第十五話 動揺するココロ
わかるよ、すぐにつけたくなるその気持ち――か。
主任の言うように、私は昨日もらったピアスを早くつけてみたくて、特に用事もないのにおしゃれをしてきていたのだ。
でもそれは“もらったもの”だからじゃない。
単に“新しくて、可愛いから”だ。
それなのに、二人は何か勘違いをしているようで、ニマニマとした顔をこっちに向けてきて。
なんだかもう、居心地の悪さといったらない。
「こりゃ図星だ。恋愛なんか興味ない、って顔してたのに、アクセサリーをプレゼントされるなんて。森山っちもなかなかやるじゃん」
松井さんは、椅子に座りながら体を捻り、肘で小突いてくる。
「いや、別にそういうんじゃなく……」
苦笑いをしながら返すと、主任は私の反論を遮るように言葉をかぶせてきた。
「森山さんにそういう気がなくても、向こうにはあると思うなー」
「へ?」
耳を疑うようなセリフに目を見開いて、主任を見つめる。
そんな私の顔が面白かったのか、主任はくすくすと楽しそうに笑っていた。
「アクセサリーを贈るってのはねぇ、独占欲の現れらしいよ。俺の女に手を出すな! みたいな。指輪もだけど、ネックレスも意外と束縛度は高めって、友だちから聞いたことあるの」
「だから主任、そういうシチュエーションでもらったんじゃないんですって」
だんだんムキになってきてしまい、語尾を強めていく。
大塚さんは皆に優しくて、誰が特別とかそういうのはなさそうに見える。
ピアスをくれたのも、私が物欲しそうに見ていたから、ただそれだけだ。
それに、独占欲に束縛……ねぇ。
大塚さんが『俺の女を取るんじゃねぇ!』なんて言っているのは、全くと言っていいほどに想像できない。
束縛しようとする姿を無理やり想像してみたところで、柴犬が縄張りを守るため威嚇しているイメージしかわかなかった。
「主任、今重要なのはネックレスじゃないですよ! ピアスを贈るっていうのは、どういう意味なんですか?」
松井さんは私の隣で、きらきらと目を輝かせて尋ねる。
「ピアス、ねぇ。確か……“いつも自分のことを近くに感じていてほしい”だったかなぁ。昔のことだから忘れちゃった」
「えー、ちゃんと覚えてて下さいよぅ。森山っちもそう思うでしょー」
――ねぇ、志乃さん。
ふと、私の名を呼んでくる優しい声が頭の中で響く。
聞こえるはずのない声に動揺してしまい、次第に視線も泳ぎはじめた。
松井さんは私に話しかけてくるけれど、頭の中がショートしてしまったようで、気のきいた返しが何も浮かばない。
それどころか、おかしなことに顔が一気に熱くなっていく。
それに、蘇ってきたのは、穏やかな声だけじゃない。
優しく笑う顔、握りしめたコートの感触や、ぶつかったときに感じた意外とたくましい身体。
そして、私を見つめてきたまっすぐな瞳……
次から次へと昨日の記憶が呼び起こされて、大塚さんのこと以外何も考えられなくなってしまった。
どうしよう。私、へんだ。
何をどう考えてもこれは絶対に、悪い病気だ。
「あ、今日宅急便が来るんでした」
呟くように言って、まっすぐに扉へと向かう。
「えー、そんなの再配達してもらえばいいじゃん」
松井さんの声が後ろに聞こえてくる。
「いえ、さすがに悪いですし、今日から使いたいものなので」
振り返ると、松井さんは不思議そうな顔をしていて、辻主任はなぜか相変わらずニマニマとした顔で、私のことを見つめてきていた。
「すみませんが、お先に失礼します。お疲れさまです」
なかば強引に扉を出ていくと、「逃げたな」という松井さんの声と「今日は逃がしてやりなさい」という楽しそうな辻主任の声が聞こえてくる。
ものすごいスピードで思考が巡り、私の頭の回路は変わらずおかしくなったまま。
誰かに操られるように歩いて、いつものようにエレベーターに乗り込んだ。
いつも近くに感じていてほしい。
大塚さんが、私に――?
そんなわけないし、昨日のあれは、ただの成り行きだ。
頭では当たり前のようにわかっているのに、不思議と心臓は締め付けられるみたいに、きゅうと痛む。
今度は何度柴犬の姿を想像しようとしても、しつこいくらいに浮かんでくるのは、優しく笑うあの顔で。
ああ、一人で乗るエレベーターはあまりにも静かすぎる。
普段は気にならないカタカタという音が耳につき、嫌でも心は乱れていく。
ひょっとしたら、このエレベーターの行き先は地下じゃなく、私の知らない場所なのかもしれない。
おかしな心と動かない頭に、よぎったのは、そんなこと。
きっとこうやって、わけもわからぬままに、私はどこかへと落ちていくのだ。




