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悪役顔アメレール公爵家

悪役令嬢と伯爵令嬢のティータイム

作者: 一帆

悪役ヒール大好きな令嬢が恋をする話。

※ベネディクトは女性名です。特に設定等もございませんのでそのままお読みください。

「―――ベネディクト様、少しは落ち着いてくださいませ」

「気をつけますわ」


 がたごとと揺られる馬車の中、侍女にそう窘められてしまった。うふふと微笑んで誤魔化しながら、先日の友人と第二王子殿下の、ロマンス小説から飛び出したような出来事を思い浮かべる。

 少し前から第二王子殿下がジョゼット嬢に骨抜きにされているという噂を耳にしていて、まさかあの殿下がルイーズ様を捨て置くだなんてあり得ないと思いつつも心配していたの。もちろん杞憂に終わったのだけれど、あんな素敵な展開になるだなんて思っていなかったわ!


「ベネディクト様…百面相はおよしになってくださいな。着きましたよ」

「あら、ごめんなさいね」


 馬車から降りるとすぐにアメレール家の執事長が案内してくださった。ピシッとした背筋とグレイの髪が素敵なミドル。我が家の執事長も矍鑠かくしゃくとしているけれど、頭が少々寂しいのでナイスミドルとは言い難い。


「こちらになります」

「ありがとう」


 どうやらそこは温室のよう。開かれたドアの先は楽園だった。

 色とりどりの花々が咲く中心に真っ赤な美しい薔薇が植えられていて、その薔薇が取り囲むような構図でささやかな茶席が設けられている。

 そこに座る御仁こそ本日招待してくださった我が麗しき友人、ルイーズ・アメレール様。美しい黒髪は丁寧に編み込まれ、白いうなじが眩しい。髪とは対照的な白い肌は人形と見紛みまがうほど。睫毛が頬に影を落とし、そこだけを注視すれば儚そうに見えるがその奥にあるキリリと怜悧に吊り上がった目は力強ささえ感じる。つぐまれた唇はぽってりとしていて、べにがよく映える。

 確かに皆様が噂されるように悪巧みしているようにも見えるけど、それを差し引いてもこの世の最高傑作とも言うべき美しい女性だわ。執事長のロマンスグレーもこの方の前では霞んでしまう。

 不意に顔を上げたルイーズ様と目が合った。美しい所作で立ち上がり、魅惑的な唇が何事かをかたどる。ああ、たとえこの御方が悪魔であっても傍に侍りたいと思ってしまうわ。これは甘美な罪。私は幸福な罪人。


「ようこそお越しくださいました、ベネディクト様」

「お招き頂戴いたしまして光栄でございますわ、ルイーズ様」


 互いに淑女の礼を取ったあと微笑みあう。本当に美しくて、ついつい気後れしてしまいそうになるけれど、ルイーズ様はそんな事を望んでいらっしゃらないし、真実温厚な方。今すぐにでも膝をつきたくなる自分を叱咤して毅然と背筋を伸ばす。


「今日は二人だけですから、堅苦しいのはおやめになって?」

「―――ええ、そうさせていただきますわ」


 危ない危ない。うっかり見惚れて返事が遅れてしまうところだったわ。

 促されるまま席につくと同時に、ルイーズ様自ら紅茶を注いでくださる。


「まあ、素敵なカップですこと」

「わたくしがデザインしましたの。お気に召されたのなら、ぜひプレゼントいたしますわ」

「ルイーズ様がデザインを?まあまあ本当に素敵ですわ」


 嬉しそうに微笑むルイーズ様にキュンとしてしまった。

 少し暗めの赤地に金色の淵。ルイーズ様がおのずからデザインしただなんて、流石としか言い様がないわ。しかもそれをプレゼントしてくださるだなんて…戴いたあかつきには家宝にしましょう。


「先日は驚きましたわ。ルイーズ様は殿下に愛されていらっしゃいますのね」

「ベネディクト様もご覧になられていたの?」

「ええ、もちろんですわ。物語のようでした。愛を乞う殿下に恥じらうルイーズ様…、私、この目で見ただなんて信じられなくて、夢でも見たのかしらと思いましたの」

「まあ」


 頬を染めるルイーズ様はとても可憐。可愛らしくて美しいだなんて、流石ルイーズ様ね。

 殿下が夜会ではいつも隣に立って目を光らせているのも、悪い虫がつかないようにしていらっしゃるのね。それを眺めるのも私の夜会での楽しみのひとつ。一番は優雅にステップを踏むルイーズ様を堪能…こほん、鑑賞すること。


