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「どうも」
短い呼びかけに、ハンチングを被った男は何気なく振り向いた。
男に声を掛けたのは、黄土色のコートを纏った長身の男だった。頭には中心が前後に凹んだ中折れのハットを深く被り、目元には真っ黒のサングラスを掛けていて人相は殆どわからない。
ハンチングは黄土色のコートを足先からじろりと睨め回した。
体格は細めだが、肩幅はがっちりとしていて力強い印象を与えている。ベルトの閉じられたトレンチコートの裾からは会社員が穿くような黒いスラックスが覗いているが、それ以上のことは窺い知れない。
「あんたか」
サクラメント市郊外。カリフォルニアを潤す大河川サクラメント川の支流にあたる川の畔で、ベンチに座るハンチングは後ろから声を掛けてきた黄土色のコートにそう返答した。
「こちら、失礼します」
柔らかな物腰で、黄土色のコートはハンチングの隣に腰を下ろした。
川辺を背に座る二人の目の前には、視界を横切るようにイチョウ並木が聳え、連なっていた。見上げるほどに伸びた幹の端々から、サンシャインイエローの扇がはらはらと冷たい風に吹かれて落ちていく。
向こうの広場では、赤い落ち葉を蹴って遊ぶ子供たちがいた。
「早速ですが、仕事を」
黄土色のコートが、子供たちを見ながらそう切り出した。
「もちろんだ。あんたと寄り添って黄葉なんか見る趣味はねえよ」
ハンチングが粗暴に答える。
それを聞くと黄土色のコートは左腰のポケットから便箋と小切手を取り出した。それを静かにハンチングとの間に置く。
ハンチングは横目でそれらを確認すると、足元の草花を眺める仕草の傍ら自然な挙動で懐にしまった。
どこからかやって来たリスに胸ポケットから取り出した餌をやって、冷風に凍える振りをしながらハンチングはその場を後にする。
「それを私に頼んだ依頼人からの遺言です。〝住所は便箋に記してある。成功報酬は半年後、小切手の裏の口座から〟。伝えましたので、悪しからず」
子供たちが落ち葉を持ち上げて降らせる、という行為できゃあきゃあ騒いでいるのを見たままで、黄土色のコートは姿勢を崩さず仕事を終えた。
「……そうか。ちっと遅いが、まあ額も額だし仕方ねえか」
振り返らないまま歩を遅くして伝言を聞いていたハンチングは、両肩を摩りながら川上のほうへ消えていった。
たっぷり一分ほど寛いで黄土色のコートは立ち上がり、川下のほうへとベンチを後にした。
更に一分が過ぎた。
子供たちは、落ち葉で家を作れないかと議論を始めていた。




