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第1話 勇児と瞳

前奏曲も終わり、いよいよ本編のスタートです。

 八月中旬の昼下がり。


 男は口元に微かな笑みを浮かべながら、190㎝はありそうな大きな体を大の字に広げ、畳の上に横たわっていた。


 男の着流しの胸元は大きくはだけ、帯もかなり緩められており、満足げな顔、いや、満腹といった顔である。

 誰が見ても「牛になるぞ。」と突っ込みたくなるような格好だ。

 さらに今日が平日の真っ昼間だと言う事を考えれば、人様から呆れた奴だと思われてもしかたがない。


 そんな男の傍らに座りニコニコと笑顔を浮かべながら、男をうちわで扇いでいる着物姿の女の子がいる。


 年は二十歳前後と言った所だろうか。長い髪を後ろで束ねクリっとした目の女の子は、自堕落を具現化したような男をうちわで扇ぎながら嬉しそうな笑顔を浮かべている。


 「疲れただろ瞳。もういいよ。」


 男は目を閉じたまま女の子に声をかけた。


 「疲れてない。もうちょっと。」


 瞳と呼ばれた女の子は嬉しそうに答える。


 「もう一時間は扇いでいる。」

 

 「勇ちゃん暑くない?」

 

 「今度は膝枕がいい。」


 そう言われた瞳は正座したまま体を滑らせ男に近づくと、黙って勇児の頭を持ち上げ、自分の両足の間に頭を乗せた。


 「久しぶりのお母さんの料理は美味しかった?」


 瞳が勇児の顔を覗き込むように尋ねると、勇児はパチリと目を開けニッコリと笑う。


瞳の目を見ながら勇児は言った。


 「美味しかった…。遺跡発掘に行く度におばさんの料理を思い出す。携帯食料がなくなった時は特に。」


 「食料がなくなったらどうするの?」


 瞳は勇児に尋ねた。


 「状況にもよるけれど、大抵は現地調達だな。」


 「現地調達?お店で買うの?」


 「近くにあればね。遺跡は大抵、人の住んでいない所にあるから。それに今回みたいに密林のど真ん中だとね。」 


 そう言って勇児は苦笑いした。


 「勇ちゃんが遺跡発掘の隊長になって、もうすぐ2年だね。お仕事辛くない?」

 

 瞳は勇児の顔を覗き込むように尋ねた。


 「食い物が無い時は辛い。飲み物が無いのはもっと辛い。でもその代わり帰ってきてから食べる御飯は死ぬほどうまい。」


 「お父さんも遺跡発掘員をやっていたし、今はお兄ちゃんがやっているから話には聞いていたけど大変なんだね。私には無理かなぁ…。でも、世界中を見て回れるお仕事なんて憧れちゃう。」


 瞳は寂しそうに言った。


 「源造おじさんとうちの父さんは遺跡発掘員の中じゃ伝説みたいになってる。おかげで俺も源ちゃんも肩身が狭いよ。」


 勇児はそう言うと笑った。


 「八雲おじさんが伝説になっているのはわかるのよ。でもお父さんがねぇ…。ちょっと抜けている所があるから…。」


 そう言って瞳は笑う。


 「おじさんは人気者なんだ。特に獣人の人達からは凄いんだぜ?」


 勇児はなぜか誇らしげに言った。


 「そうなの?私の中のお父さんは、お母さんにべた惚れで大酒飲みの大食漢。いつもニコニコしてて何されても絶対に怒らない人なんだけど?」

 

 「それ、源ちゃんに言ってみな。きっと大笑いするから。」


 勇児はそう言うと大笑いした。


 「え?え?」


 瞳は明らかに驚いている。


 勇児は突然立ち上がり、瞳の前で胡坐をかくと瞳の目を見つめ問いかけた。


 「あのさ。俺と源ちゃんが二人でおじさんに勝負を挑んだとする。どっちが勝つと思う?」


 「そんなの勇ちゃんとお兄ちゃんに決まってるじゃない。だってお父さんは忍術の使えない忍者なんだよ?お兄ちゃんは忍術上手だもん。勇ちゃんはお兄ちゃんより強いし…。」


 瞳はまくしたてるように答えた。


 勇児はハァとため息をつくと語り出した。


 「俺も源ちゃんも殺されちゃうよ…。時間にして1分…。もって2分…。下手すりゃ二人して秒殺だ。」

 

