アラミス
「ご、ごめんなさい!」
青年は、少しも驚ろいた様子を見せずにブラウンの瞳をすっと細めて優雅に微笑む。
「ああ、怖がらせてしまいましたね」
自信に満ちた気品の漂う笑みに、アンナは一周回って居心地の悪さを感じずには居られなかった。
こんな綺麗な人と喋るなんて申し訳ない。
前世の学生時代も、人気者の美男子に話しかけられたと思ったら、それは罰ゲームだった。
一瞬でも、彼と友達になれるかも、と思った自分が種を明かされた瞬間といったら言葉に表せないような失望だった。
まさかこんな所で罰ゲームなんて事はないと思うけど――
つまり、言ってしまえば美形は怖いのだ。
ただでさえ、幼さの名残と危うさの両方を兼ね備えた美貌を持つヒースクリフと会話するのにも苦労しているというのに。
この美青年と会話するのはアンナには早過ぎる。
百回生まれ変わったとしても無理かもしれない。
だが、怯えるアンナを尻目に、美青年はまた一歩とアンナに近寄り、迷いなく顎に手を添える。
「こっちを向いてくれませんか? 僕によく見せてください、あなたの顔を」
「な、な、なぜです」
緊張でつっかえつっかえになる言葉をようやく紡ぐ。
木の幹が背中に触れる。これ以上後退できない。
青年は目を一層細めると、アンナの耳元に顔を寄せ、息を吹きかけるように囁いた。
その甘い声と、鼻をくすぐる官能的な香りに、頭がクラクラした。
「貴女が美しいからですよ」
容量オーバーだった。
アンナの思考の一切が停止する。
脳内が真っ白になっていく最中、青年は顔を離してにっこりと微笑みかける。
胸を打つ鼓動の速さが酷い。
顔は自分でも真っ赤だとわかる程熱くなっている。
「ふふ、真っ赤ですよ。美しいだけじゃなくて可愛らしい」
「ええっ」
彼の台詞や仕草、ひとつひとつに体から力を奪われていく。
アンナは既に腰が抜けてしまいそうだった。
「私はアラミス。美しい貴女のお名前を教えて頂けませんか?」
「――は、はンナ」
体から力が抜けて「ア」の文字がうまく発音できない。
アラミスと名乗った男性はニコっと微笑み、アンナの髪を指で梳いた。
振り払うなんて失礼だけど、自分なんかがこんな美しい人に優しくして貰うなんて申し訳ない。
アンナの呼吸は止まってしまいそうだった。
「やめろアラミス」
と、聞き慣れている凛とした声がした。
ヒースクリフだ。
彼は、布にくるまれた何かを抱えてこちらへ歩み寄ってくる。
「ご、ごめんなさい!」
アンナはなぜかヒースクリフに悪いことをしているような気持ちになって咄嗟に謝罪する。
「なぜ謝るんだ。悪いのはコイツだろ。この色魔」
ヒースクリフは眉間に深い皺を寄せ、アンナの肩を抱いてその体をグッと引き寄せた。
自然と、アンナはヒースクリフと密着する形となる。
彼の吐息が吹きかかる程距離が近い。
再び、心臓がドキンと不健康な音を立てた。
「帰りが遅いと思ったら、やっぱりお前が捕まえてたんだな」
ヒースクリフはため息を吐いてアラミスを睨みつけると、アンナを自分の背中に隠れるよう、目線と指で指示する。
彼女はそれに従ってさっと身を隠した。
アラミスはすっと余裕の笑みを浮かべ、優雅に首を傾げる。
「捕まえるですって? 人聞きが悪い。美しい女性に率直な感想を伝えるのは僕の職務です」
アンナが聞いているだけで恥ずかしくなってしまう言葉を聞き、ヒースクリフは尚更不機嫌そうに澄んだブルーの目を細める。
「職務って……僧侶が何を言ってんるだ」
僧侶。アラミスはお坊さんだったのか。
アンナは彼の十字架と聖書の訳に納得を覚えるが、昼間から木の上でサボっているのは確かに問題だ。
「それにしても。噂の子は彼女でしたか。まさか、ヒースクリフの屋敷にこんなに美しい姫君が訪れるなんて」
アラミスさんったら。まだ言ってる。
アンナは恥ずかしくて恥ずかしくてうつむく事しかできなかった。
「そういう恥ずかしい事を言うのはやめろ。アンナも嫌がっているだろ」
「え……は、はい」
ヒースクリフはアンナをかばうように腕を広げると、声を低くする。
なぜだかわからないけど、少し不機嫌な気がする。
「アンナは自分の魅力に気づいていないだけです。ああ、なんていけない方だ」
「ちょっとは黙れ、このナマグサ坊主」
やれやれ、と余裕のある動作で頭を振るアラミスに、ヒースクリフが布に包まれた細長い何かの一つを投げつける。
残った一つをヒースクリフが慣れた手つきで布袋から取り出すと、それはフェンシングで使われるような細剣だった。
色は銀で、しなやかな刀身に針金状の銀の細工がとても美しい。
きっとこれは王国で作られた物ではない。
アラミスに渡されたのも同じものらしい。
慣れているようで、鞘を抜き捨てると優雅に腰を落としてゆったりと構えの姿勢を取った。
ヒースクリフも外套を脱ぎ捨て、同様に構えの姿勢を取るが――
なんだかヒースクリフのやる気というか気迫が凄いし、少し怖い。
「えっと――何をするんですか?」
アンナは恐る恐る二人に尋ねた。
「ああ。僕が彼に剣を教えてるんですよ」
アラミスが優雅な素振りを交えながら答える。
「教わってなんかない。俺はお前を負かしに来たんだ」
やっぱりヒースクリフ、怒ってる?
「やれやれ、困った弟子ですね。ですが、丁度僕も体を動かしたい気分です。姫君にも良い所を見せたいですから」
そう言って、アラミスはアンナにウィンクをした。
困った弟子――一番困った人なのは、この軟派すぎる神父なんじゃないだろうか。




