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第二十七話 シュガースター

 王塚さんは、私がじっと見ていたことに気づいたようで、気まずそうに視線を落とした。


「再会の日からずっと“気付かれるまで正体を隠しておこう”と、決めていました。プラネタリウムに、姫ちゃん捜索、という貴女を縛る理由が二つもありましたし、僕から離れていかないことはわかっていましたから」


 卑怯なことをしてすみません、と王塚さんは静かに頭を下げていく。



「王塚さん?」

 静かに声をかけると、彼は顔を上げ、苦しそうな表情で私のことをじっと見つめてきて。


「ずるい手を使ってまでも、気付かれる日を待っていました。だけど、もう待てない。こんな曖昧な関係じゃ、僕は全然足りないんです」


 王塚さんは、そっと私の両手をとって握ってきた。

 彼の声を聞くたびに、痛いくらいに胸が痛くなって、なぜか王塚さんの顔が見られなくて。

 無言のまま、繋がれた手をじっと見つめた。



「プラネタリウムも閉館し、姫ちゃんの捜索も終わりました。僕らを繋ぐものはもう何もありません。ですが……僕は君と一緒にいたい」

 左手は互いの手袋の感触しかなかったけれど、右手には王塚さんの手のひらから熱が伝わってくる。


 きゅっと手に力が込められたことにわずかばかり動揺し、そっと顔を上げていく。

 すると、王塚さんは深く息を吸い、私の目を真っ直ぐに見つめてきて。

 聞き間違えようがないくらいに、はっきり、そして堂々と、こう言った。


「志乃、僕は君がすきです。友だちとしてではなく、恋人として、これからも僕の隣にいてくれませんか」



 あまりにも予想外すぎる展開に、自分の周りに起こっていること全てが、霞みがかっているように感じてしまう。

 王塚さんの声も、景色も全部が夢なんじゃないかとさえ思うけれど、右手の熱が、決して夢ではないことを教えてくれた。


「流れ星……」

 微かに震える声で、呟くように言う。


「え?」


「さっき流れ星があったでしょう? 私、ひとつ願いを込めたんです。それは、姫ちゃんに会いたい、じゃなかった」


 繋いだ手をきゅっと握って、私は彼の顔を見上げる。

「王塚さん。私は貴方とずっと一緒にいたいと、願いまし」


 ぐん、と手が引かれ、一気に全身が熱くなる。

 私の身体は王塚さんに力強く抱きしめられていた。


 確かな熱と包まれる感覚に、きゅうと心臓が締め付けられ、強いめまいが襲ってくる。



「それって、志乃も僕のことがすきってことで、間違いないですか?」

 耳元から直接響いてくる声に、たまらず私はきゅっと身体を縮こまらせ、彼の背に両手を回した。


「……はい」

 照れから、小さな声で返すと王塚さんは顔を私の首元へと寄せていく。


「志乃、すきだ。もう、離したくない」

 ぎゅうとさらに強く抱きしめられ、私も彼と同じように力を込めた。


「私も王塚さんがすき……」

 すきだ、と口に出すと、また愛しさが溢れて止まらなくなる。

 こんなに幸せでいいんだろうか――なんておかしなことを思いながら、彼の肩に顔をうずめる。



 王塚さんは私の頭を優しく撫でてきたあとに、私をそっと引き剥がしてくる。

 そして、困ったような顔で見下ろしてきた。


「ねぇ、王塚さんってのやめてくれません? ユキトって呼んで」


「ユキト?」

 言われるがままに名を呼ぶ。

 すると、ユキトはにこりと微笑んでいく。

 綺麗な笑顔に見惚(みと)れていたら、あっという間に唇を奪われてしまった。



 重ねるだけのもので、一瞬だった。

 わけもわからないうちにファーストキスは終わっていた。

 それでも、口づけられたのは確かで。

 温かく柔らかな感触を思い出してしまい、視線は泳いで、顔もみるみるうちに熱くなっていく。



「その顔……」

 ユキトは目を丸くして、私のことを見下ろしてくる。


「へ、変な顔だったよね、忘れて」

 慌てて顔をそらすと、ユキトはくすくすと笑った。 


「ううん、すごくかわいい。もう一回見せてよ」

 左右の(ほお)を包んでくるように、ユキトは両手を添えてきて。

 顔を上に向かせられる。


 熱に浮かされたような目で私を見てきて、私はそれが恥ずかしくてたまらない。

 逃げたいのに頬を固定されているから逃げられず、強く目をつむった。 


 それを承認と受け取ったのか、ユキトはまた口づけてきて。

「ちょ……っと」

 心臓が苦しくて、身をよじって逃げようとするけれど、逃がしてなどもらえない。



人気(ひとけ)のないところに行きたいって言ったのは、志乃でしょう?」

 耳元で(ささや)いてくるユキトは、いたずらっぽく笑う。


 この、わんこ男……ッ!

 どうして、待ての命令が聞けないの!?



「マテ!」

 私はユキトの胸を強く押して身体を離し、睨みつけていく。


「僕は犬じゃないんですけど」

 ユキトはきょとんとした顔で私を見おろしてくる。


「わかってる。でも……いきなりぐいぐい進まれるとびっくりするの! さっきのもファーストキスだったんだからね! 私、つい最近までずーっと男嫌いだったんだからね!」

 たたみかけるように言うと、なぜかユキトは笑ってきた。


「ごめん、ごめん」


「何、その楽しそうな顔」

 ムッとしていると、ユキトは優しい顔をしてきて。

 その顔にまた流されてしまう私に、ユキトを叱る資格はないのかもしれない。



 私たちは無言になって見つめ合い、どちらからともなく近づいてまた、唇を重ねた。

 触れるだけだったそれも、だんだんとそれも深くなり、()むようなものへと変わる。

 情熱的なキスは、砂糖みたいにあまくとろけて、頭がくらくらとした。


 ああ、この人はやっぱり、柴犬の見た目をした狼だったんだ。

 ふわふわと酒に酔ったような働かない頭で、そんなことを思った。

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