第19話 「マリア・レイ・アストレア」
ちょっとバタバタしておりまして、更新できませんでした。
もうしばらくバタバタしますので、次話の更新も遅くなります。
勇児達は遺跡の中に入ると2階へと向かった。
勇児とローはいつもの装備だが、アランとマリアはいつもの装備に加え、背中に銀色の大きなタンクを背負っている。
タンクからは一本のホースが伸びており、ホースは2人の腰にマウントされた銃身の長い変わった型の銀色の銃につながっている。
アランはそうでもないがマリアにとってはタンクが重いらしく、歩みはいつもよりも確実に遅い。
マリアが歩く度に両肩を動かし、タンクのポジションを気にしていると、後ろにいるローがマリアに近づき
「落ち着かないのか?」 と尋ねた。
「なかなか安定しなくて・・・。」
マリアはそう言いながらしきりに肩を動かす。
「見せてみろ。」
ローはそう言ってタンクから伸びるベルトを手に取り
「タンクと背中に隙間を作らないようにぴったりとつけてな・・・。」
と、説明をしながら肩と腰のベルトを調整し始めた。
「これでどうだ?」
そう言ってローはマリアから離れると、腕を組んでまじまじとマリアを見た。
マリアは両肩を細かく動かしながらタンクの動きを確認する。
先程までとは違い、両肩を動かしたくらいではタンクがズレない。
次にマリアは腰を左右に動かしながらタンクの位置を確認するが、全くタンクは動かない。
それどころかタンク自体が軽くなったような気がする。
「全然大丈夫です!ありがとうございます。」
マリアがそう言って頭を下げると、ローは何も答えず一度だけ頷いた。
『ローさんって何を考えているのかわからないわ・・・。』
アランの後ろを歩きながら、マリアはそんな事を考えていた。
ローの顔は見たまんま虎である。
そんなローの表情から心境を探り当てるのは不可能に近い。
表情がないうえに、あまり喋らないのだから尚更である。
マリア見る限りローは仕事中も無口であり、夕食が終わっても一言も話さず、プライベートな夜の時間帯は窓際に座ってワインの樽が空になるまで飲み続け、飲み終わったらしっかりとした足取りで、空の樽を担いでベッドルームへと戻っていく。
『ローさんってどんな人なんだろう?』
そう思った瞬間、マリアの顔が赤くなった。
自分がローに興味を持っている事を自覚してしまったからだ。
マリアは今まで何人もの獣人種出会っている。
修道院の同僚の中には獣人種の恋人を持つ者もいるし、アストレイア王国に駐在する獣人種もいる。
ローが獣人種だから気になるのではなく、ローがローだからこそ興味があるのだ。
マリアは子供の頃から無口な男に興味があった。
ベラベラと聞いてもいない事を話したり、声高々に自慢話をするような男には嫌悪感を覚えるほどだから、興味があると言うより好きなのだろう。
それが自身の生い立ちに関係している事は、マリア自身も充分理解している。
マリアの父「ハーレー・ソル・アストレア」は前王の子供6男6女の5男である。
ハーレーは己に対しては無欲な男であり、家族や領民を大切に扱う良い領主であった。
夫婦仲も良く、妾を囲うような事もしない。
家族愛に溢れた領主としては「優しすぎる」男だ。
王族とはいえ、下から数えた方が早い王位継承権しか持たぬハーレーに贅沢な生活など夢のまた夢である。
例えば下着や靴下に穴が空いても買い換えるという選択肢はなく縫い直すのが当たり前だし、食事にしても領民と何も変わらない物を口にする。
マリアからすれば茹でたイモと具の少ないスープの夕食などは当たり前だ。
王都に住む貴族や商人達の方がよっぽど良い物を口にしているだろう。
