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第4話 五家会議

 勇児と護が席につくと会議が始まった。


 「予定だと、最低でもあの子達が二十歳になるまでは大和王国に居ることになるわ。」


 さやかはそう言ってお猪口を口元へと運ぶ。


 「と言うことは、二十歳まで軍学校に通うと言うことですな。」


 不動恭司が質問を投げかけると、さやかは言った。


 「基本的には軍学校での課程は修了してもらうつもりよ。弟子入りなのだし、学業が修得出来てもそっちが修得出来なければ、延期もあるわね。」


 「弟子入り先の割り当てはどうなるんですか?」


 不動恭司の問いに対してさやかは


 「勇ちゃんはどう思う?」


 と、勇児に話を振った。


 「見た感じですが、ガボラはうちか嘉納様の所でしょう。モチラは源造叔父さんの所で、タルルは上田様の所。メルルは間違いなく護の所でしょうね。アイラはわかりかねます。」


 「さすがね。アイラには医学を修得してもらうわ。だから嘉納家預かりになります。ガボラは剣崎家ね。

 とはいえ、学校に通っている間は全員、篠崎の家に住んでもらって、ここから学校に通って貰おうと思っているの。

 ガボラとモチラに関しては嘉納家、篠崎家、剣崎家で見ていただけるほうが、皆さんも都合が良いでしょう?」


 確かにいくら弟子入りをしたとしても、各家が付きっきりで教えられるとは言い切れない。

 各家はそれぞれ本業を持っているのだから、仕方が無いと言えば仕方が無い話である。


 軍学校の校長である源造ならば問題無いだろうが、勇児や小太郎のようにかなりの頻度で王国から離れる仕事をしていると、学校に通う子供達を教える事は難しくなる。

 基礎を覚えるのなら、嘉納家、篠崎家、剣崎家で協力するほうがお互い楽であろう。


 「それでまもちゃんはどう?」


 さやかの問いに護は即座に答えた。


 「先ほど確認しましたが、メルルの退魔師としての能力はかなり高いと思われます。あれ程の潜在能力は見たことがありませんが…。本当に良いのでしょうか?」


 退魔師と言う仕事に朝も夜もない。メルルはそれに付き合う事になるのだから、護の心配は当然だ。


 「だから軍学校の中等部までは全員、基礎だけを教えようと思うの。高等部から先は実践教育も単位に認められるでしょう?」


 軍学校の課程は初等、中等、高等部に分かれている。


 6~12歳が初等部。

 12~15歳が中等部。

 15~20歳が高等部になる。


 中等部までは義務教育であるが、初等部ですら現代のように担任が全ての教科を教えるわけではない。各教科毎に先生がいる。

 一般教養は中等部までに修得するシステムなのだ。


 高等部を卒業すると、修得した学科の数だけ教員免許が貰える。教員免許があれば学校の先生にもなれるし、場合にもよるが王国研究員にもなれるし、弟子もとれる。


 美術や音楽などの芸術系の職業や、伝統工芸や伝統芸能に関しても、高等部を出れば二十歳で弟子はとれるが、そもそも該当する学科が無かったり、そういった分野では経験や実績を重視されるため、わざと高等部に行かない者も多い。


 そういった人々は、中等部を卒業すると師匠に師事し、一人前になるまで経験と実績を積み重ねる。

 師匠から一人前になったと認められると職業組合に申請を出し、弟子を取れる許可証の申請を出す。


 師匠からの推薦状を提出し、試験をパスすると許可証が発行されるが、もしも本人が問題を起こした場合、推薦状を書いた人間にも何らかの責任が発生する。


 師匠は弟子が一人前になるまでの間は決まった金額の手当てを職業組合から貰えるので、多ければ多いほどお金にはなるが、そのお金は弟子の給金から支払われるので、師匠が気に入らなければ弟子は他の師匠や職業組合と相談し、移籍する事も出来る。

