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第四章 新人殺し屋雇われる

「はじめまして。セージ・タッシュ Jr. です」

 フロアの真ん中にある広いロビーに、五十人を超える殺し屋が一堂に会していた。

 サクラメント市。

 オフィス街に紛れた殺し屋法人「RedRum」の二階。

 クリーム色を基調とした、柔和な雰囲気をもつごく普通のロビーだった。エレベーター、非常階段、化粧室に各オフィスへと繋がる通路。加えて、観葉植物とビニールレザーを張ったベンチを持ち併せた一般的な共有スペース。

「歳は十九、性別は男。趣味は読書とアメリカンコミックの特撮ヒーロー番組の観賞。好きな本はアーウィン・ショーの『若き獅子(The Young)たち(Lions)』と、それからティム・オブライエンの『(If I Die)(in a)(Combat)(Zone, )(Box Me Up)死ん(and Send)だら(Me Home)』」

 壁に掛かった社員配置表を背に、セージ Jr. は自己紹介を始めた。

 セージ Jr. の前には金髪から黒髪、白人から黒人、長身から短身に痩躯から肥厚と多種多様な人間が集まっていた。彼らの風貌、雰囲気も様々で、その殆どがそのまま街中を歩いていても何の違和感もないものだ。

 中には杖を突いた老人やセージ Jr. と同年代に見える若い男女も見受けられるが、その全てが余さず殺し屋だった。

「独り暮らしだから簡単な料理を勉強中です。好きな食べ物はLストリートにある「PIZZANNE(ピザンヌ)」のチリグラタンピザ。チーズ多め」

「おお、あそこのはうまいよな。わかるじゃねえか」

 前列で腕を組んでいたアフリカ系の大男が嬉しそうに笑った。

 大男はアフリカ系の黒い肌と顔立ちを持っていたが、頭髪は目が覚めるような金色の角刈りだった。どこかのバンドのロゴが入った騒がしいTシャツに、青いジーンズを穿いている。

 左手の薬指に嵌められた指輪以外に、これといった装飾品は身に付けていなかった。見た目のアウトローさに反して、刺青なども見当たらない。

 サイズが明らかに小さいTシャツからは、プロレスラーやアームレスラーにも匹敵する大胸筋や上腕筋が隠れる様子もなく()み出している。

「じゃあ今度奢ってくださいよ」

「俺に腕相撲で勝てたら考えてやろう」

 セージ Jr.は大男の太腿ほどもある太い上腕を見て、

「……好きな曲は『Imagine』で、AB型。国籍はアメリカです」

 残念そうな顔を見せた。アフリカ系の大男がおかしそうに失笑する。

「というわけだ。今日から、消費材(アルバイター)としてコイツが加わる。簡単に事前知識は教えておいたがまだまだ素人だ。皆、これから宜しくしてやってくれ」

 セージ Jr.の後ろから歩み出たInBa(インバ)の言葉に、一同から歓迎の拍手が湧いた。

「セージ Jr .、これが現在サクラメント本部に勤務する殺し屋の殆どだ。ここに常駐していない歓声(サポーター)も含めれば、市内の関係者は軽く千人にはなる」

「五百!」

 思いも寄らない数字にセージ Jr. が目を剥いた。その反応に満足そうに微笑むとInBaは五十余人の殺し屋に向かって、

「分かっていると思うが、いつも通りセージ Jr. の過去や事情など詮索しないように。──おまえもだ。ここでは個人の素性について詮索することはタブーだ、気を付けろ」

 最後に振り向いたInBaの忠告に、セージ Jr. はしっかりと頷いた。

「よし」

 InBaもそれを見て頷いて、セージ Jr. の後ろに控えるChap(シャップ)に目配せをした。Chapはほんの小さく顎を引く。

「じゃあ所属は……そうだな。GolGor(ゴルゴル)Star M(スター・エム)のチームに入れ。二人に師事して色々と教えてもらうんだ」

 InBaが指し示した先を見ると、そこには先程の大様(おおよう)なアフリカ系の大男と、背の高いヒスパニック系の男がいた。

「ん……俺らかよ?」

 首を傾げて、アフリカ系の大男──GolGorがInBaに聞き返す。InBaはやんわりと手でそれを制しながら、

「まあ、今は何も聞かずにこいつを育ててくれ。この間消費材(アルバイター)が別の部署に移って、不自由してると言ってたろう」

「ま、確かにそうだな」

 口を開いて、GolGorの隣にいたヒスパニック系の男──Star Mがじろりとセージ Jr.を見た。

 Star MはGolGorとは対照的にどちらかといえば痩せ型で、筋肉質のGolGorの隣にいることでそれが一層際立っていた。線は細いが、虚弱な印象は認められない。

