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第二十話 衝撃

 早いもので、もう二月も二十日を迎えた。

 アカウントを教え合ってからというもの、たまにだけど大塚さんと他愛もない内容のRINEをしている。

 なかでも、よく話題にあがるのは、プラネタリウムのことだ。


 閉館について何度話してみても、あと五日で静川町のプラネタリウムが終わってしまうなんて、実感ができない。


 それに、閉館の日が来るのは寂しいけれど、二十八日に見る予定の流星群は結構楽しみにしていたりもしていて。

 なんだか複雑な気持ちになってしまう。



 仕事も終わり、更衣室で着替えを終え、ロッカーの扉にある鏡を見ながら、大塚さんのピアスをつけていく。

 結局、冷却期間はどこへやら、といった感じだが、自分自身に“友だちだ”と言い聞かせれば、きっと問題はないはずだ。



 ちなみに、仕事の方はすこぶる快調とは言えないまでも、数日前に比べれば順調だと思う。

 私を罵ってきた内藤さんも、リハビリが始まって、病棟の外に出る機会が増えてから『あのときはごめん』と謝ってくれた。

 どうやら、看護助手が右に左にせわしなく動きまわっているのを見たようで、考えを改めてくれたらしい。 


 最近入院してきた中島さんも『森山さんは頼みやすいから、出勤の日は安心する』と言ってくれたりしたし、少しずつ仕事へのやりがいも見え始めてきたように思う。



 ピアスを着け終わり、それをピンと指で軽く弾いて病院の外へ出ていく。

 何事もなく仕事も終われたし、今日はなんだかいいことがありそうな気がする。

 そんなことを思っていたら、一番聞きたくない人の声が右隣から聞こえてきた。 


「森山ちゃん、お疲れ!」

 壁に寄りかかるようにたたずんでいたのは、スターシエルのボーカルに似ている、色男気取りの田村さんだった。


「お疲れ様です」

 挨拶をして足早に通り過ぎようとすると、田村さんはなぜか私の横を並走してくる。


「ねぇ、森山ちゃん、一緒に帰ろーよ。駅、花倉台でしょ? 俺もなんだ」


「私、島見駅に用事があるんで」

 たったいま適当に用事を作って言い訳すると、「偶然だなぁ、俺も~」と田村さんはわけのわからないことを言ってくる。

 これはたぶん、ずっとこんなふうにされる、めんどくさいパターンのやつなのだろう。


 深くため息をついて、今回ばかりは我慢し、最短距離で帰ることに決めていく。

 そして、次からは裏口からではなく正面口から帰ろう、と固く心に誓ったのだった。



☆★――☆★――☆★――☆★


 電車待ちの間も、田村さんはしつこく話しかけてきた。

 どこそこのバーに行こうだとか、おしゃれなカフェを見つけたんだ、とか。

 “バーには、あんまり興味なくて”と言っても“行ったら絶対楽しいから”としつこく誘われて。

 なんだか嫌な気持ちになる。


 大塚さんなら、こんなふうにしつこく誘ってくることなんてないのに、なんて考えてしまう。


 駅のホームには仕事帰りのサラリーマンやOL、部活帰りの学生たちがちらほらと立っている。

 セーラー服を着た女の子たちは、顔のいい田村さんにキラキラとした視線を送っているけれど、この人の何がいいのか私にはさっぱりわからない。


 ナルシシストの押しつけ魔なんて、一緒にいて疲れるだけなのに。



「ねぇねぇ。森山ちゃんはさ、バレンタインのチョコ、誰にも渡してないの?」


「はい。別に渡したい人もいませんし」

 淡々と返した。

 姫ちゃん捜索やら何やらでお世話になっているし、大塚さんに渡すのもありだったかな、なんてふと頭をよぎるけれど、もう五日も過ぎているし今さらだろう。



「そういや、バレンタインの日、仕事休みだったでしょ。今からでも、渡すの遅くないんじゃない? もらった方は嬉しいと思う。もちろん俺もね」


 田村さんは流し眼で私の方を見つめてきて。

 思わず、ぞわりと背中に悪寒が走る。


 渡したい人もいない、とこっちは言っているのに、全然話がかみ合っていない。

 もしかして田村さんは“五日遅れでも、お前のチョコを受け取ってやってもいいぜ”と、言いたいんだろうか。

