第七話 デートの誘い
正直なところ、これ以上なつかれないうちに、無視して帰ってしまいたいと思う。
けれど、話しかけられたのに無視するというのは人としてどうかと思うし、私は思春期どころかもう立派な大人なのだ。
なるべく目を合わせないようにぺこりと頭を下げて「楽しかったです」の一言を伝えて、ドームを出ていく。
だが、二・三歩歩いたところで、どうにもウズウズが止まらなくなった。
立ち止まって振り返り、じっと大塚さんの目を睨みつけるように見つめた。
「今回のお話は、きっと子どもにもわかりやすいし、大人の私も楽しめました。素直にすごいって思います。だからこそ、子どもに中性子とか難しい話をしたりして……」
そこまで言って、口をつぐんだ。
――素敵な解説を台無しにしないでほしい。
そんな思いは所詮、余計なお世話というやつだろう。
突然の私の態度に、何かを思い出そうとするかのように、大塚さんはナナメ上を見上げていく。
そして、はたと気付いたようで身体がぴくりと震えた。
「中性子……ああ、ショウタたちのことですか」
その言葉に頷く。
「ええと、あれはですね。クリスマスイブの投影後に、僕に恋人がいるだのいないだので、あの子ら盛り上がっていまして」
大塚さんは頭をかいて、あはは、と乾いた笑いを漏らす。
「こい……びと……?」
首をかしげると、大塚さんは苦笑し、首を縦に振った。
「はい。その歳で独り身のクリスマスはダサいだのなんだのと囃したてるもんだから、小難しい話をして追い払ったんです」
「なるほど、そういうことでしたか」
確かにさっきの子たちは、一度騒ぎ出したら、止まらなくなりそうだ。
真相を知って、当時の場面を想像するとなんだかほほえましく感じた。
「……あの、志乃さん」
「へ、なんですか」
大塚さんの声に、わずかばかり驚く。
いつもの呑気なものではなく、どこか緊張したような感じだったからだ。
そんな大塚さんは、深めに息を吸いこんで、たどたどしい顔で笑った。
「もしよかったら、今度一緒にどこか行きませんか」
「え?」
「話しているのはいつも僕ばかりでしょう? だから僕も志乃さんのお話を聞きたくて」
「なんで、私?」
わけがわからない。
大塚さんと私は、同僚でも友だちでもなく、スタッフとただの客だ。
つまりはほぼ他人で、顔見知り程度の関係。
誘われる理由が何一つとして思い浮かばなかった。
そんな私の困惑を察したのだろう。
大塚さんは再び口を開いた。
「志乃さんて、投影後いつも余韻に浸る感じで、にこにこした顔をしてくれてますよね。それが嬉しくて。それに、新野先生のお話も聞かせていただけたら、と」
大塚さんは時々視線を外しながら、なぜか少し照れたように語っていく。
「ええと……」
私の話などしたくはないが、おじいちゃん先生が亡くなるまでの数年間については、大塚さんから聞いてみたい。
大塚さんの語り口は、どこかおじいちゃん先生に似ているし、きっといろんなことを教えてもらったんだと思う。
それたけは、聞いてみたかった。
ウンウンとうなりながら、必死に悩んでいく。
「やはり、お嫌ですか?」
寂しげな声を出す大塚さんに、首を横に振った。
「いえ。休みの日で空いてるのは、二月一日と六日といつだったっけ、と……」
鞄から手帳を取り出して開いていくと、頭の上から不思議そうな声が降ってきた。
「え!? 仕事終わりに食事とかじゃなくて、一日くれるんですか」
顔を上げると、大塚さんは目を丸くしている。
「あ、ええと……まぁ」
どこか行くって、食事をするって意味なの?
職場以外の男の人と二人で出かけたことなんて一度もないから、よくわからない。
困惑する私をよそに、大塚さんは嬉しそうな顔になっていく。
久々に、見えない尻尾が左右に振られているようにも感じる。
”やっぱり仕事終わりにご飯のほうがいいです”とは、言いづらい雰囲気だ。
「この時期ですし、外は寒いですよね。そうすると映画とか、演劇とか、博物館とか……」
腕を組んで悩む大塚さんに、私は突如声をあげた。
「博物館がいいです! 島風区のやつ」
ツンケンしていた私が突然乗り気になったことに驚いたのだろう。
大塚さんは言葉を失い、きょとんとした顔をしていた。
「あ、いえ……どこでもいいです」
おかしな態度をとってしまったことが恥ずかしくて、大きく視線をそらし、呟く。
島風区の博物館は、観光客がやってくるほどに広く、有名で。
一度は行ってみたいと思っていたのに、博物館に興味のある友だちがおらず、行けていなかったのだ。
「島風区のは確か、恐竜展がやっているって聞いたような気がします。きっと楽しいと思いますよ。行きましょう」
「……すみません、ありがとうございます」
らしくない態度をしてしまったせいで、大塚さんの顔がまともに見られない。
「で、僕の連絡先は、ってまたスマホ忘れてるし」
ポケットを漁った大塚さんはがっくりと肩を落としていく。
いつもは左右に振られる見えない尻尾も、不思議と項垂れている。
大人の男の人なのに、マスコットやゆるキャラみたいで、なんだか可愛く見えた。
手帳に挟んだペンを手にとって連絡先を書きあげ、ちぎった手帳の切れはしを大塚さんへと差し出した。
「これ、私の番号です。夜勤じゃなければ、九時過ぎ頃なら出られると思います」
SNSのRINEか、メールアドレスを書こうかとも迷ったが、電話番号を書いて渡すことにした。
理由は、当日迷った時に手っ取り早く連絡ができるから。
ただそれだけだ。
紙を受け取った大塚さんは、まじまじとそれを見つめて表情を明るくさせていく。
顔を上げた彼は、まるで子どもみたいにきらきらと笑っていた。
「志乃さん、ありがとうございます。必ず連絡しますね!」




