第二十六話 隠されていた真実
南ヒメカさんが、姫ちゃん。
つまり、私と恋敵の関係だったから、名乗り出ることができなかったってこと……?
そう考えると、いろいろなことが納得できたような気がした。
三角関係が原因で友情にヒビが入るのは、ドラマでもよく見る光景だし、私に会いたくないと思うのは当然かもしれない。
「大塚さん。つまりは、南さんが姫ちゃんなんですね! なんで黙ってたんですか。南さんに口止めされてたんですか」
大塚さんに勢いよく詰め寄ると、彼は困ったような顔で息を吐いた。
「そうですね。南さんは姫に花で姫花さんで……」
「南姫花さんは私が“しの”だってわかっているんでしょう? だから、姫ちゃんは」
「ちょっと、志乃さん、落ち着いて」
大塚さんは、右手を前に出してなだめるようなしぐさを見せてくる。
だけど、そんなことされたところで――
「落ち着けるわけないですよ!」
大好きな姫ちゃんと三角関係だなんて。
神様、私はそんなにひどいことをしてきましたか? なんて、この状況を嘆かずにはいられない。
大塚さんは、息まく私とは正反対に、ゆったりと口を開いていった。
「あの、前に志乃さんこう言っていましたよね。春香と洋介が姫ちゃんのことを思い出せない、って。その理由、僕はなんとなく見当ついてるんです」
「大塚さん?」
全然、私の話と噛み合っていない。
彼が何を言いたいのか、私にはさっぱりだ。
「貴女は二人に、こう聞きませんでしたか? 姫ちゃんという女の子がいなかった? と。でも、そう聞いてわかるはずないんです」
「わかるはずが、ない……?」
大塚さんは興奮がおさまって来た私を、ホッとしたような顔で見つめてきて、柔らかく笑う。
「その子のことを姫と呼んでいたのは、新野先生と貴女だけ。他の子どもたちは”ゆき”と呼んでいました」
「ゆき、どこかで聞いたような」
必死に思い出そうとするけれど、なかなか思い出せずに、モヤモヤとしてしまう。
なおも思い出せずにいる私を見てきた大塚さんは、困ったような顔をして笑った。
「新野先生は姫野や美姫だから、姫と呼んだわけじゃない。王がつく名字のくせに女の子らしい顔つきをしているから、ふざけて姫と呼んでいたんです」
「王の名字? どういうこと……」
「あなたが姫ちゃんと呼んでいた子は、南さんじゃないどころか、少女でもない。王の塚の名字を持った少年だった」
「王の塚、って」
だんだんと目が丸くなっていくのが、自分でもわかる。
まさか、姫ちゃんの正体って……
「そう。王塚ユキト。貴女が探していた人は、僕です」
大塚さん、改め、王塚さんは私のことをまっすぐに見つめてきていて。
あまりの驚きに、私は繋いできた右手を振りほどいて立ち上がり、声の出ない口を、ぱくぱくと動かした。
「な、どうしていままで」
ようやく声は出るけれど、まともな言葉にならない。
こんなこと、とても信じられなかった。
姫ちゃんがじつは男の子で、大塚さんは王塚さんで。
目の前の王塚さんが、姫ちゃんだったなんて。
ふと、自分の手を見ると、小刻みに震えている。
人は驚きすぎると、震えてしまうんだとはじめて知った。
「だって志乃さん、最初から僕が姫ちゃんだと知っていたら、友だちとしてしか見てくれなくなるでしょう?」
「そりゃそうよ。だって」
「男なんて友達だけで十分。恋なんか絶対にするもんか、ですもんね」
呆れたように王塚さんは言う。
そのセリフは間違いなく、子どもの頃の私が言ったものだった。
「それに」と王塚さんは再び口を開いていく。
「志乃さんのその信条が間違いなく実践されるのは、昔から知ってましたし」
「どういうこと……」
王塚さんに再会したのは先月で、それが小学校低学年以来の再会のはずだ。
昔から知っている、と言う意味がさっぱりだった。
「中学生にあがったばかりの頃、僕は文化祭でたまたま洋介に会っていたんです。洋介は志乃さんに何度アプローチしても、全然振り向いてもらえなかったと話してました」
「でも、洋介は春香と付き合ってるんですけど」
しかも、高校生の時から二人はずっと仲良しで。
レストランでプロポーズされたと先月、春香は幸せそうに言っていた。
「それは、今の話でしょう? 昔の洋介は志乃さんのことが好きだったんです」
洋介が、私のことを好きだった……?
「そういえば、思い当たる節がなくも、ない」
よくよく思い返してみれば、しつこいくらいに遊びに誘われていたような気がするし、ふざけた態度で告白じみたことを言われたような気がする。
王塚さんは、そんな私を見て苦笑いをした。
きっと、洋介が憐れだ、とでも思ったのだろう。
「だから、名字を大塚と間違って呼ばれることも、姫ちゃんが少女じゃなかったことも、貴女の勘違いは全部指摘しないで、僕は他人として過ごしてきました」
「どうして僕がずっと嘘をついてきたか、わかります?」と王塚さんはベンチから立ち上がって、彼よりも背の低い私のことを見下ろしてくる。
その問いに、ふるふると首を横にふった。
王塚さんはまた、困ったような顔をしていく。
私に近づいてきた彼は、再び口を開いた。
「志乃に友だちじゃなく、一人の男として見てもらいたかったからです」
見つめてくる目が真剣で力強くて、どうやったって視線がそらせない。
男として見てほしい、という言葉になぜか、きゅうと胸が痛む。
「ねぇ、志乃……」
王塚さんは甘くかすれた声で私の名を呼んできて。
その瞳は、次第に熱のこもったようなものへと変わり、私の頬へと手を伸ばしてくる。
恥ずかしさのあまり、顔をそらすと彼の手は私の頬を少しだけ撫でて、戻っていく。
骨ばった手の柔らかい指づかいに、どぎまぎしてしまい、きゅっと目をつぶった。
「再会した時も、キーホルダーを見なくても横顔だけで、すぐに志乃だと分かった。君は僕の初恋の女だから」
柔らかい声に、恐る恐る顔を上げていく。
――しの、これあげる
王塚さんは私を見つめて、あの日の姫ちゃんと同じように、優しく笑っていた。
その笑顔が、可愛い姫ちゃんの姿と重なり、彼が姫ちゃんだったんだと、改めて実感していったのだった。
あと二話で完結です。




