第二十二話 ようやく気づいた想い
南さんから衝撃の知らせを受け、大塚さんと連絡を断ってから数日がたち、二月最後の日を迎えた。
明日から三月だというのに、ちっとも寒さが和らぐことはなく、突き刺してくるような冷気が襲ってくる。
早番を終えた私は花倉台駅からバスに乗って、家へと帰っていき、いつものようにテレビをつけた。
画面の向こう側では、スーツを着た男性数名と、きれいめな格好をした女性が、ホワイトボードにくぎ付けになっている。
どうやら夕方のニュースで、今日の夜の流星群について専門家が説明をしているようだ。
大塚さんの解説の方が数倍面白い。なんて思って嗤った。
もう二度と会うこともないのに、今もこうやって思い出してしまうなんてバカみたいだ。
鞄から手帳を取り出し、今日の日付に書かれていた天体観測の予定を、そっと指でなぞっていく。
そして、修正液を手にとって二月一日と二十八日の枠を、何事もなかったかのように真っ白に塗りつぶしていった。
夕飯を食べて、風呂にも入らず、ぼんやりとバラエティ番組を見るけれど、話の内容は全く頭に入ってこない。
ふと時計に目をやると、針は二十一時半を示していた。
集合予定だった二十一時を過ぎてから電話が三回ほど鳴ったけれど、そのまま放置をし続けた。
スマホを見なくてもわかる。電話は大塚さんから来ているのだろう。
ずっと連絡をとっていないのに、大塚さんは流星群を見に行く予定を忘れていなかった。
きっと、花倉台駅で私が来るのを待っているのだ。
でも、もう会っては、いけない。
言葉を交わしては、いけない。
弱い私はまた、すぐに大塚さんに頼ってしまうから。
あの優しさに甘えてしまうから。
両ひざを抱えて、連絡が止まるのを待つ。
今回のことできっと、大塚さんもいいかげんな私を嫌い、離れていくだろう。
両ひざに顔をうずめる私をあざ笑うかのように、テレビからは笑い声が聞こえてくる。
時計を見ると、最後に電話が来た時間から二十分以上の時がたっていた。
きっと大塚さんは諦めて家へと帰ったのだろう。
そう思ってスマホを手に取った瞬間にRINEが届き、うっかり画面を見てしまった。
志乃さん。僕、何かしました?
もしそうなら、直接謝らせてくれませんか。
それとも、駅で一緒にいた男性が恋人で、僕に会うことを禁じられているんですか?
だったら、君の口から僕に『会えない』と教えてほしいんです。
何も言われないままさようなら、なんて、納得できない。
大塚さんの言葉に、下唇を噛んで、すぐにスマホを暗転させる。
そんなこと言われても、仕方ないじゃないか。
そもそも会えないのは全部、大塚さんのせいなのに。
苦しさのあまり、スマホを放り投げようとすると、またRINEが届く。
書かれていた言葉は――
“来るまで待ってます”
ぎゅっと切なく心臓が痛む。
あの日の母と不倫相手の女の顔、そして南さんの顔が順番に浮かぶ。
返信しそうになる心を抑え、スマホを机の端に置いた。
南さんに、あんな顔をさせてはいけない。
自分に言い聞かせて、ぎゅっとひざを抱えていく。
どれだけの間、そうやって過ごしていただろう。
ふと時計を見ると、時間はもう二十二時を過ぎていた。
一時間も連絡を無視していたのだ。
さすがに、もう待ってはいないだろう。
大塚さん、さようなら。いままでありがとう――
電話帳から『大塚ユキト』の存在を消し、RINEのブロックボタンを押すとともに、履歴も全て消した。
泣きだしそうな心を抑えながら、もらったピアスを捨てようと手を伸ばしていき、ぴたりと動きを止めた。
ふと大塚さんが幸せそうに笑う顔が浮かぶ。
“大丈夫”と言ってくれたあの声が聞こえる。
田村さんが私の恋人なのだと大塚さんに勘違いされたくないのは、どうして?
会えなくなるのがこんなにも、苦しくて、辛いのは、なぜ。
悲しむ人がいるのに、それでも彼に会いたいと思ってしまうのは、なんで。
また、声が聞きたいと思うのは?
微笑みかけてほしいと思うのは……
ああ。私、大塚さんのこと――
もらったピアスを両手で包み、祈るように額
へと押しつける。
この想いを伝えたところで答えはわかっているし、心を受け取ってもらえないのもわかっている。
会えなくなるという結果だって、同じだ。
それでも、この想いは伝えたい。きっと、伝えなきゃいけない。
そうしたらいつかまた“親友”という別の形で、一緒に笑い合えるかもしれないから。
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれていく。
このまま逃げるように別れたら、きっと先には進めないし、一生後悔してしまう。
急いで耳にピアスをつけて、鞄からキーケースを取り出した。
「姫ちゃん、私に勇気をちょうだい」
水晶のキーホルダーを両手でぎゅっと握り、願いを込める。
こんなにも強く願ったのは、幼い頃のあの日以来だ。
冷たかった水晶が体温でじんわりと温かくなっていく。
きっと、大丈夫。
不思議とそう思えた私は、顔を上げていき、さっきまでの態度が嘘だったかのように、動き出す。
掛けていたコートに勢いよく袖を通してマフラーをつけ、駆けるように家を飛び出していったのだった。




