殿の祈りの間には、ほんのりと明かりがともっていて、部屋の隅まで見渡せたけど誰もいなかった。
「やっぱり奥の間かしら?」
「そうですね。リリアナはこちらで腰かけて待っていてください。大魔法使い様を呼んでくるから。」
「ありがとう。でも、本当にお忙しいようでしたら無理に来てもらわなくても。広間に戻って待っていますのでと伝えてください。」
何となく涼みがてらここまで来てしまったけど本当に緊急な仕事なら邪魔してはいけない。
「分かりました。たぶん大丈夫だとは思うけど様子を見てきますから。」
リカルドが奥の神殿に続く扉に入っていくのを見届けて、祈りの間のベンチの一つに腰かける。
「ふ~。」
手を着いたベンチのヒヤッとした石の感触が、火照った肌に気持ちいい。思わず溜め息をつく。
昼間は神殿で祈りを捧げる人たちが大勢いる場所だが、この時間は神殿に入れる門は締まっている。
お城からは回廊を通って私たちのように来ることはできるけど、今は舞踏会の真っ最中。
当然、誰もいなくてガランとしている。
明かりもかなり暗く落としてあるので、天井や壁画の精霊たちの絵も壁に掛かっている明かりの近くの物がぼんやり見える程度だ。
本当にあんなに美しい精霊たちが私の周りに居るのだとしたら見てみたい。
そんなことをぽやぽやと考えて、リカルドがはいっていった奥の間の方向をぼ~っと見ていると、奥から小さな黒い影が出てくるのが薄暗がりの中、目の端をかすめた気がした。
「え?マティ?」
確かに我が家から王宮はそれほど遠いわけでは無いけどまさかこんなところにマティがいるなんて。きっとよく似た黒猫に違いないと思いつつ名前を呼んでみる。
「にゃ~」猫の鳴き声と軽い足音がして、猫が近寄ってきたので姿がよく見える。
「やっぱり、マティよね?」
見事な艶の黒毛に薄暗い中でもキラキラ光る金の目、私が呼んで近づいてきたのが何よりの証拠。
「マティ?あなた何でこんなところに居るの?」
確かにいつも屋敷から自由に抜け出してはいるのは分かっていたけど、まさか王宮のこんな奥まで来ていたなんて。
「ずいぶん行動範囲が広いのねぇ。」
手を差し出すと甘えた声を出してすり寄ってきたのでそのまま抱き上げる。
「あら、ずいぶん艶々ね。」
いつも、我が家の侍女や私にブラッシングはしてもらっているけど、いつにもましてずいぶん艶やかに輝いている気がする。
王宮の誰かに念入りにブラッシングでもしてもらったのかしら?
艶々のマティの毛並みを撫でて堪能していると、いままでシーンとしていた神殿の奥から話し声が聞こえてきて、大魔法使いとリカルドが出てきた。
「リリアナ!」
シエルが私を見つけて近寄ってきたので、私もマティを抱いたまま小走りに駆け寄る。
「シエル、お仕事の邪魔をして申し訳ございません。」
「いや、大丈夫だが...マティ?」
私の腕の中に居る猫を見て、シエルが不思議そうな顔をする。
「はい、先ほど神殿の奥の方から出てきてビックリしました。」
「そうか、いや時々この辺りに出没しているのは知っていたが...。」
「まあ、そうなんですか?私はこんな王宮の奥まで来ている知らなかったので驚きました。」
そうか、シエルはお仕事でここには良く来るからマティを見かけていたのね。
「それにしても毛並みがいつにもまして艶々だと思いません?マティっていったい何歳くらいなんですか?」
額をグリグリっと撫でると目を細めて気持ち良さそうな顔をする。
「何歳?」
「はい、私よりは年上ですか?」
確か、私と同じくらいに今の家に来たと聞いたような気がしたけど。
「我が家へ来たときは子猫だったんですか?」
マティの子猫時代!きっと物凄く可愛かったに違いない!
「い、いや。もう、今くらいの大きさだったと。何歳くらいなのかな?」
まるでマティに聞いているような言い方に思わず吹き出してしまう。
「ぷっ。もう、シエルったら猫に聞いても答えるわけないじゃないですか。貴方が分からなければ、他の人も分からないと思いますよ?」
「そうか...。」
いつも冷静であまり表情が変わらないシエルが珍しく慌てているような様子に、更に笑ってしまった。