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表と裏

 朝の村は静かで、太陽の日差しを浴びて、薄っすらと霧が立ち上っていた。

 寝不足の顔を、シグは冷たい井戸水の水で洗う。

すると、そこへ水を汲みに来た村の少年に出合った。

「おはよう」

 声をかけて見るが、ぶすっとした不機嫌な表情をされただけで、無視されてしまった。

 淡々と水を鍋に汲んでいく少年の姿に、シグは自分達があまり良い印象ではないのだと思い知る。幾ら対価を払っているとはいえ、突然来てあらゆる日用品を徴用したのだから、迷惑でしかないだろう。

 シグは取り繕う様に声をかける。

「水持ってくなら手伝おうか」

 しかし、少年の方はシグの事を一瞥しただけで、すでに鍋を抱えようとしていた。

 シグは慌ててポケットからコインを出す。

「じ、じゃあ賭けをしよう。表だったら俺がその水を持ってくの手伝う。裏だったら俺は大人しく納屋へ戻る」

 すると、渋々だが付き合ってやるか、と言う具合に少年はシグへと視線を向ける。

 シグがコインを放ってキャッチ、腕へ押し付けて少年の顔へと近づけた。

 彼が開くと、コインは表だった。

「じゃ、手伝っても良いかな?」

 すると、少年は睨みつける様な視線をシグへと向けていた。

「おにーさん、これ裏だよ?」

「は?」

「これ、東洋のコインでしょ? これって僕達の使ってるコインと違って、発行年月日の書かれている方が裏なんだよ? 村にくる東洋人の行商人に教わったから間違いないよ」

 確かに、シグの持っているコインは、シグを父親代わりに育ててくれた人が東洋の国の駐留武官であった為に記念で貰ったものだった。

「・・・・・・本当、なのか?」

「うん、本当だよ。僕も貰ったもん。ほら」

 そう言って少年が紐で首にかけていたのは、穴のあいたコインだった。シグの持っているコインとは種類は違うが、同じ様に東洋の文字が書かれている。

「けど、そしたら、俺は今まで―――」

 しかし、そこで声をかけられていた。

「シグ! 準備は出来てるか?」

 その声に振り返ると、マリナがいた。

「街の人間の処刑がいつ行われるかわからん。早めに作戦を開始しようと思うんだが」

「ああ、そうですね・・・・・・」

 呆然としていたシグだったが、パンっと頬を叩いて引きしめ直す。

「みんなを起こしましょう。そして、昨日決めた通りに作戦開始です」

「うむ」

 満足そうに戻って行くマリナの後ろ姿を見送ってから、シグが振り返ると、すでに水汲みの少年の姿はなくなっていた。


 朝の街は薄い朝もやに包まれていた。

 明るいがしっとりとした風が吹き、道端に咲いてる雑草の葉っぱには露が付いている。

 鳥の鳴き声が辺りの森から響き、さわやかな朝であった。

「ナルヴィク、ヴァシリー。交代の時間だ」

「ありがてえ、やっと朝飯か。眠かったぜ」

 村から放射状に広がる道の一つ、森へとつながる道で銃を持って歩哨をしていた二人組に、別の二人組が声をかけていた。

「異常なし、と。これで引き継ぎ完了な」

「おう、ご苦労さん」

 今まで立っていた二人が街の中へ戻って行くと、残された二人組が次の歩哨に立っていた。

「なぁ、聞いたか? 昼には街を出るらしいぜ」

 二人で別々の方向を眺めながら、片方の兵士が口を開いていた。

 もう一人の兵士も、煙草に火をつけながら応える。

「ああ、そうらしいな。いよいよ敵の拠点に攻撃をかけるそうじゃないか。聞いた話によると、敵さんは前戦に戦車を回し過ぎて、後ろががら空きらしい」

「そりゃいい。俺達みたいなのでも活躍できるかもしれないって事だろ? 一当てできれば英雄になれるかもな」

「・・・・・・・・・」

「ん? どうした?」

 返事がない相方が気になって男が振り返ってみると、相方はそこに仰向けで倒れていた。良く見ればその胸からは、細い一本の棒が生えている。

「なっ!」

 男が声を上げて、それを弓矢だと気付いた時には手遅れだった。

 勢いよく飛んできた弓が、男の頭を串刺しにする。男の亡骸は音も無くその場に倒れていた。


「恐ろしいものです・・・・・・」

 一瞬で屍と化した男二人の死体を見下ろして、ヨーゼフがしみじみと呟いていた。

「弓矢とは時代遅れの武器だと思っていましたが、こうして見ると未だに衰えぬ武器でございますな」

 それに、死体を目立たない所へ隠しながら、トートが応える。

「銃はどうやっても音がするから、こういう隠密行動は弓矢の方が優れてるの」

「なるほど。この歳になっても勉強になります」

 しかし、そう言いながらヨーゼフは肩からかけていた短機関銃トートへと渡す。

「しかし、いよいよ敵地でございます。敵兵の数も尋常ではございません。我々では守りきれません故、どうかこちらもご使用ください」

 銃と言えば拳銃しかもっていなかったトートだが、ヨーゼフに言われ、フルオートの可能な短機関銃を受け取る。

 そうして、短機関銃を構えたトートが街へ突入すると、それに続いてヨーゼフを含めた数人の救助班が、街へと突入を開始していた。


 歩哨を交代し休憩になった二人組の帝国兵は、兵隊の臨時宿舎になっている街の学校まで戻って来た。レンガ造りの二階建の大きめの建物で、現在は小さな校庭に食料や修理部品を搭載した数台のトラックが止まっている。

 彼らはその中でも食料を搭載したトラックの前にいる兵へと声をかけていた。

「朝飯はなんだ?」

「ほら」

 そう言って渡されたのは、肉の缶詰とクラッカー数枚だった。

「おいおい。これだけかよ」

「公国はもっといい飯食べてるって話じゃないか。初戦で俺達が負けてたのもこの辺に問題があるんじゃないか」

 二人が不平を洩らすと、食料配給係の兵はキッと二人を睨みつける。

「うるさいうるさい。そう言うお前達みたいなのがいたから、初戦は負けていたんだ! だが、今は我々が押し返しつつあるんだ。つまり食料がどうであれやっていける証拠だろう。分かったら、さっさと行けっ!」

「ちぇっ。これなら捕虜になった方がまだマシな飯が食えそうだぜ」

 二人は不満を漏らしながら、トラックを後にする。

 そして、宿舎になっている学校に戻ろうとした瞬間だった。

 突如として、今まで食料を貰っていたトラックが、背後で木っ端微塵に爆発していた。

「っ!」

 二人は爆風を突っ伏して耐え、呆然と炎上するトラックを見つめていた。

 そして、二人は顔を合わせると、慌てて立ち上がって学校へと走り出す。

 次の瞬間、降り注ぐ榴弾により、校庭のトラックは次々と爆炎に飲まれていった。


 ポンッと言う間抜けな発砲音を立てて射出するT‐16に搭載された迫撃砲。それを操縦席から見上げていたバルトだったが、腕時計を確認すると、即座に大きく手を振って声を張る。

「そろそろ終了しましょう。皆さん乗ってください!」

 バルトがそう言うと、T‐16の周りでも迫撃砲を発砲していた兵達がすぐに迫撃砲を収納する。その兵達がT‐16の荷台に乗りこむのを確認すると、バルトは操縦席に潜りこんで、すぐさまギアを入れていた。

