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SHIKI:2015 最高の眼鏡をあなたに

作者: 志室幸太郎

「それで志村君。私はどうして平日の昼間からショッピングモールに連れてこられたのでしょう?」

「打ち合わせですってば、打ち合わせ!」


 そう言いながらも、私は冷や汗をかいていた。


 隣を歩く眼鏡美人は、某出版社に勤める敏腕編集者、天口あまぐちシキ様である。彼女の眼鏡を拾ったことをきっかけに出会ったのだが、まぁそれは別の話。

 そして私は志村しむらコウシロウ。シキさんのいる出版社の新人賞で拾い上げてもらったが、デビュー作でずっこけた売れない新人ラノベ作家だ。

 最後のチャンスとしてシキさんに担当についてもらい、再起をはかっている。


 さて、今日なぜこのショッピングモールに来たかを語らせてもらおう。

 前述した通り、私がシキさんと出会ったきっかけは眼鏡にあるのだが、はっきり言って彼女の眼鏡はあまり似合っていなかった。

 聞くところによると、小学校の頃買って以来ずっと変えていないらしい。小学校の頃、優等生だった友だちがかけていた眼鏡によく似ているわけだ。

 それでも充分に美しいのだが、シキさんにはもっと相応しい眼鏡がある。

 というわけで、生粋の眼鏡フェチであるこの私が、彼女にベストな眼鏡を選ぶべくしてここにやってきた。

 しかし、そんなことをストレートに言ってみろ。「興味ありません。早く原稿を書いてください」の一点張りだろう。

 そこで私は考えたわけだ。“打ち合わせ”として連れ出そうと。


「それで、なんの打ち合わせですか?」

「まぁまぁ、とりあえずコーヒーでも飲みながら話しましょう。ほら、あそこカフェみたいですよ」

「そうですね。いいでしょう」


 私はこの時一番冷や汗をかいたが、シキさんは特に疑問を抱くことなく店内に入ってくれた。

 作戦の第一段階は成功だ。


 私たちが席に着くと、背の低めな店員さんがやってきた。店員さんもなかなかの眼鏡女子だった。素晴らしい。


「いらっしゃい! コーヒーでいい?」

「お願いします」

「はい。ちょっとお待ちくださいねー」


 店員さんは笑顔でそう言うと、すぐにコーヒーを淹れに向かった。


「それで、何についての打ち合わせですか?」

「ほら、新作のヒロインの眼鏡の子がいるじゃないですか。主人公がヒロインに眼鏡をプレゼントする回はどうかなと思って」

「相変わらず趣味丸出しですね。今日日眼鏡女子にどれほどの需要があるのか……未だに期待できないのですが」

「いや、ありますって! 多分!」

「最後のチャンスを多分で乗り切れるんですか?」

「うっ……」


 くそっ、相変わらず一言一言が鋭利だ……。

 私がテーブルに両肘をつき、腕を組んでうなだれていると、店員さんがコーヒーを持ってきてくれた。


「何かご相談? ごゆっくりどうぞ」

「あ、すいません」

「ありがとうございます」


 温かいコーヒーを一口啜ると、少し気持ちが落ち着いた。ここで負けるわけにはいかない。


「でもやっぱり、好きなものを書いて勝負するしかないと思うんです……。それで負けるのなら、本望です……!」

「……そうですか。そういうことであれば」


 彼女は目を伏せてコーヒーを啜る。気持ちに訴えかけると案外折れてくれるので、根は優しい人なのだろう。第二段階クリア。


「それでなんですけど、主人公はヒロインにどういう眼鏡を贈るのかなと思いまして」

「それも志村君の好きなようにしたらいいんじゃないですか?」

「いやー、それはそうなんですがなかなかイメージが浮かばなくて……あ」


 ここで私は、唐突に視線を逸らす。


「あれー! 偶然にもあんなところに眼鏡が!」


 偶然なわけがない。そう、何を隠そうここはカフェスペースのある眼鏡店だったのだ。

 