「無知で申し訳ないのだけれど、ベネディクト様はお相手はいらっしゃるの?」

「無知だなんてまさか!私はまだ婚約者候補しかいないのです」

「そうでしたの。珍しいですわね」


 驚くのも無理はない。普通なら十歳前後には婚約済みであるし、卒業後すぐに嫁ぐのだけど。


「両親が恋愛結婚ですので、私にもそうあってほしいと…」

「素敵な御両親ですこと」

「ですが!恋をするまで婚約しないだなんて、私嫁ぎ遅れてしまいます」

「それは…お困りでしょうね」

「ほとほと困っているのですわ」


 ルイーズ様の御前だというのに愚痴を零し、あまつさえ溜息までついてしまった。


「―――ルイーズ、少し良いか」


 湖面に広がる波紋の如く静かな美声が耳朶をくすぐり、驚いて振り返る。そこに立っていらっしゃったのは、ルイーズ様とよく似た美しくも冷たい男性だった。

 濡れ羽色の髪は艶やかに光の輪を作り、長い睫毛に象られた、ルイーズ様よりも冷たさが際立った切れ長の目。病的なまでに白い肌に、少々色の悪い薄い唇が浮いて見える。その御仁は人を殺すことに躊躇いがないだろうと確信させる雰囲気をまとっていた。

 初めてルイーズ様をお会いした時と同じ、いえ、もっと強い衝撃がビリビリと全身に駆け抜けた。

 す、と向けられた瞳に、心臓が破裂しそうになる。


「…済まないが妹を借りても?」

「お兄様、挨拶が先でしてよ。ベネディクト様、こちらはわたくしの兄のグレゴリーですわ」

「グレゴリー・アメレールだ。妹が世話になっている」

「わわ、私、ベネディクト・アルファンと申します!私の方こそルイーズ様に御世話になっておりますっ」


 緊張で噛んでしまった。これでは淑女として失格だわ!

 顔が赤くなってしまい、無様な姿をお見せしてしまった。慌てる私をよそに、ルイーズ様が目を丸くして頬に手を添えているのが見えた。


「まあ、まあまあ!お兄様、ご用件はなんですの?」


 ルイーズ様とグレゴリー様が少し離れた場所に移動して何やら話している。そのお姿から目が離れずしばしぼんやりしてしまったのを、ハッと我に返って紅茶に口をつけ誤魔化した。


「―――お待たせいたしました。ベネディクト様、少しの間お兄様も同席してもよろしくて?」

「え、ええ!」

「…よろしく頼む」


 いつの間に用意されたのか、私の隣(円状テーブルなので必然なのだけど)に用意された席に、グレゴリー様が隙のない動作で腰かけなさった。冷たい瞳を少しだけ細め、グレゴリー様が私に声をかけてくださり、自分でもどうかと思うくらい挙動不審になってしまう。


 ぽうっと見惚れてしまい、そこから先何を話したのかまるで記憶にない。気付いたらグレゴリー様は退席していらっしゃって、ルイーズ様が楽し気に口角を上げていらっしゃった。意を決して言葉を絞り出す。


「その、ルイーズ様、」

「何でしょう」

「グレゴリー様は、ご婚約、など」

「しておりませんわ。何せアメレール家ですし、あの顔立ちですから相手に怖がられてしまってすっかり独り身ですの」

「そ、そうなのですか!」


 あんなに素敵な御方なのに、婚約者がいらっしゃらないだなんて!


「その、私、グレゴリー様に恋をしてしまったようですの」

「まあ…わたくし、ベネディクト様なら歓迎でしてよ。協力いたしますわ」

「本当ですの?」


 あんなに目立つ御方なのに今まで夜会で御見掛けしなかったのは、行っても空気を悪くするだけと言って辞退していらっしゃったのだと、ルイーズ様が教えてくださった。ということは、ライバルは少ないとみていいのね。

 私、グレゴリー様に振り向いてもらえるように頑張るわ!











