表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/29

第十四話 するどい看護師たち

「森山さん。ねぇ、ちょっと、森山さんてば、聞こえてる?」


「……え、あ、すすすみません!」

 私を呼んでくる声に、慌てて顔を上げて振り返る。

 勢いよく振り返ったものだから、横に置いていた台車がガタンと音をたてて揺れた。



 私はいま、病院の日勤中で、消毒に浸けていた吸い飲みの水洗いをしていた。


 今日の病棟はベッドの埋まり具合が悪いからか、月曜とは思えないほどに穏やかだ。

 勤務終了の十七時を目前にして、搬送や物品請求もすべて終えることができるなど、滅多にない。


 『これを配り終えれば、仕事も上がり!』と、洗うのに集中し続けていたせいだろう。

 声をかけてくる辻主任の声に、ちっとも気づけなかった。



「あらまぁ。森山さんが、ぼんやりするなんて、めずらしい」

 辻主任はにこやかに微笑んでくれるけれど、慌てた姿を見られて恥ずかしくて、わずかに視線をそらしていく。

 すると、主任の手が視界に入り、そこには点滴の滴下速度を調整するための、箱形をした機械、輸液ポンプがあった。


「もしかして、ポンプの返却ですか?」


「仕事終わりかけなのに、ごめんね。いまからこれ、ME室に帰してきてもらえる? 私、三階西病棟に行かなきゃいけなくなっちゃって」


「大丈夫です。すぐ行ってきますね!」

 吸い飲み洗いを中断し、医療機器を扱うME室へ輸液ポンプの返却をしに向かった。



☆★――☆★――☆★――☆★


 ME室へのお使いを終え、洗い終えた吸い飲みを配り終えると、時間はすでに定時の十七時を過ぎていた。

 ナースステーションに人はおらず、廊下にいるスタッフは夜勤看護師だけだ。

 恐らく、今日は看護師さんたちも、早く上がれたのだろう。


 仕事を終えた私は、手を洗って病棟を出ていく。

 休憩室に行くまでの廊下で、何人かの看護師さんとすれ違い「お疲れさま」の挨拶を交わした。



 休憩室の扉を開けると、そこには辻主任と、看護師の松井さんがいた。

 机の上に広がる書類の山からすると、おそらく委員会の仕事で残っているのだろう。


「お疲れさまです」

 そう声をかけると、明るい松井さんは、にかっと前歯を見せて笑う。


「お疲れ! 今日みたいにのんびりな日は最高だね。それなのに私たちは……」

 広がる書類を憎らしげに見た松井さんは、途端に口をとがらせ、ぐったりと机に突っ伏していった。


「松井さん。ほら、さっさとやろう。十八時には帰る、って決めたんだから」

 辻主任がトントンと机を叩くと、松井さんは渋々起き上がる。



 そんな二人を横目で見ながら鞄を取って帰ろうとすると、辻主任の声が後ろから聞こえた。


「森山さん、今日、寝不足? すごくぼけっとしてるけど」


「え……そんなにぼんやりしていましたか?」

 振り返って首をかしげ、質問に質問で返した。


 昨日は、博物館に行って歩き疲れたからか、ここ最近では一番よく眠れたと思う。

 むしろ寝不足のピークは、一週間前くらい前だ。



「そうねぇ。仕事はてきぱきしてたよ。けど、洗い物の時とか、掃除の時とか流れ作業の時はすごくぼんやりしてた。うーん、なんていうのかな」


 言葉を探り続けていた主任は、上手い言葉が見つかったようで、ふと顔を上げて微笑み、口を開いた。


「そう、恋でもしてるみたいな」


 どくん、と強く心臓が跳ねて、目を見開いた。

 恋という言葉を聞いて反射的に、大塚さんの笑う顔が浮かんでしまったのだ。


 違う違う、と慌てて下を向き、ぎゅっと目を閉じて、幻を消しさった。



「いや、そんなわけないじゃないですか。集中しすぎてただけです」

 そうだ、きっとそうだ。

 自分の言った言葉に、自分で納得する。


 大塚さんは友だちだし、私が恋をするなんて、どう考えたってあり得ない。

 そんなの冗談にしたって、笑えない。



「えー森山っち、それ、本当?」

 松井さんが、書類を触る手を止めて振り返り、にやにやとした顔で私を見つめてくる。


「松井さん、なんか訳知り顔じゃない。なになにどうしたの?」

 主任は何だか楽しそうに机から身を乗り出し、向かいにいる松井さんに尋ねていく。



「森山っち、今朝いつもよりおしゃれしてたんです。ピアスもいつものじゃなくて、すっごく可愛いのしてたし」


「あー私わかっちゃった! 今日、デートなんでしょ? それでオシャレしてるんだ」

 にやにやとした顔で聞いてくる主任に、私は「違います!」と声を荒げて首を横に振った。


 途端、主任はつまらなさそうに口を尖らせていく。

 そして、少し悩むしぐさを見せて、今度はこんなことを言ってきた。


「そういうことなら、じゃあ、そのピアスを昨日誰かにもらった、とか。わかるよ、すぐにつけたくなるその気持ち」



 楽しげに語る二人に、ぽかんと開いた口が塞がらなくなる。

 ……どうしてこの二人は、こんなにも鋭いんだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