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死神の願い

「それで、君は任務に失敗した訳か」

 薄暗い大型テントの中、急ごしらえの執務机の向こうに腰掛ける司令官がそう呟いた。

「いや、別に構わないんだ。私はもともと部外者である君の力で戦局を有利に進めようなどとは思っていなかったからね」

 司令官は明るい声でそう声をかけるも、その前に立つ少女の表情は暗かった。

「申し訳ありません。ゴルシコフは先日の作戦で指揮をしていた人間です。奴を始末できれば、我々の次の作戦まで時間が稼げるはずだったのですが・・・・・・」

「いやいや、情報部の君が気にする事はない。後は我々、現場の軍人の仕事だ」

 司令官はそう言うと、彼女には下がっていいとだけ言っていた。

 それに従って彼女は敬礼を返し、出て行こうとする。

しかし、出口で慌てて入って来た別の兵とぶつかりそうになり、足を止める。

「し、司令! 前線の敵の一個中隊が別行動をはじめました!」

 その兵は通信士らしく、司令官へと一枚の地図を差し出す。

「前線からこの様に西へ、単独行動を始めました。何か目的があるんでしょうか?」

「西へ? いや、重要な拠点はないはずだ。それに、一個中隊程度の規模では奇襲と言う訳でもないだろう」

 そう言って、司令は兵の差し出した地図へと目を通す。

出口でその様子を見ていた彼女だったが、自分には関係ない話だと分かると、踵を返して再び出口へと向かった。

しかし―――。

「―――この先は、このまえゴルシコフがいた街じゃないか・・・・・・」

 その言葉を聞いて、彼女は凍りついたように動きを止めていた。

その間にも、兵が不思議そうに司令に問う。

「どういう事でしょう? 奴らはこの村が重要な拠点だと?」

「いや、そうじゃない・・・・・・」

 司令は深刻そうに呟くと、出口で固まっていた彼女へと声をかける。

「君、この前の任務ではどんな手を使ったのかね?」

「・・・・・・げ、現地のレジスタンスに協力してもらって、ウエイトレスとして潜入していました」

「なるほど。奴め、街ごと焼き払うつもりだな」

 その司令の言葉に、彼女は全身に寒気が走った。

「・・・・・・どう言う、事ですか?」

「ゴルシコフは君を含むレジスタンスに殺されかけて、頭にきたんだろう。しかし、レジスタンスと言うのはその土地の住民たちだ。誰がレジスタンスでそうではないかなどと分けていられない。だから、奴は合理的にこの街ごと焼き払ってしまおうとしているんだろう」

「そんな! 奴を殺そうとしたのは私だけです! 現地の人達は武器すら持っていないのに」

 彼女が司令へと詰め寄るも、司令は考え込む様に唸る。

「まぁ、君の言い文も分かるが、ゴルシコフからすれば自分を殺そうとした者全てが許せないんだろう。しかし、一個中隊を動かすとは、そうとう頭にきているな。ある意味、これなら君の役割は果たせた事になる」

「・・・・・・え?」

「考えても見たまえ。街一つ焦土にするのなら、かなりの時間を要するはずだ。それまで一個中隊が別行動しているとなると、近いうちに敵の大きな作戦はないだろう。時間は稼げたと言う事だ」

 嬉しそうな司令の言葉に、彼女は戦慄した。

「待ってください! じゃあ、街へは助けを出さないのですか・・・・・・?」

「うむ。そもそも村自体は重要な拠点ではない。わざわざ戦力を割く訳にも行かないだろう」

「しかし、村の人達は私に協力してくれただけなんです! どうか助けを―――」

「―――勘違いしているようだが」

 突如言葉を遮った司令は、冷淡に語る。

「情報部である君は部外者だ。だから、私達は君に直接指示を出せない。しかし同時に、君からの願いにもこちらが協力する義理はないんだ」

「・・・・・・・・・」

 正論を突きつけられた彼女は、黙り込んでその場でうつむく。

 険悪になったその場の空気に怯えたのか、地図を持ってきた兵は慌てて敬礼をしてテントを後にしていった。

 そして、その場に残された彼女に、司令は呟く。

「悪く思わないでくれたまえ。戦争に勝つのが我々軍人の仕事なのだ」

 彼女は悔しそうに唇を噛むと、敬礼をして踵を返す。

 しかし、テントから出ようとしたところで、再び声をかけられた。

「―――だが、ここの補給拠点に滞在してる部隊の中には、正規の指揮系統から外れてしまったもの達もいるそうだ。その者たちなら、もしかしたら君に協力してくれるかもしれんね」