「それでは全速で後退します。ちゃんと掴まっていてくださいね。拾いに行けませんので」

「りょ、了解です」

 バルトがアクセルを踏み込むと、歩兵を乗せたT‐16はその快速で森の中を駆け抜け始めた。


「始まった!」

 街から少し離れた丘上から、伏せて双眼鏡で街の様子を眺めていたシグは、そんな街から黒煙が立ち上るのを確認した。

「バルトさんが成功したんですね」

 同じ様に隣で伏せて双眼鏡を覗きこんでいたマグダが歓喜の声を上げる。

「これで敵の物資は叩けた。もう持久戦は出来ないだろう」

「けど、それって自分達も同じなんじゃないですか?」

「そうだ。しかし、これで敵は街に引きこもるって作戦はとれなくなる。つまりどう言うことか分かるか?」

「囮が通用する、って事ですね」

「良い生徒だ」

 二人はその場から素早く立ち上がると、引き返す様に丘の上へ昇りだす。そこの茂みにはすでに偽装を施されたハーゼが止まっており、マグダは素早く上って行った。

「じゃあ、シグさん。御武運を!」

「任せとけ。生き残るのは得意なんだ!」

 そう言って、シグはハーゼの後ろに隠れる様にして止めてあったヴォルフへと乗りこんでいた。


「何? 物資がやられた?」

 レストランだった建物で、いつものように立派な食事を貪っていたゴルシコフは、部下からの報告を聞いて眉をひそめていた。

「さっきの爆音がそうだったのか?」

「はっ! 恐らく街の西側から砲撃されたものかと。中央の戦車を行かせますか?」

「・・・・・・いや、中央の戦車は他の方向から奇襲を受けても大丈夫なように待機させておけ。北側の戦車の方を向かわせろ」

「はっ。しかし、北側が手薄になるのでは?」

「北側は我が軍の方向だ。わざわざそこから攻めてくるとも思えん。もし攻めてきたとしても中央の戦車で対応できる」

「了解しました」

 部下が去って行くと共に、慌ただしく食事を終わらせたゴルシコフは立ちあがって、レストランを出て行く。その背後には、護衛のアーロンの姿もあった。

「攻めてきたって事は、死神ちゃんもいるかねぇ?」

 相変わらず嬉しそうにするアーロンを一瞥して、ゴルシコフは嫌そうな顔をしていた。


林の陰から街の北口を眺めていたマリナは、北口に仁王像のように待ち構えていた戦車が、唐突に街の中へ引っ込んでいくのを確認した。

「シグの言う通りだったな。攻撃を受けた西側に対して、一番脅威度の低い北側の戦車を向かわせる可能性が高い、か」

「そうでなきゃ、我々がこうまでしてここまで来た意味がありませんよ」

 隣にいた兵士が、そう唇を尖らせる。マリナが彼に視線を向けると、彼の軍服は葉っぱや泥で隅々まで汚れていた。

「そう言うな。なるべく安全に戦闘が出来るなら、汚れるぐらい我慢しろ」

 そう言うマリナも顔まで泥で汚れている。

 マリナの歩兵部隊は街へ侵入する為、戦車がいなくなるであろう北側に展開する必要があった。それには、東側の森の中を隠密行軍するしかなかったのだ。

見つからない様にするためには、道なき森の奥を進んで行くしかなかった。

「しかし、これで街へは安全に侵入できそうだ。ライフル、用意!」

 ライフル銃を手にした歩兵が茂みに横一列に並ぶ。

 そして、マリナは腰から剣を抜いて、指示を下していた。

「撃ていっ!」

 パパパパンっと同時に放たれたライフルの弾が、北側の歩哨達を容赦なく射抜く。


「撃てッ!」

 シグが怒鳴ると共に、ヴォルフの主砲は火を噴く。

 走りながらだった為、砲弾は何も無い街道に穴を掘っただけであった。

 しかし、街の南口で待ち構えていたYA‐3にヴォルフの姿を気付かせるには充分だった。

 YA‐3の主砲は即座にヴォルフへと火を吹いていた。

「左にっ!」

 シグの素早い指示と共にブラウナーがハンドルを切ると、即座にヴォルフは曲がり、そこへYA‐3の砲弾は炸裂していた。

「榴弾装填!」

「おいおい! バルトがいないんだからそんな早くできる訳ないだろう!」

「どうせ抜けない主砲なんて張ったりだ! ゆっくりでも良い。さっさとやれフィリップ!」

「ったく、一人二役は大変なんだからなぁっ!」

 砲塔内を動きまわって次弾装填し、フィリップは再び発砲する。

 本来戦車は走りながら発砲するものではない。逆を言えば、走りながらの発砲はそもそも当てる気などないのだ。

 砲弾は、再びあらぬ方向へ飛んでいき、街の壁を盛大に破壊していた。降り注いだ破片が、付近にいた帝国軍兵たちを直撃する。

 これでYA‐3にヴォルフと言う戦車を、歩兵の脅威と認識させるには充分だった。

 YA‐3は自らが歩兵の壁になろうと、前進を開始する。

「よし、ぐるっと回って退避するぞ!」

 シグがそう怒鳴ると、ブラウナーは街道を横切る様に方向転換。

 そのまま、背を向けて逃げだして行く。

 すると、それを追撃しようとYA‐3は街道を真っ直ぐ追ってきた。追いつき、停止しては発砲を繰り返しながら追ってくる。

「よし、そろそろいいぞ! マグダ!」


「了解です!」

 蟹の目の様な潜望鏡を覗きながら、マグダは無線機に答えた。

「目標、YA‐3!」

「・・・・・・照準よし!」

 照準器を覗きこんでいた砲手は、引き金に手をかける。

 そして、マグダはヴォルフを狙う為に停車したYA‐3を見定めた。

「よし、撃てッ!」

 その号令と共に、轟音と共に砲弾はハーゼより放たれた。砲弾は真っ直ぐにYA‐3へと飛ぶと、それは後部のエンジンルームを貫き、行動不能にしていた。YA‐3は何が起きたかわからず、一時的に動きを完全に止める。

「徹甲弾装填!」

「・・・・・・装填完了!」

「目標、再びYA‐3!」

「・・・・・・照準、よし!」

「撃てッ!」

 新兵だったマグダ達も手慣れてきたもので素早く装填を行うと、次弾が動きを止めたYA‐3を襲う。今度は砲塔を射抜き、内部の弾薬にでも引火したのか、YA‐3は派手に爆発を起こしていた。