 田村さんのその自信家ぶりが、どことなく父に似ていてうんざりしてしまう。



 ライトをつけた電車がホームに到着し、ため息のような音を立てて扉を開けた。

 田村さんを見ることもなく、存在を無視しながら車内に向かって歩みを進める。


「バレンタインなんて、私には関係ない行事ですから。それに田村さんだって、チョコもらいすぎていらないレベルでしょ」


「まさかそれって嫉妬? 森山ちゃん、やっぱ可愛い~」

 後ろからふざけたことを言ってくるけれど、聞こえないふりをしてそのまま乗りこんでいった。



 運悪く帰宅ラッシュと重なったようで、車内はすし詰め状態だった。

 田村さんの腕と私の腕が密着する。

 お互いコート越しなのに、なぜだか熱を感じるたびに気持ち悪くて仕方がなくて。


 田村さんのほうが若い()からの人気も高いし、顔もいいはずなのに、どうして私は、この人のことを気持ち悪いと思ってしまうのだろう。

 そして、なぜ田村さんの何気ない行動や言葉の一つ一つを、大塚さんのそれと比較してしまうのだろうか。



 花倉台到着のアナウンスがあって、窮屈な電車から逃げるようにホームへと降り立った。

 そのまま、田村さんの姿を確認することなく、ずいずいと階段に向かって歩いていく。


「森山ちゃん、この後メシ行かない? 俺、隠れ家的なレストラン知ってるんだ。アルコバレーノってお店」


 アルコバレーノという名前にぴくりと耳を動かす。

 博物館の帰りに大塚さんと行ったイタリアンのお店だ。

 せっかくの楽しい思い出を、田村さんなんかと行って、記憶の上書きなんかしたくない。


「そこ、大塚さんに連れてってもらったから良いです。しかも“隠れ家”どころかここいらでは“人気なお店”だ、って言ってましたよ」


 大人げなく、私はチクリと言い返す。

 けれど、田村さんは痛くも痒くもないようで、へらへらと笑った。


「えー大塚さんて誰? 女友だちかな」


「ちがいま……」

 階段を目の前にして振り返ると、反対ホームに見知った人が見えた。

 色素の薄い髪に、隠しようのないわんこオーラは間違いなく大塚さんだった。

 しかし、どうやら大塚さんはこっちに気付いていないようだ。


 そして、ホームにいたのは彼一人じゃない。

 大塚さんの隣には、小柄で華奢で、ふわふわとした雰囲気の女性がいた。

 

 恐らく歳は二十代半ばくらいだろう。

 真っ白なコートと、緩く巻かれた栗色の髪が女の子らしくて、とても可愛らしかった。

 そんな女性と、はたと目が合う。


 ずいぶんと距離はあったけれど、彼女が両方の口角をにこりと上げていくのがわかった。

 そして、大塚さんの左腕に自分の腕をからめて、甘えるように顔を上げていく。


 彼女の行動に大塚さんは顔を動かしていき、私と視線が交わった。

 その瞬間に電車がやってきてしまい、恋人同士のように腕を絡める二人の姿を隠していく。


 いまの……何?


 動揺のあまり、田村さんが話しかけてくる声もまったく聞こえないまま、逃げるように階段を下りていく。


 自分の頭が真っ白になってしまう意味も、あの子と大塚さんとの関係を詮索(せんさく)しようとしてしまう自分も、わけがわからない。

 ふと立ち止まって、RINEを開き、わずかに震える手で文字を入力していく。


『もしかして恋人がいるんですか。もしいるのなら、流星群を二人で見に行くのは止めたほうが』

 そこまで打って手を止めて、今書いた文字を全て消した。


 大塚さんはただの友達で、性別を越えた仲のはずだ。

 彼女の有無なんて関係ないし、そもそもそんなのを今、わざわざRINEして聞く方がおかしい。

 それに、あんなに優しいんだから、彼女がいたって不思議じゃないし、彼女がいたとして友だちの私には別に関係ない。


 なのに……どうして。

 なんで、私はこんなにも苦しいんだろう。


 暗転したスマートフォンを、両手でぎゅっと握りしめ、静かに視線を落としていくのだった。

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