 彼女が振り返ると、司令官はやれやれと言った様子で笑っていた。

 彼女は無言でうなずくと、急いで外へと駆けて出して行った。


 回転するコインが空中で太陽と重なり煌めく。

 重力に引かれて落ちてきたそれをキャッチして、彼は自分の腕へと押し付けた。

「―――表」

 彼がそう言って手を開くと、コインは発行年月日の書かれた方―――表をみせていた。

 再び、彼はコインを親指ではじいて空中へ飛ばす。

 コインは回転しながら、太陽の光を浴びてキラキラと輝いた。

 またキャッチして、腕へと押し付ける。

「―――裏」

 手を開くと、今度はコインは花の絵柄の入った方―――裏をみせていた。

 まるでコインが彼の言う事を聞いているかのように、彼はとても強運の持ち主だった。

 だからこそ、彼は若くして戦車を一つ任される車長にまで出世した。

「―――裏」

 さらに、彼の強運はそれだけにとどまらない。

 例え、所属部隊が全滅する様な作戦だったとしても、必ず彼の戦車だけは生き残る。

 まさに、神がかり的な運の持ち主であった。

「―――表」

 しかし、その強運は、今の彼にとっては仇となっていた。

 なぜなら、彼はこうしてコインを弄ぶ毎日を送る事になってしまったのだから。

「車長。一応、そろそろ聞きに言った方が良いんじゃないですか?」

 足元からした声で、彼ははっと我に返る。

 見下ろすと、戦車の操縦席のハッチから、操縦手が眉をひそめてこちらを見上げている。

「幾ら宙ぶらりんになってるからって、このまま何もしないでいるのは・・・・・・」

「そうだなブラウナー。行ってくるよ」

 彼は椅子の様に腰掛けていた戦車の砲塔から立ち上がる。

 そうして、砲塔から伸びたロープにかけられた洗濯ものの下をくぐっていた。


「ジークムント・ディートリッヒ少尉。残念だが、君の配属先はまだ決まっていない」

「・・・・・・いつも通りですね」

「すまないな、少尉。君の不名誉な噂は何とか払拭しようとしているのだが・・・・・・」

「構いません。その分、俺達は長い休養をとれてる訳ですし」

 そう言うと彼は敬礼をして、テントを出て行こうとする。

 しかし、テントを出る前に司令に声をかけられた。

「その休養を、有意義に過ごしてくれたまえ。君達は自由に動ける身なのだから」

「はい? 有意義に?」

 彼はその言葉に首をかしげながらも、テントを出た。

 そして、歩きながらおもむろにコインを投げ、キャッチする。

「―――裏」

 手を開くと、コインは従順にも裏をみせていた。

 配属先が決まらないのと同じで、これもいつも通りの事だった。

 何一つ変わらない毎日の部隊への帰り道。

変わらないはずのテントの立ち並ぶ野営地で、唯一いつもと違う光景を見かけた。

なにやら必死な様子で声をかけている少女の姿がある。

黒いタンクトップに黒いズボン、ごついブーツに腰回りのベルトに装着されたごたごたした装備。軍服ではないが、ここにいると言う事は恐らく軍人なのだろう。しかし、ショートカットの髪の下に覗く顔立ちはまだ幼い。

