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第四話 懐かしいロビー

 大塚さんは、ガラス扉を開けて私をロビーへと通した。

 ちなみに松木さんは役場での仕事があるらしく帰ってしまい、この広い部屋にいるのは大塚さんと私の二人だけ。


 昔はあんなに賑わっていたのに寂しいものだ。

 ロビーには数名が掛けられる背もたれのない大きな椅子がいくつもあり、壁には惑星や銀河の写真が大量に飾られている。


 写真、か。

 おじいちゃん先生が解説員をしていた時は、壁には何も貼っていなかったように思う。

 きっと大塚さんが貼ったのだろう。

 あの人は彗星が好きなのだろうか。彗星の写真が少し多い気がする。


 そして、絵も文字も何でも書いていい『何でもノート』は未だにあるようで、端にある机の上にちょこんと置かれていた。



「暗いんで、電気つけますね」

 その言葉と同時に明かりが付いた。

 閉館したかのような物悲しさは少し薄らいだものの、あの日のここからはまだ遠い。


 星の写真をぼんやりと眺めながらロビーの端へ向かい『なんでもノート』を手に取ってみる。

 ページをめくると、書かれていたのはアニメのキャラクターの絵や、誰かの名前、それに殴り書きのようなぐちゃぐちゃの線。

 それに、友達であり続けることを誓う言葉に、解説員さんへの感謝のコメント。

 二十年近くたっても、このノートは何も変わらないんだな、と笑う。


 最後のページを開くと、女子中学生か高校生が書いたと思われる、丸っこい文字が並んでいた。

 内容は”おーつかさんみたいな彼氏が欲しい”というものと”イケメン最高!”という二言だ。


 イケメン?

 首をかしげて、遠くで何かを探している大塚さんを見やる。


 職場に田村さんという色男がいるせいか、イケメンの判断レベルがずいぶん上がってしまったけど……

 色素の薄い猫っ毛の髪に、女の子もうらやむアーモンド形の目、童顔ともとれるその顔はまぁ、イケメンと言えなくもない、か。

 ま、私は興味ないけど。


 ちらと時計を見ると十一時で、時間はまだまだある。

 せっかくだから、私も何か残していこうとペンをとり、走らせた。

 書いた文字は『おじいちゃん先生、姫ちゃん、今どこで何をしているの? しのも、はるかも、よーすけも元気だよ』だ。



「あの、お姉さん」

 書き終えた途端、後ろから声をかけられて跳び上がる。

 書いていたのを見られるのがなんだか嫌で、慌ててノートを閉じた。


「それ、もし書きたいものがあれば、自由に書いてもらって大丈夫ですよ」


 柔らかく笑う大塚さんは、愛嬌があってどこか犬っぽいし、いい人そうだとは思う。

 けれど、男という生き物はみんな狼だ。

 人懐っこい犬の姿に騙されてはいけない。


「いえ、私は見るだけで十分です」

 警戒心を捨てきれず、ツンとして言葉を返した。



 恐らく”近寄るな”という空気を察したのだろう。

 大塚さんはそれ以上踏み込んで来ず、そっと紙を差し出してきた。


「そうしたらこれ、お願いしてもいいですか?」

 差し出された紙というのは、アンケート用紙だった。


 書くのは名前だけで、あとは年代、趣味、誰と来たか、どんな話を聞きたいか、などをチェックするだけのものだ。

 解説する際、なんの話をするのかを決めるためにアンケートをとっているのだろう。


 住所を書くわけでもないし、と椅子に腰かけ、次から次へとチェックを入れていく。

 その間、準備があるのか大塚さんは裏の方へと回り、ずっと出てこなかった。



 残り五分という差し迫った時間になっても、誰かがやってくる気配はない。

 人がいないというのは寂しいけれど、プラネタリウムの独り占めができるかもしれないと思うと心は躍る。


 かたりと物音がして視線を移すと、準備が済んだのか大塚さんが奥から現れ、私の元へとやって来た。



「大塚さん、アンケートどうぞ」

 二つ折りにして紙を手渡すと、大塚さんは受け取った直後からそれを開いていく。


 客は一人しかいないし、来月閉館してしまうのに、書面でアンケートを取る意味は果たしてあるんだろうか。

 あまり関わりたくないし、書面のやりとりというのは助かるけれど、直接聞いたほうがよほど早い気もした。



「”日本人と星”に”星のはじまりと終わり”ですか。このテーマはやっぱり人気だなぁ」

 大塚さんはアンケートのチェック項目を見て、うなずく。

 そして顔を上げて、私に向かい、微笑みかけてきた。 


「志乃さんは、どういう感じのお話がお好みですか。やっぱり織姫と彦星みたいな、ロマンチックな感じのです?」


「いえ、仕事一筋なんでロマンチックとかそういうのはいいです……って、え!?」

 あまりの衝撃に、身体が跳ねて変な声が出てしまう。


「急にどうしたんですか」

 大塚さんは目を丸くして私のことを見つめてくるけれど、私は反対に眉を寄せて、彼を見つめ返した。


「どうして私の名前を……」


「普通に、ここに書いてあるんで」

 大塚さんは、アンケート用紙をひっくり返して、さも当然のように指をさす。


 うかつだった。

 アンケートだから”書かない”という選択肢もあったのに。 

 会うのは一度きりとはいえ、なれなれしいわんこ男に懐かれるなんて、たまったもんじゃない。



「でも普通、初対面の人に下の名前で……」

 呼びます? と聞こうとすると、大塚さんはへらっと笑う。


「よく来てくれるおばあちゃんも森山さんって言うんです。なので、呼び名をかぶらせたくなくて。うーん、ちょっとなれなれしくなりますけど”森山ちゃん”とかの方がいいです?」


 森山ちゃん!?

 その呼び名を聞いた途端に、昨日の田村さんの得意気な顔が浮かんだ。

 志乃さんよりも、森山ちゃん呼ばわりされる方が、よほど(しゃく)に障る。


「……好きにしてください」

 聞かれないほどに小さく息をついて、呟くように言った。


 気にしない、気にしない。

 心を広く持つんだ、志乃。


 待ち時間の間だけ、数回”志乃さん”と呼ばれるのを我慢すればいいだけ。

 この人に会うことなんか、もう二度とないんだから。

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