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本当の死神

 体が重い。鉛の様だ。

 まぶたも重い。なんとか開けると、眩しい光が目を指して、顔をしかめる。

「っ?」

 眩しいと感じる。

 おかしい。

 自分は死んだはずだ。

「天国か?」

 朦朧とした意識の中で、呆然と呟く。

 どうやら、自分は寝かされているらしい。

 見覚えのない天井だ。

 ふと、お腹の辺りに重量を感じて視線を下ろす。

 そこには、ベットの隣の椅子から、倒れる様に眠ってしまったらしいトートが寝息を立てていた。

「ある意味、天国か・・・・・・」

 重たい手を伸ばして、トートの髪を撫でる。

 すると、トートはさっと起き上がって、腰のナイフを抜いていた。

「うわぁ、待った待った!」

 首元にナイフを突き付けられて、慌てて両の手を振る。

 すると、自分でも驚いた様にトートはナイフを引っ込めていた。そして、何よりも彼の様子に驚く。

「シグっ、起きたのっ!」

 それに、シグは照れたように頬をかいた。

「ああ。恥ずかしながら、戻ってまいりました・・・・・・」

 それを皮切りに、トートは泣きそうな顔になって、ついに我慢できなくなったのか、シグに抱きついて泣いていた。

 すると、それを見越したかのように、ぞろぞろと部屋の中に人が入って来た。

「お、やっと起きたのか車長」「いえ、無事でなによりです」「ふむ。しかし、いきなりイチャつくとはな」「ずるいですよー」

 順番に入って来たフィリップ、バルト、マリナ、マグダの姿に、シグはどこか懐かしさを覚えた。

「・・・・・・俺、どうなったんだ?」

 呆然と問うシグに、バルトが水さしから水を注いだコップを差し出しながら応える。

「なんとか助かったんですよ」

「けど、あの出血じゃすぐに輸血でもしなきゃ無理だったんじゃ・・・・・・」

 コップを受け取りながら、シグは疑問を口にする。

 それには、フィリップがやれやれと言った様子で応えていた。

「あの後、ゴルシコフの部隊を叩く為の味方部隊がやって来たんだよ。どうやら司令部も敵さんの目的が奇襲だって事に気がついたらしくてな。そんで、車長は運良くその部隊の衛生部隊に助けられたって訳だ」

「本当に幸運体質ですよね」

 バルトさえ肩をすくめてみせる。

 そう言えば、シグはトート以外に自分が本当は不運体質だったのだと、伝えてない事をぼんやりと思い出した。

「街はどうなったんだ?」

 水を口にしながらシグが問うと、マグダが元気いっぱい応える。

「皆さん無事ですよ。今は軍が進駐して警備してます。シグさんの回復を待つ間、自分達もここに置いてもらってるんですよ」

「ああ、ここ街なのか・・・・・・」

「そりゃそうだろ。重傷患者そうそう動かせるかよ」

 確かにフィリップの言う通りだった。

 窓から覗くと、街の中には歩いている人も見える。

 こちらも少しずつ日常を取り戻しつつあるようだ。

「そんで、なんでみんなはここに?」

 それには一同顔を見合わせていた。

 そして、マリナが口を開く。

「我々は勝手に動いたからな。だから司令に形だけ怒られて、それで大いに褒められて、恩賞がわりにお前の回復までここに置いてくれる事になったんだ。どっちにしろ宙ぶらりんの部隊だから、行く所も無かったしな。街の復興を手伝えて良い休暇になった」

