第10話 想像と現実
名誉挽回と言わんばかりにがんばって、一日更新が出来ました。
このペースが維持出来れば…。
いよいよ遺跡発掘に入ります。
発掘現場に行く途中、トレーラーを止め勇児は運転席に向かったが、ローはキャビンに戻らなかった。
マリアはキャビンで、キャサリンとエリーと話をしているうちにかなり打ち解けたようで、時々エリーの笑い声が聞こえる。
アランはその度にエリーにちょっかいを出すが、その度エリーはギャーギャーとアランに突っかかっている。
若い者によくある、ほのぼのとした光景だった。
「あと30分ほどで着くぞ。」
勇児のアナウンスを受け、キャサリン達は窓の外に目を向けた。
砂漠だった光景は、いつの間にか緑の生い茂る光景に変わっていた。
「ザールは砂漠だけだと思ってたけど、森もあるんだな。」
アランは窓の外を見ながら驚きの声をあげた。
「砂漠しかない所で人が住めるわけない。意味不明。」
エリーが毒づく。
「そりゃそうだ。俺は今回、砂まみれになるのやだなぁって思ってたんだ。やる気が出てきたな。」
アランは嬉しそうに言う。
トレーラーは速度を落とすと、どこかの村の集落の中に入った。
「悪い。もう少し時間がかかる。窓はブラインドにしといた方がいいぞ。というか、してくれ。」
勇児のアナウンスを聞き、キャサリンが慌てて窓のボタンを押した。
全ての窓にスモークがかかっていく。こちらからは見えるが向こうからは見えない。今頃、勇児も同じ事をしているのだろう。
「なんだ?どうしたんだ?」
アランが不思議そうに言った。エリーとマリアも不思議そうにしている。
「もうすぐわかるわ…。見るのはおすすめしないけど…。これも勉強のうちね…。」
キャサリンは悲しそうに言った。
しばらくしてトレーラーはグンと速度を落とした。それと同時にトレーラーの周りに人が集まってきた。
「なんだ?」
アランが不安げに言った。
バンバンバンバン! バンバンバンバン!
ガチャガチャガチャ! バンバンバンバン!
トレーラーは激しく揺れ始めると、全体から激しい音がしだした。
「なに!なんなの!不安…。」
エリーは震える声で言った。マリアも緊迫した表情だ。
「慌てないで!窓の外を見ちゃダメよ!中にいれば安全だから!」
キャサリンがそう言うと、エリーとマリアは耳を塞ぎ下を向いた。
「何なんだよこれ…。」
そう言った時、アランは窓の外を見てしまった。
そこには頭に布を巻いた上半身裸の男や、頭に布を被った女達が必死になってトレーラーを叩いていた。
老若男女問わず、一人残らず痩せ細っており、目だけがギラギラしている。
まさに「飢えた群衆」であった。
「何なんだよ!こいつら!」
アランは半ばパニックになりながら叫ぶ。
しばらくすると突然、トレーラーは速度を上げ猛スピードで走りだした。
マリアとアランとエリーは顔を真っ青にしながら椅子にしがみつくようにしている。
「ちょっとばかり飛ばすぜ!落ち着くまで口開けんなよ!舌噛むぞ!」
勇児のアナウンスが車内に響くと、マリアは全身に力を入れた。
しばらくして村をぬけるとトレーラーはゆっくりと速度を落とすと、再び勇児のアナウンスがあった。
「すまん。道がここしか無かった。」
「何なんだよあれ!何してんだよ!」
アランは興奮している。
「物乞いよ。ドアを開けたら最後、どっと人が押し寄せてきて身ぐるみ剥がされるわ。」
「物乞いって大人じゃねぇか!爺さん婆さんもいたぜ!」
アランの興奮は収まらない。
「子供は小さいから見えなかっただけよ。」
キャサリンは悲しそうに言った。
「村ごと物乞いって事かよ?とんでもない国だな!」
アランは怒り心頭と言わんばかりに叫んだ。
「空港はあんなに綺麗だったのに…。最悪。」
エリーは半ベソをかきながら言った。
マリアは体を震わせ絶句したまま動かない。
「これがこの国の現実なんだよ…。」
勇児の声が聞こえた。
「私やあなた達の国はね、世界でもトップクラスの生活水準なのよ。ザールなんてまだましな方よ…。
私やユウ、ローが見てきた国と比べればね…。」
「このトレーラーは今みたいな事も考えて作ってあってな、部品一つ取れないようになってるし、人がしがみつけないようにもなってる。
ドアも絶対に開かないし、トレーラーはどれだけ叩いてもキズ一つつかない。何故だと思う?」
勇児はそう言うと話を続けた。
「昔、事件があったんだよ…。遺跡発掘隊のトレーラーが襲われてな。
さすがに発掘員からは死者は出なかったが、医師と分析管が怪我をしたらしい。襲って来たやつらは全員死んだらしいがな…。」
「この国には神はおられないのですか?信仰心があればそのような事は…。」
マリアは震える声で言った。戦乙女隊の彼女からすれば、当然出てくる言葉である。
「この国にもこの国の神様はいるさ。結構信心深いんだぜ?