「正面の戦車がやられた?」

 街の広場で防御を固める様に歩兵へと指示を出していたゴルシコフだったが、次に飛び込んできたのはそんな報告だった。

「はっ。敵のヴォルフを追撃した所、敵の砲兵から攻撃を受けたらしく・・・・・・」

「で、敵の砲兵の位置は分かったんだろうな?」

「え、ええ。丘の上に展開してるものかと」

「では、この戦車を回す。旧式のヴォルフは相手にしなくて良い。歩兵と共に丘を取り戻せ」

「了解!」

 中央の広場に置かれていたYA‐3は歩兵をその車体の上に乗せると、即座に南へと向かった。

 しかし、次に走ってきた通信士が報告したのは予期せぬものだった。

「閣下! 北口より敵の歩兵が侵入!」

「なに? 北口の守りは突破されたのか?」

「すでに街の中に入り込まれたそうです! 現在、こちらの歩兵部隊を展開し、交戦中!」

 そこで、ゴルシコフは考え込んだ。

「今、展開してる敵の部隊はそれだけか?」

「はい。北の歩兵と南の戦車のみです」

「やはり西側の砲撃は囮だったか。ならば、東西に展開した戦車を北へ展開させろ」

「はっ。しかし、南側は宜しいので?」

「戦車一台だけで襲撃してくると言うのはそもそもおかしい。奴らの得意とする電撃戦は複数の戦車で行うものなんだからな。ならば、明らかに南側のは囮だ。囮となれば、それほどの戦力ではないと言う事だ」

「なるほど。では、東西の戦車にはそう伝えます」

 通信士が去って行くと、ゴルシコフは忌々し気に歯ぎしりをする。

「もしや、敵は予想以上に小規模な部隊なのか? だとしたら、これほどの損害を被るとは。今に見ていろ!」

 ゴルシコフは方をいからせおもむろに歩き出した。

「おいおい。どこ行くんだ?」

 アーロンは慌ててついて行こうとしたが、ゴルシコフはそれを遮る。

「私は一人でも何とかなる。お前は好きにしろ」

 すると、アーロンはその指示ににやりと笑っていた。

「じゃ、好きにさせてもらうとしますか」


『お嬢様。東西の戦車が北に向かいつつあります』

「そうか。それは絶体絶命だな」

 街道で崩れたレンガや自動車を盾にしながら銃撃戦を繰り広げるマリナは、そう笑っていた。

『真剣に考えておられですか? 死んでしまうかもしれないのでございますよ?』

「それも良いかもしれん。貴族のお嬢様のまま死ぬより、有意義だと思わんか?」

『思いません。人は死んで何かになるよりも、生きて何かをなした方がよほど価値がございます』

「ふふ、さすがだなヨーゼフ。ならば、私も生きて何かを成すとしよう」

 そう言って、マリナは手榴弾のピンを外す。

「機関銃、援護しろ!」

 彼女はそう怒鳴りながら手榴弾を放る。そして、爆発が起こると共に、兵達と一斉に突撃する。機関銃弾が入り乱れる中、マリナは向かってきた敵兵をなぎ倒して通りを一気に駆け抜けた。