「なんかすみません。いろいろ心配させちゃって」

「気にするな。今回の作戦はお前の活躍が大きいからな。空軍中尉や補給大尉からも手紙が来てるぞ」

 中尉はマルク、大尉はブンゲルトだろう。

「後で読みます」

 そう言って、シグは天井を見上げた。

「まだ、疲れているだろう。ほら、トートもそろそろ離れないか」

「そうですよぅ。次は自分の番です」

 そう言って、シグに抱きつこうとするマグダだったが、咄嗟にマリナが襟首を捕まえる。

 トートも涙でぐしゃぐしゃの顔を、シグから上げていた。

「ごめん。まだ疲れてるよね」

 トートはそう言って、シグから離れようとする。

 そこへ、シグは小さく呟いていた。

「・・・・・・俺は、軍を辞める」

 驚いてトートはその顔を見つめ返すも、シグは穏やかな表情をしていた。

 しかし、トートにも合点がいった。

 シグが不運体質と分かった今では、きっと軍にいれば良くない事が起こるのは、間違いないのだ。

「そう、だね・・・・・・」

 トートはそう頷くも、複雑な表情をしていた。

「けど、また会えるよね?」

 すると、まるで何かの希望の様にトートが問う。

それに、シグは静かに頷いていた。

「いつになるかわからないけど。会いに行くよ」


 何日かすると、シグの胸の傷もふさがり、日常生活には困らないぐらい動けるようになっていた。

 とりあえず、ヴォルフに乗って街から引きあげ、補給拠点へと戻ってきていた。

 しかし、戻って来て早々、司令官より呼び出される。

「配属が決まったのかもな」

「何を言ってるんですか・・・・・・。怒られるんですよ、部隊を勝手に動かしたから」

「分かってるよバルト。けど、そこで俺は軍を辞めさせてもらう」

「・・・・・・いよいよですか」

「驚かないのか?」

「ええ。車長が戦争に懲りてるのは承知してましたから。けど、辞めてどうするつもりですか?」

「そうだな・・・・・・。車の修理屋でも始めるかな」

 そんな冗談を言いながら、シグは司令官のいる大型テントへと向かった。

「ジークムント・ディートリッヒ少尉、入ります」

 シグがテントへ入ると、いつものように安っぽい即席の執務机を前に腰掛ける司令官の姿があった。

「良く帰って来てくれた少尉。怪我は大丈夫かね?」

「はい。医者からもお墨付きをもらいました。で、お話しとは?」

 シグがそうおどけて聞くと、司令官はふむと唸って机の上の一枚の書類を手にした。

「君はこの度、複数の部隊と結託して、勝手に敵の部隊へと強襲をかけたね」

「はい。その通りです。その全ての責任はこの自分に―――」

「いや、咎めるつもりはない。むしろ、敵の奇襲作戦を頓挫させた君の行動は本国で大公殿下の耳にも入り称賛の声が上がっているよ」

「え? は、はあ・・・・・・」

「君の昇進もすでに決定されているほどだ。そこで、君に新しい任務を命じる」

 そう言って、司令官は手にした書類をシグへと差し出す。

「君も知っているだろう? 我が国で戦車の開発を行っているクリッツェン社を」

「は、はい。バウアー社とライバル関係にある会社ですよね。確か戦前から自動車開発に定評があり、大公殿下にも気に入られている聞きますが・・・・・・」

「そうだ。そこがこの度、新しく作った試作重戦車の実地試験を願い出て来てね」

「試作、重戦車・・・・・・?」

 その言葉に、シグに嫌な予感がよぎる。

 確か、クリッツェン社はバウアー社と次期主力重戦車で競っていたはずだ。大公殿下からも信頼されるほどの実績を持つクリッツェン社だったが、試作車両のテストではさんざんな結果だったらしい。それで結局採用されたのは、バウアー社の重戦車であり、クリッツェン社のものは不採用になったはずだった。

「それが、実地試験を・・・・・・?」

 シグには意味がわからなかったが、司令官はにこやかに言葉を紡ぎ続けていた。

「丁度、そのための試験部隊を編成する所だったんだ。今回の働きを聞いて、ぜひ君たちに任せたいとクリッツェン社の方から言われてね。丁度、所属のない君達は打ってつけだったと言う訳だ」

 それを聞いて、シグの背中に嫌な汗がどっと溢れた。

「いえ、あの、自分は今回の責任を取って、ですね―――」

 シグは慌てて口を挟もうとする。

しかし、司令官は問答無用で言葉を紡いでいた。

「クリッツェン社はぜひ君達に任せたいと言っているんだ。大公殿下もこの戦車には大変な期待をかけている」

 そして、司令官はにっこり笑って、しかし冷徹に言い放つ。

「―――これは命令だ。ディートリッヒ大尉」

 この瞬間、シグには今回の作戦で自分が死ななかった理由が分かった気がした。

 神様から睨まれた不運体質の自分は、きっと今から本当の絶望を味わうのだ。

 シグは、自分の目の前が真っ暗になって行くのを感じた。

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