「すみません。お願いがあるんです」

 彼女はそう言って、近くにいた士官を呼びとめ、何やら話していた。

 しかし、士官の方はそれを聞くと困った様な顔をして、すぐに首を振って立ち去って行く。

「あの、すみません!」

 彼女は見かけた士官に片っ端から声をかけて、何か話しているようだった。

 しかし、士官達が嫌そうな顔をする所をみると、あまり関わらない方が良さそうだった。

 彼はそう思って、少し距離を開けてその脇を通る。

 そして、コインを投げた。

「おっと!」

 しかし、毎日何度も繰り返していると言うのに、そのコインだけは彼の手をすり抜けて地面へと落ちていった。転がったコインは、その黒ずくめの少女の足元へと転がる。

「なんなんだよ、もう・・・・・・」

 彼はやれやれと言った様子で、それを拾った。そして顔を上げると、黒ずくめの少女と目が合う。

「あ、いや、俺はこれを拾いに来ただけで・・・・・・」

「あの、協力して欲しいんです!」

 そう言って少女は、彼のコインを握っていた手を上から握る。

「街を一つ救いたいんです! 部隊を動かしてもらえませんかっ?」

 突然のその必死な様子の懇願に、彼は訳が分からなかった。

「いや、俺はただの戦車長でしかなくて、動かせる部隊とかないんだけど・・・・・・」

「そ、そうなんですか・・・・・・」

 すると、彼女は落ち込んだ様にうつむいていた。

 しかし、握られた手は離してもらえず、彼は解放されない。

「あの、行っても良いかな?」

 彼がそう言って彼女の顔を覗きこむも、ぎょっとした。

 彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていたのだから。

「う、うぅっ」

「うわっ、泣くなって!」

 そうして、彼は辺りを見回す。周りの兵達は、何事かとこちらを遠巻きに眺めている。このままでは、自分が泣かせた事になりかねない。

「わかった。話しだけでも聞くから、こっちへ!」

 そう言って彼は泣きだしそうな少女を引っ張って行った。


「ふぅ。―――俺の名前はジークムント・ディートリッヒ。仲間からはシグって呼ばれてる」

「私はトート」

「トート?」

 それは〈死〉と言う意味のこの国の古い言葉だった。もし、本当に名前でつけられたのだとしたら、親に相当センスがない。

「私、情報部の人間で、それがコードネームなの」

「ああ、そう言うこと」

 シグは納得すると、空いていたマグカップを二つ見つけて、ポットに入っていたコーヒーを注いでいた。

 ここは、兵站部が管理する集積場にある大型テントの中。

 シグは勝手に入りこんで、テーブルに並べられていた備品を使っていた。

「砂糖とミルクは?」

「なくていい」

「へえ、苦いの平気なのか」

 彼は自分のカップに大量にミルクと砂糖を入れてから、何もいれていないブラックの方のカップを彼女へと渡した。

「で、落ち着いた所で、話だけでも聞くけど」

「ごめんなさい。あの時は断られ続けて、ちょっと取り乱して・・・・・・」

「いいよ、気にしないで。・・・・・・俺も暇だからさ」

 シグが苦笑いしてコーヒーに口をつけると、トートも口をつけてから、話し始める。

「私、暗殺を専門にしている工作員なの」

「えっ? あの、そう言うのって、話していいの?」

「うん。コードネームしか名乗ってないし、顔も写真とか残さない限り平気なの」

「そ、そうなんだ。それで?」

「私、今回の任務を失敗してしまって・・・・・・。そしたら、始末するはずだった敵の司令官を怒らせてしまったらしいの。それで、その時協力してもらった街が敵に焼き払われるって聞いて・・・・・・」

「それで、助けてくれる部隊を探してたって訳か。なるほどね。それ聞いた士官が良い顔しない訳だ。けど、そう言うのは司令に頼めば良いんじゃないのか?」

「司令は、自分達は部外者の君の要請では動けないって。けど、正規の指揮系統から外れている部隊がいるから、彼らなら協力してくれるかもって言われて、声をかけてたの」

「ははぁ、正規の指揮系統から外れた部隊、ね・・・・・・。そう言うことか」

「・・・・・・どうしたの?」

「いや。今日、司令に〈休みは有意義に過ごす様に〉とか意味ありげな事言われたから。あれは君に協力するようにって意味だったんだな。直接言えば良いのに、あのタヌキ親父め・・・・・・」