 そして、出たのは、大きな建物立つ比較的大きい通り。

 そう、ここは北ではなく、東側の市役所の前だった。

 実は、マリナは部隊を大きいものと小さいものに別け、大きいものを北の街道に展開させ囮にすると、小さいもので作戦司令部になっている市役所を襲撃していたのだ。

 マリナは市役所の辺りにいた身なりの良い軍服の男たちへと容赦なく突撃銃を乱射する。他の兵や後から追い付いて来た機関銃手もそれに続く。

 そして、最後にマリナ達に追いついたのは、対戦車ロケット弾を手にした数人の歩兵だった。

 そう、市役所の前には戦車が展開していた。それが今、ヨーゼフの言う通り北に向かいつつある。そこを奇襲した場合、戦車の後ろをとるのは容易だった。

「撃てッ!」

 マリナがそう命じると、対戦車ロケット弾は煙を吐きながら飛翔した。

 それは後ろを向けたYA‐3に突き刺さると、大きな爆発を起こしていた。


「これで全員ですか? 今から、街を脱出しますよ!」

 教会の聖堂に侵入したトート達の部隊は、街の住民を一同に集めていた。

 彼らは外から聞こえる銃声や爆音に怯えているらしく、兵士がまとめてもざわざわと心配そうにうろたえている。

 すると、兵士の一人に街人の一人が質問する。

「こ、この戦闘の中、どうやって脱出するつもりなんだね?」

「我々の仲間が囮になっていますので、今のうちに安全な通りを脱出します。当然我々が護衛しますのでご安心を」

「そんな事言って、本当に大丈夫なのか? 奴らは戦車も持っているんだぞ?」

「大丈夫です! 我々の仲間がなんとかしますので」

 不安がる街人は後を絶たず、兵士の指示もなかなか伝わらなかった。

「やっぱり難しいのかな」

 トートはその様子を傍から見て不安になってしまったが、気がつけば目の前にちょこんと女の子が立っていた。

「レシアちゃん・・・・・・」

「大丈夫なんだよねお姉ちゃん」

 不安げな表情をするレシアに、トートはしゃがんで微笑む。

「大丈夫。ここに来てくれた人はみんな強い人だから。外でも、みんな頑張ってくれてる」

「なら、私達大丈夫だよね!」

 そう言って、レシアは無理やりに大きく明るい声を出しているようだった。

 それを見て、周りの大人達は顔を見合わせる。

「お姉ちゃんがそう言ってくれるなら、きっと大丈夫なんだよね。レシア、怖くないよ」

 すると、周りの大人達も自分達が怯えているのが恥ずかしくなったのか、素直に兵士の指示に従うようになっていた。

 トートはレシアを見下ろして、呆然とする。

 すると、レシアはやはり不安げな顔をしていた。

「パパがね。お前がしっかりしてれば、周りの大人達もしっかりするからって言ってたの。だから、私が怯えちゃいけないんだよ?」

 そう言ったレシアを、トートは無言で抱きしめていた。

「ごめんね。本当にごめん・・・・・・」

「それでは今から脱出します!」

 兵士がそう声を張る。しかし、次の瞬間、その喉元にはナイフが突き刺さっていた。声を張り上げていた兵士は、喉から血を噴きだしながら絶命する。

「なっ!」

 トートが教会の前の方を振り返ると、そこにはへらへら笑うアーロンの姿があった。

「やっぱりここか、死神ちゃーん!」

 そう言うと、アーロンは腰から拳銃を取り出して、街人達へ向ける。

「さて、どいつから死んでもらおうか?」

 しかし、そこへ風の様にトートが飛んでくる。即座に出された蹴りに、アーロンの拳銃は空高く飛び上がっていた。

「会いたかったぜ?」

 しかし、アーロンはそれも織り込み済みで、反対の手にしていたナイフをトートへと振るう。

 トートも咄嗟に腰のナイフを抜き、それを受け止めていた。

 援護しようと、銃を構える周りの兵士だったが、容赦なくアーロンは別の手のナイフの切っ先を飛ばし、その兵士の胸に突き刺さしていた。

「邪魔すんなよ?」

「くっ! 早く逃げて!」

他の兵士倒れた兵士を支えると、街人達の命の方が危険だと判断し、即座に退避を開始していた。

 教会の中に残されたトートとアーロンはいったん下がって相対する。

「あんまり傷は付けたくないなぁ。たっぷり楽しみたいし」

「くっ! 前回みたいにはいかない。お前はここで始末する!」

 二人は刃を光らせて、再び衝突した。


 南口の正面から、再びYA‐3が飛び出してきた。

「またヴォルフが囮になる。止まった所を射撃してくれ」

 シグはマイクへとそう告げると、即座にヴォルフをYA‐3へと向かわせる。

 ハッチから上半身を出していたシグは、YA‐3の周りに歩兵の姿があるのを見た。

「随伴兵?」

 不審に思ったものの、シグは容赦なく射撃の指示を出す。

「撃てッ!」

 榴弾砲がYA‐3の近くに着弾し、敵兵と土を舞いあげた。

 すると、戦車は停止してヴォルフへと砲撃する。

 砲弾は運良くヴォルフの分厚い砲塔に着弾し、受け止められていた。

「ツイてる! 撃てマグダ!」

 シグが指示を下すと、停車していYA‐3へと砲弾が飛ぶ。

 しかし、砲塔の端を掠めた為、綺麗に弾かれてしまった。

「落ちつていけ。車体を狙うんだ」

 シグはそう言って指示を出し、YA‐3から離れるようにヴォルフを走らせるが、YA‐3の周りにいた歩兵は、しきりに戦車に指示を出しているようだった。

 そして、YA‐3はヴォルフなど眼中にない様に、丘へと走り出す。

「どうしたんだ・・・・・・?」

 まるでハーゼの方向を知っているように突き進むYA‐3の様子に、シグは意味がわからなかった。

 しかし、再び放たれたハーゼの主砲がYA‐3の車体を掠めたのを見て、合点がいった。

 幾ら車体が偽装されていると言っても、砲身から放たれる爆炎は隠す事が出来ない。

それが、丘の上の茂みに見えていたのだ。帝国軍の戦車は視界が悪いので、そう簡単に見えないはずだが、それをカバーする為に歩兵を随伴させていたのだろう。

「マグダ! 場所がばれてるぞ。退避しろ!」

 シグは言いながら、ヴォルフをYA‐3へと向けて走らせる。

 そして、車内にあった軽機関銃を手にすると、ハッチから身を乗り出して乱射していた。

「榴弾装填! フィリップ、機銃も一緒に歩兵に撃ちまくれ!」

 ヴォルフが同軸機銃と共に主砲を発砲し、敵兵を吹き飛ばす。しかし、それに気に咎めることなく、YA‐3はハーゼへ向けて突き進んでいった。


「こっち来るぞ!」

 ハーゼの砲手が照準器を覗いたまま叫ぶも、マグダは動じなかった。

「次弾、徹甲弾装填!」

「ま、まだやるつもりなのか? もう見つかってるんだぞ?」

「いいからっ!」

 マグダに怒鳴られ、砲手兼装填手の彼は次弾を装填する。

 そして、照準器を覗きこんだ。

「目標、YA‐3」

「・・・・・・照準よし」

「撃てッ!」

 ハーゼから放たれた砲弾は、真っ直ぐYA‐3を襲った。

 しかし、砲塔に命中したそれは、防盾に綺麗に後方へと弾かれていた。

「くっ!」

 マグダが悔し気に歯を食いしばるものの、その途端、潜望鏡の向こうでYA‐3が発砲。それは、ハーゼの手前に着弾。榴弾だったらしく、派手に土埃をまき散らしていた。

「おい、逃げようマグダ!」

「そうだよ。もう無理だ! 後退しよう!」

「ダメだよ!」

 砲手と操縦手の言葉に、マグダは首を振る。

「あの戦車をやれるのは私達だけなんだ。私達が逃げたら、みんな死んじゃう!」

「けど、俺達は死ぬかもしれないんだぞッ?」

 そう砲手が怒鳴ると、マグダは立ちあがって砲手席まで来る。

「じゃあヴィム、変わって! 後は私がやる」

「何言ってるんだ、お前・・・・・・」

 ヴィムと呼ばれた砲手は呆然とするが、マグダはヴィムを無理やり退かすと、照準器を覗きこんでいた。

「二人は逃げて。後は私がやるから・・・・・・」

 しかし、ヴィムはやれやれとこめかみを押さえて首を振る。

「馬鹿か! 撃つならまず装填しろ!」

 そう言って、彼は砲の後ろへ回り込むと、徹甲弾を装填する。

「付き合ってやる! さっさと撃て!」

「ありがとう!」

 マグダは照準器をYA‐3に合わせると、容赦なく引き金を引いた。

 今度の砲弾は車体へと命中し、貫通したようだったがYA‐3が止まる事はなかった。恐らく致命傷にはならなかったのだろう。

「くそっ!」

「装填完了!」

 ヴィムはただ淡々と次弾を装填する。

 しかし、照準器を覗くマグダにも刻々と迫るYA‐3の様子が見え、額へと脂汗が浮かぶ。

 注意を引きつける為にシグの乗るヴォルフが榴弾やら機銃やらを撃ち込んで、周りの歩兵を蹴散らしているが、YA‐3はそれに動じることはない。間違いなく、脅威になるのはハーゼだと分かっている。

 照準に入ったYA‐3を、躊躇いなくマグダは撃つ。

 しかし、今度は車体の上部を掠めて弾かれていた。

「くそっ! どうして!」

 悔しさともどかしさで涙が溢れるも、マグダは怒鳴る。

すると、唐突にヴィムがマグダの手を引いていた。

「もう、限界だ! 逃げるぞっ! ロビンも脱出!」

 そう言って、ヴィムはマグダの手を引いてハーゼの戦闘室を飛び出す。それに続いて、前の操縦席からロビンと言われた操縦手も飛び出してきた。三人は全力でハーゼの後方へと走る。

