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第二十五話 姫ちゃんの正体は

 大塚さんが車から懐中電灯をとってきて、その灯りを頼りに私たちは林へと続く階段を下りていく。

 少し行ったところで、小さな広場のような場所へと出た。


 恐らくここは穴場だったのだろう。人っ子ひとりいない。

 さっきの広場よりも葉っぱが茂っていて見晴らしはかなり悪くなるけれど、明かりが少ないぶん星は綺麗に見えた。


「あ、ベンチがありますよ!」

 ちょうどいい場所にベンチがあるのを発見し、私たちはそこに並んで座っていく。


 まだ、流れ星は一個も見つけていない。

 一時間に百個以上の星が降る流星雨まではいかなくても、せっかく来たのだから、せめて一個くらいは見たい。

 白い息を吐きながら、夜の空を見る。



 次第に指先が寒さでかじかんで痛みだした。

 私は両手をこすり、口元で息を吹きかけて温めていく。

 手袋を持ってくればよかった、と今更後悔したところでもう遅い。


 何度も息を吹きかけている姿を、大塚さんが隣でじっと見つめてくる。


 そうやって見られるとなんだか照れるから、星を見ていてほしい――

 なんて思っていたら、男物の左手の手袋が差し出された。


「これ使って下さい」


「でも、大塚さんの左手が……」


「僕はコートのポケットに手を入れればいいんで。このコート、結構暖かいんですよ。だから、どうぞ」


 にこにことした顔で差し出してくれる手袋を断るのも、なんだか忍びない気もする。


「すみません。ありがたくお借りします」

 そう言って、私は手袋を左手にはめた。



 感覚が無くなりかけていた左手が、じんわりと温かくなる。

 大塚さんの貸してくれた手袋は、私が普段使っているものよりも大きくて、指先が余ってしまう。


 左手が温かいだけで、結構違うもんだなぁと思っていると、ふと右手に温かいものが触れた。


「え……」

 わけもわからずされるがままになっていると、私の手はさらわれていき、気がついたら、なぜか大塚さんのコートの左ポケットにおさまっていた。

 

 動揺してしまい、慌てて隣を見るけれど、大塚さんは何事もなかったかのように星を見ている。



 どうしよう、手が……


 冷えた手に感じる熱と感触が恥ずかしくて、逃げたくなる。

 そんな私の思いを知ってか知らずか、大塚さんはポケットの中で指を絡めてきて。

 ぎゅっと力を込められ、さらに手が密着する。


 胸が切なくなって、手がじんとしびれたような気がしたのは、急に温かくなったからだろうか。

 それとも――



 何も言葉を発さないまま、私たちは満天の星空を見つめる。

 静川町のプラネタリウムよりもはるかにたくさんの星が瞬き、オリオン座やシリウスが私たちのことを見下ろしてきている。


 吹き付けてくる風は冷たかったけれど、不思議と心は温かくて。

 家に帰りたいとは、これっぽっちも思わなかった。



「あ、流れ星!」

 私たちは同時に声をあげる。

 冬の星座たちを繋ぐように、一つの光が流れたのだ。


 流星が消えてしまった後なのに、願いが静かに沸き出てくる。

 それは、これまでずっと願い続けていた“姫ちゃんに会いたい”――では、なかった。


 ちらと、夜空を見る大塚さんの横顔に視線を送る。

 私が強く願ったのは、たった一つだけ。


 “大塚さんと、ずっと一緒にいたい”

 それだけだ。



 あの私が、こんなふうに思う日が来るなんて、と下を向いて、大塚さんにバレないように笑った。



「志乃さんは、何かお願い事しました?」

 大塚さんは私を見て、にこりと微笑みかけてくれて。

 たったそれだけのことに、なぜかどぎまぎしてしまう。


「って、聞くまでもないか。姫ちゃんに会えますように、ですよね。やっぱり」

 大塚さんは勝手に納得してくれて、また星を見つめていく。



 違う、と反論するのもややこしい結果を招くだけだし、私は質問でこの場を誤魔化していくことにした。

「大塚さんは、さっきの流れ星に何を願ったんですか?」


 私の問いに大塚さんはなぜか視線を落としていき、考え込むような仕草を見せてくる。

 そして、ぽつぽつと呟くように言葉を発していった。


「志乃さんが姫ちゃんのことを思い出せるように、と」

 そう言い終えた大塚さんは、ぐっと口元に力を入れていき、やがて静かに口を開いていった。



「ねぇ、志乃さん。僕、もうこれ以上嘘をつけそうにないです」


「へ?」


「姫ちゃんのことなんですけど、僕、実は知っているんです。姫ちゃんが誰なのか」



 思いもよらぬカミングアウトに、目を見開いて言葉を失ってしまう。

 大塚さんが姫ちゃんを知っている?

 全くもって意味がわからない。


「志乃さんも、姫ちゃんにお会いしたはずなんです。どうして姫ちゃんが貴女の前に名乗り出なかったのかも、僕は知っています。志乃さん、誰が姫ちゃんか、まだわかりませんか?」

 大塚さんは、呆然とする私をじっと見つめて、ゆっくりと問いかけてきた。


「もしかして……」

 ふわふわした髪に、女の子らしい服装。

 柔らかい表情に、穏やかな話し方。

 私が幼い頃に憧れた、女の子の完成版の女性。


 ――はじめて会いましたよ。たぶん、ね。

 駅で話したときのあの言葉はきっと、駅で見かけたって意味じゃなかった。


 そういえば、あの人の名前は……

 南『ヒメ』カさん。


 姫、ちゃん!?

 これまで点だったものが、一気に線になったような、そんな気がした。

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