「き、協力してくれるの?」

「ああ。我が第十二戦車大隊、総力を持って協力いたしましょう」

 シグがそう言って胸を張ると、ぱあっと目を輝かせてトートはそれを見つめた。

 しかし、そこへ横槍が入る。

「何が戦車大隊だ。壊滅して、今はお前の乗るヴォルフ一両しかないだろうが」

 声のしたテントの入口を振り返ってみれば、そこにはメガネをかけたメタボ体型の中年男が立っていた。

「また勝手に入りこんでいやがったなディートリッヒ」

「悪いねブンゲルトさん。デート中でね」

「で、デートじゃない!」

 冗談で言ったつもりが、トートが本気で慌てた様子で首を振っていた。見てみれば、顔が真っ赤になっているので、こういう事には慣れていないらしい。

「なに、別にやらしい事までしてないんなら、勝手にたむろってても構わねえよ。そのかわり、また勝たせてくれよな」

「ああ、運の良さだけは当てにしてくれよ」

 しかし、改めてシグがトートに視線を向けると、また暗い表情をしてうつむいていた。

「あはは・・・・・・。やっぱり、戦車一両じゃきついよな」

「ごめんなさい。けど、確かに戦力が足りない。せめて歩兵部隊もいないと」

 すると、自分の執務机につきながら、ブンゲルトが口を挟む。

「なんだ? お前ら歩兵部隊が必要なのか?」

「まぁ、そうなんだけど。ブンゲルトさん何か知ってる? うちみたいに暇な部隊」

 すると、ブンゲルトは手元の帳簿をめくりながら呟く。

「いや、俺も正確には知らないが。なぜかうちの拠点に存在してるはずなのに、武器弾薬をまったく補給しない不思議な歩兵部隊が存在しててな。うちらの間じゃ、お前と同じ様に宙ぶらりんになってる部隊なんじゃないかって噂で―――」

 そう言ってブンゲルトが顔を上げてみれば、すでに二人の姿はなくなっていた。

「やれやれ、若いっていうのは落ち着きがなくていけないな」


「ブンゲルトさんの話だと、ある事は確からしいな」

「そうすれば、街を救えるかもしれない」

「けど、それでも戦車一両と歩兵部隊一つのみ。それでどうにかなるものなのか?」

「大丈夫。相手は中隊らしいけど、指揮官の私情で動いているから。そいつさえ始末出来れば、対して重要な拠点でもない街は焼かれないはず。それなら、援護してくれる部隊がいるだけで充分」

