さよなら世界
何やってんだろ。
42歳、独身、無職の俺は。
いや、昨日までは職はあった。
今の今まで、俺には職があった。
「残念だが、辞めてもらえないかな」
「君が辞めないと、家族を養う彼が辞めざるを得ないよ?」
「それでも、君は辞めないのか?」
割と信頼していた上司だった。
年が少ししか離れておらず、2人で飲みに行くほど
仲がいい、仲がいいと思っていた上司。
上司のあの凍てつく目が、今でも忘れられない。
昼下がりの公園、タバコをふかし通行人を見やる。
つい先ほどまで、あの通行人の一員だった俺が。
「あーあ…」
俺の人生、こんなんじゃないと思い始めたのはいつごろからだろうか。
中学、いや、高校まではまともな人生だったはずだ。
一浪して入った大学。
だんだんと結婚していく数少ない友達。
次々と昇格していく俺の後輩だった者。
子どもの話で盛り上がる、かつてのクラスメイト。
今日、幾度も繰り返す言葉。
あーあ。
俺、何やってんだろ。
どこから踏み違えたんだろうか、俺は。
絶望の果てに思われた今日。
俺は死のうと考えた。
生きていても、この先望みはない。
それなら、いっそ。
あの上司に褒められた決断力は並大抵のものではない。
駆け足で、今住んでいるワンルームのアパートへ向かう。
今までの絶望した気持ちは消え失せ。
むしろすがすがしい気持ちが俺の心を埋めていた。
さよなら、世界。
最後の努力だ。
コレステロールの塊のような身体を引きずり、
12階の屋上まで駆けあがる。
1段1段が高く、遠い。
死への階段を、1段ずつ上がる。
最後の。
最期の1段を上がった。
清々しい秋晴れの空が、高く広く輝いていた。
飛行機雲が、空へまっすぐ伸びる。
空と同じ感情が、俺の心を詰めた。
今から、そちらへ行きます。
この、醜く卑しい俺がいくことを、許してください。
フェンスを登り、真下を見る。
太ももの裏が痙攣するほど高く見える。
こんな俺には、おさらばだ。
思い返しても、クソみたいな人生だった。
ブサイクで、勉強もそこそこで、運動も得意ではない。
コミュ力もなく、2次元が恋人の俺がまっとうに生きられるはずなんて。
望んではいけない世界で生きてきた気分だ。
あーあ。
ほんと、俺何やってんだろ。
ため息をつき、空を見た。
俺の足が、地を離れる。
輝く空に、星が1つ増える。
そう、増えるはずだった。