でもそれは毎日飯が食える人間だけだ。
飯の食えない連中だって、神様に祈れば天からくいもんが降ってくるなら、喜んで祈るだろうし施しもするだろうよ。
そう言った信仰心てのは綺麗な服着てる人が持ってるもんで、食うや食わずの人達は持ち合わせてねぇ。」
マリアはそういった人々がいることは知っていたが、見るのは初めてだった。
エリーとアランも初めて見たのだろう。想像と現実とのギャップが余りに有り過ぎた。
「墓荒らしが出る国ってのはこういう国が多いんだ。
それとな、絶対に食べ物や金品を渡すなよ。たとえ子供でもだ。下手すりゃその子供が死ぬぞ。」
勇児の声がキャビンに響く。
「死ぬ?」 マリアが声をあげた。
「見えない所で内緒だって言って渡しても、誰かにバレたら一発で終わりだ。
子供相手に大の大人がぶん殴ってでも口を割らせようとするし、俺にもくれってしつこいぞ。
だからって全員に配ってみろ。またくれると思って毎日しつこくねだってくるからこっちの身が持たねぇ。
冷たいかもしれねぇが絶対に渡すな。
俺達は施しをするためにこの国に来たんじゃねぇ。」
勇児の話が終わるとキャサリンが話だした。
「調査隊の医師の判断で、保護が必要となった時以外はね。
ユウ、この感じだといざって時の買い出しは無理みたいね。」
「食料品は一月分はあるだろ?足りなくなりそうなら国連に連絡するしかないな。まぁそれまでに終わらせよう。」
勇児は溜息交じりに答えた。
しばらくしてトレーラーが止まり
「着いたぞ。」
勇児のアナウンスがキャビンに響いた。
キャサリン達はトレーラーから降りて辺りを見回す。
そこは予想に反して緑の生い茂る森の入口だった。
清々しい空気が辺りを包み、木漏れ日が差す光景は、砂漠の王国にいるとは思えないほどであった。
「ここがザール王国なのか?」
アランはかなり失礼な事を口にする。
その時、運転席のドアが開き勇児が降りてくると、続いて一人の男が降りてきた。
二人は連れ立って歩きながらキャサリン達のいる方に向かってくる。男を見てマリアは呼吸が止まった。
『虎だ…。』マリアが最初に認識したのはそれだった。
遺跡発掘隊のユニフォームを着た虎が目の前にいた。顔は完全に虎だが体は人間。肌の見える所は毛に覆われている。
体も大きく、身長は190cmある勇児よりも大きいし、腕回りは勇児の倍ほどある。
「初めましてだな。アルザール王国出身。
ロー・スペンサーだ22になる。獣人を見るのは初めてか?」
そう言うとローは右手を差し出した。マリアはローと握手をするとローの手を見た。普通の手だが全体的にかなり大きく、爪だけを見てもかなり大きい。
「いえ、初めてではありませんが、初対面から獣化された方を見るのは初めてで…手は普通なんですね。」
「フハハハハ!面白い事を言う奴だ!そんな事を言われたのは初めてだ。」
ローはそう言うと笑った。
獣人種はその名の通り、獣の能力を持つ人種だ。
古来より民間伝承で伝わる狼男がその代表であろう。
平素は人間であるが、満月を見ると狼のような姿になる狼男は「ライカンスロープ」と呼ばれる事もある。
獣人種は狼だけではなく、ローのような虎、ライオン、ヒョウ、ジャガーなどの肉食獣や、象やカバ、ウサギ、ハリネズミなど色々な種族がいる。
中には希少な種族もいるが、例えば父親がライオンで、母親が象の獣人種だからと言って、子供がどちらかの獣人種で生まれるとは限らない。
獣人種は遺伝ではなく、隔世遺伝で生まれる事があるのだ。
要するに父方か母方のどちらかにカバの獣人種がいた場合、カバの獣人種が生まれてくる可能性がある。
では両親のどちらかが人間であった場合はどうなるか?