 「え?え?お父さんてそんなに強いの?」


 「剣崎八雲に無手で勝負出来る人は源造おじさんしかいなかったんだから。」


 剣崎八雲を引き合いに出した事が効いたのであろう。

 瞳は唖然としている。


 無理もない話である。剣崎八雲と言えばこの国、大和王国ではその名を知らぬ者がいないほどの有名人であり、英雄でもある。


 またその腕前は剣聖をもってして『その剣裁きは舞の如く優雅、抜き手も見せぬその早技はまさに電光石火の如くなり』と謳われた程の達人でもあった。

 7年前、異国にて行方不明となるまでは…。


 そもそも剣崎家はわかっているだけで15代続く家柄であり、始祖から代々『剣崎流兵法』を伝承している。勇児のご先祖様の中には王国の建国に携わった者もいれば、違う形で歴史に名を残すような偉人を何人か輩出してはいるものの、その反面、大酒飲みの放蕩者や身代を潰しかけた者もいる。


 それは瞳の家系も似たようなものである。

 瞳の家系である篠崎家も剣崎家同様、16代も続く家柄であり、古来より情報収集に長けた『篠崎流忍術』を伝承する忍者の家柄で、職業柄、歴史の表に立つような人物はいないが、歴史の陰の立役者となった人物の数は多い。

 

 源造には妻、幸との間に息子の源助と娘の瞳がおり、勇児とは家族ぐるみの付き合いである。

 元々は先祖代々のお隣さんであり、幼い頃に母を亡くした勇児は八雲と二人で剣崎家に住んでいたのだが、勇児が元服を迎えた15歳の時、八雲は異国での遺跡発掘中に行方不明となってしまった。


 勇児を心配した源造は

 「元服を迎えたとはいえ、一人きりの生活ではいろいろと問題も出てくるであろう。

 食事の事もそうだが学業もあることだし、いっその事うちに住まいを移さないか?その方がわしらも安心だ。」

 と言って半ば強引に勇児を篠崎の家に住まわせた。


 そこには父を失ったばかりの勇児に対する思いやりがあったのだろうが、そもそも勇児が物心ついた時から八雲は仕事で家におらず、一日の大半を篠崎家で過ごしたうえ、朝昼晩とほぼ毎日三食、食べさせてもらっていたのである。

 勇児曰く、「通う手間が省けた。」程度の変化でしかなかったが、篠崎夫婦にそう言って貰ったのが嬉しかった。


 勇児は剣崎家の何倍も大きい篠崎家の一室に僅かばかりの私物を押し込み、同居初日から家族同然のように振る舞った。


 篠崎夫妻はもとより、同い年であり兄弟同然に育った源助は、勇児の同居を諸手を挙げて喜んだのだが、一番喜んだのは何を隠そう二つ下の妹、瞳であった。


 この日から始まる瞳の猛アタックにより、勇児と瞳の仲はゆっくりではあるが、確実に深く深く結びついていくことになる。


 唐突ではあるが、ここに一つの逸話がある。

 この話は本来、源造しか知らない話であるが、そこで留めておくわけにはいかない理由がある。

 なぜならこの話は、勇児と瞳だけの問題だけに収まらず、この世界にとって後々重大な話となってくるのである。

 故に敢えてこの場でショートエピソードとして書き記す事を許して頂きたい。



 それは瞳がまだ五つの頃であった。

 源造が瞳と遊んでいると、結婚の話になった。源造は期待に胸を膨らませながら瞳に尋ねた。


 「ひーちゃんは大きくなったら誰と結婚したい?」


 父親ならば誰でも一度は思うであろう。

 第一希望の答えは間違いなく「お父さん。」である。

 しかしその期待は脆くも崩れ去る。

 瞳は間髪入れずこう答えたのだ。


 「勇ちゃん。」


 「そうかぁ。瞳は勇ちゃんが好きなのかぁ。」


 源造が残念そうにそう言うと、瞳は笑いながら言った。


 「あのね。ひーちゃんお父さんも大好きよ?でもね、ひーちゃんは勇ちゃんと結婚するためにお父さんの所に来たの。

 いっぱいいっぱい探したの。やっと見つけたの。だからお父さんとは結婚出来ないの。」

 

 源造はポカンとしてしまった。


 どう考えても五つの子供が言うセリフではない。

 受け取り方によっては会話として成立するが、周りの大人達の口真似の可能性も無きにしもあらずである。

 引っかかる所はあるが所詮、子供の世迷い言と切ってしまえば済む話だし、そのほうが自然だ。


 源造は瞳に言葉をかけた。


 「じゃあ、ひーちゃんも勇ちゃんが好きになってくれるように頑張らないとな。」


 「わかってないなぁ。」


 瞳は不満げに声を漏らす。


 「ひーちゃんは勇ちゃんと結婚するの。ひーちゃん本当は今すぐ結婚したいの。早くしないとあの子が来ちゃう。」

 

