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勇気を出して

数分後。



ヒースクリフが息を切らしてドサリと地面に腰を落とす。


「まあ、こんなもんでしょうね」


対するアラミスは息も切らさずに優雅な動きで剣を鞘に収めている。


二人の手合わせは長く続いたものの、常にアラミスの方が優勢で、ヒースクリフは何度も剣を落として首に剣先を当てがわれた。

対するヒースクリフは何度も立ち上がり、顔や服を泥だらけにしてもアラミスに立ち向かっていった。


それでも――ヒースクリフは充分すぎる程に強い。アラミスが化物じみているだけだ。


王国では決闘は禁止されているものの、アンナが決闘騒ぎを目にする機会も無くはなかった。

その時の様子とは全く違う。

無駄のない、流れるような洗練された動き。アラミスの白とヒースクリフの黒が幾度となくぶつかる姿がアンナを魅了し、息を呑んで見守っていた。


だけど、気がついたらヒースクリフばかりを目で追ってしまっている。

理由はなぜだか分からないけど、ヒースクリフに一度でもいいからアラミスの剣を落として欲しいと願わずには居られなかった。


「でも、随分と成長していますよ。見違える程にね」


アラミスは目を細めて息を切らして胡座をかくヒースクリフに視線をやった。


「それにしても君も隅に置けないですね。ヒースクリフ。死ぬまで独り身かと思ったけど――こんな美しい姫君と暮らしてるなんて」

「だからその言い方やめろ」


ヒースクリフは乱れた息を吐きながら苦しげに言う。

鴉のような黒髪は汗びっしょりと濡れていて、前髪からきらりと雫が滴っていた。


アンナはアラミスをちらりと見ると、ニッコリと微笑まれて居心地が悪くなる。


「アンナ――あなた、生きる事を諦めかけていませんか?」

「それは……」


ぐさりと核心に迫る言葉。

ヒースクリフが澄んだブルーの目に悲しげな色を浮かべてアンナの顔をまじまじと見つめる。

多分、彼はアンナの迷いをなんとなく悟っている。


「ある人に幸せになりなさい、と言われて……ここに、たどり着いて……」


婚約破棄を言い渡された瞬間、塔へと運ばれる小舟、お忍びで励ましてくださった女王。

ここへ来る様々な記憶の断片が蘇ってくる。

目頭が熱くなり、だけど泣いたら困らせてしまうと目に力を入れた。なのに、涙は溢れて頬を伝う。


ヒースクリフが心配そうな目でアンナの背に指先だけ触れる。

アラミスは、悲しくも優しげな眼差しをアンナに向けていた。


「あの……その……こ、これは……ごめんなさい。わ、私なんかが幸せになるなんておこがましいですよね」

「……ここに来たヤツらは、皆事情がある。だから、無理するな」


ヒースクリフの言葉は荒削りだが、彼の持つ優しさがにじみだしているようだった。


「君みたいな美しい女性が輝く事を知らないなんて、僕は耐えられない」


アラミスはアンナへと目線を合わせ、悲しげに微笑む。

そして、彼は指を一度アンナに向けるが、それをやめてハンカチを差し出した。


「おふざけは後にしろ」


それにヒースクリフは眉間に深い皺を作る。だけど、彼は聞く様子も無く続ける。


「幸せっていうのは焦らず、ゆっくり探せばいいんです」

「……見つかるでしょうか」


アラミスは優雅な笑みを湛え、自信たっぷりにうなずいた。


「きっと、この彼があなたを幸せに導いてくれますよ」

「なっ」


ヒースクリフはなぜか頬を染め、黙りこんだままアンナからサッと顔を背けた。




行きは一人だった雑木林への道も、帰りはヒースクリフと二人だった。

アラミスは、あの場所でもう少し「職務」に励むらしい。

ヒースクリフは「どうせ寝直すんだろ」と呆れた顔で言っていた。


「その……かっこ悪かっただろ」


ヒースクリフは、袋に仕舞った剣を抱えながら、少ししょげた様子でアンナに尋ねる。


「……何がで……っ、えっと、その……何が?」


なるべく敬語を使わないように気をつけながら、アンナは尋ねる。


「俺、アラミスに一度も勝った事がない……」


そんなのは無理もないことだ。

ヒースクリフが弱い訳ではない。相手が悪すぎる。

アラミスは剣の達人か何かだ。そんな事、素人目でもわかる。


「ヒースクリフ……強いと思った……よ」


慎重に語尾を選びながら、アンナは言う。

言いながら、うまく言えたか自信がなくって、恥ずかしくなって顔が赤くなる。


「じゃあ――カッコ良かったか?」


ヒースクリフは立ち止まり、まっすぐと射抜くように澄んだブルーの瞳を向ける。

ドキン、と。アンナの心臓は一際大きく高鳴った。


「いや。わかってる……負けてばっかりなのに、そんなわけないよな」


彼は余りにもまっすぐすぎる。

不器用だけど、優しくて、まっすぐで――こんな男性、アンナは見た事がない。

アンナの知っている男性は、皆いじわるだった。

優しいフリをしても、心の中では意地悪な事を考えている人ばかりだった。


「悪かった。なんか……変だな、俺」

「う、うん……その……えっと……」


「カッコイイ」。その一言が言えずに口をモゴモゴさせる。

喜んでくれるかな。迷惑じゃないかな。

だけど、勇気を出して気持ちを伝えないと、目の前のまっすぐな青年との距離が、いつまでも近づかない気がした。


(女王様、私に勇気を――)


アンナはぎゅっと祈るように両手を胸の前にあてがい、すっと息を吸い込む。


「その……カッコ良かった! すっごく、すっごく。諦めないの、強いと思った」


勇気を込めた言葉は、思わず大きくなる。

多分、アンナの顔は目も当てなれない程に真っ赤になっているだろう。


対するヒースクリフは澄んだブルーの目をまるまると見開き、動きを止めて固まってしまった。

顔が、みるみる顔を真っ赤に染まっていく。


「そ、そうか。ありがとな」


彼は「はは」、とぎこちない笑い声を上げながら正面を向き、アンナの前に出て大股で歩き出す。


「ご、ごめんなさい、私、変だったの。今のは忘れて!」

「嫌だ」


彼は、立ち止まってポツリとつぶやく。


「絶対忘れない」


ヒースクリフはこちらへ振り向こうとしたが、それをやめて俯いて言う。

彼の白磁の肌は、首筋や耳まで真っ赤に染まっていた。


「……あ、ありがとう」


小さくつぶやかれた声は確かに耳に届いて。

その姿に釘付けになってしまいそうだった。

アンナの胸は切ない音を立てて小さく震えていた。


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