 Star Mはそのままつかつかと靴底を鳴らしてセージ Jr. に歩み寄ると、上から下までをじろじろと眺め回した。

 明るい茶髪をおしゃれに跳ね上げた頭部から、なにか香水のような匂いがセージ Jr. の鼻をくすぐる。

「ちょっ、ちょっと……なんですか」

 セージ Jr. はStar Mの蛇のような視線から逃れるように、数歩後退(あとずさ)った。

「……いや、なんでもない。使えそうか見てただけだ」

 Star Mは言い残すと、くるりと踵を返してGolGorの隣へと戻った。セージ Jr. の警戒する目線が追い掛けたが、Star Mは目を合わせなかった。

 Star Mが腕組みしたのを見計らって、InBaが口を開く。

「異論はないな? ならそういうことで決まりだ。ありがとう。皆、通常の業務に戻ってくれ」

「うっす」

「了解」

 InBaの指示に幾つかの返答が飛んで、老若男女はそれぞれのオフィスへと戻っていった。

「GolGorとStar Mは、これからの事を伝えるから残ってくれ。それから『赤い悪魔(RedSatan)』の四人もだ。新しい依頼が来ている」

 そうして、ぞろぞろと去っていく人群れから六人の殺し屋が取り残された。

 InBaは後ろを向いて、

「Chap、セージ Jr. に社内の施設を案内してやってくれ。建物に出入りするときの注意事項と、食堂と資料室の利用、それからセキュリティ関連だ。地下と屋上と五階、三階のX区画と地下Cは除いてな」

「はい」

「っと、そうだ。おまえの源氏名(コードネーム)を考えないとな。いつまでも本名を名乗ってるわけにもいかん。何でもいいんだが……まあ、希望があれば、いつでも言ってくれ」

 Chapに促されるセージ Jr. を引き止めて一言伝えると、InBaはその背中をぽんと押して二人が階段を降りていくのを見送った。

 二人の後ろ姿がなくなるまで見届けて、それが階段の向こうに消えて、InBaは六人の殺し屋へと向き直った。



 * * * * *



 GolGorとStar Mの後ろには、口髭を蓄えた黒縁眼鏡の初老、会社鞄を携えたサラリーマンにしか見えない気弱そうな壮年男性、セージ Jr. と同年代に見える金髪を後ろで一つに縛った女性、そして右の目尻に傷痕がある髪を赤く染めた男が立っていた。