「そうか。じゃあ、ちょっと探してみますか」

 そう言って二人は再び拠点の野営地に戻って来ていた。

 ここは、幾つもの部隊が次の作戦に向けて待機している場所なのだ。

 根気良く声をかけ続ければ、見つかるかもしれない。

 そう思った矢先だった。

「おい! てめえだな、人の女に手ぇ出しやがったのは!」

 そんな怒号と共に、歩いていた二人の足元に一人の男が吹っ飛んできた。

 男が吹っ飛んできた方を見れば、如何にも強面のごついスキンヘッドの兵が仁王立ちしている。

「この俺様の女に手を出すとは良い度胸だ。ほら、立てよ!」

 倒れている男の方は、どうやらパイロットのようで、飛行服にマフラー、ゴーグルを首元に下げている。その男は、頼りなさげによろよろと立ち上がった。

「か、勘違いしないでくれ。先に彼女の方から声をかけてきたんだ。それで、夕飯でもと言う事になって、そのまま一晩を共に―――」

「―――それが問題だって言ってんだろ!」

 そう言って、再びその男は殴られていた。吹っ飛んできた所を、シグとトートが思わず受け止める。シグが覗きこむと、男の顔は無様に腫れていた。

「ち、ちょっと待った! 喧嘩は止せ!」

 シグは一歩前に出ると、スキンヘッドの男の前へと立ちはだかる。

「憲兵がとんでくるぞ。リンチじゃないんだ。こういうのは一回で終わらせようぜ!」

「俺はただ胸糞が悪いんだ。そいつを気が済むまで殴りたいから殴ってるだけだ」

「よし。じゃあ、賭けよう」

 そう言って、シグはポケットからコインを取り出していた。

「あんたが当てたら、こいつを好きなだけ殴る。外れたら、殴らない。どうだ?」

「か、勝手に決めないでくれ!」

 パイロットらしい男は悲鳴の様な声を上げるが、シグは無視してスキンヘッドの男を睨む。

「よし。良いだろう」

 男が頷いた所で、シグはコインを放り投げた。いつもの通りキャッチして、左腕へと押し付ける。

「表か裏か?」

「裏だ」

 それに、シグはにやりと笑って手を開く。

すると、コインはやはり表を向いていた。

「あんたの負けだ!」

「ちっ! そんなこと知るか!」

 すると、スキンヘッドの男は約束を無視して、シグを押しのけ、パイロットへと殴りかかる。

 だが、その前へとトートが立ちはだかっていた。

「逃げろトートっ!」

 シグはそう咄嗟に怒鳴ったが、トートは動じなかった。向かってきた男は容赦なくトートを押しのけようとした。しかし、トートはその腕を取って、瞬時にぐるりとひねり上げる。

「ぎゃあっ」

 すると、悲鳴を上げたのは男の方で、男はその場で倒され地面へとうずくまる。その上に乗って、トートはさらにその腕をひねりあげていた。

「シグとの約束を守らなかったあなたが悪い」

「わ、悪かった! 俺が悪かった! だから離してくれ! 折れちまうよっ!」


「いやあ、助かったよ。俺はマルク・バウアー中尉。マルクで構わないよ。特に、君の様な美しい少女にならそう呼ばれたいね」

 助けたパイロットは、赤くはれた不格好な顔でそう名乗っていた。

 トートは何を言われたのか良くわからなかったのか、首をかしげている。

 シグはこいつ懲りてないのかよと、ため息をつきながら濡れたタオルを渡していた。

「中尉殿は生粋の女ったらしみたいだな」

「いやあ、そう言うつもりはないんだけどね。つい女性には声をかけてしまって」

「それが女ったらしって言うんだって・・・・・・」

 赤くなった頬をタオルで冷やすパイロットを見て、やれやれとシグはため息をつく。

「そうそう。中尉殿は宙ぶらりんになってる部隊って知らないか?」

「ちゅうぶらりん? ああ、どこにも正式な所属が決まってない部隊って事かい?」

 すると、彼はそれなら簡単と言わんばかりに口を開いた。

「そう言えば、どこかに全滅して〈死神〉って呼ばれた戦車だけが残ってる部隊が―――」

「―――ああ、その部隊はいいんだ」

 しかし、そのマルクの言葉はシグに遮られていた。

「俺達は歩兵部隊を探しててね」

「そうなのか。なら、先にそう言ってくれよ。それなら、〈お嬢様の親衛隊〉なんてどうだい?」

その言葉に、「「お嬢様の親衛隊?」」とシグとトートは声を合わせて首をかしげていた。

「ツォーン地方の領主の娘さんが隊長をやっている歩兵部隊があってね。皮肉でそう呼ばれているんだ。しかし、家柄が家柄だけに、戦死なんかされたらその上司への責任が追及されるだろ? だから、どこの部隊も動かせない部隊が存在しているんだ」