「本当ですね」


 シキさんが天然で良かった。


「せっかくなので、ちょっと見てみましょうよ」

「どうぞ」

「え?」

「私も見る必要があるんですか?」

「当たり前でしょう、作品に深く関わることなんですから! 表紙のイラストにも反映されるんですよ!」

「なるほど……わかりました」


 よし。私たちはコーヒーを飲み干し、席を立った。


 眼鏡が並べられたスペースにやってきた。ううーん、なかなかの品揃えだ……。特にアンダーリムの品揃えが異様に充実している。店長の趣味だろうか。

 確かにアンダーリムは、数あるフレームの中でも魅力的な形の一つではある。アニメーション等では目を描きやすいという利点からよく使われていたが、現実でかけている人はあまり見かけることがない。

 そのため、非常に個性的な印象を与えることができる。普段眼鏡女子を外で見かける時、俺は一瞥だけして我慢するのだが、アンダーリムの眼鏡をかけている人がいたら二度見してしまうだろう。

 しかしシキさんには適さない。シキさんは個性で攻めるタイプではなく、知性を前面に出すのがベストなはず。シンプルかつ洗練されたフォルムのフレームが、彼女には相応しい。

 となればやはり……。


「これなんか良いんじゃないでしょうか」


 私は最初に目に入った、スクエアの黒縁眼鏡を手に取った。


「少し地味じゃありませんか?」

「いいえ、これがベストなんです。

 私の作品の眼鏡女子は基本、可愛さよりもかっこよさ重視。ポップな色は似合わないでしょう。

 さらに、この眼鏡はあまり丸みを帯び過ぎていない。これが重要です。

 ウェリントンやラウンドのような丸みのある眼鏡が最近の女性には人気ですが、それは可愛さを重視するからです。しかもその可愛さは女性目線での可愛さ。あのアラレちゃんのような眼鏡をかけた女の子が好きという男子はあまりいないでしょう」

「は、はあ。しかし、かっこいい眼鏡女子が好きな層もそれほどいないのでは……。やはり最近は萌え要素が重要かと」

「シキさん、あなた本当に敏腕編集者なんですか?」

「喧嘩を売っているのですか?」

「ごめんなさい。しかし考えてみてください。例えば“かっこいい眼鏡女子”が、実は料理が下手だったとしたら……」

「……!」

「“かっこいい眼鏡女子”が、実は運動音痴だったとしたら……」

「か、可愛いかもしれません」

「そうでしょう! つまり、“かっこいい眼鏡女子”は“可愛い眼鏡女子”にもなり得るということなんですよ……!」

「ギャップ萌え、ですね……」

「ええ……。一方で可愛い眼鏡女子がかっこいい行動を取っても、どこかちぐはぐな感じがしてしまう。可愛い眼鏡女子が可愛い属性を持っていても、なんの意外性もない。このギャップは、“かっこいい眼鏡女子”にのみ許された特権なのですよ」


 シキさんは顎に手を当て、何かを考えているようだった。


「……ちょっと待ってください」

「なんですか」

「それって眼鏡の要素は関係ないのでは?」

「あっ」

「えっ?」


 シキさんは私が指さした方に顔を向ける。こんな古典的なトラップに引っかかるあたりがさすがシキさんだ。

 そして、隙ができたシキさんの眼鏡を外し、私が選んだ黒縁眼鏡を装着させるまで、コンマ一秒もかからなかっただろう。


「はっ。一体何を――」

「店員さんすいませんこれください!」


 最終段階クリア。

 その後シキさんは志村君によってあれよあれよと言いくるめられ、レンズも作ってもらって眼鏡をお持ち帰りするのでした。

 代金は志村君の貯金を崩して払ったそうです。


メガネ店オムニバスシリーズ


MEGUMI:2015-はじめて貴方がくれたもの- 作者:Natsu

http://ncode.syosetu.com/n6873dh/

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