 「あの子って?」


 源造は不思議そうに尋ねた。


 「名前は知らない。覚えてない・・・。まだ会ってない。でも見たらすぐにわかる。あの子も多分そう…。」


 瞳は俯きながら寂しそうに答える。


 「そうかぁ…。」


 源造はそうしか言えなかった。



 余談はここまでとして話を戻そう。 


 勇児と瞳が話をしていると襖の向こうから声がした。


 「開けますよ。」


 「どうぞ。」


 勇児が声をかけると同時に襖が開き、湯呑みの乗ったお盆を手にした女性が部屋に入ってきた。

 小柄でふくよかな女性は襖を閉めると振り返り、お多福さんのような顔を綻ばせながら、勇児に声をかけた。


 「ゆっくり休めたかしら?」


 源造の妻、お(こう)である。


 「美味しい物をたくさん食べさせて貰ったうえに昼寝までさせて貰って…。まさに至福の時を堪能させてもらいました。」


 勇児はそう言うとお幸に頭を下げた。


 「お腹のほうは大丈夫?いくら好きだといってもお汁粉をお鍋一杯近く食べちゃうんだもの。」


 お幸はそう言いながらお盆を置き、畳の上に正座をした。


 「お恥ずかしい話ですがこの一週間、粗食に耐え続けておりました故、余りのうまさで胃袋の奴が壊れたようです。まさかあれほど食べるとは…。思いにもよりませんでした。」


 そう言うと勇児は恥ずかしそうに頭を掻いた。


 「源ちゃんも驚いていたわ。勇ちゃんがあれほど食べるとは思わなんだって。それでね、念のため胃薬を持って行きなさいって。はい。」

 

 そう言うとお幸はお盆を勇児の前に差し出した。


 「お気遣いありがとうございます。」


 勇児はそう言って頭を下げると粉薬を口に放り込み、湯呑みの水で流し込んだ。


 「そうそう。うちに来る留学生の事なんだけど…。」


 お幸がそう言うと、瞳が興味津々で尋ねた。


 「ルーン王国から来る留学生の事ね?お母さん、いつ来るの?」


 「それがね、急な話でなんなんだけど明日にはこっちに着くって言うのよ。準備がまだ終わってなくて…。」


 お幸は少し困った顔で答える


 「何人来るんだっけ?」


 瞳がお幸に尋ねると、お幸は呆れながら言った。


 「呆れた子ねぇ。五人ですよ。全員6歳。あなたが赴任する小学校の新入生なんですよ。相変わらず呑気ねぇ…。」


 「そうでしたそうでした。私、来月から先生になるんでした。ははははは!大丈夫です。しっかりします。留学生も任せて!」


 瞳はバツが悪そうに言う。


 「本当に大丈夫かしら?ねぇ、勇ちゃん?」


 お幸が心配そうに勇児に尋ねた。


 「本当にねぇ…。」


 勇児も呆れ顔だ。


 「そんなことより二人にお願いがあるの。瞳は源ちゃんと二人で急いで布団を人数分干して。それが終わったらお部屋の掃除。わかった?」


 「勇ちゃんは?」


 「勇ちゃんは私の買い出しのお付き合い。」


 「そんなのずるい!私も買い出しに行きたい!」


 瞳は抗議活動に入った。


 「あなたは食品の目利きが出来ないでしょ?荷物持つのも嫌がるし役に立ちません。それに食器も買うからあなたでは持ちきれません。」


 非の打ち所のない理由と、反論出来ない理論を展開された瞳には、黙るという行動しかとれなかった。


 「というわけで勇ちゃん。申し訳ないけどいいかしら?」


 お幸の申し出を受けた勇児の答えは即答であった。


 「喜んでお付き合いいたします。おばさんとお出かけなんて久しぶりだなぁ。」 


 それを聞いた瞳はギリギリと歯ぎしりを始めた。

 本当に悔しい時に出る瞳の癖である。


 「それでは勇ちゃん。行きましょうか?瞳も食品の目利きくらい覚えなさい。将来、旦那様に美味しいものを食べて欲しくないの?オホホ。」


 そう言ってお幸は右手の甲を口元に当てる。

 それはお幸が瞳を挑発する時の癖であった。


 『本当に仲のいい親子だなぁ。』


 勇児はそう思いながら軽く身支度を整えると、お幸と部屋をあとにした。

説明が多くなりました。


実力不足が露呈しております。

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