晩餐会だのダンスパーティーだのに出席するにしても、礼服やドレスがクローゼットを埋め尽くすほどある貴族であれば、「今日はどれを着よう?」と悩む事もあるだろうが、マリア達の小さなクローゼットが礼服やドレスで埋め尽くされた事など一度もない。
週に3日もパーティーが開かれれば、スカスカのクローゼットを前に腕組みしながら
「今日はどれを着よう?」と頭を悩ませる事になる。
末席とは言え王族であり、小さいながらも領土を治めている父や母、マリアの兄姉の回りには『口だけが達者』な男達が多かったためだ。
そんな末端の王族にすり寄ってへばりつこうとするような人間の大半は、王都に呼ばれるほどの切れ者ではないので他人の評価をかすめ取るなどの事は朝飯前だし、小さな手柄をさも大きな手柄のように口にする『嘘つき』や、自分では何も成さないくせに他人の批判しかしない愚か者だとマリアは思っている。
遊びにしろ仕事にしろ、真剣な者ほど無口になり、他者に対する興味など持たない事を、自身の経験からマリアは知っているのだ。
マリアとて女ながらもただ、闇雲に幼い頃から剣を学んできたわけではない。
きちんと目標を持ち、少しづつでも近づけるように鍛錬をしてきたからこそ、戦乙女隊に所属し遺跡発掘隊員になれたのだ。
真剣に物事に取り組む者と、そうでは無い者の違いくらいはすぐにわかる。
そんな輩に日夜、頭を悩ませていた父や兄姉達の姿を見て育てば、末妹のマリアだって嫌になってくる。
マリアが修道院に入った直接的な原因もそれだ。
三年前、父の城で行われたパーティーで酔っ払った成金商人のバカ息子に絡まれた事があった。
そのバカ息子は非常に残念な事に、常識や通念と言うものを全く持っていなかった。
マリアはその男の名前を知らないが、周りから「坊っちゃん」と呼ばれるその男。
身長160cm体重120Kgの体格は「僕の体は成金で出来ています。」と言わんばかりに自己主張しており、その立ち居振る舞いには明らかに「知性」と「教養」が欠落していた。
22歳にもなるいい大人が、まだ15になったばかりのマリアを捕まえ、「パパが、お金が。」とくだらない話を1時間もしたあげく、なんの興味も示さないマリアに何をとち狂ったのか突然、無言のままマリアのおしりを撫でたのだ。
女性の扱い方がわかるわからないの問題ではない。
酒に酔った愚行と捉えても、あまりにお粗末な話である。
マリアの姉イザベラのように場数を踏んだ淑女であれば、それなりにスマートな対応が出来ただろうが、相手はまだ15歳のマリアである。
おしりを触られた瞬間、マリアのおしりから頭のてっぺんまでを全身を稲妻のような速さで嫌悪感が走る。
「あーほーかー!」
マリアは絶叫すると同時に、指輪をはめたまま渾身の右ストレートをバカ息子の左頬に放った。
「プギャ!」
馬車に轢かれたガマガエルのような声を出しながら、バカ息子は床を転がり壁に激突した。
城内は一時騒然としたが、マリアは鬼のような形相でドレスの裾を持ち上げながらツカツカとバカ息子に近づくと
「スケベ!変態!ロリコン!」
と罵声を浴びせながら、バカ息子をハイヒールで何度も踏みつけた。
バカ息子の従者が「申し訳ありません!」「お許しください!」と何度も頭を下げながら止めに入ったのだが、残念ながら鬼神の如く怒り狂うマリアの耳に従者の言葉は届かない。
さらに間の悪い事に、マリアが偶然放った左の裏拳が止めに入った従者の鼻っ柱に見事にヒットしてしまい、従者は鼻血を噴き出しながらその場に倒れ込んだ。
兄のハリスが慌てて止めに入った頃には、血まみれになりながら恍惚とした表情を浮かべるバカ息子と、鼻血を出しながら体を痙攣させている従者の2人が床に転がっていた。
『やり過ぎたかしら?』