生まれた子供は確実に獣人種になる。
獣人種のDNAが人間のDNAより強いのだ。これだけを聞けば獣人種がどんどん増えるのでは?と思うだろうがそうではない。
獣人種は人間と比べて妊娠確率が低いのだ。
獣人種と人間の場合は獣人種同士よりも確率は上がるが、それでも人間同士と比べると低い。
その原因とされているのが遺伝子の強さだ。獣人種同士だとお互いの遺伝子が喧嘩をしてしまい、自滅するパターンが多いのではないかとされている。
だから獣人種で子のない夫婦は少なくはないし、3人以上兄弟のいる家庭は少ない。レイラのようなひとりっ子が多いのだ。
獣人種がいつ生まれたのかはわかっていないが、アルザール王国の王族には代々伝承される話があると言う。
あくまで口伝であるため、信憑性は窺わしいが。
過去の文明が滅びを迎えた後、生き残った獣人種達は集落を作り、新たな生活を始めようとした。
しかし人間達に迫害を受け追われる身となり、安住の地を求めて世界中を旅する漂流者になった。
人間は獣人種を受け入れなかったのである。
長い時間を費やし、何代もの血の継承を続けながら人のいない高山地帯にカルデラ湖を見つけ、そこを安住の地とした。
今のアルザール王国である。
しかし高山地帯での生活は決して楽ではなかった。
飢えや飢饉が何度も獣人種達を襲い、厳しい生活環境は容赦なく獣人種達を襲った。
それらにより、ただでさえ出生率の低い獣人種は絶滅の危機に陥った。
そこに救世主が現れた。
一人の人間の旅人がアルザール王国を訪れたのだ。
男はアルザール王国の惨状を目にすると、己の持つ知識を獣人種達に与え、持っていた食物の種を全て与えた。
最初は敬遠されていた男は何度も迫害を受けたが、男を信じる獣人種が一人もいなかったわけではなかった。
男の仲間の獣人種が少しづつ増えると同時に、男からもたらされた知識と種は時間かけ、アルザール王国に豊かな食物とたくさんの子供をもたらした。
人間達がアルザール王国を攻めてきた時、男は武器を手に獣人種達と共に戦った。
種が大いなる実りをもたらすと、男は獣人種達と手を取り合って喜んだ。
獣人種と共に血と苦労を分けあった男は、いつの間にか獣人種達から家族のような扱いを受けるようになった。
結局、男は10年間アルザール王国に留まり、国の発展と安定を見届けると国王に
「やらねばならない事がある。」
と伝え、アルザール王国を離れる事を告げた。
国王は男を必死になって引き留めたが、男は意志を曲げなかった。「どうしてもやらねばならぬ事がある。」と言って。
国王は男に言った。
「どうしてもと言うならば止めはしないが、出来れば王国を経つ前に貴殿の子供を我が国に残して欲しい。
何人でもいい。多ければ多いほどいい。子供達は国が総出をあげて育てる。
気に入った女であれば、私の妃であっても喜んで差し出す。」
男は首を横に振った。
「今はまだその時ではありません。しかし、いつの日か王の望みが叶う日が来るでしょう。」
男はそう言うと、胸に下げていたペンダントを外し国王に差し出した。
「いつの日かこれが私の血を教えてくれるでしょう。どうかそれまではこれを大切にして頂きたい。」
そう言うと男はアルザール王国を後にした。
アルザール王宮にある歴代国王の肖像画には、初代国王から現国王に至るまで共通して胸元に同じペンダントが描かれている。
ただ、そのペンダントがその役割を果たしたのか、果たしていないのかは定かではない。
ローがマリアに自己紹介をしていると、3人の男がやってきた。
一人は40絡みの口髭をたくわえた精悍な顔つきの男であり、もう一人は20代と思われる中肉中背の若い男だ。厳しい目つきで辺りを見回している。
最後の一人も20代と思われる若い男だが、こちらは小太りで背が低い。丸っこいニコニコとした顔をしている。
「遺跡発掘隊の皆様ですね。私はへサーム・マフディ。こっちの背の高いほうがジャリル。こっちの背の低いほうがアシュガルです。この地域の警察官です。」
