第十三話 並木道
「はぁ、凄かった……」
あの後二人で向かった恐竜展から出て、開口一番に言う。
ティラノサウルスを等身大で再現したものや、恐竜たちの化石、ジュラ紀をイメージした映像など、どれも迫力満点で。
歩き疲れているはずなのに、それも忘れてしまうほど夢中になってしまった。
「来たかいがありましたね」
大塚さんの柔らかい声に顔を上げると、彼はにこにと微笑んでいて。
姫ちゃん捜索のことといい、なんでこの人はこんなにも優しいのだろうか、と、ひそかに驚いたのだった。
☆★――☆★――☆★――☆★
駅までの並木道では、たくさんの屋台や出店が出ていた。
どうやらここでは節分のイベントをやっているようで、広場の方では鬼の格好をした人たちが子どもたちに豆を投げつけられていた。
「せっかくですし、なんか食べません? 僕、小腹がすいてしまって」
大塚さんは照れたように笑う。
確かに、昼ごはんは博物館内のカフェで早めに食べたし、私も少しお腹が減ってきたような気もする。
「そしたら……たいやきなんかどうですか?」
近くにある屋台を指差すと、大塚さんは「いいですね」とうなずいた。
本当はやきそばやたこ焼きが食べたかったのだけれど、二人でシェアするのもなんだか気まずくて。
結果、落ち着いたのがたいやきだった。
私たちは一個ずつたいやきを食べ、出店を見てまわる。
長い並木道にはたくさんの出店が並び、おしゃれな古着や絵が売られていたり、古いおもちゃや手作り皿の店なんかもあった。
「あ、可愛い」
そう言って、ふと立ち止まる。
「どうぞ、手にとってご覧ください」
三十代半ばくらいの女性が出している、手作りアクセサリーの店だ。
机の上にコルクボードを立てており、そこに華奢なデザインのピアスがたくさん飾られている。
その中の一つに手を伸ばし、近くで見つめた。
「実はそれ、私の自信作なんです。なかなか見ないデザインでしょう?」
店員さんが、にこやかに話しかけてくれる。
「はい、すごく可愛いし、綺麗……」
「ふふ、ありがとうございます。一点ものなんで、もしもお気に召していただけたなら、いかがです?」
華奢なピンクゴールドのフレームに、星とクリスタルが付いていて、可愛らしくおしゃれだ。
しかも、カジュアルな服でもコンサバな服でもいけそうなデザインは、非常にありがたい。
ちらと値札を見ると、三千円。
まぁ、それくらいはするだろう。
どうしよう、悩む……
無言のまま、ひたすらピアスに視線を送る。
ただ、アクセサリーを買うのなら、今月末にある優子の結婚式用のネックレスとピアスを奮発させた方がいい。
給料日が来ても、金欠には変わりないんだから……と、しぶしぶ戻した。
「買わないんですか?」
隣に立つ大塚さんは、不思議そうな顔で聞いてくる。
「はい。いいんです。ピアスは家にもいくつかあるんで」
そう言って離れようとすると、大塚さんはなぜか噴き出すように声を出して笑った。
「その顔。志乃さんって、たまーにものすごくわかりやすいですよね」
「わかりやすいってどういう」
私のことを面白がる大塚さんにムッとして言葉を返すと、大塚さんはさっきのピアスを指差して店員さんに声をかけていた。
「お姉さん、これ、おいくらですか」
「え!?」
わけがわからずに、すっとんきょうな声を上げてしまった。
店員さんは、なぜか私と大塚さんの顔を交互に見てきて、幸せそうににんまりと笑う。
「三千円になります」
「はい、じゃあこれで」
大塚さんは革製の財布から三千円を取り出して、店員さんへと手渡していく。
「ありがとうございます。お品物になります」
店員さんからピアスを受け取った大塚さんは、それをそのまま私の方へと差し出してきた。
「はい、これ志乃さんのです」
「あの大塚さん、そんな、いいんですって!」
「今日一緒に出掛けてくれたお礼ですから、どうぞ」
「だって、申し訳ないです」
確かにピアスは欲しいと思っていたし、これを逃したら二度と買えないのもわかっていた。
でも、だからって大塚さんから買ってもらうなんて、そんなわけにはいかない。
「うーん、そうしたらそのピアスをつけて、お暇な時にまた一緒に出かけてください。それがこれを差し上げる条件ってことで」
大塚さんは私の右手を手に取り、ピアスの袋をのせてきた。
「そんなんでいいんでしょうか……」
「いいんです。これ、きっと志乃さんに似合うと思いますよ」
そんなこと言われても、さすがに大塚さんに悪すぎる……と思いながら、ちらと店員さんの方を見ると、ぽうっとした顔で大塚さんのことを見つめていて。
「いいなぁ」
なんて言っていたけど、私としては買ってもらった罪悪感の方がよっぽど大きかった。
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私たちはその後、夕食を一緒に食べて花倉台駅で解散した。
大塚さんと丸一日一緒にいて、ひたすら歩き通しだったのに、心も体も疲れなかったのが自分でも不思議だった。
真っ暗で音のない家に帰り、電気をつけて机の前に座り込む。
鞄から小さな袋を出し、中にある華奢なピアスを手に取った。
「綺麗……」
一人の部屋で呟くように言う。
手作りのピアスは、わずかな光を集めて、揺れるたびきらきらと輝いていた。
私は卓上ミラーを机の上にセットし、試しにピアスを着けてみることにした。
「お、ばっちり!」
付け終えたあとに鏡を見て、笑う。
長さといい、大きさといい、デザインといい想像通りで最高だ。
そうだ! 約束通り大塚さんとまた、どこかに出掛けないと。
今度は大塚さんの行きたい場所に行こう、なんて思った時、ふと彼が『志乃さん』と、私の名を呼ぶ声がよぎる。
穏やかな声と、電車での出来事を思い出し、ぴくりと震えた。
近くにあった、もこもこのクッションを手にとって抱きしめ、顔をうずめる。
握ったコートの感触も、柔らかいあの声も、ふと見せてきた真っ直ぐな瞳も、思い出すとなんだか胸が切なくて、苦しくて、おかしくなってしまいそうで。
どうしてこんなふうになってしまうのか。
今までこんなこと一度もなかったのに、どうして?
その答えにたどり着くのがなんだか怖くて、恐ろしくて。
これ以上考えないように、と心を閉ざし、ピアスをピアススタンドにしまっていったのだった。




