研究施設にて
「こんにちは───」
とある研究施設のコンクリートで囲まれた狭い密室にて、女性の姿をしたロボットが言葉を発した。
「私はエヴァ。あなたのサポートです」
エヴァと名乗るロボットは、無機質な声でそう言った。しかし、コンクリートの部屋にはエヴァ以外の何者もいない。彼女はただ一人、コンクリートの壁に向かって立ち、空気と会話をしていた。
彼女は背丈が高く、頭から肩までぶら下がった黒髪に、それとほぼ同色のワンピースのようなものを身につけている。一見、容姿はほとんど人間そのものである。人間でないと分かるところと言ったら、片方の目の色がグレーというぐらいである。その違いさえ無ければ、まず見た目でロボットと気づくのは困難だろう。
「こんにちは─私はエヴァ。あなたのサポートです」
少し間を開けると、彼女はまた同じ台詞を繰り返した。言葉のトーンは相変わらず無機質で冷たかった。
そして数分程たったが、彼女はまだその台詞を呪文のように繰り返しているようだ。静かな部屋に響く声は狂気さえ感じる。
「私は───」
彼女が台詞を言うのに夢中だった途中、突然、部屋の頑丈な鉄扉がゆっくりと開かれた。重そうな音を鳴らしながら開く扉から、白衣を着た若い女性が現れ、しかめっ面でエヴァを見つめだした。
「やっぱ駄目みたいね」
白衣はぶっきらぼうにそう呟き、肩をすくめた。そして、呆れた彼女はエヴァに近づき、「残念ね」と一言吐き出した。嫌味とも捉えられる彼女の言動だったが、エヴァは応えることもなく、ひたすら壁に向かい台詞を繰り返していた。空気だけが張り詰め、どことなく険悪な雰囲気が流れた。エヴァのあまりのしかとに、彼女はもう一段落呆れた表情を見せて、ため息をついた。
「調子はどうだね」
空いていた鉄扉から、同じく白衣の透明縁の眼鏡を掛けた男性が現れた。男性は髭を生え散らかしており、顔は見事なその白い髭で隠れてしまっていた。その見た目はまるで老人のようであった。だが髭の隙間から微かに見える彼の顔をみるに、実際は中年と言ったところであろうか。それくらい歳が一番相応だろう。
「教授。試作品失敗のようです」
教授と呼ばれた髭もじゃ眼鏡の男性は、残念な顔を浮かべてエヴァをみつめた。その後、諦めのついたようにため息をして同時に深呼吸をして白衣の女性に語りかけた。
「まぁ仕方ない。色々情報を詰め込みすぎたみたいだ。商品として考えて開発しなかった私も悪いのだ。次は情報を少し削減しなければ。」
「えぇ。そうですね」
教授は心無しか残念そうだった。白衣の女は心情を察したのか釣られて残念そうな顔を作ってみせた。
「それと、処分は君に頼んだよ」
教授は女に処分の話を持ち出した。すると女は少し嫌そうな顔をして教授を軽く睨んだ。
「自分で処理するのが嫌なんて、情でも移ったんですか」
「いやまさか──」
「図星ですか。」
「冗談だよ…」
小馬鹿にするように笑う女に、教授は苦笑いを返した。
「そうだといいんですけどね」
「とりあえず頼んだからね。私は仕事があるから──」
そう告げると教授は小走りに部屋を去っていった。そして女は再び呆れた。彼女は肩の力を抜くと、腕を組んで処理について考えた。
普通ロボットの場合、処理をする時は分解するのが主流である。しかし、彼女は極度のめんどくさがり屋なのである。だから彼女にとって分解は邪道らしい。
そして、彼女は重そうにロボットを持ち上げるとドアを開け、廊下に出た。すると廊下の窓を開け、いきなり身を乗り出して地面の方を覗いた。外は夜であった。
「この高さなら大丈夫でしょ」
フロアは3階ほどの高さで、真下には丁度ゴミ置き場と思わしき場所があった。
彼女は「よし」と台詞を吐くと、エヴァを持ち上げ窓の淵に置いた。そして、勢いよくエヴァを外に投げ出した。エヴァは落下した直後、ネジの山に埋まり身体の半分が埋まってしまっていた。
「なんかごめんね」
彼女は馬鹿にしたように謝り、無表情で窓を閉めた。傍から見れば人殺しのサイコパスだが、所詮は機械。彼女は一切の罪悪感を持たず、廊下を何事も無かったように歩いた。