 逆に見込みがないと判断した弟子を師匠が切り捨てる事も出来る。


 その場合、師匠が他の師匠仲間や職業組合と相談し、弟子のトレードや移籍を行うのが通例である。


 師匠にも弟子にも相手を選ぶ権利があるのだ。


 職業組合から支払われる手当てといっても、額は少ないので弟子を取るだけで生活をしようとすれば、100人単位の弟子を取らなければならないが、実際には無理な話であるし、職業組合もそれは認めていない。

 事実、師匠が取る弟子の数は職業によって差はあるが、10人弟子を抱えているとかなりの大所帯だ。


 来月から体育の先生になる瞳も高等部を卒業しており、瞳も兄の源助も勇児も体育の教員免許を取得しているが、高等部は飛び級も認められていれば、在学中に遺跡発掘員などをすれば、実地研修という事で単位も認められている。


 普通、5年の間に一つの学業を修められれば充分だが、中には二つ三つ修める天才もいる。

 しかし上田家のような化け物クラスになると話は別だ。

 上田家の歴代頭首は最低でも、戦術、政治、経済、地学、数学、歴史は修得しているのだから驚かされる。


 学校は基本的に無料であり、地方出身者のための寮も用意されている。

 大和王国としては、家庭の事情や金銭的な理由で優秀な人材を失いたくないために、100年ほど前に今のシステムを構築したのだ。

 おかげで今では読み書きの出来ない国民はほとんどおらず、そろばんの使えない者もほとんどいない。


 「なるほど…。大和王国での学業を優先しながらの弟子入りと言う事ですな…。」


 源造はそう言うと腕を組んだ。


 「大和王国としては、最低でも大和の学業だけは修得してもらいたいの。

 弟子として学ぶ部分は個人差があるから、修得出来なくても言い訳が立つじゃない?」


 さやかがそう言うと、珍しく上田正順が口を開いた。


 「大和の基本的な学業が修得出来なければ、弟子として修得するのは難しいでしょうな。」


 「今回の留学で一番負担がかかるのは、間違いなく子供達よ。難しいとは思うけど、みんなの力を貸して欲しいの。」


 「いやいやさやかさん。今回の話は我ら五家から言い出した事。さやかさんが頭を下げる必要などありますまい。

 我らはかの地にて彼らの熱い想いに打たれ、動こうと思ったまでのこと。

 今はここには居らぬが、八雲とて同じ想いでしょう。なぁ、みんな。」


 嘉納小太郎がそう言うと、勇児以外の五家の頭首は黙って頷いた。


 「何しろこれから先は全てが初めての事。何が起こるかわかりませんが、我らとしては出来る限りの協力をすると言う事でどうでしょう?」


 源造の言葉を聞き、その場にいた全員が頷いた。


 「子供達はうちに住まわせ、うちから学校に通わせます。私も瞳も学校に行くので校内での行動もある程度は掴めるかと。

 それとしばらくは私の手の者を何名か護衛に付けます。

 何しろ初めての留学生ですので、何が起こるか予測出来ませんのでな。」


源造が話終えると、嘉納小太郎が勇児に言った。

 

 「わしらは折を見てちょくちょく顔を出させて貰おう。

 勇児よ、大和に居る間は子供達に気を配ってくれるか?

 わしも直接指導するつもりではおるが、子供達に接する時間は勇児の方がどうしても多くなるであろう。」


 「畏まりました嘉納様。剣術の基礎を嘉納様に御教授願えれば、こちらとしても助かります。」


 「それと子供達の家庭教師として、当面、週に何度か姪の香織を出そう。

 あれは医者をやっとるからアイラには良い刺激になるやも知れん。」


 嘉納小太郎の話が終わると、次は上田正順だった。


 「うちからは息子の正志を出しましょう。こちらも週に何度かになりますが、仕事終わりにこちらに向かわせます。」


 「では私もしばらくは週に何度かこちらに出向き、メルルの指導をいたします。」

 

