第7話 子供達の現実
「ご飯ですよ~。」
瞳が料理を手に居間に入ってきた。
子供達もそれぞれ食器やお櫃を持って、ぞろぞろと入ってくる。
「うちも大所帯になったねぇ。賑やかでいいなぁ。」
源助はしみじみと言った。
「ほぅ。お前も言うようになったのう。」
源造はそう言うとニヤリと笑った。
「昔の話は勘弁してよ。小っ恥ずかしい。」
源助はそう言うと恥ずかしそうに笑った。
今の源助はいつもニコニコとした好青年に見えるが、反抗期の頃は手がつけられない暴れ者だった。
篠崎流忍術を修得している源助は、腕っぷしも強く、気っぷも良いため、たちの悪い連中とつるみだすと、あっという間に頭を張った。
派手な柄で背中に髑髏を縫った着物をだらしなく着こなし、手下を引き連れて歩くようになると、家にも寄り付かなくなった。
お幸はオロオロし、源造に相談したが源造は「放っておけばいい。」の一言だけで取り付く島もなかった。
源助が問題を起こす度に、お幸は源助が迷惑をかけた人々の家を駆けずり回り、頭を下げまくっていた。
瞳はそんな源助を恐れて近づこうともしない。
お幸は見る見るうちにやつれていき、笑顔を見せなくなった。
見かねた勇児は、手下を引き連れた源助に決闘を申し込み、夜の色街で大立ち回りをした結果、15人いた手下と共に足腰が立たぬまでコテンパンにした。
源助はかなり堪えたようだがそれでも治らず、ある事がきっかけで源造の逆鱗に触れてしまった。
結果、源助は、3か月の入院生活を余儀なくされた。
しかしそれがきっかけで立ち直り、入院中に今の彼女が出来たのだから、結果的にはよかったのだろう。
それからの源助は人が変わったように真面目になり、今ではご近所さんから気安く声をかけられるようにまでなった。
源助はその頃の話を子供達に聞かれたくなかったのだ。
食卓に料理が並び、食事が始まった。
今日の献立は刺身に煮物、味噌汁に香の物、メインディッシュは大きな皿二つに山盛りになったコロッケだった。
いただきますの声と同時に食事が始まる。
子供達は我先にとコロッケに手をのばす。
「おいしー!」 子供達は大喜びだ。
「なんだこれ?なんだこれ?」
モチラはコロッケを食べながら、なんだこれを連呼する。
「あっついけどおいしーな!」
「今、流行りのコロッケって言うのよ。」
瞳が説明すると、ガボラ達は「コロッケおいしい!」と喜んだ。
ガボラは口をハフハフさせながら、コロッケを平らげていく。
何本もの箸が大ください皿にのび、見る見るうちにコロッケの山が平地になっていく。
「慌てないでゆっくり食べるのよ。」
瞳が声をかけるが聞いちゃいない。
「何か食べたいものがあったら言ってね。おばちゃん頑張って作るから。」
お幸が子供達にそう言うと、子供達は一斉に箸を止めた。
ここぞとばかりに、源造、源助、勇児、瞳はコロッケに箸をのばす。子供達に圧倒されて手が出なかったのだ。
「あれ、なんて言うんだ?」
ガボラはモチラに尋ねた。
「あれか?おいしそうな匂いのやつか?」
「それだ。」
「あれ、おいしそうな匂いだねぇ。」
アイラがそう言うと、子供達は一斉に頷いた。
「名前がわかんないや。見たこともないし…。」
ガボラが寂しそうに言った。
子供達はウンウンと頷いた。
「おいしそうな匂い…。見たことがない…。」
お幸はそう言うと考え込んだ。
「なんだろ?」 勇児は源助の顔を見ながら尋ねる。
「なんだろな?」 源助は勇児の顔を見ながら答えた。
「何かしら?」 瞳は宙をみながら呟いた。
「すき焼きか?」 源造はお猪口を手に言った。
確かにすき焼きの匂いは旨そうな匂いだ。
「あっ!」 しばらく考えていたお幸が声をあげた。
「わかった!あれね。」
「おばちゃんわかったの?」
アイラが不思議そうに尋ねる。
「甘~い匂いじゃないでしょう?」
お幸が尋ねると、子供達は頷いた。
「お腹が空いてきちゃう匂いよね?」
「そうなの。あのにおいはおなかがすいちゃうの。」
メルルがそう言うと、子供達はブンブンと頭を上下に振った。