 そして次の瞬間、YA‐3の主砲が火を吹くと、榴弾がハーゼへと命中。戦闘室の弾薬に誘爆を起こし、一瞬で大爆発を起こしていた。

 爆風を受けて、マグダ、ヴィム、ロビンの三人は平原へ投げ出される。

 草原へと仰向けで横たわるマグダは、空を仰いで涙を流していた。

「これじゃ、もう・・・・・・」


「市役所は占拠した! そっちはどうだバルト?」

 銃撃戦が繰り広げられる市役所の中、マリナは通信機へと怒鳴る。

「街の人間は回収できたのか? 出来たならそろそろ脱出させてもらうぞ?」

 しかし、通信機から返ってきたのは歯切れの悪いバルトの声だった。

『それが、・・・・・・家の上に作られた機銃座が危険で。今、迂回路を探してるそうです。・・・・・・まだ合流できてません』

「そんなもの、迫撃砲で破壊すればいいだろう?」

『迫撃砲は制圧用の兵器です。周りへの被害があるので、味方が入り乱れてる所ではそうそう使えないんです』

「くっ、そうか・・・・・・。しかし、なるべく早くしてくれよ。幾ら囮とは言え、そろそろ私達も持ちそうもないからな・・・・・・」

 そう言って、マリナが市役所の二階の窓から顔を覗かせると、丁度中央広場の方から戦車が戻ってくるのが見えた。

 北に言っていた戦車が戻って来たのだ。

「もう、対戦車ロケット弾もない。奴が来る前に退避しないと、我々は八方ふさがりだ」

『わ、わかりました。なんとかしてみましょう・・・・・・』

 通信機が切れると、マリナは薄く笑っていた。

「ここまでかもしれんな・・・・・・」


 街人を誘導して、兵士は走っていた。

「くそっ。こっちも機銃座がある!」

 機銃座を見つけると、すぐに引っ込んで街人達を別の道に誘導させる。

「もう行く道がない・・・・・・」

 すると、そこへ通信機を担いできた兵士が走って来た。

「分隊長、バルトさんからです」

 分隊長と呼ばれた兵士が受話器を受け取ると、バルトの声が飛んできた。

『今、どの辺にいますか?』

「中央広場の細い通りです。正確な場所は分かりませんが、西には近づいていると思います」

『そうですか。では、適当にこちらが囮になります。突破してください』

 バルトの言葉に、分隊長は一瞬意味がわからなかった。

「どう言う事ですか? T‐16で街人を回収して運ぶ予定では?」

『回収するまでが困難になったので予定を変えます。T‐16は囮になりなります。真っ直ぐ西側へ逃げてください』

「・・・・・・しかし、防弾性能の低いT‐16では―――」

『しかし、そうするしかないのです。良いですね?』

 有無を言わせぬバルトの声に、分隊長は俯いた。

「分かりました。駆け抜けます」


「それでは、行きますよ」

 エンジンをかけたT‐16の上には、今まで迫撃砲を操作していた兵士達が機関銃や突撃銃を手にして乗っていた。

 そして、バルトがエンジンを踏み込むと、T‐16は勢い良く森の茂みから現れ、一気に西口から突入した。

 機関銃と副砲を乱射しながらT‐16は一気に駆け抜ける。

 そこへ、家々の上に乗っていた機銃座から一斉に銃弾がばらまかれた。

 上に乗っていた兵士達は次々と倒れ、無残に散って行く。

 そして、対戦車ライフルにより履帯を貫かれたT‐16は蛇行して、家に衝突して停車していた。

 バルトは軽機関銃を手にすると、操縦室から乗りだして家の上の機銃座へ乱射する。

 何人か負傷させたものの、撃ち返された機関銃が、肩を射抜いていた。

「くっ」

 一度、操縦席に引っ込んで肩を押さえる。動脈でもやられたのか、思ったより出血が多い。

「再び妻に会うまで、死にませんよ・・・・・・」


 教会の鐘楼から街の様子を見ていたヨーゼフには、明らかに戦局が不利になった事が分かった。奇襲により前半は押していたが、やはり物量の差によりじわじわと追い詰められていく。

 ヨーゼフは少しでも状況を打破しようと、ライフル銃で屋根に立つ敵の見張り兵を射抜いていた。

 撃たれた兵士は倒れて、屋根から落ちていく。

 しかし、銃声で気がつかれたのか、別の屋根の上の機銃座がこちらへと向いていた。

「くっ」

 ヨーゼフが柱の一つに隠れると、次の瞬間、柱は親の仇の様に機関銃に削れられる。

 その破片を浴びながら、ヨーゼフはある音を聞いた。

 それは、遠くから響くエンジン音。


 ハーゼを撃破したYA‐3が、今度の標的をヴォルフにするのは必然だった。

 ヴォルフは危険度こそないものの、うるさいハエの様なもの。

 方向転換したYA‐3は容赦なく砲弾をヴォルフへと浴びせてきた。

 砲弾はヴォルフの車体を掠めただけだったものの、ヴォルフには対抗する手段はない。

「・・・・・・ここまでなのか?」

 ヴォルフのキューポラから、苦虫を噛みしめたかのような表情でシグはYA‐3を睨む。

 しかしその時、遠くから、良く響くエンジン音の様なものが聞こえてきた。

 すると、途端にシグは何か決意した様にハッチから身を乗り出す。

「停車!」

「ええっ! 停車するんですかっ!」

 案の定ブラウナーから絶叫が返って来たが、シグは再び繰り返す。

「停車しろ!」

 すると、さすがのブラウナーも観念した様にヴォルフを停車させていた。

 それに、YA‐3も狙いを定める様に停車。

 ヴォルフとYA‐3は睨みあうかのように対峙していた。

「榴弾装填!」

「してあるって」

「目標、YA‐3」

「・・・・・・照準よし」

 そして、何かを見定める様にシグは号令を下す。

「撃てッ!」

 そして、ヴォルフの主砲から、砲弾が放たれていた。

 それは真っ直ぐにYA‐3に飛び、砲塔へと着弾。

そして次の瞬間、大爆発と共にYA‐3を跡かたも無く噴きとばしていた。

「なっ!」「はっ?」

 それに何よりもそれに驚いたのは、撃った本人であるフィリップとブラウナー。

「んな馬鹿なっ! 榴弾にそんな威力はねえっ!」

 すると、それに涼しい顔をしたシグは、空を見上げて応える。

「当然だろ。榴弾を撃ったのは敵を停車させる囮さ」

 そして、太陽を覆い隠す巨大な影へと敬礼した。

「中尉、良く来てくれました・・・・・・」

 そこには公国軍の漆黒の爆撃機―――クレーエが飛んでいた。


『しかし、良く来れましたね中尉』

 無線機から聞こえてきたシグの声に、マルクは操縦桿を握りながら笑っていた。

「今日あったはずのフライトの予定がキャンセルになってね。暇だったから、来たまでだよ」

『けど、滑走路は?』

「滑走路の管理局にも仲の良い女の子が居てね」

 マルクのその言葉に、シグは無線機の向こうで少し呆れた様な感心した様なため息をついていた。

『しかし、来てくれて助かりました。正直、俺達だけだと最初の奇襲からしりすぼみになると思っていたんで』

 シグは疲れ果てたかのように語った。その言葉に、マルクも肩をすくめるしかない。

「そうとう無謀な賭けに出たもんだ」

『賭けは得意なんです。けど、すみません。爆弾まで使わせてしまって。弾薬代は後から払います』

「いや、それには及ばないよ。良いスポンサーを見つけたんでね」

『スポンサー?』

 すると、マルクは通信士に命じて、機体の後部で機銃を夢中で撃ちまくっていた中年男へと通信を繋ぐ。

「君のキスしたがっていたディートリッヒ君だよ」

「おっ。久しぶりだなシグ」

 シグはその声に聞き覚えがあった。

『ブンゲルトさん? どうしてここにっ?』

「ふははっ! 聞いて驚け。お前から貰った宝くじがなんと一等だったんだ! 六億だぞ、おい!」

 そう言いながら、ブンゲルトは機銃を街中へ撃ちまくる。

 空からの一方的な射撃は、容赦のなく機銃座にいた兵達をなぎ倒して行った。

「爆弾の一発や二発安いもんだ! 好きなだけ受け取れ!」

『そりゃありがたい。感謝するよブンゲルトさん』

「そりゃこっちのセリフだ。俺は一夜で大金持ちだ! わはははははっ」

 上機嫌でブンゲルトは機銃をぶっ放す。

「さーて、爆弾があと一発あるんだがどうするよ? ここから見る限りじゃ、戦車は後二台か?」

『あっ! T‐16の方は味方なんだ! YA‐3の方をやってくれ』

「そりゃいけねえ。T‐16の方は敵兵に囲まれつつあるぞ。機銃を好きなだけくれてやる!」

『頼む。あれにはバルトが乗ってるんだ』

 街の東側から低空で侵入したクレーエは、通りにいたYA‐3を容赦なく爆撃。

 そして、T‐16の周りの兵士たちへ機関銃掃射を行った。

 戦車が吹き飛び、大半の歩兵をなぎ倒したため、あっという間に戦局はこちらに傾いた。

「では、敵の戦闘機が飛んでくる前に我々は退避するよ。後は頑張りたまえ」

 マルクはそれだけ言い残すと、爆撃機クレーエは去って行った。


「大丈夫かマグダ」

 撃破されたハーゼの所までヴォルフは戻ってくると、マグダを含むハーゼの乗員を拾って車体に乗せていた。

「大丈夫です。けど、何があったんですか?」

「実は補給拠点にいた時に、空軍中尉を助けた事があってね。その時マリナさん達の事を聞いたんだけど、その時もらったメモに中尉の無線の周波数が書かれてたんだ」

「運が良いんですね。周波数が書かれてるだなんて」

「そうでもないさ。中尉は生粋の女ったらしだから、女性に何か聞かれた時にメモを渡して、どさくさに連絡先も渡せるように裏に周波数を書いておいてたんだよ。それが俺達の役にも立ったってだけさ」

