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2015年/短編まとめ

朝日滲む車内にて

作者: 文崎 美生

ガタンゴットン、揺れる電車の中でぼんやりと携帯の画面を見下ろした。

特に誰から連絡があるとか、時間に追われているとかはないけれど、ただ何となく、意味もなく。

そうして、携帯を眺めていると、ぽそぽそと小さな声での会話が耳に入って来る。


何だあれ、みたいな笑い声に顔を上げれば、話しているのは新入社員みたいな、小僧顔のスーツの男二人。

二人の視線は電車の窓の外に注がれていて、私も自然と身を乗り出すように窓の外を見た。


本当に何だあれ。

ぱちぱち、瞬きをして外を見つめる。

学生っぽい子達がわらわらと集まって、何か、横断幕的なものを掲げていた。


ドラマで良くあるような、光景。

いや、もしかしたらもう古いかもしれないけれど、転校する仲間を送るようなあれ。

ジャンルで言うと青春とか、そんな感じだ。


今時こんなことするなんてなぁ、とか、リアルでこんなのあるんだぁ、とかそんなことを考えていると、隣に座っていた男の子が声を上げる。

目に見えて焦ったその子は「あいつらっ……」と舌打ち混じりに吐き捨てて、窓に手を掛けた。

そしてそのままの勢いで窓を開ける。

ガラッ、と言うよりはバンッ、て勢いだから壊れるんじゃないかと、こちらが不安になるレベルだった。


「ふざけんな!!それ、去年の使い回しじゃねーかあぁぁぁぁぁ!!!!」


吠える吠える。

ビリビリと空気が震えて、少ししか離れてないせいで驚いて肩が跳ねてしまった。

だが、彼は、窓に身を乗り出さんばかりのまえのめりっぷりで叫ぶ。


ただ『使い回し』という単語が気になって、こっそりと目を細めて横断幕の文字を見た。

布に黒いマジックで書かれたような、決して綺麗とは言い難い少し癖のある文字。

その上に大きなバツが書かれていて、そのバツの上に別の言葉が乗せられている。

完全に使い回しだ。


外から同じような叫び声が聞こえて来たけれど、私には良く聞き取れなかった。

隣の男の子は変わらず大きな声で「俺は二度とお前らを思い出さねぇ!!」と告げる。

少し微笑ましく思っていたのだが、そういう訳ではないのだろうか。


終いには「死ねっ!」と言って、窓を閉める。

きっと彼らは窓の外の景色と一緒に遠ざかって行ったのだろう。

休日朝の割と早い時間の電車で、人はまばらだけれど、当然その子のそれは見られていた訳で、視線が集中していることに気付くと居心地悪そうに座り直す。


大きめのスポーツバッグを膝に置いて、それに顔を埋めるその子の耳は、ほんのりのと赤くなっている。

ちょっと特徴的な笑い声が聞こえて、それがその子のものだと気付くのに時間は必要なかった。

その瞬間に、仲は微妙だったのかな、と思っていたのが覆る。

単純に照れていただけなのだろう。


「……ふふっ」


可愛いなぁ、とか、いいなぁ、とかそんな温かなものが胸の中に広がって、小さな笑い声が漏れる。

それにいち早く気付いたその子は、顔を上げて私の方を見て、ほんのりと染まっていた赤色を強くした。


目が合って私の笑い声は喉の奥に引っ込む。

あぁ、やっちゃったなぁ、なんて思う頃には携帯の画面の明かりが消えていた。

ごめんなさい、その子の目を見て言えば、あ、いや、と視線を右へ左へ。


「何だかいいなぁって思って」


青春だね、とはあえて言わない。

今言ったら完全におばさん扱いされそうだし。

私そんなに老けてないし。

だけれど、その子は私の言葉に睨まれてると勘違いしてしまいそうな鋭い目を、これでもかってくらい見開く。


どこか幼さを感じながら、微笑めば、その子の視線がサッと私の頭から足へ流れた。

年齢確認か、それとも知ってる人物だと思ったのかは分からないけれど、一拍置いて「そう、っすかね」と頭を掻く。


「つか、別に、一日帰省するくらいでって思いますけど……」


ガッシガッシ、頭を掻くその子の視線は、窓の外に向けられているが、そこにはただ流れていく景色があるだけで、先程の子達はいない。

だけれどその目は柔らかくて優しい。

と言うか……。


「一日帰省するだけ?」


「まぁ、寮なんで……」


見知らぬ相手にそんな話をするのは、はばかられるだろうに、その子は眉を下げながら言う。

寮って高校生くらいなのに、凄いなぁ。

私が高校生の頃なんて普通に親元から離れるなんて、考えたことすらなかった。

現時点でも、大学は家から通っているのに。


何とまぁ、高校生に感心してしまい、はあぁ、と感嘆の声が漏れた。

その子は不思議そうに瞬きをしていたけれど、ちゃんと私を見ている。

そういうところから、学生特有の青さって言うか、誠実さを感じた。

目付きとか先程の台詞とかからして、元ヤンっぽい雰囲気はそこそこあるけれど。


「……ふふ、凄く、愛されてるんだね」


ぎゅっ、と持っていた携帯を握り締める。

私の言葉をどう取ったのかは分からないけれど、その子は照れ臭そうに「そんなことないっすよ」と言う。

首の後ろに手を回して、そわそわしているのが、可愛らしいと感じてしまった。


「そんなことあるよ」


「……そうなんすかね」


「うん。そうだよ」


握り締めた携帯はうんともすんとも言わない。

特に誰から連絡が来るわけでも、待っているわけでもないから。

それでも何となく、幸せな気持ちになりながら、私は電車の揺れに身を任せるのだった。

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