第二十四話 星の広場
市街地から四十分くらい車は走り、だんだんと山奥へ登っていく。
同じように流星群を見ようと思う人がいるのか、夜の山にも関わらず、車通りはそこそこあった。
頂上に近づき、駐車場に車を止め、私たちは階段を昇る。
「結構人がいる」
呟くように言った。
芝生のような短い草が生えている広場にはレジャーシートを広げている人が何人もいて、本格的な人だとテントを立てていたり、寝袋に入っている人もいた。
「今回の流星群はかなり期待できるんで、みんな見に来てるんでしょう。それに、人気がない場所もあるにはあるんですけど、そんなところに連れてったら警戒されると思って」
「誰に」
思わずそう返すと、大塚さんは小さく息を吐いて、困ったように笑う。
「志乃さんに」
「私? むしろ彼女にじゃないんですか。私と二人で人気のないところなんて行ったら、きっと怒られますよ」
もしも田村さんと夜二人きり、という状況なら、自分の身を心配しただろうけれど、大塚さんがそんなことをする人だと思ったことはない。
それに、私の警戒心を心配するより、彼女である南さんの心のほうを案じたほうがいいんじゃないだろうか――なんてことを思い、ひっそりと落ち込む。
すると、大塚さんは私の言葉になぜか、怪訝な顔をしていった。
「彼女? もう何年もいないですよ」
バレバレな嘘で誤魔化そうとする大塚さんに、呆れてため息をつく。
結局、大塚さんも男、ってことか。
ホイホイついてくる女なら、誰でもいいのかもしれない。
「嘘ついても無駄です。南さんって子」
「南さん? もしかして、南ヒメカさんのことですか」
大塚さんは訝しげに眉を寄せていた。
南ヒメカ……?
なんとか南ではなく、はじめに南が来たことに思わず耳を疑った。
「南って、名前じゃなかったんですか?」
「はい、名字です。女性で僕が下の名前でさんづけするのって、たぶん志乃さんだけですよ」
大塚さんにとっては深い意味なんかないだろうに“志乃さんだけ”という言葉に、思わず心臓が跳ねる。
そんな自分を、心の中で叱りつけた。
大塚さんの真意が読めない以上、信じてはいけないんだから。
また、南さんを傷つけるわけにはいかないんだから。
「だって、バレンタインデーの日にプラネタリウムで南さんは、大塚さんに告白した、って」
不思議そうな顔をしている大塚さんに、南さんの証言を突き付ける。
“これでもう言い逃れはできない”と思っていたら、大塚さんは戸惑っているかのように顔をしかめていった。
「いや、二月十四日は僕、インフルエンザで寝込んでたんですけど。もしかしたら鞄の中にもらったお薬手帳が入ってるかも……あった。ほら、これです」
大塚さんは鞄の中を漁り、お薬手帳を私に差し出してきた。
お薬手帳をそのまま入れっぱなしとか、意外とガサツなんだな、なんて思いながら手帳を受け取り中を見る。
すると、日付も名前も薬も全て、大塚さんの証言通りで。
頭の中が混乱する。
二人の言い分が違いすぎて、わけがわからない。
「でも……南さんは大塚さんと付き合ってるんだ、って」
呟くように言うと、大塚さんは途端に目を丸くした。
「付き合ってる!? あーだから、志乃さんは警戒してたのか。そりゃ連絡を拒否されるのも、わかります」
大塚さんは苦笑いをしながら、納得したようにこくこくとうなずいた。
「もしかして、付き合って、ないんですか?」
「はい。告白すらされてませんよ。南さんは僕の後輩なんです。彼女は僕に恋愛感情なんてこれっぽっちもないと思うんですけど」
恋愛感情がない……ねぇ。
「あの子はそう思ってなさそうでしたけど」
苦笑いをしながら、そう言った。