 護の話を聞き、不動恭司は困った顔で言った。


 「うちの出番がないのぅ。」


 「いやいや、恭司よ。子供達が剣術の基礎を覚えたらお主の出番じゃ。槍術を教えられるのはお主しかおるまい。」


 嘉納小太郎にそう言われると、不動恭司はニコリと笑い。


 「そうですな!馬術も教えられますし、私にも出番がありますな!嘉納様。早う剣術の基礎を教えてやってくだされ。」


 「相変わらずせっかちな奴じゃ。まだ始まってもおらんわ。」


 嘉納小太郎がそう言うと、場は和やかな笑いに包まれた。



 「皆さん。スイカが切れましたよ~。」


 襖が開き、お幸の声がしたと同時にスイカを持った女衆が入ってきた。


 「スイカ~!」


 お幸の声を聞き、子供達が庭先から縁側を登り、部屋に押し寄せてきた。


 暑い中、外で遊んでいたので子供達は汗びっしょりだ。


 「あらあら、いっぱい汗をかいたわねぇ。瞳、手拭いを頂戴。」


 お幸は瞳から手拭いを貰うと、ガボラの顔を拭き始めた。


 お志摩がスイカを配っている間に、瞳、茜、美咲、シスターも子供達の顔を拭く。


 「そう言えば、シスターはいつまで大和におられますの?」


 お幸がガボラの顔を拭きながらシスターに尋ねた。


 「明日、ルーン王国に帰ります…。」


 シスターは寂しそうに答えた。


 「シスター明日帰っちゃうの?」


 アイラが寂しそうに言った。子供達の顔に陰がよぎる。


 「さやかさん。今日はシスターに泊まって頂いてもよろしいかしら?」


 「全然大丈夫。宿には連絡しておくから~。」


 さやかはスイカを食べながら、気楽に答える。


 「はい決まり。お部屋は子供達と一緒でいいかしら?」


 「そんな。ご迷惑では…。」 シスターは困惑気味だ。


 「シスターも一緒に寝れるのか?」


 ガボラが嬉しそうに声を上げた!


 「やったー!」 アイラも嬉しそうだ。


 「シスター!今日は夜更かししてもいいか?」


 どうやらモチラはシスターとたくさん話がしたいようだ。


 タルルとメルルは笑っている。


 「しばらくは会えなくなるのだもの。せめて今晩だけでも。」


 「お心遣いありがとうございます。でもみんな、夜更かしはダメよ。」


 そう言ってシスターは笑った。


 