「マメな中尉さんに感謝ですね」

 マグダ達を乗せた戦車は街へと戻る。

 帝国兵が全ての戦車を失った今、ヴォルフは旧式でも帝国兵の脅威である。

 これで、一気に降伏させる事が出来るかもしれない。

「帝国兵に降伏勧告を出せ。無用な戦闘は避けたい」

 シグはマイクにそう指示をしたが、帰って来たのは未だに緊迫した声だった。

『ヨーゼフでございます。シグ様、まずうございます。戦車がもう一台現れました』

 ヨーゼフのその言葉に、シグは耳を疑った。

「どこからッ?」

『街の東側でございます。恐らく爆撃を避けるために森に隠してあったものらしく、偽装を解きながらこちらへ向かってまいります』

「どんな戦車です? YAタイプですか?」

『いえ、YAではございません。大砲がたくさんついている見た事のないタイプの重戦車でございます』

「新型の重戦車・・・・・・? わかりました。俺達はとりあえず西側へ向かいます。―――マリナさん聞こえますか?」

『ああ、聞いていた』

「東側と言う事は市役所に向かう可能性が高いです。すぐに退避して下さい」

『わかった。バルトのT‐16が各坐してるらしいからそちらへ向かおう』

「すみません。よろしくお願いします」

 そして、街の南口に到着すると、一旦戦車を止めた。

「マグダ達は降りろ。後は俺達でやる」

「え? けど、自分達も戦います」

「生身で何が出来る。軽機関銃を貸してやるから、西側に脱出した救助班と合流しろ」

 マグダが不満そうにすると、その隣にいたヴィムが口を挟む。

「けど、この戦車装填手が不足してるんじゃないですか? ならマグダを連れてってやってください」

「マグダを? しかし、危険過ぎる」

「このまま戦場を突っ切って味方の所まで走ってくのも充分危険です。むしろこいつは女ですから、体力的に足手まといです。そっちで連れて行って下さい」

「しかし・・・・・・」

 シグは言葉を濁すが、マグダが詰め寄って来た。

「お願いします。自分、必死で装填しますから!」

 すると、シグはヴィムへ視線を向ける。

「いいのか? 重戦車に挑むって事は、危険なんだぞ?」

「大丈夫です。シグさんは強運の持ち主だと聞きましたから、マグダもその方が安全です」

 ヴィムの真っ直ぐな視線に、何かを悟った様にシグは頷く。

「分かった。そっちのハッチから入れマグダ」

 そう言いながら、シグは軽機関銃をヴィムとロビンに渡す。マグダは言われた通り、砲塔右側のハッチから装填手席に滑り込んでいた。

 二人を下ろすと、ヴォルフは街の中心へと向かう。

「お前も不器用だな」

 ロビンが呆れたようにヴィムに言う。

「うるせえ」

 ぽかんっとロビンの頭をヴィムが小突いていた。


「なに戦車が爆撃機に全部やられたッ?」

 通信で報告を聞いたゴルシコフは、頭に血が上るのを感じた。

「対空射撃は何をしていた!」

『申し訳ありません。こちらの一台は街から離れていましたし、あっという間でしたので・・・・・・』

「言い訳は良い。その爆撃機はどうしたのだ」

『既に去りました。後から増援の爆撃機が来る気配もありません』

「よろしい。なら、残りの公国軍はこの重戦車SFGが叩いてくれる!」

 そう言って、ゴルシコフはハッチから身を乗り出す。

 街の入口のバリケードを押しつぶして無理やり街に入って行くのは、巨大な車体に多数の大砲を持ったまさに重戦車を体現した様な戦車―――SFG。

 設計者であるステファン・フィセンコ・グシンスキー王子より名前をとられたその重戦車は、街中の自動車を軽く押しつぶしながら街の中へ進む。そして、手始めに市役所へと主砲の122ミリ砲を放つ。榴弾がさく裂し、市役所の建物へと大きな穴をあけていた。