「良く知ってるな。そんな事情まで」

「ほら、女性を食事に誘う前にはきちんと情報を調べないとけないだろ。しかし、結局あの時は痛い目を見たけどね・・・・・・」

「やっぱり、生粋の女ったらしだ・・・・・・」

 もはやマルクの行動は、呆れを通り越して関心するしかなかった。

しかし、これで情報は集まった。

「今、その部隊がいる場所とか分かるか?」

「ああ、ちょっと拠点から離れた丘の上に野営してるはずだ。地図を描こう」

 そう言ってマルクは胸ポケットから手帳を取り出すと、破ってペンを走らせていく。

「悪いな、中尉殿」

「いや、構わないよ。君達には大きい借りが出来たからね。いずれ、きちんと返させてもらうさ」

 そう言って、マルクはシグへと手書きの地図を渡していた。


 マルクが書いてくれた地図の通りにくれば、そこは拠点の中心から少し離れた自然の豊かな丘の上だった。

 確かに野営用のテントがちらほら見える。そこには何人かの兵士の姿を見る事も出来たので、やはり歩兵部隊なのだろう。

 二人は、そんなテントの間を通り抜けて、一番奥にあった大きめの四角いテントの前まで来た。

「これはこれは、お客様ですかな」

 その前には軍服にコートを羽織った初老の男性が立っていて、声をかけてきた。

 片メガネを付けており、鼻の下には髭を蓄えている。どことなく、その佇まいは兵士と言うより執事と言う方がしっくりきそうだ。

「ここの隊長さんにお話しがあるんです」

「これは珍しい。お嬢様のお友達ですかな。それとも暗殺者の方でしょうか?」

 その言葉に、びくりと驚いたのはトートの方だった。すると、その老人は笑ってみせる。

「ふふ、冗談でございます。しかし、一応武器は置いて行ってもらえますかな」

 そう言って、老人は木箱を二人の前に差し出していた。

 シグは、腰から拳銃を抜き取ると、それだけを入れる。

 しかし、トートを見れば、腰のポケットのたくさんついたベルトをごっそり外していた。

「それ、全部武器なのか・・・・・・?」

「うん。ナイフとか手榴弾、爆薬とか、拳銃とか。―――それと」

 そう言って、トートはズボンをめくり上げた。すると、足首にもナイフがくくりつけてある。

「これで全部」

 彼女はそう宣言するも、老人はにこやかな顔で首を振っていた。

「そのベルトも」

 その言葉に、トートは顔をしかめていた。老人が指摘したのは彼女のズボンを固定しているベルトである。

「ズボン、脱げる・・・・・・」

「じゃあ、そのようなベルトは使わない事ですな」

そう諭されると、トートは残念そうにズボンからベルトを抜き取っていた。

「何か特殊なベルトなのか?」

 ズボンをずりおちない様に押さええていたトートにシグが問うと、彼女はふて腐れた様子でうなずいていた。

「・・・・・・あのおじいさん、油断できない」

 すると、その老人は木箱を部下らしい兵に渡し、二人をテントの中へと招き入れる。

「では、こちらへ」


 テントの中は、大して他の大型テントと変わらなかった。

 領主の娘が使っていると言うから、てっきり豪華な装飾でもあるのかと思っていただけに、拍子抜けだ。

 そして、奥にはやはり他のテントと同じ様に、簡易的な執務机があり、そこにいるのがその件のお姫様なのだろう。

「くぅ・・・・・・」

 しかし、今そこについている人物は、机に突っ伏して気持ちよさそうに寝息を立てている。二人が呆然としてそれを見ていると、すかさず老人が近づいて行って、声を張り上げていた。