とマリアか少し心配になった所で、ホール中から拍手喝采が起こった。
マリアが周りを見渡すと、ホールにいる人々のほとんどがマリアに向けて拍手をしている。
キョトンとするマリアに兄のハリスが耳打ちする。
「貴族は成金が嫌いなんだよ。マリアが成金をやっつけたのが嬉しくて拍手してるのさ。これだから貴族ってやつは…。」
そう小声で言いながらハリスはわざとらしい笑顔を作る。
マリアは貴族社会と言うものが心底嫌いだった。
マリアから言わせれば、貴族とは地位と名誉に踊らされ、決して他人に本心を探られないようにしている、終始笑顔の仮面を被った怪物なのである。
口を開いたかと思えば、毒にも薬にもならない言葉を並べるか、笑顔で痛烈な他人批判をするか自分自身の正当性を話すだけである。
いずれ我が身がそういった政略に飲まれていく可能性が高いことはわかっている。
わかっているからこそ、徹底的に抗ってやるとマリアは思っている。
利用されるのではなく、利用してやるのだ。
そう決心したマリアは兄のハリスと姉のイザベルに相談し、父の領地から離れ修道院に入った。
内からではなく外から領地を見ようとしたのだ。
勿論、これは当時15歳のマリアが独自で思いついた考えではない。
マリアの命の恩人の言った「自分自身を知りたいのであれば、自分自身を外から見る事も大事。」と言う言葉がきっかけであった。
あれから三年。
マリアは王都にある修道院から父の領地の評判を知り、心から安心し、また、嬉しくもあった。
王都での父の評判は良い方であり、父を補佐する兄のハリスの評判も良いのだ。
ハリスは武にも精通していたが頭も回る男だった。
マリアが修道院に入ると同時に展開した、領地にあるロス湖を観光地として発展させると言う政策は見事に当たり、王都に住む貴族達がバカンスに訪れる数は年々増えていった。
ハリスはマリアと連絡を頻繁に取り合い、都での評判を耳にすると様々な改善を行った。
その結果、ロス湖畔には貸別荘が建ち並び、夏にもなるとロス湖で捕れる絶品のニジマス料理と、涼しく過ごしやすいバカンスを求めて貴族や豪商達が訪れるようになった。
ハリスはわざと貴族向けの高級ホテルやレストランの数を少なくし、代わりに使用人が大勢でも滞在出来る、大きめの別荘をいくつも湖畔に建てた。
値段設定も庶民には手が出ないが、貴族なら手の出しやすいものにすることにより、気軽に毎年来てもらえるようにした。
それにより貴族達は使用人を引き連れて別荘を借りるようになり釣りや乗馬、水遊びや狩りなどを楽しむようになったが、一番喜んだのは使用人達であった。
王都から片道四時間ほど馬車に揺られてバカンスに連れて行ってもらったうえ、使用人達の使う部屋は本家よりも豪勢で大きな造りになっているし、食べ物の質も上がるのだから使用人達にとってもバカンスになったのだ。
その結果、ロス湖畔でのバカンスは貴族や豪商達の使用人の間でも有名になり、「うちの主もロス湖畔へバカンスに行かないかしら?」とまで囁かれるようになった。
ハリスは訪れる貴族達の家々に自身から出向く事により、貴族社会や経済界に顔が売れるようになり、膨大な人脈を形成しつつある。
このままいけば数年後にはかなりの人脈形成が出来るだろうとマリアは思っている。
姉のイザベルは常に兄に連れ添い、笑顔を絶やす事なくお客様である貴族や豪商達の接客をしているが、こちらもすこぶる評判が良い。
可憐な容姿に穏やかな物腰。
さらに会話の端々に見える高い知識と教養とくれば、目を惹かぬ男がいるわけがない。
中には「是非とも息子の嫁に!」と声を上げる貴族もいるのだからこれ以上深く語る必要もないだろう。
領地の事は自慢の兄と姉がいれば発展していくだろうとマリアは思っている。