 七人の殺し屋の誰にも、ついさっきにセージ Jr. を歓迎したときの笑顔はなかった。

「……で? 結局のところ、あの野郎はどうなったんだ?」

 髪を赤く染めた男が色付きサングラスのブリッジ(左右のリム(眼鏡縁)を繋ぐ部位)を中指で持ち上げた。

 この男だけは、セージ Jr. の挨拶を聞いた際にも笑顔を見せていなかった。厳しい表情のまま、髪を赤く染めた男は続ける。

「この招集に応じれば奴の状況を教えてやるというから、面倒を我慢してわざわざ来たんだ。さっさと言えよオッサン」

「ちょっと。……コイツの口は相変わらず最悪だけど……」

 金髪を後ろで一つに縛った女性が、髪を赤く染めた男を隣から睨んでから、

「今回はアタシも同意見。勿体ぶらずに、早く教えてよ。彼が急にいなくなったのはなんで? 昨晩、彼にいったい何があったの?」

 金髪を後ろで一つに縛った女性は、両腰に手を当てて高圧的にInBaへと迫った。

「深夜にあんな時間外労働をさせたんだ。〝何もありませんでした〟、〝わかりません〟じゃ通らねえぞ」

 髪を赤く染めた男が畳み掛けるようにして上司を脅したが、

「………」

 InBaは何も言わなかった。

 静かな苛立ちが、広いロビーに蔓延した沈黙を侵食する。

「……そもそも、あいつは本当に行方不明なのかよ。トラブルか何かで連絡が取れなかっただけじゃないのか?」

 独り、張り詰めた空気に流されず、冷静にGolGorがInBaへ問ったが、

「…………」

 やはりInBaは六人の顔を眺めるだけだった。

「……おい、なんとか言えよ」

 髪を赤く染めた男は、両手をポケットに突っ込んでInBaに向かう。金髪を後ろで一つに縛った女性は男を止めようとしたが、

「ちょっ…………。……」

 途中で思い(とど)めた。女性の代わりに、Star Mが静かにその後ろに付く。

 髪を赤く染めた背の高い男はInBaの眼前に立ち塞がり、サングラスの奥からまっすぐにInBaの瞳を()め下ろした。

「………」

「………」

 二人の間に激しい沈黙が流れる。髪を赤く染めた男の紅い光彩が、今にも体格の劣るInBaに食らい付きそうに引き絞られていく。

「……InBa。頼む。教えてくれ」

 髪を赤く染めた男の後ろから、いつになく重々しい口調でStar Mが口を開いた。続けて、

「InBa、あなたの考えは私には読めないが。ここに来て(だんま)りもないだろう」

「……Mr.(ミスター) InBa」

「InBa!」

 口髭を蓄えた初老とサラリーマン風の壮年男性、そしてGolGorが口を揃える。

「……………」

 六人の熱誠を受けたInBaは、やがて吐き出すように項垂(うなだ)れて、それを答えた。

HLuKi(ハルキ)が死んだ」



 目を伏せたInBaに対して、初めにリアクションを見せたのは髪を赤く染めた男だった。

 垂れ下がった頭に隠れた渋いネクタイの結び目を力任せに掴み上げて、InBaの扁平な鼻先を強引に自分の顔の前に持ってくる。

 襟元をむちゃくちゃに引き回されたInBaは、しかし呻き声は一つも漏らさなかった。

「おい!」

 慌てて、Star Mが二人に駆け寄る。

「あいつが死んだだと? あの〝高率と(High and)狂気の(Lunatic)殺人鬼(Killer)〟がか?」

 五指にぎりぎりと力を込めながら、髪を赤く染めた男はネクタイから薄緑のラインが入ったシャツへと手を移した。ぎち、ぎちいと繊維が嫌な悲鳴を上げる。

「……あんなに人殺しに誠実で細心な優男が、死んだだと?」

 布越しにInBaの首が締まっていく。髪を赤く染めた男の腕はゆっくりと持ち上がり、遂にInBaの足は床から離れた。

 重力と拳頭からの圧力に気道を圧迫され、InBa(インバ)の顔に苦痛が走る。

「おい……やめろSCarLet(スカーレット)!」

 Star Mが細い身体で、髪を赤く染めた男、SCarLetの肩に手を掛けた。

 数歩遅れて、GolGorが反対の腕と胴を分厚い筋肉で締め上げる。剛力の衝突があった。

「よせSCarLet! いまここでInBaを締め上げても、どうにもならん!」

「うるせえぞ金髪(Golden)ゴリラ(Gorilla)! ……おいてめえ! なにが監督者だ。よくもアイツを殺しやがったな!」

 二人の必死の制止にもがきながらも、SCarLetはInBaの首を締める手を止めない。

 SCarLetを抑制する二人の脇からサラリーマン風の壮年男性と金髪を後ろで一つに縛った女性とが組み入って、SCarLetの生傷だらけの締まった腕を全力で掴んだ。四人の殺し屋は全身全霊で、怒り狂った右腕を引き戻そうと力を込める。

 四人に上体を押し(とど)められながら、しかしなおSCarLetの絞首と怒号は止まらない。

「答えろInBa! HLuKiは、アイツの死亡は決定的なんだな? ……答えろ!」

「………ッ、SCarLet……っ」

 GolGorが太い上腕の膂力(りょりょく)を発揮して少しずつ、SCarLetの身体をInBaから引き剥がしていく。

「答えろッ………!」

 今にも血が滲みそうな紅い眼光が、InBaを捉えた。

 やっとのことで、SCarLetの右手が苦しむInBaのシャツから離れた。SCarLetの右腕はまだ強張っていたが、すぐさまGolGorが、動かないようにその肩を軽くロックする。

 場には荒い息だけが重なり合った。

「がほっ、ぐっ、ふっ……ふーっ、ふーっ………」

 絞めから解き放たれたInBaは、ネクタイを思い切り緩めて気道を確保し呼吸を整えてから、蚊の鳴くような声で告げた。

「………ああ」

 息の上がった五人と初老は、その言葉を聞いた。

「HLuKiの死は、状況証拠からいって……確定的だろう」

「…………」

 今度こそ、SCarLetの腕から力が抜けた。わなわなと震えながら、吐き捨てるように顔を俯ける。

「…………畜生」

「……そんな………。信じられない……。あの、あのHLuKiが……死……」

 金髪を後ろで一つに縛った女性が両手で顔を覆った。その後ろで、サラリーマン風の壮年男性も掌を顔に当てる。口髭を蓄えた黒縁眼鏡の初老はただ、悲しそうに顔を歪めていた。

