七色の蛇
雨が上がった空は、青々しく美しい色をしていた。
「取った!」
そんな雨上がりの空の下、屋敷の池の中に手を突っ込む少年、春千代が大きな声を出して、騒いでいた。
「取った! 取った!」
「春千代、どうしたんですか?」
「母上! 取りました、取りましたよ!」
「ん? 何を?」
「これでっ!」
母、お道の下へ駆け出した瞬間、盛大に転けてしまった。
転けた拍子に、両手に包むように持っていた水が、辺りに飛び散っていた。
「春千代! 大丈夫ですか!?」
「……はい。大丈夫です」
「怪我はしてませんね。良かった」
「ああああ!」
「何ですか!?」
「七色の蛇が……」
「蛇?」
「はい……。七色の蛇を見つけたので、母上に見せたくて……」
「あら、まぁ……。うふふ」
お道は、春千代を立たせ、着物に付いた砂を払い落としてやる。
「母上に見せたかったんです……」
「ありがとう、春千代。母上はとても嬉しいですよ」
「逃がしちゃったのに?」
「ええ。母上のために頑張ってくれたんですから。母上はそれだけで嬉しいんですよ」
「本当ですか?」
「ええ、本当よ。次は焦らずにね」
「はい……」
「では、母上とお茶でも飲みましょう」
お道は春千代とともに、縁側に座り、お茶を飲み始める。
しかし、春千代はまだしょげている。
「これでは、父上に笑われてしまいます」
「そんなことありませんよ」
「……父上は笑いますよ」
「うふふ。春千代、実は父上も同じことをしたんですよ」
「同じこと?」
「ええ。まだ母上と父上が幼い頃……」
ーーーーー
それはもう何年も昔のこと。
お道と幼馴染みの現在の夫である孝虎と、よく一緒に遊んでいた。
「道! 見ろ、これを見てみろ!」
「何ですか?」
「これだ!」
孝虎が池の中を指差す。
そこには、小さな七色の筋が一本。
「これは?」
「蛇だ!」
「蛇?」
「そうだ! 雨が上がったあと、時たまこの池に現れるんだ……」
「綺麗ですね」
「……綺麗か?」
「ええ」
「よし!」
「ん?」
孝虎は着物の裾を捲りあげると、池に手を突っ込んだ。
しかし、足元がぬかるんでいたため、つるんと滑ってしまった。
滑ってしまった勢いで、池の中に落ちてしまった。
「孝虎様!!」
「ブハッ!! 蛇はどこだ!?」
「孝虎様、大丈夫ですか?」
「あぁ、平気だ! それより蛇だ!」
孝虎は池の中を這いずり回りながら、七色の蛇を探し続ける。
お道は孝虎のことを心配そうに見ていたが、空からキラリと光る何かに気が付き、見上げる。
そこには七色の蛇が。
「綺麗……」
しかし、ゆっくりと消えていってしまい、七色の蛇は消えてしまった。
「くそう! 逃げられた!」
ーーーーー
「父上も捕まえようとしてたんですね!」
「ええ。でも、父上は結局、捕まえられないで終わってしまったんですよ」
「そうなんですね……。父上に捕まえられなかったものを、私は捕まえられるでしょうか」
「それは分かりませんね……。春千代がどれほど頑張れるかにもよりますね」
「……私、頑張ります! 父上を超えてみせます!」
その数日後。
雨上がりの空の下、春千代は再び池の中を覗き込んでいた。
「いた!」
春千代は池の中に勢いよく手を突っ込んだ。
両手で七色の蛇を包み込む。
そこには、ゆっくりと歩みを進めていく。
「母上ー! 母上ー!」
水が落ちないように、七色の蛇が逃げないように、ゆっくり慎重に歩いていく。
お道は部屋から顔を覗かせ、縁側に出る。
「どうしたんですか、春千代」
「待ってくださいね……。見てください、捕まえました!」
お道の目の前にで、両手を開く。
そこには小さな七色の蛇が。
「春千代、よく出来ましたね!」
「はい!」
「おい、どうした?」
「殿」
「父上! 見てください、七色の蛇です!」
孝虎が家臣達を引き連れて、縁側にやってきた。
その孝虎や家臣達に向け、両手の中を見せる。
「ほほう。父上にも捕まえられなかった七色の蛇を捕まえるとは、流石だな」
「えへへ〜」
「さぁ、春千代。七色の蛇を池の中に返してあげてくださいな」
「はい!」
春千代は再び、ゆっくり慎重に池の方に歩いていく。
「懐かしいな、七色の蛇」
「孝虎様は池の中に飛び込んでいましたね」
「笑うな……」
「申し訳ありません」
と、言いながらも、お道はうふふと、笑い続けた。
読んでくださり、ありがとうございます^^*
虹ってたしか、蛇に似てるって理由で、虫偏だった気がするなーということを思い出したので、書いてみました。
安土桃山〜江戸ら辺を意識した設定にしました^^*
まぁ、この頃から虹という存在は認知していたかとは思いますが、なんとなく「虹」を知らないという設定にしちゃいました笑