南さんの大塚さんを見る瞳、私を睨みつけた目、『盗らないで』と言った時の声……恋愛感情がなかったとは、とても考えられない。
大塚さんは前で両腕を組み、唸りながら、悩み続ける。
「よくご飯に誘われて、たまに食べに行くくらいの関係ですよ。最近だと家に誘ってきたり、旅行に誘ってきたり、ちょっと変わった子なんですよね。年頃なんだから、女同士か彼氏と行きなさいと叱ってるんですが」
「……たぶん、それ他の男性には言っていないと思います。大塚さんだから誘っているんだと思うんですけど」
「え? どうしてですか」
首を傾げてくる大塚さんに、大きくため息をついた。
大塚さんがこんなにもニブイ男だったとは思わなかったのだ。
「南さんは、大塚さんのことが好きなんですよ。気付かれないから強引にアプローチしてたんじゃないでしょうか」
私の言葉に、大塚さんは『あちゃー』と言わんばかりの苦い顔をする。
「だから”お前はニブイ”とか“犬男”と、毎度松木さんは言ってたのか」
「犬男?」
「どうやら僕は、関心のレベルが高い人とそうでない人に対する愛情の落差が激しいらしいんです。関心レベルが高い人の感情には敏感でも、そうでない人のは、なかなか気付けないみたいで」
ばつが悪そうに大塚さんは苦笑いを浮かべ、視線を斜め下に落とした。
「だから、飼い主大好きな犬男、ですか。松木さんも上手いこといいますね」
大塚さんは“柴犬みたいだ”と思っていたのは私だけじゃなかったんだ、となんだか可笑しかった。
「僕は嫌なんですけどね。犬男って言われると、人面犬みたいで不気味じゃないですか」
「そうですか? 私、わんこのこと好きですよ」
くすくすと笑って言う。
「え……」
大塚さんはきょとんとした顔をして、言葉を無くしていく。
まずい、これは意味深長だったかもしれない。
告白しようと息まいてきたけれど、南さんとは恋人同士ではなかったと知った今、告白することが急激に怖くなってしまって。
慌てて、誤魔化していった。
「あ、いえ、ええと。それで、どうするんです? 南さんのこと」
「どうもしませんよ。“嘘言うのは止めてください”くらいは言いますけど。って、なんでそんな不思議そうな顔をしているんですか」
大塚さんはそう尋ねてくる。
こっちが不思議そうな顔になってしまうのも、仕方ないと思う。
だって――
「据え膳食わねば、って言いますし。男は女なら誰でもいいもんなんじゃないのかな、と」
「……誰でも、って。たまーに思うんですけど、志乃さんは偏見がすぎます」
大塚さんは、深いため息をついた。
これは偏見なのかな……と、首をかしげていると、彼は、私のことをまっすぐに見つめてきていて。
「僕は、一人の女のことしか考えられません。複数を想えるような、器用な男じゃないんで」
薄暗い夜の闇に、瞳が強く鋭く光る。
どこか真剣さを感じる低い声に、心臓が強く跳ねて、きゅっと身体が縮こまった。
「って、何言ってんだか。せっかく来たんで星見ましょう」
大塚さんは照れたようにがしがしと頭をかいて、いつものように笑う。
「そうですね。星、見ないと!」
私もなんだか照れくさくなってしまって、その場で夜空を見るけれど、近くに自販機があったり街灯があったりで星があまり綺麗に見えない。
「大塚さん、このへんちょっと明るくないですか。あっちのほう行きません?」
私が指差したのはうっそうと茂る林に続く、階段だ。
「あっちのほうが暗いのは確かですけど、人気全然なさそうですよ。いいんですか」
大塚さんは心配そうに尋ねてくるけれど、私はにこりと笑った。
「私たち、友だち同士でしょ? 安心して行けます」
どうしてこんなことを言ってしまったのか、自分でもわからない。
自分で言って、自分で凹むとか、間抜けとしか思えなかった。




