序章 優しい殺し屋の不明な事情
こんにちは。
桜雫あもる です。
今作は前二作『優しい殺し屋の不貞な事情』、『疚しい女子高生の不満な慕情』の続編となる連載小説です。
本来はこの時期に投稿するはずではなかったのですが、ストレス発散と湧きでるアイデアの泉に栓をすることができず、結局投稿することにしました。
前二作は短編でしたが、今回はかなり長くなります。作り込んでいた設定や内容を、どどんと放出するつもりです。
それでは、目眩く図書の世界をご堪能あれ。
僕はHLuKi。
殺し屋だ。
深夜の一時。一時二分と四十秒。
辺りに人は見当たらない。薄暗い路地に灯りはなく、雨も霧もない。ここ数ブロックの人家は既に寝静まっていて、石造りの壁は音を通さない。標的を仕留めるのに、周囲の環境は申し分ない。
標的がここを通る予定時刻まであと十分以上、下準備が意外に早く終わったから時間に余裕が出てしまった。
声に出さずにこんなことを考えていると、あの独白文書を思い出す。
あれからもう一年だ。
去年の今ごろ、僕は自宅のパソコンにある独白を認めた。僕の最愛の姪に宛てた、遺書も兼ねた独白だ。
あれからまだ、命の大切さをあの子に伝えられるいい方法は思いつかない。
あの子は高校二年になった。親友のアミちゃんとはクラスが離れちゃったみたいで残念がっていたけど、新しいお友達はたくさんできたらしい。お昼や登下校はアミちゃんと一緒だから、二人の関係に代わりはないようだ。
夕食の席で最近よく一人の男子生徒の名前が出てくるのが唯一気がかりといえば気がかりだが、過保護なのはいけない。あの子のことだ、心配はいらないだろう。あの子は僕よりも気丈だ。
僕はあの子を信頼している。
二年になって新しく入った部活動でも、楽しくやっていると言っていた。
なんだったかな。たしか、雑誌部だ。どうも、去年ごろから同人小説を書いたりイラストを描くのにはまったらしい。
いつかあの子の書いた文章を読んでみたいものだ。
ただ、やはり作家やイラストレーターになりたいというわけではないらしい。
この間進路の話をしてみると、久しぶりにあの子は真剣な表情で俯いて、一言「まだわからない」と呟いた。
なにか決意を噛みしめるようなあの表情を見て、僕は心から安心した。あの子ならなんだって、なりたいものになれるだろう。
そんな精根と力が、あの子にはある。
──と、時間は大丈夫だろうか。
……うん、まだ時間はある。もう一度、積まれた木箱の物陰から辺りを窺う。
何も変わりはない。人の気配もない。空を見上げて天候を確認し、頭のなかで仕事の手順を繰り返す。
僕がこんな仕事をしていると知ったら、あの子はどう思うだろうか。
手のなかにブッシュナイフの重みを感じながら、また熟考する。
あの子は人を殺す僕を見て、何を思うだろうか。
僕のブッシュナイフを見て、どう思うだろうか。
あの子を引き取ってから、幾度となく自問してきたことだった。答えはまだ出ない。
あの文書を残してからだって、僕は十四人の悪人を殺してきた。そのうち一人は、あの子のいる日本でだ。
悔やみながら悩みながら、僕は涙も流さずにナイフを振るってきた。
今日だってきっとそうなるだろう。
今日の仕事といえば、どこか妙なところがある。
気にも留めないようなことだけど、今回僕の周りに掃除屋は待機していない。
ここはカリフォルニア郊外だ。
僕の所属する会社「RedRum」本社の目と鼻の先だというのに、掃除屋は派遣されなかった。海外や僻地ではままある話だが、こういう例は聞いたことがない。
それに、目標のプロフィールも───おっと。
目標だ。
壁と木箱の間から、一人の青年が通路を曲がってきたのを視認する。
あらかじめ記憶しておいた容貌と、その青年とを見比べる──本人に間違いない。背格好や顔立ち、髪を細かに観察し、断定する。
それにしても、若い。
すらっと高い身長に、若々しく短い金髪が揺れるのが暗がりに映る。
たしか、ハイスクールを卒業して間もないはずだ。
……ああ、僕はまた殺さなくちゃならない。
未来あるアメリカの青年を、この手で。
どうにか、助けられる手立てはないか。
なんとか、殺さずには済まないか。
身を低く屈め、突起の少ない靴底で石畳の表面を蹴った。
音もなく、静まりかえった夜の路地裏を殺し屋が駆ける。
青年の背が近づく。近づく。
秋の星座を背負う無辜の青年の背後を捉える。
───ああ。
なにか、この未来ある青年を助ける手立