とはいえ、マリア自身が何もしないつもりはない。
早く一人前の騎士となり、領地に戻って軍事面の補佐をしたいと思っている。
遺跡発掘員の仕事を自ら志願したのも、世界中の高名な武人達と交流を持てればという計算もある。
しかし何度思い返しても、キャサリンに言ったあの一言は失言であった。今思い出しても顔が真っ赤になるほど恥ずかしい。
噂話を鵜呑みにしてしまい、それが相手に伝わってしまうなど王族としては失格である。
今回の失言は若気の至りだとか、よくある事だとかと言って流す事も出来るだろう。しかしマリアにはそれが出来なかった。
マリアは言葉の重さ、魔力を充分に知っているのだ。
言った言わないで喧嘩をするのは子供だけではない。
子供同士ならその場で済む話ですら、大人同士になると壮絶な喧嘩になったり、遺恨として残ってしまうのである。
しかし逆の場合もある。
今回のように相手の言葉や噂話を鵜呑みにしてしまい、相手の本質を見失うのがそれである。
あの失態以来、マリアはキャサリンを見ていていかに噂話というものがあてにならないかを痛感していた。
オーバーワークではないかと思えるほどの様々な仕事をこなしながら、いつも笑顔を絶やさないキャサリンのチームに対する気配りや姿勢を見るたびに恥ずかしくなる。
その都度、キャサリンはマリアに優しく声をかけてくれる。
マリアはこの短期間の間に同じ女性としてキャサリンに尊敬の念を抱くようにまでなっていたし、それと同時に勇児のとった行動にも納得が出来た。
『私はまだまだ未熟だ…。お兄様やお姉様のお力になろうなんておこがましい…。』マリアはそう思うとだんだん気が沈んでいく。そう思う反面
『いつまでも引きずっては駄目!今日が駄目なら明日がある!』
マリアはそう思いながら遺跡の中を進んでいく。
「少しは慣れたか?」
不意にマリアの後ろから声がした。ローだ。
「いえ、まだまだわからない事ばかりで…。」
マリアが悲しげな声で応えると、すぐさま答えが返ってきた。
「それでいい。」
マリアは慌てて振り返るとローの顔を見た。
「最初からうまくいくわけがない。失敗も失言もあって当たり前だ。気にするな。」
「ありがとうございます。ですが少しでも早く役に立てるようになりたいです。」
「誰にも迷惑をかけずに育った人間などおらん。
焦って大事な事を見落としながら育つくらいなら、ゆっくりと時間をかけて取りこぼしを無くす方がいい。
ちゃんと一人前になれば恩返しなどいくらでも出来る。」
「私は一人前になれるでしょうか?」
マリアがローに質問をした。
ハリスやイザベルがこの場にいればびっくりしたであろう。
マリアが家族以外に質問をする姿など、まともに目にした事がない。
「一人前の定義がよくわからんが、誰だって一人前にはなる。時間が経てば子供が大人になるのと同じだ。
焦って花に水をたくさん与えても、花は咲かないだろう。」
「そうですね。焦っても仕方ないですね。」
マリアはそう応えながら、胸の奥にあった引っかかりがスーッと取れた気がした。同時に胸の鼓動が早くなる。
「俺の師匠が言うには、生きるという事は学ぶと言う事らしい。学ぶ気が無く生きると言う事は、解らない事を解らないまま死ぬと言う事だそうだが、俺自身がまだこの言葉の真意が掴めていない。偉そうに語れた立場ではないな。」
ローがそう言った後、マリアはローが自嘲したような気がした。それと同時にマリアは思った。
『私、こんなに短い時間の間にローさんに見透かされてるんだ・・・。敵わないなぁ。』
心底、自分の未熟さを噛みしめながらマリアは驚いたと同時に、なぜか嬉しいと思っている自分がいる事に気付くと、うつむきながら頬を赤らめた。