 そして、車体周りの37ミリ戦車砲と重機関銃砲塔が火を吹いて、辺りは地獄の様な様相を呈していた。


 シグのヴォルフが駆け付けて見ると、街の東側からやってくる重戦車は辺りのものを問答無用で破壊しながら突き進んできた。

 そして、シグはその戦車の砲塔から一人の男が身を乗り出しているのを見つけた。太った如何にも偉そうな男は、恐らくトートから聞いたゴルシコフとか言う男だろう。

「まさに親玉か。榴弾装填!」

「・・・・・・装填完了!」

「目標、敵重戦車!」

「・・・・・・照準よし」

「撃てッ!」

 ヴォルフが放った榴弾は、SFGの手前へと炸裂する。それは、ヴォルフの姿を気がつかせるのには充分だった。

 SFGは停車して、主砲をヴォルフへと向ける。

「エンジン全開! 南に行け」

 シグが怒鳴ると、ヴォルフは向きを変え、即座に街の南へ戻り始めた。

 今までいた所に、122ミリの榴弾が炸裂する。砂埃を被りながら、ヴォルフは駆け抜ける。

「追えっ! まずはあの戦車から潰してくれるッ!」

 ゴルシコフが命じると、巨体を唸らせSFGはヴォルフを意外なまでの快速で追う。

 巨体にも相まって、それはまるで壁がヴォルフを追ってくるようだった。

 SFGは中央広場で方向転換すると、一気にヴォルフに迫って来た。

「速いな! そこの通りへ逃げ込め!」

 シグが命じると、素早く旋回して、ヴォルフは小道へ逃げ込む。今度は37ミリ砲と重機関銃が雨の様に飛んできて、角にあった家をハチの巣にしていた。

「なんちゅー火力だ! まともにやり合えるのかよ車長ッ?」

 フィリップが取り乱した様に叫ぶ。

「くそっ、何か攻略する方法はないのか・・・・・・?」

 シグもじれったそうに頭を巡らせた。

「もう対戦車火器がない。あれだけでかい重戦車を攻略するには・・・・・・」

 しかし、不意にマグダが疑問を口にする。

「あんな大きな戦車、どうやって持ってきたんですかね?」

「バカ。そりゃあYA‐3とかと一緒に走って来たに決まってんだろ?」

 何の事も無いようにフィリップが応えるが、マグダはいたって真面目な顔をする。

「けど、あれだけの重戦車ならスピードが遅いはずじゃないですか。そしたら、YAより遅れちゃうと思うんですけど」

 その言葉に、シグはピンと来た。

「そうか。あいつ、あれだけの巨体なのにYA‐3のスピードについていけるんだ」

「え? もしかして、それだけ強力なエンジン積んでるってことですかっ?」

 マグダは驚いた様に言うが、シグはにやりと笑っていた。

「だったら一回り小さいYA‐3はもっと速い戦車になってるよ」

「じゃあ、どうして・・・・・・?」

「簡単な事だ。答えは一つしかない!」

 そう言って、シグはコインを投げる。

 そして、降って来たそれをキャッチして言ってみせた。

「俺達はツイてる。―――徹甲弾装填!」


 ヴォルフを追って、SFGは小道を無理やり突破すると、いつの間にか中央広場へと戻って来ていた。

 すると、そこでヴォルフも待ち構えるかのようにいた。

「良い度胸だ。旧式がっ!」

 ゴルシコフは怒鳴ると、発砲を命じる。

「撃てッ!」

 しかし、途端にヴォルフも目の前を横切る様に走りだす。

 122ミリの榴弾は地面のレンガを粉砕したものの、37ミリ砲はヴォルフの砲塔に命中する。しかし、ヴォルフはほぼ無傷だった。

「なっ!」

 そして、お返しとばかりにヴォルフは主砲を発砲。

 それは呆気ない程簡単にSFGの装甲を貫いた。

「ななな、なぜっ!」

「やっぱりなっ!」

 ゴルシコフが驚愕する中、シグはヴォルフの中でガッツポーズをする。

「それほどまでにでかい戦車が機動力を確保する方法は一つしかない! 一番重量を食う装甲を削ってあるんだ!」

 巨大な戦車というのは、単純に重くなってしまう為、エンジン出力が不足してまず走れない。

 だから、装甲を薄くするのだが、それでは弱くなってしまう為、ある程度の車体の大きさと装甲の厚さで妥協して、戦車と言うものは作られる。

 しかし、このSFGはむりやり砲塔を大量に搭載している。砲塔と言うのは、ただの構造物ではなく大砲と言う機構を搭載している為、ただでさえ重いのだ。それをたくさん取り付ければ、それだけ車体が重くなるわけで、高速で走らせる為には装甲を薄くするしかなかった。

「す、ステファン殿下の設計なのだぞっ!」

 ゴルシコフはそう叫ぶが、恐らくステファンと言う男は戦車と言うものを机上でしか理解していなかったに違いない。机上で求められるのは火力と速力だが、実際の戦場で求められるのは単純に兵士の生存性―――防御力なのだ。

SFGの周りを周回しながら、ヴォルフは容赦なく砲弾を撃ち込んでいく。

 装甲はブリキ缶の様に射抜かれ、エンジンも簡単に炎上する。

「馬鹿なッ、馬鹿なぁッ!」

 取り乱すゴルシコフの周りで、兵士は慌てて脱出して行く。

 しかし、ゴルシコフはヒステリックに叫ぶだけだった。

「この私が、こんな所でッ!」

 そして、最後に叩きこまれた弾丸は、砲塔に命中。

 それは122ミリ榴弾の弾薬庫に命中し、引火した。爆炎はゴルシコフの身体を包みこむと共に、主砲塔を天高く吹き飛ばしていた。


 教会の中、立ち並ぶ柱の一本から、トートは身を乗り出して反対側の柱へと隠れていたアーロンへと短機関銃によって銃撃を加える。

 しかし、全て柱を削るだけで、アーロンにはあたらない。代わりにアーロンから撃ち返して来た拳銃の弾丸は、トートの頬を掠めていた。

「くっ」

 慌てて、トートは再び柱へと隠れる。

「全ての技術において、私は負けてるの・・・・・・?」

 絶句したトートは、再び短機関銃を握り締めていた。

「けど、ここで負ける訳にはいかない」

 そう言って、今度は隣の柱へと一気に走り抜ける。

 すると、走り抜ける後ろへと何発も弾丸が跳ねた。

「くっ」

 最後に柱の向こうへ転がり込むと、即座に短機関銃を構えて撃ち返す。

 しかし、アーロンも全て予測済みの様で、すでに彼の姿はなかった。

「今だ!」

 だが、そこでトートは短機関銃を捨て、一気に勝負に出る。

 再びナイフを手にし、祭壇の方へ駆けると、一気に反対側の柱との間合いを詰めて行く。

 だが、気がつけばアーロンも祭壇の上へと迫っていた。

「やっぱり銃でやり合うのはつまんないよね。たっぷり遊ぼうよ!」

 そう言って振るわれたナイフを、トートは受け止める。

「うっ」

 しかし、それこそトートの待っていた攻撃だった。

 ナイフを受け止めたまましゃがむと、中段蹴りをかます。

 だが、それはぱっとアーロンに掴まれていた。

「しゃがむモーションが無ければ、上出来だったよ死神ちゃん」

「やっ」

 トートがまずいと思った時にはもう遅い。片足を持たれ、バランスを崩したトートを、アーロンは思いっきり投げとばす。

 教会の祭壇に頭をぶつけて、トートは朦朧とした。

 慌てて、落としたナイフを拾おうと手を伸ばしたが、アーロンに蹴り飛ばされていた。

「ここまでだよ死神ちゃーん」

 そう言って、アーロンはトートの元へとしゃがんで、首元にナイフを突き付けていた。

「良く訓練されてる方だけど、俺には及ばないなぁ」

 アーロンは楽しそうに笑っていた。

「さて、動いたら痛いからじっとしててね。それならちょっと痛いだけで済むから」

 アーロンも、トートと同じ工作員だ。だから、トートはアーロンの目を見れば、彼が本気なのは良く分かった。間違いなく、変な気を起こせば殺されるだろう。

 すると容赦なく、アーロンのナイフはトートの腰へと伸びて、腰の装備を切り落とした。

「まずは武器をとりましょうね。危ない危ない」

 そして、次にナイフはトートのお腹に向けられる。

 すると、下からトートのタンクトップの下に入り込んで、その刃先で切り刻んで行った。

「くっ」

 このままじっとしてれば、たぶんアーロンに弄ばれて終わる。

 だから、変な気を起こすよりも、弄ばれた方が安全なのだ。

「うっ」

 服を切り刻まれて、胸があらわになる。楽しそうにするアーロンの息遣いが聞こえる。

 安全だと分かっているはずなのに、悔しい。

 ついこの前までなら、こんなこと悔しくなかったはずなのに。

「なんで・・・・・・」

 胸を触られると、悔しくて涙が出てきて、慌てて顔を背けた。

 嫌がっているのを楽しむようにアーロンは笑う。

 しかし、トートにとって今まで諦め切れたものが、諦められなくなっていた。

「そうか・・・・・・、これが―――」

 これが恋なのか。

 シグへの気持ちは、やっぱり好きだと言うものだったのだ。

 今更わかっても、手遅れだった。

いや、そんな事はない。

だから、彼女は咄嗟に叫んでいた。


ヴォルフが街の西口へ出ると、そこにはボロボロになったマリナの部下達が集まっていた。

 シグは戦車から降りると、すかさず駆け寄ってくる人影があった。

「無事だったか、戦車が出現したと聞いて心配したんだぞ」

 マリナはそう言って満面の笑みを浮かべると、ぽんぽんっとシグの肩を叩いて労う。

「良くやってくれた。私の部下達の被害も、最小限だろう」

「すみません。それでも、何人か部下の方を犠牲にしてしまって」

「うむ・・・・・・。しかし、作戦が成功して、彼らも満足だと思う。それに、この様子ならきちんと本国へ送り返してやれるだろうしな。それに、お前はそんなこと気にするな。全ては部隊を持つ私の責任だ」