「じゃあ、やっぱりあれだ!明日って言う訳にはいかないけれど、材料が揃ったらおばちゃんが作ってあげる。」
「えっ!いいの?」 タルルは嬉しそうに言った。
「やったー!やったー!」 子供達は歓声をあげた。
「お母さん、よくわかったわね。」
瞳がびっくりしながらそう言うと
「そういえば最近作ってないわね。あなた達も昔は大好きだったのにね。」
お幸がそう言って笑うと、今度は源造が
「おぉ!あれか!そういえば久しくお幸ちゃんの作るあれを食べてないな。わしも久々に食べたくなってきた。」
源造はそう言うとお幸を見てニヤリと笑った。
お幸も源造を見て笑っている。
「なになに?何を作るの?お父さんはなんでわかったの?」
「フッフッフ。何を作るかは秘密じゃ。お幸ちゃん、材料はわしが手配しておくよ。」
「源ちゃん、よろしくね。」
「なんだ?フグか?」 源助がそう言うと勇児が言った。
「フグはそんなに匂いがしないだろ?くさやか?」
「くさやは違うんじゃない?少なくとも私はあの匂いでお腹は空かない。」
くさや好きにはたまらない匂いだろうが、子供はどうかと聞かれたら返答に困る。
瞳の意見を聞き、勇児と源助は頷いた。
「確かに。」
「おじちゃん。」 ガボラは源造に向かって言った。
「ん?どうした?」
「おいら達はいつから働けばいいんだ?」
「働く?なんで働くんじゃ?」
源造はキョトンとした顔で尋ねた。
「おれ達、働かないとごはん代払えないぞ?」
モチラがそう言うと、アイラが言った。
「あちし、牛乳配達と畑のおしごと出来るよ!」
「ぼくもメルルも出来ます。」 タルルが続く。
「おれとガボは薪割りも出来るよ。」
モチラはそう言うと、薪割りをする真似をした。
大人達は顔を見合わせた。
「みんなは働かなくていいんだよ?」
瞳がそう言うと、ガボラはすぐに言った。
「働かないとごはん代が払えないじゃないか。」
大人達は黙ってしまった。
確かに子供達の言い分は正しい。働かざるもの食えるはずがない。
「みんなは何をしに大和王国に来たの?」
お幸が尋ねると、モチラが答えた。
「おれ達はお勉強をして、ルーンで女王様のお手伝いをするために来たんだ。」
「おいらはお勉強をして、ルーンの兵隊さんになるんだ。」
ガボラがそう言うとアイラが言う。
「あちしはねぇ。大きくなったらお医者さんになるの!」
「ぼくも大きくなったら兵隊さんになりたい。メルルは大きくなったら女王様のお手伝いをするの。みんなで女王様とお約束したの。」
タルルはそう言った。
「じゃあ、みんなのお仕事は大和王国でお勉強をする事よねぇ?」
お幸の言葉を聞き、子供達は頷いた。
「じゃあ、お仕事あるじゃない?」
「そうか…。でもごはん代が…。」
ガボラがそう言うと、お幸は諭すように言った。
「ごはん代は女王様からちゃんともらってますよ?みんなはお勉強を頑張ればいいのよ?ね?」
「でもこんなご馳走を、こんなにいっぱい食べてもいいのかなぁ…。」
モチラがそう言うと、子供達は顔を見合わした。
この何気ないセリフは勇児、源助、瞳には堪えた。
そして彼らを一気に現実へと引き戻す。
子供達はこんなご馳走と言ったが、コロッケは大和王国では高価な御馳走ではない。
ましてや食文化の発達したルーン王国から来た子供達がご馳走と言うのはおかしい。
ご馳走と言う言葉で、子供達が今まで過酷な人生を歩んで来たのだと認識させられた。
この時点で3人は何も言えなくなったのだ。
「食べてもいいんだ。いや、食べなきゃだめだ。」
源造はそう言って笑った。
「食べてもいいの?」 アイラが心配そうに言った。
「食べなさい食べなさい。しっかり食べて大きくなって、女王様のお手伝いをしないとダメだろう?」
「そうそう。源ちゃんの言うとおりよ。しっかり食べてもらうように、おばちゃんも頑張ってお料理作るからね。」
お幸は右腕に力こぶを作りながら言った。
子供達の表情はパッと明るくなり、安堵しているようだった。
「さぁ!みんなでごはんを食べましょう。冷めないうちにね。」
お幸の一言で食事が再開された。
食事が終わると、お幸と瞳は子供達とお風呂に入りにいった。
