第十八話 目覚まし時計
夕飯を作る気にもなれなくてスーパーでお弁当を買い、家に帰った途端ぐったりと横になる。
雨が本格的に降りはじめてきたようで、車が外を通るたびザァザァという音が聞こえてくる。
明日も仕事とか、嫌すぎる。
ラグの上で小さく丸まって少しだけ泣くと、気持ちが楽になったような気がして。
すっと目を閉じると、そのまま眠ってしまったのだった。
☆★――☆★――☆★――☆★
遠くから何かの音が聞こえる。
徐々に意識がはっきりしていくにつれて、電子音と机のガタつく音も大きく聞こえてきた。
これは……スマホの目覚まし?
むくりと起き上がって、テーブルの上に置いたスマートフォンを手にとってスワイプをする。
今、何時だ。今日は早番だったっけ?
なんて、動かない頭で考えていると、スマートフォンから微かに聞き覚えのある声がした。
「……のさん? もしもーし」
画面を見ると『通話中』で、しかも表示されている名前は大塚さんだった。
もしかして、いまのは目覚ましじゃなくて……着信!?
慌ててスマホを耳にやる。
「あの、すみません! 大塚さんですか?」
「ああ、よかった。返事ないから倒れてるんじゃないかと心配になりました」
大塚さんはホッとしたような声で、いつものように明るく話しかけてくれる。
ふと時間を見ると、十八時半。
私はずいぶんと長く昼寝をしてしまったようだ。
「もしかして、寝てました? そうだったらすみません」
「いえ。明日早番なので、むしろ今のタイミングで起こしていただけて助かります。もしかして、姫ちゃんのこと何かわかったんですか?」
疑いもせずに、そう尋ねる。
大塚さんが私に連絡してくる理由なんて、そのくらいしかないからだ。
「はい、少しだけ」
電話の向こうで、カタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。
ひょっとしたら大塚さんはまだ職場にいて、姫ちゃんについて調べてくれているのかもしれない。
「少し、というのは」
「二十代半ばから三十代前半で、姫のつく名字の方が三名、名前に姫のつく方が三名、姫を連想させる名前の方が二名いらっしゃいます」
「姫を連想って……」
大塚さんの言う意味がわからずに尋ねてみる。
すると大塚さんは当たり前のように返してきた。
「例えていうなら“かぐや”さんとか。あとは、ちょっとナナメ上からですが“若王子”さんとかですね」
「なるほど、かぐや“姫”そういう可能性もありますもんね。名字は若“王子”だけど女の子だから“姫”それもありえそう!」
これならすぐに姫ちゃんに会えるかもしれない、と心を躍らせていく。
「それで、新野先生がとっていた昔のアンケートを確認し、姫ちゃんの可能性が高い方を探っています。個人情報なので、今の段階で志乃さんにお伝えするわけにはいかないんです。すみません」
電話の向こうからはしょんぼりとした声が聞こえてくる。
私は向こうから見えもしないのに、慌てて首を横に振った。
「いえ、こちらこそすみません。私の方でも記憶をたどってみます」
「そうしていただけると助かります」
「本当にありがとうございます、では……」
そう言って電話を切ろうとスマホを耳から離していくと、「志乃さん、ちょっと待って!」と焦ったような大塚さんの声が聞こえた。
「え?」
慌ててスマホをまた耳に当てると、大塚さんは安心したように小さく息をついていく。
「そもそも、姫ちゃんについてお話をするために電話したわけじゃないんです」
「なら、どうしたんです?」
姫ちゃんの件以外で、大塚さんが私に連絡をしてくる理由がさっぱり浮かばない。
もしかして、プラネタリウムに何か忘れ物でもしていたんだろうか。
必死に考えていくと、予想外の言葉が電話の向こうから聞こえた。
「今日は元気なかったなぁ、なんて思って」
その言葉にハッとして、動揺する。
「元気、あります。夜勤明けだから仕方な……」
「志乃さん、土日しか夜勤しないって言ってましたよね? それに夜勤明けの次の日は必ずお休みのはずなのに“明日は早番”って、ついさっきも言ってましたよ」
言い訳をしようとしたところで、大塚さんに言葉をかぶせられ、完全に論破されてしまった。
大塚さんの前で泣きたくなんかなくて、必死に誤魔化す言葉を考えるけれど、何も思い浮かばないまま昨日の罵声を思い出す。
喉がつまったように苦しくなり、目には涙がにじんでいく。
「……志乃さん、嘘下手すぎです。辛い時には元気があるフリなんて、しないでください」
温かく柔らかい声が、じんわりと心に染みていく。
途端、涙がぽろぽろとこぼれ出し、何度も嗚咽が漏れていったのだった。