「………あの、セージ Jr. とかいう小僧」

 ぽつりと、セットされた髪を乱したStar Mが零した。全員の耳がそちらへ注意を向ける。

「HLuKiの死と、なにか関係があるんじゃないのか」

 深く窪んだようなヴァニラの瞳が静けさを持って、脂汗をかいたInBaの顔を睨んだ。周囲に驚愕が伝播する。

「あの新人が……?」

「あんな年端もいかない青年が、熟練のHLuKiを殺したってこと……?」

「……信じられんが」

 周囲の反応を聞きながら、まだ僅かに顔色の悪いInBaは咳き込んで、

「……どうしてそう思う」

「あんただって分かるはずだ。HLuKiが消えた次の日に、年に数回あるかないかの新人が部長直々にスカウトされてくる? さすがに、関連を疑わずにいられない」

「………確かに、そうだな」

「それに、いつもなら新人が入って来てもあんな風に社員を集めて告知なんかしないだろ。……目的は皆にセージ Jr.を意識させて、社内にプロの殺し屋が作る監視の網を張るためか?」

 Star Mの解答を聞き終わると、InBaは微笑みを残して座り込んだ。地べたに腰を下ろしたInBaの身体は、いつもよりも小さく見えた。

「情報処理の後任は、おまえに任せることにするかな」

 肩で息をするInBaの言葉に、Star Mは咀嚼するように首を振る。

俺は(I )泥から(Started)這い上( from)がった。( Mud.)汚い企みや隠し事は俺にとっちゃ隣人みたいなもんだ。……が、その技術はあんたの情報処理なんかとはジャンルが違う」

「残念だな」

 InBaは喉の調子を確かめつつ、全身に回った傷みを(ほぐ)していく。そして、

「……そうだ。確かに奴、セージ Jr. は、HLuKiの死と密接な関係がある」

 Star MとSCarLetを除く全員が改めて目を剥いた。

「本人の供述もあったし、物的証拠も確認した。あいつがHLuKiの死に深く関わっているのは間違いない」

「野郎、ふざけた真似しやがって……」

 その辺の細い木の幹なら折り取ってしまいそうな力が、GolGorの拳に込められる。

 何がどうなって鳴ったかは知らないが、ミキミキミチという未知の音まで、彼の掌から聞こえてきた。

「……ダメだ、我慢ならねえ。ぶん殴ってくる」

「待ってくれ」

 力み勇んだGolGorを、InBaは座り込んだまま(たしな)めた。

「いま、セージ Jr. を叩くのはやめるんだ」

「……ふざけて言ってるのか、それとも真面目に言ってるのか。どっちにしろあんたを殴ってでも、俺は奴の前歯を叩き折る」

「待ってくれ」

 脅迫には屈さず、もう一度InBaはGolGorを制した。

「いま彼を叩いてしまっては、我々はHLuKiの真意に辿り着けなくなってしまう」

「………?」

 これには、頭に血の上ったGolGorをはじめ、そこにいた殺し屋連中が揃って眉を(ひそ)めた。張り詰めた空気におかしな風が吹き込む。

「どういうことだ」

 代表してStar Mが尋ねた。InBaは簡潔に答える。

「HLuKiの死には不審点がある」

「……?」

「証拠は出揃っているのに、何か違和感が拭いきれない。恐らくセージ Jr. は、何かを隠している」

「……だったら、拷問して吐かせればいいじゃねえか。……なんなら殺してやったって構わねえ」

 項垂(うなだ)れたままのSCarLetが、ぼそりと低く零した。

 InBaはそれに首を横に振って、

「いや、場合によってはそれが一番の悪手になるかもしれない」

「……どういうことなんだ。わかるように説明しろよ」

 要領を得ない説明にGolGorは苛立ちを露わにしたが、

「HLuKiは死んだ。だが、これからの我々の頑張りようによっては、HLuKiと、HLuKiの守りたかったものの環境は変えられるかもしれないという話だ」

 InBaの回答は、それに応えるものではなかった。一同の顔に疑義の色が張り付く。

 InBaは改めて、ぐるりと六人の顔を見回して言った。

「ここにいるメンバーには、考察の全てを伝えておきたいというのが私の本心だ。……が、現段階ではただの疑問点の羅列でしかない。悪戯に思考の範囲を狭めるばかりか、皆の通常の業務にも支障を来たしてしまうだろう」