年配の男はそう言うと勇児達に敬礼した。若い二人もヘサームに続いて敬礼をする。
「私がこのチームの隊長。勇児・剣崎です。」
勇児がそう言って敬礼をすると、残りのメンバーも敬礼をした。
「この度のご来訪誠にありがとうございます。さっそくですが現場をご覧になりますか?」
「わかりました。キャサリンとエリーは残ってくれ。現場チームは全員で行くぞ。」
勇児はそう言うと警察官達と共に歩き出した。ローとアラン、マリアが後に続く。
警察官達を先頭にしばらく歩くと川についた。そこそこ大きな川だ。崖から川までの高さも10mはある。
勇児達は崖のところまで案内された。
見てみると崖の一部が大きく崩れており、崖に沿って遺跡と思われる一部が剥き出しになっている。
遺跡らしき物に大きな穴が空いているのが、離れた場所からでも見える。
「状況を説明してもらえますか。」
勇児は遺跡らしき物に近づきながらヘサームに尋ねた。
「10日ほど前に大きな地震がありまして、その時はよかったのですが2日ほどして捜索願いが出されました。しかも4人も。」
「10日前?」
勇児は驚いた。資料にあった地震発生日時と3日も違う。
そうなると生存者がいる可能性は0に近い。
「はい。4日前、彼らを探索中にこの遺跡らしきものを見つけたのです。その時、穴に続く4人分の足跡がありましたので調べた所、穴にロープがたれておりました。中に入ったのは間違いないかと。」
「なるほど…。先に言っておきますが、生存者はいないと思ってください。時間が経ちすぎています。」
勇児がそう言うと、ヘサームは頷いた。
「大丈夫です。それは家族にも伝えてあります。家族としてはせめて遺体を回収し、荼毘に伏したいと思っているようでして。」
「わかりました。」
勇児達は遺跡らしき物に近づき穴を見た。
遺跡らしき物には1m以上ある大きくて歪な穴がポッカリと空いており、少し離れた場所の木に括り付けられたロープが穴の中に繋がっている。
勇児は左上腕部にマウントされているペンライトを取り出すと、穴の中を照らした。
小さなペンライトの光では遺跡の底まで届かないが、勇児の指先には穴から漏れる冷気が伝わってくる。
「ロー。ロープの長さを見てくれ。」
勇児がそう言うと、ローは穴に繋がっているロープを引っ張る。
ある程度引っ張ると動きを止め、ロープに持っていたペンで印を入れると再びロープを引っ張る。
引き上げたロープの先には、重り代わりに大き目の石がくくられていた。
ローはロープの端を握り右手をいっぱいに広げると、右手で握った所を左手で握り直した。
それからまた右手をいっぱいに広げる。
何度か印のところまで繰り返すと、少し考えてから。
「8mほどだな。ハシゴは使える。」
と言うと、ロープを穴に放り投げた。
その間に勇児は穴のふちをじっくりと観察し、手で触れながら厚みを調べる。
「厚みは2mあるな…。間違いない。遺跡だな。」
勇児はそう言うとローの顔を見た。ローの顔からは表情は読み取れない。
「一旦、ベースに戻ります。昼飯をとってからミーティングをしますので、二時間後には発掘に入れるでしょう。
とは言え今日は中には入れません。ある程度の下調べだけで今日は終わるでしょう。」
勇児はヘサームに言った。
「わかりました。我々はどうしましょうか?」
「今日のところはこれで結構です。明日は朝8時から作業を開始します。出来れば立ち会っていただきたい。明日には作業が可能かどうかの判断がつくと思いますので。」
「わかりました。それでは明日の朝8時に伺わせていただきます。」
ヘサームはそう言うと敬礼をした。
『さて、どうなる事やら…。』
ペンライトをマウントしながら、勇児はそう思うと青く広がる空を見上げた。
ローは想像通りのキャラでしたでしょうか?
出来るだけ読みやすくと思い、行間を空けるようにしています。
その分、長くなりますがよろしくお願いします。
相変わらず説明文が多いですが、出来るだけ早い段階で知って頂かないと後で説明がつかなくなるので、『処作の通る道』と思って頂けると助かります。