 その日の夜9時過ぎ、居間でお茶を飲んでいた篠崎家と勇児のもとに、浴衣姿のシスターケイトが訪れた。


 「子供達は寝ましたか?」


 勇児がシスターケイトに声をかけると、お幸は急須を手に、黙って台所に向かった。


 「はい。いつもよりはしゃいでおりましたが、いつもの時間に眠りました。」


 「今、お幸ちゃんがお茶を淹れてくるので、ゆっくりしてくだされ。」


 源造がシスターに声をかけると、シスターは深々と頭を下げると言った。


 「篠崎家の皆様、剣崎様。子供達のこと、よろしくお願いいたします。

 やんちゃな所もありますが、みんな優しい良い子ばかりです。 

 ご迷惑をおかけするとは思いますが、何卒、よろしくお願いいたします。」


 「子供が迷惑をかけるのは至極当然の事。迷惑もかけずに一人前になる子供など居りますまい。

 うちも二人の子供が仕事を持つようになりましてな。

 お幸ちゃんと二人きりになるのが寂しいと思っていた所です。

 賑やかになるのが楽しみですわ。ハッハッハッ!」


 源造はそう言って豪快に笑いとばす。


 「あらお父さん。私はまだこの家に残るのよ?」


 瞳は不満げに言う。


 「お前も来月から自分で仕事を持つではないか。

 親の役目は果たしたも同然。それに働き始めれば、外で遊びまわって家になど寝に帰るくらいになるであろう。」


 「そんな事ありません!仕事が終わればすぐに帰ってきます!」


 瞳はむきになって答える。


 「はてさて、どうなることやら?親の身から言えば良い旦那に嫁いでくれた方がよっぽど心配がないわ。

 まぁ、それもこれもこのようなじゃじゃ馬を嫁にもろうてくれる物好きがいればの話じゃ。なぁ?勇ちゃん?」


 そう言って源造は勇児に向かって笑いながら言った。


 「ハッハッハッ…。」


 勇児は引きつった笑いを浮かべた。瞳の視線が痛い。


 「フフフッ。」


 シスターは口元に手を当て笑った。


 「あらあら、たのしそうね。」


 襖が開き、お幸が湯呑みをシスターの前に置くと、嬉しそうに声をかけた。


 「ちっとも楽しくない!」


 瞳はふくれっ面で答える。


 「皆様、仲がよろしいのですね。羨ましいです…。あの子達はご存じの通り、内戦で親を亡くした孤児です。私も含めて…。」


 「そうですか…。しかし、あの内戦はひどかった…。」


 源造はそう言うと溜息をついた。


 「我ら五家はルーン王国の女王陛下直々の要請を受け、ルーン王宮の護衛に向かった。

 戦争というやつはどんな戦争も酷たらしいものだが、内戦というのは特にだ…。同族同士が命のやり取りをするのだからな。

 わしが源助を、やっちゃんが勇ちゃんをルーン王国に連れて行かなかった理由はそこだ。息子達に見せるには早すぎた。」


 「なるほど。それであの時、私達は大和に残ったのですね…。」


 勇児は納得した。


 「あの内戦による戦争孤児は数えきれないほどおります。教会にもたくさん…。それでも私などまだまだ幸せな方なのです。

 家族との思い出がありますから。

 でもあの子達には思い出すらありません。家族愛が希薄なのです。家族愛に希薄な子供達は皆、それ故に家族愛を強く求めます。

 正直、そこが心配でした。でも今は違います。皆様を見ていて安心いたしました。子供達の事をよろしくお願いいたします。」


 そう言ってシスターは頭を下げた。


 「夏休み。」 勇児が急に声をあげた。


 シスターは慌てて勇児の顔を見た。


 「夏休みだけじゃない。学校が長い休みの時には、私が必ず子供達をルーン王国に里帰りさせます。」


 「え!そんな事が?」 シスターは驚いた。


 何しろこの時代、飛空艇などは数少なく、おいそれとは海外には行けないのだ。


 「ご先祖様が昔、女王陛下より褒賞として飛空艇を賜りましてね。うちには飛空艇があるんですよ。それで里帰りさせます。」


 「個人で飛空艇を?よろしいのですか?」


 「なんの問題もありません。」 勇児は少し誇らしげだ。


 「それはいい考えだな!」 源造もそう言って笑う。


 「そうねぇ。私も久しぶりにルーン王国に連れて行って貰おうかしら?」


 お幸がそう言うと、瞳が驚いた!


 「久しぶり?」


 「あらあら、この子ったら忘れてたの?私は若い頃、ルーン王国で料理人をしていたのよ?そこで源ちゃんに出会ったの。」


 「え?」 瞳とシスターは目を丸くしている。


 勇児は呆れ顔だ。


 「お幸ちゃん。わしとの馴れ初めの話は…。」


 源造は慌て出した。


 「そうね。私と源ちゃんだけの秘密よね。ところでシスターケイト。シスターアリサはお元気?」


 「シスターアリサをご存じなのですか?」


 シスターは目を丸くしながら尋ねた。


 「昔、随分とお世話になりましてね。」


 「シスターアリサはお元気です。あ!シスターアリサはこの事をご存じなのですね?だからあんなに落ち着いておられたんだ…。」


 「多分、ご存じでしょうね。」


 そう言ってお幸は笑った。


 「じゃあ、お父さんと二人でルーン王国に行ってみたら?」


 瞳がそう言うと、お幸と勇児が笑った。


 「わしはルーン王国の一部の者に嫌われておるからな。わしはいかん。」


 源造はぶすっとした顔で言った。


 源造以外は全員笑い出した。


 その日の団欒は遅くまで続いた。


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