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一角獣と前世の夢

女王が去った後、アンナは久しぶりに心安らぐ事ができた。

それから数日、アンナは正気を取り戻し、きゅっと口を結び、背筋を伸ばして過ごしている。

貴族の令嬢然とした堂々たる態度で尋問にも臨んだ。


(女王様が励ましてくださったんだから、しっかりしなきゃ)



確かに裏切られた悲しみや、辛く孤独だった前世の記憶が蘇って悲しみに蝕まれる事もあった。

だけど、慈しみ深きキャサリン女王のためにも、私はまだ諦めない。絶対に負けたりしない。


こうして数日が経ち、アンナは眠りに落ちていた。

女王が来る以前に比べて、夢と現実の区別がハッキリと付くようになっていたはずだが――。


アンナは今、これが現実なのか夢なのか、分からない――。


「あなた――誰」


アンナの目の前には、美しい銀の毛並みの一角獣ユニコーンが彼女の前に立っている。

一角獣は霧でできているようで、体の向こうがうっすらと透けて見えた。


(やっぱり――夢よね)


魔法が使えて、モンスターの出るこの世界ですら、一角獣は伝説上の生き物のはずだ。


アンナは身を起こすと、一角獣は歩み寄って頭を下げる。

すると、背がキラキラと光出して金色の手綱と鞍が現れた。


「乗れって事――かしら」


アンナがつぶやくと、一角獣は頷くように首を縦に振った。

一体これは何なのだろう。

訳が分からなかった。だが、ここで何もせずに死を待つよりはこの一角獣に飛び乗った方がまだ生きる見込みがある。

生きる見込み―いえ、これは夢のはず。

女王が会いに来てくれたおかげで、アンナは随分強気になっているらしい。

なんだかおかしくなって、笑みがこぼれた。


こうして、アンナは一角獣の鞍に飛び乗ると、手綱を握り締めた。

どうせ夢なんだ。大胆な事をしたって何だって構わない。

すると、一角獣は数歩下がって壁に向かって突進する。


アンナは何事かと思って目を瞑るが、次の瞬間にはアンナと一角獣は夜空の上を泳いでいた。


雲の上に立ち、一角獣は高らかに鳴き、蹄を鳴らす。

美しく輝く星空、大きな満月。

そして、生まれつきの目の異常で見える光が色を持ってに燦然と輝き、一角獣の周りを踊っていた。


この世の物とは思えないような美しい光景にアンナは息を呑む。


「もしかしてこれって――お迎えなのかしら――」


このまま天に召されてしまうのかもしれない。

悔しいけれど、最期がこんなに素晴らしいならば――

今度の人生は、幸せだったのかもしれない――


(なぜかしら――夢の中だというのに、とても眠くなる――)


雲の上はずっと見ていたい程美しい光景のはずなのに、ひどく心地よく、瞼は重くなっていく。アンナは気づけば眠りについてしまった。




一角獣の背の上で、アンナは夢を見ていた。


(夢の中でも……。夢を見るものなのね)


この部屋。

生まれ変わる前。前世の夢だ。


その日は雪が降っていた。

窓を開けてベランダを覗き込むと、柵の上に雪がこんもりと積もっている。

それを見て、思わずため息が漏れる。


東京での積雪は珍しい。どうりで冷えた訳だ。

彼女は憂鬱だった。


23歳。結婚はおろか、恋人すらできた事がない。

仕事は――一昨日クビになった。

こうして仕事をクビになる回数は、既に片手では足りない。

どこで働いても、彼女はいつも邪険に扱われ、無視は当たり前で酷い時は嫌がらせを受ける事もあった。

彼女はひどく不器用で、口下手でのろまのため、どの職場でも使い物にならなかった。


生きていくための仕事も無い。当然お金だって無い。貯金も底を尽きかけている。

仕送りは頼れない。

彼女は片親で、母は、再婚の邪魔になるからと彼女の事を疎ましく思い、いつも大声で口汚く罵っていた。


学生時代も暗い性格の彼女の事は、周りから距離を置かれていた。

彼女が失敗すると、どっと笑いが起きて、悔しさに唇を噛んだ事は一度じゃない。

たった一度きり、学校でも話題の人気者に話しかけられたが、それは男子達のおふざけの罰ゲームだった。


悔しくって、誰にも悩みを打ち明けられなくって、彼女は家に帰ると物置の隅に隠れて声を殺して泣いた。


故郷を出れば自分を変えられると思った。

だけど、今日も何も変わらないでいる。


それでも、生きていれば。

生きてさえいれば、いつか自分を救ってくれる優しい王子様が現れると思っていた。


消えてしまいたくなる程悲しい夜も、自分の存在意義を疑うような辛い出来事の後も、そうやって、彼女は明日へと希望を持って生き続けてきた。



冷蔵庫を確認する。

食材は何も無い。戸棚にも何も見つからなかった。

雪の日に外出するのは億劫だが、仕方ない。

昨日も何も食べていなかったので、さすがに飢えて死んでしまいそうだった。


財布と携帯電話だけ持って、彼女は玄関へと歩いて行った。

玄関にある靴は、仕事用の黒のヒールのみ。

貧乏だから、これ以上靴なんて高い物は買えない。


仕方がないので、スウェットを着たままそれを履いて外へと出た。

雪の日だ。滑らないように慎重に階段を降りていく。


一方通行の細い道。

アスファルトの雪は、タイヤの通った跡だけ雪が溶けている。

スーパーへと歩く間に、足がひんやりと冷えていく。

吐く息が、白く染まる。

何を食べようかと考えているその瞬間。タイヤの滑る、高い音が鳴った。


視界が何かに遮られる。


彼女は、空を舞った。


トラックに跳ねられたのだ。

アスファルトに叩きつけられ、痛みに意識が一瞬飛びかける。



「――――!!!!」


トラックの運転手が何かを叫んでいる。


彼女は息を切らせ、地を這うよう芋虫のように、宛もなくもがきながら進んでいく。

視界が真っ赤に染まる。

意識がどんどん濁っていく。


死んでしまうのか。

こんな所で。

誰にも愛されないまま。


そんなの――


「ぐやじい――」


ヒューヒューと息が漏れる。


「ぐやじいい――」


視界が霞む中、とめどなく涙が流れる。


母に、愛されたかった。

学校で、友達が欲しかった。

仕事で、誰かの役に立ちたかった。


今の私には、何もない。


私の死を、悲しんでくれる人なんて居ない。


それがたまらなく悔しかった。


私が生きた爪あとを、何か、遺さなくては。



彼女はディスプレイが割れて蜘蛛の巣のような模様を描いた携帯を取り出し、震える手で画面をなぞる。



あ い さ れ た い



それが、アンナの一度目の人生、最期の言葉となった。

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