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第十六話 曇りの空

 辻主任と松井さんに、ピアスについて詮索(せんさく)されたあの日から、早いもんで二週間の時がたった。


 博物館に出掛けて以来、一度もプラネタリウムに行っていないし、大塚さんにも会っていない。

 さらには、せっかくもらったピアスもつけておらず、あえて透明なものをつけ続けていた。



 一ヶ月前、突然出会ったあの日から、私の中で大塚さんの存在は次第に大きくなってきていて。

 いつしか私は、彼の一挙一動に振り回されるようになっていた。


 最初は“友だち同士だし、それもいいんじゃないか”なんて思っていたけれど、だんだんとそれでいい、とは思えなくなって……


 “友だちだ”と口では言いつつ、なぜか大塚さんを女友だちと同じように見られない自分がいるのだ。



 さらには、松井さんから日々『(こじ)れっ()の初恋』だと(はや)したてられて……

 このままでは洋介以来の男友達に、私の脳内まで“友情”を“恋”と勘違いしかねない。


 大塚さんと私はただの友達で、それ以上でも以下でもない。

 だからこそ冷却期間を設けて、私の脳内を一度リセットしなければいけないんだ。


 大塚さんと私の間に、恋だとか愛だとか、そんな面倒で重苦しく、辛いだけのものは必要ないんだから。



「さ、今日も仕事に行くか」

 どこかモヤモヤとする気持ちを抱えたままで立ちあがり、朝のニュースが流れるテレビを消す。

 鞄を肩にかけながら、飾られたピアスをちらと見て、すぐに視線をそらしていくのだった。



☆★――☆★――☆★――☆★



 その日の日勤はとてつもなく忙しかった。


 “猫の手も借りたい”なんてもんじゃない。

 “動く手があるのなら、今すぐよこせ!”。

 そのくらいの感じだ。


 昼休憩は買っていたパンを無理矢理詰めこんで、お茶と共に飲み込むだけで終了。

 午後もレントゲンや検査、リハビリの搬送に、ナースコール対応、物品の請求に、ベッドメイキング、とせわしなく動き続けた。


 私だけではなく、看護師さんも入院に退院、手術に検査、とてんやわんやの状況で、さらには、ナースコールの数も尋常じゃなかった。



「森山さん、横田さんをさっさとリハビリ連れて行って」

 看護師の丸山さんが廊下を早歩きしながら、怒鳴るように言ってくる。


「はい、この後すぐ行きます!」

 トイレ介助を終えたあと、時計を見ると十五時三分前で、リハビリの搬送時間が間近に迫っている。

 みんな用事があって、それぞれ忙しい。

 そんなのは分かっているけれど、さっきから流れつづけているナースコールは、誰もとれないのだろうか。



 このまま無視するわけにはいかない、と慌ててナースコールの鳴っている病室に向かう。

 「失礼します、遅くなってすみません!」とカーテンを開け、声をかける。


 ベッドのふちに腰かけていた、おじいさんである内藤さんと目が合った。

 彼は、私を見た途端、煙が出そうなほどに顔を真っ赤に染めていく。

 そして、わなわなと体を震わせ、口を開いた。


「遅すぎる! どうしてすぐに来ねぇんだよ」


「遅くなってしまいまして、申し訳ありません」

 あまりの大声と迫力に、私の体はぴくりと震え、反射のように勢いよく、深く頭を下げた。



「ったく、助手なんて看護師と違って暇だろうになんなんだ。手伝いするしか能がねぇんだから、せめてさっさと来いよ! この役立たずが」


 飛んでくる怒号に、その内容に、私の心は刃物で刺されて(えぐ)られたかのように鋭く痛む。


「本当に申し訳ありません」

 次から次へと降り注いでくる罵声に、下唇を噛みしめながら、更に深く頭を下げていく。



 手伝うことしか能がない、か。

 悔しいけれど、言えているかもしれない。

 看護師さんたちみたいに立派な国家資格もないし、介護はできても、医療には携われない。


 内藤さんからは、何も間違ったことは言われていないのに、どうしてだろう。

 悔しいし、悲しいし、辛くて……苦しい。


 ああ、私は何のため、誰のために、こんなにもしんどい仕事を続けているのだろう。



☆★――☆★――☆★――☆★



 翌日、休みだった私はまた、プラネタリウムに向かった。

 本を返す日だったし、プラネタリウムもあと数日で閉館してしまうから、というのは自分を納得させるためだけの理由で。


 苦しくて仕方ない私は、自分で設けた冷却期間なんてどうでもよくなってしまうほどに“大塚さんに会いたい”と、なぜかそう思ってしまったのだ。


 バスに乗りこんで一番後ろの席に座り、外の空を見る。

 灰色の雲がどこまでも広がり、いまにも泣き出してしまいそうなほどに暗くなっていた。



 ――手伝いするしか能がねぇ、この役立たず


 昨日の言葉が耳に響き、次第に視線は落ちていく。

 大きく息を吸って目を閉じ、耳につけた大塚さんのピアスを左手できゅっとつまんでいった。


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