 すると、不意にマリナは思い出したように手を引く。

「それより自分の部下の心配をしろ」

 言われて思い出して、連れて来られたところで横たわってる人物の姿に気がつく。

「バルトっ!」

 駆け寄ると、バルトは肩を何十もの包帯で止血されていた。

 しかし、その包帯は真っ赤に染まっている。

「お前・・・・・・」

「そんな顔しないでください、縁起でもない。大丈夫です。こう見えて止まってますから」

「ほ、本当か?」

「ええ。ただ、替えの包帯がないので、同じ包帯を使っているだけです」

「良かった」

 本当に安堵した様子で、シグはしゃがみ込んだ。

「街の人達も助かったんだな」

「ええ。マリナさん達が誘導してくれました」

「うむ。後は残ってる兵をどうかするだけだ。それも、すでに降伏勧告に変えてある。士官達を先に始末してしまったからな。じきに終わるだろう」

「本当に良かったです」

 シグが辺りを見回すと、安堵した様に会話する街の人々、気を抜かず周りを警戒するマリナの部下達、再会を喜ぶマグダ達ハーゼ乗員、と辺りは一段落した雰囲気が満ちていた。

「良かったなトート」

 しかし、呟いてはっとする。

 その本人が、いないではないか。

「マリナさん! トートはッ?」

 立ちあがって掴みかかる様にして聞くも、マリナもうろたえる様にしていた。

「そう言えば、見かけてないな・・・・・・。おい、トートの奴を知らないかッ?」

 すると、部下の一人が慌てた様に駆け寄ってきた。

「自分、救助班の分隊長です。実は、トートさんは教会に残られて・・・・・・」

「残った? どうしてッ?」

 シグが詰め寄ると、分隊長は少し怯えたように応える。

「敵兵が現れたんです。異常に強い。それで、トートさんが・・・・・・」

「何で先に言わなかった!」

 しかし、今更言っても遅いと、シグは走って戦車へと戻っていた。

「エンジン掛けろブラウナー」

「ええー、また行くんですかー?」

 ブラウナーは不平を洩らすが、シグは怖い顔をして言う。

「良いからかけろ!」

 それに驚いて、ブラウナーは慌ててエンジンをかける。

「分隊長、適当に部隊を手配しろ。そしたら、私に続け」

 そう言って、マリナも突撃銃を持って走りだす。

 ヴォルフを先頭に、混合部隊は再び街へと突っ込んでいった。


「助けて、シグうぅ――――ッ!」

 教会内に木霊するトートの叫び。

それに呼応するように、教会の正面が豪快に崩壊する。

 そこから現れたのは、公国軍中戦車ヴォルフ。

 それは、教会に並べられた長椅子を踏みつぶして、祭壇の前まで来て停車する。

 そして、ゆっくり砲身をトートへと覆いかぶさるアーロンへと向けていた。

「そこまでだ! 手を離せ変態野郎!」

 アーロンは振り向いて、忌々し気に顔を歪めた。

「ちっ。まだ何もしてないんだけど」

「喋るな、黙れ。まずそこをどけ」

 そして、遅れて追いついて来たマリナ達歩兵部隊が突入してきた。

「取り囲め!」

 彼女の部隊はあっという間にアーロンを取り囲み、突撃銃やライフルの銃口を向ける。

 やれやれと言った具合でアーロンは立ちあがっていた。

「王子様のご登場か、残念」

 トートにはマリナが駆け寄ると、破けたタンクトップの代わりに、自分のコートをかけていた。

 ヴォルフのハッチを開けて、シグも上半身を乗り出して拳銃を向ける。

「無事でよかったトート」

「うん。ありがとう、シグ」

 そう応えるトートは、頬を赤らめて嬉しそうだった。

 それを見て、アーロンは何かひらめいたかのように不気味に笑う。

「ちょっとちょっと、俺一人にこんなに銃向けなくても良いんじゃないの? 俺持ってるのナイフだけだぜ?」

 そう言って、アーロンは腰のナイフに手を伸ばす。

 はっとして、トートは叫ぶ。

「ダメっ! シグ伏せてっ!」

「は?」

 しかし、それも遅かった。

 次の瞬間、アーロンの腰からナイフが切っ先だけ飛んでいった。

 それはシグの胸に突き刺さると、彼は衝撃にうずくまる。

 そして、アーロンはすぐさま人質にする為に、近くの歩兵に手を伸ばしていた。

 だが、そこにぱんっと弾ける音が響く。

「っ!」

 アーロンは動きを止めて、咄嗟に自らの胸を見た。

 そこには、穴が開いていて、じわりじわりと血が溢れていた。

 アーロンは信じられないと言った様子で、武器を持っていないはずのトートへと視線を向ける。

すると、彼女のベルトのバックルが開き、そこから煙を上げる銃口の様なものが覗いていた。

「・・・・・・ベルトの仕込み銃だ、とっ!」

 ばたりとアーロンが力なくその場に倒れると、辺りは沈黙に包まれた。

 その中で、慌ててトートは戦車をよじ登って、シグの元へと駆け寄る。

「シグ!」

 たぶん大丈夫。

 シグは幸運体質なのだから。

 きっと、コインででもナイフは防いでる。

 そう思っていた。

 戦車の屋根に広がる血だまりを見るまでは―――。

「・・・・・・シグ?」

「ははは・・・・・・、さすが不運体質、だな」

 そう言って、シグは少しだけ起き上がる。

 辺りは騒然となって、すかさずマリナが怒鳴る。

「衛生兵! 早く処置しろ!」

 トートはそんな中、シグの言っている事の意味が分からず、思わず聞き返していた。

「どういうこと、なの・・・・・・?」

 すると、シグは少しだけ笑って、かすれるような声を絞り出す。

「・・・・・・実は俺のコイン、今まで表だと思ってた方が、裏だったんだ。・・・・・・今まで俺は、当てた事なんてなかったんだ。・・・・・・とんでもない勘違いだろ?」

「そんな訳、ないよ・・・・・・。だって宝くじは・・・・・・?」

「あれだって、俺自身は当たった事がないんだ・・・・・・」

「う、嘘だよ! だって、シグは今まで生き残って来たんでしょっ! それは間違いなく幸運だよッ!」

「違うさ・・・・・・。俺の両親は死んで、俺だけ生き残る。親友だけ死んで、俺だけ生き残る。戦友が死んで、俺だけ生き残る。生き残ってる方が、辛いんだ・・・・・・。俺は身をもって、それを知ってるから」

「けど、なんでなの・・・・・・? なんで今、シグが?」

「この作戦がうまくいったから・・・・・・。最後に俺が絶望を味わうとしたら、きっとこういう結末だったんだ・・・・・・。けど―――」

 シグはトートの手を握って呟く。

「みんなに不運が降り注がなくて、良かった・・・・・・」

 そう言って、シグは力なく倒れていった。

 トートが必死になって、シグの身体を持ち上げる。

 しかし、穏やかな顔をして、シグは眠りについていた。

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