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第2話 美女と団子

 腰の左右に刀を一本づつ差し、身仕度を整えた勇児は買い物籠を下げたお幸と共に篠崎の屋敷を出た。

 

 八月の昼下がりの陽射しが眩しいのは当たり前だが、現代と比べ、土が剥き出しの未舗装道だから地面からの照り返しがない分、比べるとましだろう。

 とはいえ、道中、庭先で打ち水をする人をかなり見かけるのだから、夏は暑い。というのはいつの時代も変わりがない。

 

 大和王国の「西の都」の中心部にある、大和王宮を中心として東西南北に延びる全長2km、道幅30mの大通りのうち、東の通りは大人の繁華街になっており、通称「色街」と呼ばれている。


 西の通りは家具や工芸品、民芸品などを扱う店が並んでおり、通称「家具通り」と呼ばれている。


 南の通りは芝居小屋や食料品や衣料品などの生活に密接した店が並ぶ商店街になっており、通称「市場」と呼ばれている。


 北の通りは軍用品や、刀鍛冶などが軒を連ねる通称「軍人通り」と呼ばれている。



篠崎家の屋敷から市場までは歩いて10分。


 お幸と勇児が近所の顔見知りと会釈を交わしながら歩いていると、いつの間にか狭い小路を抜け大通りへと出た。

 平日ということもあり土日ほどの賑わいはないが、それでも通りは人々でごった返している。


 「相変わらず人が多いわねぇ。」


 お幸は嬉しそうに言った。


 「そうですね。」


 勇児はしみじみそう思った。なにしろこの二週間の間、密林に篭もりきりで誰とも会ってないのだから、当然と言えば当然の反応である。


 「それじゃあ急いで買い出しを済ませましょうか。まずはお茶碗。それからお野菜、お肉、お魚の順ね。」


 「他の日用品はいらないんですか?」


 「本人達がこないとわからない物も多いのよ。だからみんなが来てから改めて買いに行こうと思って。」


 「なるほど…。それでお茶碗なのか。」


 勇児がそう言ってニヤリと笑うと、お幸もニヤリと笑い。


 「そうなのよ。でもお茶碗で間に合うかしら?やっぱりどんぶりのほうが…。」


 「どんぶりにしましょう。瞳はびっくりするでしょうけどね。」


 そう言って勇児はお幸は顔を見合わせると、再びニヤリと笑う。それはまるで二人だけしか知らない秘密を楽しむ子供のような笑顔だった。


 二人は買い物を始めたが、商品選びにそんなに時間はかからなかった。

 お幸が店先に並ぶ食材から新鮮で美味しそうなものを瞬時に見分け、必要な物だけを買うと、勇児が風呂敷を広げて詰めていくだけなのだから当然と言えば当然であろう。


 しかし、お幸が買い物をしていると、どうしても知り合いから声をかけられて、必要以上の時間がかかってしまう。

 大量に買い込んだ肉や魚の鮮度を考えれば、適当にあしらって早々に帰るべきなのだろうが、ご近親付き合いを考えればそうもいかない。


 「ご近親付き合いも大変だなぁ…。」


 勇児は心の底からお幸に同情した。



 結局、買い物の最後に家で待つ瞳と源造の好きな団子を買い、二人が帰路についたのは一時間ほど経ってからだった。


 勇児は両手に大きく膨らんだ風呂敷をしっかりと掴み、首にはこれまた大きく膨らんだ風呂敷を巻いている。

 その姿は「休日に買い物に付き合って、荷物持ちをしている若いお父さん。」にしか見えない。

 

 「勇ちゃん大丈夫?重くない?」 お幸は心配そうに尋ねる。


 「全然大丈夫ですよ。」 勇児は平然と答える。


 二人が他愛ない話をしながら家に着き、玄関を開けると、待っていたのは腕を組み、仁王立ちをしている瞳だった。

 その姿は「午前様になった亭主を待つ新妻。」のようだ。


 「勇ちゃん遅いじゃない。お客様。客間でさやかさんがお待ちよ。」


 「さやかさんが?なんだろう?」


 荷物を下ろしながら勇児は首をかしげた。


 「さやかさんが来てらっしゃるの?ちょうどいいわ。お土産にお団子を買ってきたから、みんなでいただきましょう。」


 そう言ってお幸は買い物籠から、竹の皮で包まれた団子を瞳に差し出した。


 「お団子!やった!私お茶の準備してくるね!勇ちゃん、準備が出来たら客間に持っていくからね!」


 瞳はそう言うと団子を持って、ニコニコ笑顔で台所へと向かった。


 「全くもう。さっき泣いていた子供がなんとやら…ね。来月からお勤めに出ると言うのに大丈夫かしら?」

 

 お幸は呆れ顔で言った。


 女心と秋の空というが、確かに瞳はその時々でコロコロと態度が変わる。 

 子供っぽいと言えば子供っぽいのだが、勇児は瞳の事を自分なりに理解しているつもりなので、さっきの瞳の行動が理解出来る。

 玄関で怒っていたのは、本当は自分と勇児で買い出しに行きたかったのだが、行けなかったので拗ねているという意思表示であり、団子を貰って喜んだのは団子が嬉しいのではなく、お幸がお土産を買ってくれた事が嬉しいのだ。


