神殿へ
「じゃあ、次は僕で!」
シエルと一曲を踊り終えると壁際に下がる間もなくリカルドが待っていて、すかさず手を取られて二曲目も続けて踊ることになる。
踊りながら、目の端に人々に取り囲まれたシエルが見えた。
「わ~、凄いな君の父上は。日頃、こういった公式の場に出ることほとんどないからね。お近づきになりたい紳士や淑女たちが群がるのも仕方がないよ。」
それを見たリカルドが揶揄する。
「まあ、御年何歳か存じ上げませんが、わが国だけではなく影で各国の王を操っているとか、人間界だけではなく精霊界をも掌握しているとか。しかも、あれだけの男前となっては、もう、噂というか伝説の人物だからね。」
「...。」
世間の評判は聞いてはいるけど、私にとっては前世は束縛が激しい夫で、今は過保護な父親でしかない。
「ちなみに、職場では人使いの荒い大魔王様だから...。」
リカルドが心底怖そうに言うので噴出してしまった。
「その割には他の人とは違ってお父様に対して随分遠慮がないわよね?リカルドは。」
「まあね、上司としてはかなり変わり者だけど。近くにいると意外と人間味があるのが分かるし、何といっても仕事はできるから。職場の部下たちは皆、文句は言いつつも尊敬はしているよ。だいたい自国の守護神である精霊王と対話できる人間なんて伝説以外の何物でもないよ。」
「...そうなの。ありがとう。」
いつもふざけているように見えるリカルドが真面目にシエルことを話してくれるので、思わず私も真面目にお礼を返してしまった。
「いいえ、どういたしまして。ぜひ、御父上に僕が言ったことを大袈裟に伝えてもらえると嬉しいね!」
ニヤッと笑っていつものリカルドに戻ったので、私も考えといても良いわと、冗談で返した。
結局、リカルドと三曲も続けて踊り、くたくたになってバルコニーのベンチに座り込んだ。
リカルドが冷えたレモン水を運んできてくれて、それをお行儀悪いとは思ったけど一気に飲み干した。
「ふ~、疲れたぁ。」
やっと一息ついて思わず声が出る。
「大丈夫かい?」
自分は冷えたシャンパンを飲みながらリカルドが心配そうに聞いてくる。
「ええ、大丈夫。楽しくっておもいっきり踊ってしまいました。」
明日は筋肉痛になっているかも。
「それにしても、リリアナがこんなにダンスが上手いとは思わなかったよ。三曲目なんて結構難易度高くて、壁の花になっている人の方が多かったのに。」
「ふふっ。実はダンスは得意なんです。やっと披露できて嬉しいです。」
ダンスと乗馬は大好きで、教えていただいていた先生方からもお墨付きをもらっている。
今までは屋敷で先生相手の練習だけだったけど、社交界デビューしてこれからは公式の場で遠慮なく踊れると思うと楽しみ。
「でも、そう言うリカルドもとってもリードが上手で踊りやすかったです。」
「そお?実は僕も魔法と同じくらいダンスが得意なんだ。」
そう言うと、にやっと笑いパチンと片目を閉じた。
クスクスとふたりでひとしきり笑う。
「楽しかった?」
「はい。」初めてではないけど、やっぱり社交デビューはウキウキするものだ。
「ところで、お父様はどこでしょうか?」さすがにそろそろ戻らないと機嫌が悪くなりそう。
「大魔法使い様なら1曲踊った後に神殿の方へ行ったよ。僕にリリアナの護衛をしておけって、合図を寄越して。」
それは、気が付かなかった。いつのまに。
どうやら、魔法省特有の合図があるらしい。
「でなきゃ、リリアナと3曲も踊らせてもらえなかったよ。」
なるほど、普段なら直ぐに邪魔してきそうなのにおかしいと思った。どうやら、こんな日まで仕事が忙しいようだ。もうすぐ、精霊祭だから色々とやることがあるのかしら。
「それにしても、直ぐに戻ってくるかと思ったけど遅いなぁ。きっと大広間に戻ったら、あちこちから踊りの誘いが来て、ずっと躍り続けるはめになるから、大魔法使い様を探しに神殿の方に行ってみる?」
ずっと踊り続けるほど誘いが来るのは私ではなくてリカルドじゃないかと思うけど、少し休憩したい私はリカルドの誘いに頷いた。
「そうね、涼みがてら行ってみる。」
神殿の辺りはいつも清涼な空気が漂っていて涼しい。
それを知っていたので、涼むのにちょうど良いと思い神殿に向かうことにする。