残されたのは男達だけだ。
「おじさん…。」 勇児が口火を切った。
「ん?」
「戦争ってこういう事なんですね…。」
「さっきの子供達の事だな?簡単に言えばそうだな。わしらは今、戦争とは遠い場所におるが、わしらのご先祖様はそうではなかった。
ご先祖様の日記を目にしたことがあるが、それはもう酷たらしいものだ。
二人ともよくお聞き。戦争というやつは常に戦時中ばかりが話に上がるが、そうではないのだ。
戦後というのも戦時中と変わらぬほど大変なのだよ。他国との戦争なら勝てばそれこそ好きに出来るが、負けてしまえば何一つ無くなるのだ。
内戦というやつは勝っても負けても何も残らないのだから、特に厳しい。あの子達はその犠牲者なのだよ。」
「なるほど…。」 源助は唸るように言った。
「源助よ、お前には跡取りとして、勇ちゃんには剣崎家の頭首として言うておく。
お幸ちゃんとも話し合ったんだが、わしらはあの子達を実の子と同格として受け入れる。
言うておる意味はわかるな?」
「はい。」 源助はそう言って頭をさげた。
「剣崎勇児。剣崎家15代目頭首として、今の言葉承りました。」
勇児もそう言うと頭を下げた。
「勇ちゃん。これから大変だろうが、あの子達の事は気にかけてやってほしい。
これはやっちゃんの願いでもある。やっちゃんはあの子達の事を気にかけていたのだよ。
源助。あの子達はお前の弟妹だ。心しておけ。」
源造がそう言うと、廊下から子供達の声が聞こえた。
襖が開き、湯上がりの子供達と瞳、お幸が立っていた。
「おやすみなさーい。」
子供達が口々に挨拶をする。男達も挨拶をすると、ガボラがお幸の手を引っ張る。
一緒に寝ようと言う意味だろう。
「ごめんね、ガボちゃん。後から行くからお姉ちゃんと先に行っててね。」
と言って子供達を見送ると部屋に入って勇児に言った。
「勇ちゃん。ガボちゃんの事なんだけど。」
「何かありましたか?」
「さっきちょっと言ったけど、ルーン女王様からガボちゃん達に毎月、必要経費がでるのよ。その管理についてね。」
「あ、それはおばさんにお願いしてもよろしいですか?俺はずっとそばにいるわけにはいかないし、必要な物もわかりません。
財布を二つにしても面倒がかかるだけですし、ご迷惑でしょうが出来れば…。」
「わかりました。それではそのようにさせてもらうわね。明日からお仕事だと聞いたから、早めに話を済ませておきたくて。
明日はお弁当作るわね。何か食べたい物ある?」
「わしは玉子焼き!」 源造は手を挙げて言った。
「源ちゃんたらもう!」 お幸はそう言うと笑った。
「俺も玉子焼きがいいです。」
「はい。わかりました。それじゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
男達が挨拶をすると、お幸は部屋を出て行った。
「最近、お幸ちゃんが一緒に寝てくれんから淋しいのぅ。
源助、久しぶりに一緒に寝るか?」
源造がそう言うと、源助は泣きそうな顔で言った。
「勘弁してくれよぅ。」おかしな声だった。
「嫌か?」 源造は笑いながら聞いた。
「嫌だよぅ。」 これまたおかしな声だ。
「お前もあの子達の頃には、喜んでわしと寝たのにのぅ。」
そう言って源造は豪快に笑った。
寝室に着いたタルルを除く4人の子供達は、瞳とお幸の見守る中、輪になってお互いを牽制しあっていた。
その顔は真剣そのものであり、いつもおとなしいメルルですら、一歩も引かないといった雰囲気だ。
熱血マンガなら間違いなく、4人の目には燃えさかる炎が描かれているだろう。
一方、タルルは余裕しゃくしゃくといった感じで、お幸の右隣に座っている。
「じゃあ行くわよ?いい?」
瞳は真剣な声で子供達に尋ねた。子供達は無言のまま頷く。
「せーの!」
「ジャンケンポイ!」
「ポイ!」
「ポイ!やったー!」
その場で飛び上がり、勝利の雄叫びをあげたのはアイラだった。
そのままアイラはお幸の左隣に座る。
残りの3人は心底悔しがった。
ガボラにいたっては布団の上に倒れ込み、バタバタと暴れながら悔しがっている。