 要するに瞳の頭の中では、買い出しに行けなかった事と、お土産を貰った事は全く別の問題だと割り切っている。

 割り切っているからこそ、それぞれに合わせた対応をしているだけなのだが、他人はその割り切りの良さに付いて行けないのだ。まさに竹を割ったような性格というやつだ。


 もちろん、お幸は瞳のそういう性格を理解しているし、勇児が瞳を理解している事はわかっている。

 お幸が心配しているのは、そんな娘が社会に適合出来るのか?という所である。いわゆる親心と言うやつだ。


 「大丈夫だと思いますよ。以外と良い先生になるんじゃないかな?」

 

 勇児はそう言って笑うと、荷物を手に台所へと向かった。

 

 「だと良いんだけど…。」


 勇児の耳に不安げなお幸の声が届いた。


 台所に荷物を置いた勇児はそのまま客間に向かった。

 襖の前で襟元を正すと声をかけた。


 「失礼します。」


 「どーぞー。」


 涼やかな女性の声が即座に返ってきた。


 勇児は襖を開け、部屋に入ると後ろ手で襖を閉めると、下座に胡坐座りをすると、両腰の刀を腰から抜いて自分の後ろに置いた。


 「お久しぶりです。さやかさん。」


 勇児はそう言って頭を下げた。


 「お久しぶりね。勇ちゃん。」


 勇児はゆっくりと頭を上げ、さやかを見た。


 長く美しい黒髪に切れ長の瞳。

 透き通るような白い肌に魅惑的な唇。

 目の前に座っているのは間違いなく美女だ。

 それだけではない。

 身に纏った黒地の着物には、大小様々に彩られた蝶々の刺繍が施されており、金糸、銀糸をふんだんに使った帯には紅い牡丹の花が刺繍されている。


 勇児は着物も帯も詳しくないが、そんな勇児から見ても間違いなく、超のつく一級品に違いないと確信が持てるほどの品だ。

 これだけの一級品を、これほどまでに着こなす女性はそうはいない。

 

 彼女の名前はさやか(自己申告。)

 王族の血縁者。(本名は知らない。)

 年齢は不詳。(絶対に教えてくれない。)


 堅苦しい事が大嫌いで、誰とも分け隔てなく接する。

 勇児がさやかさんと呼ぶのも、様を付けると怒られるから。

 胡坐をかくのも正座をすると毎回、足を崩せと言われるから。

 酒好きで底無し。


 さやかは王族血縁者という立場上、様々な仕事に就いているのだが、勇児が知っているのは、大和王国遺跡調査隊の最高責任者という事だけだ。

(要するに勇児からすれば、とんでもないお偉いさんになる。)


 「あのね、勇ちゃん。唐突だけどやっちゃんから弟子の話は聞いてる?」


 「弟子?」


 勇児はそう言うと腕を組み、首をかしげた。


 「やっぱり?」


 さやかはそう言うとため息をついた。


 「明日、ルーン王国から留学生が来るのは知っている?」


 「はい。」


 「じゃあ、昔、ルーン王国で内戦が起こった時にやっちゃん達がルーン王国に行ったのは覚えている?」


 さやかの言うやっちゃん達とは、剣崎家、篠崎家、上田家、嘉納家、不動家の五家ごかの事を指すのだろう。


 剣崎家なら兵法。篠崎家は忍術。上田家は戦術。嘉納家は剣術と医学。不動家は槍術と退魔術というように、いずれの家も特定の分野に特化しており、各々が様々な形で王国の発展に貢献している。 

 大和王国の歴史を紐解けば必ず目にするほど歴史のある家柄であり、他国で言えば五大貴族と言った所だろうが、大和王国には貴族制度は無いので、「五家」と呼ばれる。


 「私が元服を迎える少し前の事ですね。当時の頭首の皆様がルーン王国に出向かれましたので、よく覚えております。」

 