「そんな……いつもの業務ぐらい、当然こなしてみせます! だから僕らにも、HLuKiがどうなったのかを、教えてください」

 サラリーマン風の壮年男性が食い下がった。

「僕らだって、プロの殺し屋なんです!」

「確かに」

 肯定を区切り、

「お前達はプロの殺し屋だ。HLuKiの死の謎に頭を悩ませながらでも、片手間にきちんと目標(モンスター)を殺すことができるだろう」

「なら……!」

 しかし、とInBaは付け足して、

「それは、死と真摯に向き合おうとしてきた殺し屋HLuKiへの冒瀆になるんじゃないか?」

「! …………」

 InBaの指摘に、サラリーマン風の壮年男性は押し黙るしかなかった。

「……長年の勘だ。ここで一つでも手を指し違えれば、全てが台無しになってしまう──そんな気がするんだよ」

「………それなら、俺たちはどうすればいいんだよ。参謀」

 苛立ちを有耶無耶にされたGolGorが短い金髪をがしがしと掻いた。

 六人の視線を一身に浴びて、

「皆には申し訳ないが、もう暫くだけ待ってもらいたい。約束する。時が来れば、いや時が来ずとも、近いうちに全てを伝える」

 そこで、襟を正してInBaは深く頭を下げた。

「頼む。何よりもHLuKiの遺志のために、何も聞かず私の指示に従ってほしい」

 六人の殺し屋は顔を見合わせた。そして誰からともなく頷き合う。

「……ふん」

 一歩前に出て、GolGorが手を差し出した。

「わかったよ。ここにいる俺たちは(みんな)、HLuKiに恩がある。──俺たちはこれより、アンタ直属の(アームズ)の構成員だ。なんでも言ってくれ」

「……私はいい部下を持った」

 顔を上げたInBaは、差し出された大きな手を握った。

 後ろでSCarLetが小さく舌打ちを漏らしたが、それ以上の暴行には至らなかった。

 InBaはきっと堅い上司の面持ちになって、六人に向き合った。

「では早速だが、君たちに指示を出す。正直時間の猶予も定かでないから、迅速に動いてもらいたい」

「了承した」

 口髭を蓄えた黒縁眼鏡の初老が、何かの合図のように手に持った杖で床を叩いた。

「まず、GolGorとStar Mはさっき言ったとおりセージ Jr. の教育係だ。……HLuKiの死について捜査していることは、本人には決して気取られないように注意してくれ」

「……なんとか、ぶん殴る手前で()めてみせるよ」

 露骨に嫌な顔を見せつつ、GolGorは了承した。Star Mも無言のまま、小さく頷いた。

「SCarLetはHLuKiが殺された現場(げんじょう)と、その日の足取りを当たってくれ。HLuKiのデスクやロッカーを漁って、ここ数週間の依頼で不自然なものが無いかも頼む。そして『赤い悪魔(RedSatan)』の全員で、ニューヨーク、ニューハンプシャー州を経由してメーン州警察から『ノーザン・メーンヒル・ハイスクール生徒無差別大量刺殺事件』についての公式な資料を集めてほしい」

「あの、その事件とHLuKiの死にはなにか関係が?」

 サラリーマン風の壮年男性から、挙手とともに質問が上がった。

「大いに関係している。だが今は先入観を持たず、正確な情報を揃えてほしい」

「具体的にはどういう事を調べればいいの?」

 今度は金髪を後ろで一つに縛った女性からの質問。

「事件の概要と時間帯……いや、それよりも事件現場に残された証拠品、警察の行き着いた犯人像について詳しく頼む」

 二人からのの問い掛けに、InBaは丁寧に答えた。


 そんな問答を数度繰り返して、一同から異論や疑問点が出なくなるのを確認して、米国で五本の指に入ると謳われる会社(マーダーインク)「RedRum」の本部長、InBaは最後にこう締め括った。

「我々がこれから辿る軌跡こそが、HLuKiへの手向けになる。──殺し屋の威信を賭けて(みな)、死力を尽くそう」

 本文冒頭のセージ Jr.が自己紹介するシーンですが、話している内容や順番は本『殺し屋』シリーズ第一作『優しい殺し屋の不貞な事情』冒頭で、HLuKi(ハルキ)こと曽木篤が綴った自己紹介を踏襲したものです。


 以上、解説でした。

 引き続き『優しい殺し屋たちの不思議な事情』をお楽しみください。



桜雫あもる

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