「次やろ次。」 モチラは急かすように言う。
「せーの!」
「ジャンケンポイ!」
「ポイ!」
「ポイ!やったー!」
次に雄叫びを上げたのはモチラだった。
モチラは急いで瞳の左隣に座った。
「メルル!勝負だ!」 ガボラは勝利への執念に燃えている。
「負けないもん!」 メルルも一歩も引かない。
「せーの!」 2人の戦士は構えをとる。
「ジャンケンポイ!」
勝負は一瞬でついた…。
ガボラの手は力強く握りしめられたグー。
対してメルルは…。
全てを包み込むパーだった。
「わーい!やったやったー!」
メルルはピョンピョンと跳ね、勝ち取った勝利を喜ぶ。
一方、敗者であるガボラはその場に崩れ落ちた。
長く過酷だった争いの勝負はついたのだ。
メルルは瞳の右隣に座ると、満面の笑みを浮かべた。
「はい、決まりね。」
お幸がそう言うと子供達はそれぞれのポジションについた。
横一列に並んだ布団の奥からタルル、お幸、アイラ、ガボラ、メルル、瞳、モチラの順番に横になる。
そう。「お幸と瞳の隣で寝られる権利」を巡っての第1回ジャンケン大会が催されたのだ。
だか、子供達5人に対し、お幸と瞳の隣は4つしかない。
敗者はみじめにも布団の真ん中で寝ることになるのだ。
事の発端は風呂場であった。
風呂に入っている最中、誰がお幸の隣で寝るかで子供達は揉め出した。
協議の結果、公正にジャンケンで決めようという事になり、風呂場でのジャンケンでタルルが勝利をものにした。
その結果、タルルはお幸の右隣を選択したのだ。
引き続きジャンケンをしようとしたところ、お幸から「お風呂からあがってから続きをしましょう。」との提案が出たため、一時休戦となったのだが、この瞬間から子供達は心理戦を繰り広げた。
「おれはパーしか出さない。」という強者もいれば、「チョキは使わない。」などという混乱を狙う者も現れた。
不敵な笑みを浮かべ、精神的優位に立とうとする者もいたし、我関せずと平静を保つ者もいた。
激しい心理戦を経て「第1回 お幸の隣で寝たい選手権」が開催されたのだ。
「おいらジャンケン弱いなぁ…。」 ガボラは呟いた。
「じゃあ、明日はガボちゃんが好きな所で寝てもいいわよ。
ジャンケンで負けた人は、次の日は好きな所で寝てもいいことにしましょう。」
お幸はそう言って笑った。
4人は黙っているが、ガボラにはクセがあった。
ここ一番という勝負の時や、咄嗟にジャンケンをする時に、ガボラは必ずグーを出すのだ。
だからガボラが最後まで残ると、みんなパーを出す。
もしくはジャンケンを急かすのだ。
これでガボラは完全なカモと成り下がり、狩る側から狩られる側になったのだ。
そのクセを見つけたのはタルルだった。
この発見は4人の中ではトップシークレットとして扱われ、決して口外してはならない秘密とされているのだ。
しかし、4人の子供達はまだ気がついていなかった。
お幸の提案の導入により、ガボラは2回に1回という50%の確率で、間違いなくお幸の右隣を独占し、自分の右隣がフリースペースになるという事を。
そしてガボラが絶対に、連続して布団の真ん中に寝る事が無いと言う事を…。
布団に横になるとおしゃべりが始まった。
「今日のごはんもおいしかったなー。」
ガボラがそう言うと、残りの子供達も同意する。
「なー。おいしかったなー。」 モチラだ。
「みんなにも食べさせてあげたいねぇ。」 アイラだ。
「みんなって?」 瞳が尋ねた。
「教会にいるみんな。」 メルルだ。
「そうなんだ。」 瞳はモチラとアイラを撫でながら言った。
「おばちゃんのお料理はおいしいね。」 タルルだ。
「そう?嬉しいわ。」
お幸もタルルとアイラを撫でながら言う。
しばらく会話をしていたが、だんだんと会話がなくなり、最後まで喋っていたガボラも
「みんなで…おばちゃんの…食べた…。」
そこで会話が途切れてしまった。
しばらくすると寝息しか聞こえなくなった。
瞳も眠ったようだ。
お幸は体を起こすと、右手で行灯の蓋を持ち上げ、静かに息を吹きかけた。
遺跡発掘編までもう少しお待ちください。