 「その時、やっちゃん達はルーン王国でそれぞれ一人づつ弟子をとる約束をしたの。」


 「父がですか?」


 そう言うと勇児は首をひねる。

 どうやら納得がいかないようだ。


 「失礼します。」


 襖の向こうから瞳の声が聞こえると、襖がスーっと静かに開き、三つ指をついた瞳はゆっくりと頭を下げた。


 「お茶をお持ちいたしました…。」


 厳かな雰囲気を醸し出す瞳を見て、勇児は思った。


 『あんた誰?』


 「あら瞳ちゃん!しばらく見ないうちに綺麗になったわね。」


 さやかが嬉しそうに言う。


 「あらやだ、わかりますぅ~?」


 瞳は両手をほっぺたに当て、体をクネクネさせた。


 『あ、元に戻った…。』


 瞳はお茶と団子の乗ったお盆を手に部屋に移動すると、お盆を置き襖を閉めた。


 「あら?お団子?ひょっとしてお熊さんの所の?」


 さやかがお皿のうえに乗った三串の団子を見ながら、嬉しそうに尋ねる。


 「そうですよぉ。さやかさんお好きですよね?」


 瞳は早足でさやかの元に向かうと、お皿をさやかの前に置き、続いてお茶を置いた。

 次に同じように勇児の前にもお皿を置いたが、置き終わるとすぐに団子に手を伸ばし、ひょいと持ち上げるとさやかのお皿の上に乗せた。


 「あら?」


 勇児はお皿を見ながら、首を前に出した。


 「ごっめ~ん勇ちゃん。お皿に乗せる数間違えちゃった~。さやかさんが4本で勇ちゃんが2本だった~。勇ちゃん甘い物苦手だもんね~。」


 ニコニコしながら瞳が謝る。


 『来月から先生になる瞳さん…。確か6を2で割ったら3だよね?

4と2にはならないよね?甘い物が苦手だぁ?甘い物が苦手な奴がお汁粉を鍋一杯食べるんですかぁ?

 仕返しか?

 意地悪なのか?

 弾圧か?

 それともまだ根に持ってんのか?勘弁してくれよ…。』

 勇児は泣きたくなった。


 「全く、瞳はドジだなぁ。はっはっはっ!」


 「ごめんなさ~い。」


 「アッハッハッハッ!」


 二人の茶番を見ていたさやかは声をあげて笑いだした。


 「ちょっと勇ちゃん。瞳ちゃんに何したのよ。

 何があったかはともかく、ちゃんと謝らないと駄目よ。」


 そう言うとさやかは団子を一口食べた。


 「ん~~~。相変わらず美味しいわねぇ。」


 うっとりとした顔でさやかは言った。


 「それで先ほどの話なのですが。」


 「なぁに?」


 「剣崎流兵法はご存じの通り代々、剣崎家の嫡男にのみ受け継がれてきたものであり、他のお家とは違い門下生はおりませんし、過去にいた記録もございません。

 なにより父、八雲が不在ゆえに今は私が15代目を襲名してはおりますが、何分、他のお家の御頭首様と比べましても年齢、経験共に足らぬ若輩者。まだまだ修行中の身であります。そのような私に師匠という大役が務まりましょうか?」


 「言いたい事はよくわかるわ。でも知っての通り、わが国とルーン王国の同盟関係はとても長く、絆も深いわよね?」


 「はい。」


 「そんな関係を築きながらも、今回の弟子を取る話はとても複雑で重要な話なのよ。」


 「と、言いますと?」


 「五家がそれぞれルーン王国から弟子を取ると言う事は、五家が今まで培ってきた物が、大なり小なりルーン王国に流れる事になるの。

 確かに大和は昔から海外に様々な名目で人材を派遣してきたし、逆の場合もあったわ。

 でも、五家が培ってきた物はそれらとは比べものにならないほど貴重な物なの。

 いくら同盟国とはいえ、そんな事が簡単に出来ると思う?」


 「確かに…。」


 「そこで、五家の頭首は女王陛下に弟子を取っていいかお伺いをたてたの。

 話をお聞きになった陛下はすぐに快諾なさったわ。

 その時、五家に仰られた御言葉がこうよ。


『世界はそろそろ次の変革を迎えなければならないでしょう。

 そのはじまりに対価が必要であれば、大和王国は喜んでこの身を差し出しましょう。』」


 確かに大和王国は軍事、教育、医学において、世界一と言えほど発達しているし、事実、大和王国からそれらを学び発展していった国も少なくない。


 それほどの優れた技術や知識を、女王陛下は惜しみなくルーン王国に提供してもよいと言っているのだ。

 

「畏まりました。精一杯やらせていただきます。」


 先ほどまでとは打って変わり、勇児はあっさりと承諾した。

その顔に迷いはなく、むしろ清々しくさえある。


 勇児にとって忠義を尽くす相手は女王陛下、唯一人なのである。その陛下の意向に勇児が反する事などあり得ない。


「そう。それじゃあよろしくね。お話はこれでおしまい。」


 そう言ってさやかは湯呑みを口元へと運ぶ。

 よく見ればお皿の上には串が4本並んでいる。


 『え?いつの間に?』


 勇児はさやかのお皿を見ながら、首を前に出した。


 「さやかさん。晩ごはん食べていってくださいよ~。」


 瞳は甘えた声を出す。


 「とーっても魅力的で、とーっても素敵なお誘いだけど、今日は帰ってやらなきゃならない事があるのよぉ。

 明日はお幸ちゃんが腕を奮ってくれるんでしょ?」 


 「もう台所に篭もっています。」

 

 「明日は私も来るから、明日のお楽しみって事でいいかしら?

瞳ちゃんも早く台所に行って、お幸ちゃんのお手伝いしなくていいの?」


 さやかはそう言うと、瞳にウインクをした。


 「やぶ蛇だったか。」


 瞳はそう言ってペロリと舌を出すと、慌てて部屋から出ていった。

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