 わたくしの数少ない友人のひとり、ベネディクト・アルファン様。懇意にしているアルファン伯爵家の次女です。家同士の繋がりなど関係無しにお付き合いさせていただいております。

 何せ初めてお会いした時から、まだお互いに名前すら告げていないのにも関わらず、大きな瞳をキラキラと輝かせていらっしゃったのです。この身なりですのに、あれほど熱い瞳で見られることなどそうそうありませんから、とても驚いたのをよく覚えています。

 今日は初めて家でのお茶会に招待しました。家に友人を連れてくることなんて滅多にありませんから、使用人から始め、両親やお兄様までも興味津々でした。そして偵察に来たらしいお兄様を見るなり、ベネディクト様の瞳が輝き、まろい頬が熟れた桃のようにほの赤く染まったのです。わたくしがお会いした時は、頬が染まることはなかったものですから、ピンときました。


「まあ、まあまあ!」


 そう、恋です。

 あの人相の悪いお兄様に青ざめる人はいても、赤くなって瞳を潤ませる女性なんて見たこともなかったので驚きましたが、わたくしを好ましく思ってくれるこの方ならあり得ない話ではありません。


「お兄様、折角ですので同席してくださいませ」

「い、いや…しかし」

「ベネディクト様が嫌がるようにお思いですの?いいですから早く!」


 お兄様もまさか女性に、しかもベネディクト様のような小動物のごとく愛らしい御令嬢にあのような反応をされるだなんて思ってもみないことですから、珍しくうろたえていました。なにやらぼそぼそと言い訳を並べるお兄様を強制的に連行して席に座らせることに成功しました。

 ぎこちなく言葉を重ねるベネディクト様は、同性のわたくしから見ても愛らしくて和みます。一方のお兄様もぎくしゃくと言葉を返し、淹れたての紅茶に手を伸ばして誤魔化しています。


「ご、ご趣味はございますの?」

「…これといった趣味はないが、整理はいじょは得意だ」

「整理と言いましたら、部屋の掃除などでございますか?私はまるで出来ませんので尊敬いたしますわ!」

「ベネディクト嬢は何か趣味はあるのか」

「私は散歩が好きですの。屋敷の裏に小さな森がございますので、休日はそちらで森林浴を楽しんでいますわ。森の動物達も仲良くしてくださいますのよ」


 確かにの掃除は得意ですね。それに対してベネディクト様はなんて可愛らしい趣味。動物と戯れている様子がすぐにでも想像できます。まるで『シラユキヒメ』ですわ。

 ぽつりぽつりと話している内容はお見合いのようで初々しくも微笑ましい。私も普段は律している表情も、ゆるゆるとほぐれてしまいます。

 わたくし、ベネディクト様を応援いたしますわ。こんな愛らしい御義姉様でしたら大歓迎!頑張ってくださいまし!

<ベネディクト・アルファン>

アルファン伯爵家の次女であり、悪役令嬢(仮)ことルイーズの友人。小動物を彷彿とさせる愛らしい美少女。悪役顔ルイーズ大好き人間。男性版ルイーズに恋するのも必然なのである。


<グレゴリー・アメレール>

アメレール公爵家令息。悪人面すぎて女性に避けられ続けて今や婚約者すら出来ない。夜会に出席することなく父の仕事を手伝っている。女性の免疫がなく、愛らしいベネディクト嬢に追いかけまわされて困惑することとなる。


<ルイーズ・アメレール>

皆大好き悪役令嬢顔。最初から好意を持って接してくれたベネディクト嬢を好ましく思っている。可愛いし。兄を狙う宣言をした彼女に協力することにした。だって可愛いし。


<レイモンド>

前作でのメインヒーローこと第二王子殿下。ルイーズの婚約者。外見だけは天使。外見だけは。お腹まっくろくろすけなことを本能で感じ取っている小動物ベネディクトに時々威嚇される。でもルイーズしか視界に入っていないのでスルー。


<ジョゼット・ベドス>

前作で当て馬になって終了したヒロイン(仮)。男爵位を取り上げられ、修道院にいれられることとなった。

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[一言] ベネディクト視点からルイーズ視点、兄からの視点も読みたいですね。ルイーズの顔に嫌悪感なければ兄も同様でさらに異性だから惚れるのも仕方がないかな。
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