「お嬢様! お客様ですぞっ!」

「ひゃあ!」

 お嬢様と呼ばれた少女は、びくりと起き上がると、何事かと辺りを見回していた。そして、老人を睨んで唇を尖らせる。

「ヨーゼフ! もっと優しく起こしてくれ! 心臓が飛び出るかと思ったぞ!」

「何をおっしゃいますお嬢様。現在は執務中であり、寝る時間ではございません。眠っているお嬢様の方が言語道断でございましょう」

「ぐぬぅ・・・・・・」

 苦虫を噛みしめた様な表情をするその少女は、シグよりも少し年上のようだ。軍服を身につけているが、想像するお嬢様と言った様に美人で、金髪の髪を後ろでまとめている。

「それよりお嬢様。お客様でございます」

「お客? うちなんかの部隊にか?」

 訝し気にしていたお嬢様だが、目の前のシグとトートを見て、目を丸くする。

「客人、なのか?」

「ええ、お話しがあって参りました」

 シグがそう応えると、お嬢様は慌てた様子で執務机の上の書類を片付け始めた。

「こ、コーヒーでいいか? ほら、ヨーゼフ何をしている。二人に椅子を持ってこないか。えーと、空いているカップは・・・・・・」

 そう言って、お嬢様は慌てた様子で、奥の棚から真新しいステンレスのカップを取り出していた。ポットからコーヒーを注ぐも、勢いが良過ぎて盛大にこぼしてしまう。

「わわっ、何か拭くもの!」

 ちょっと慌ただしい様子に、椅子を持ってきたヨーゼフと呼ばれていた老人は苦笑していた。

「申し訳ございません。うちの部隊は訳あって、来客に慣れてないのでございます。ご容赦ください」

 そんなこんなで、二人は執務机を挟み、お嬢様と向かい合う形になっていた。

「私はマリナ・フォン・シュトルブルグ中尉だ。第二百三十七歩兵小隊の隊長をやっている」

「私はトート。情報部の工作員」

「自分はジークムント・ディートリッヒ少尉です。第十二戦車大隊所属の戦車長をやっています」

「なに? じゃあ、君が噂の〈死神〉君か」

 その言葉に、シグは一瞬固まっていた。

 トートはその様子を見て、少し怪訝に思う。

 しかし、シグはすぐに苦笑いを浮かべていた。

「あはは・・・・・・。いや、有名になると大変ですよね」

「ああ、お互いさまにな」

 と、マリナの方も肩をすくめる。

「そんな有名人の君が、私に何の用なのかな?」

 それには、トートが一通りの説明をする。

「なるほど。それで正式な指揮下に入っていないうちの部隊に協力を、と言う訳か」

「申し訳ありません。失礼を承知でお願いしています」

 シグがそう言うと、マリナは片目を閉じて何かを思案する様に唸る。

「ふむ。善良な市民を皆殺しにしようとしている敵を倒すと言うのは、うちの部隊の利点にはならないが、大義があって悪くはない」

 そうして、マリナはコーヒーへと口をつける。

「それに、一司令官を倒すだけならば、いくら中隊規模が相手とは言え、君達の言う通り我々だけでも問題ないだろう」

 そう言って、なかなか乗り気な様子のマリナのようだったが、不意に後ろに控えていたヨーゼフと視線を合わす。

「しかし、問題があるな」

「ええ。その通りでございますお嬢様。そう簡単には我々も動けません」

 すると、それに血相を変えたのはトートだった。

「どうしてっ?」

 彼女は咄嗟に立ち上がる。しかし、途端にベルトを抜いていたズボンがずり落ちた。下着が見えかけた所で、慌ててシグがそれを押さえていた。

 しかし、トートはそんなことを気にすることもなく、声を張り上げる。

「今、動けるのはあなた達だけなんです。あなた達に手伝ってもらえないと、あの街の人達は・・・・・・」

 そう言って口ごもるトートの姿に、マリナも顔をしかめていた。

「私も手伝ってやりたいのは山々だがな。なにぶん私達は正規の指揮系統がない。それがどういう事を意味するかわかるか?」

 その言葉に、トートのズボンを押さえながらも、シグが応えていた。

「指揮系統が決まっていないから、正しい補給が受けられない。特に行動を起こすとしても、その作戦の間に必要な物資も要請する事が出来ない、って事ですね」

 その言葉に、マリナは黙ってうなずいていた。

「目的の街まで行軍するとなると、我々歩兵部隊は何日分の食料が必要だ。それに、戦闘をするとなれば弾薬もな」

 しかしその言葉に、シグはトートのズボンを押さえた格好悪い状態のまま、にやりとした笑みを浮かべていた。

「それは愚問ですね。だったらなんで、あなた方より燃料や修理部品の必要な俺ら戦車隊が協力出来てるとお思いですか?」

 その言葉に、マリナはむっとした様だったが、癖なのか片目を閉じて考える。

「・・・・・・まさか、物資の横流しか?」

 その言葉に、シグは懐から一枚の紙切れを出して答える。

「横流しなんてとんでもない。ちゃんと買えばいいんですよ」


 目の前のメンツの姿に、ブンゲルトは我が目を疑った。

「なんだなんだ? 今日はだいぶ大勢くるな」

 執務机で老眼鏡をはずしたブンゲルトの前には、シグ、トート、マリナ、ヨーゼフと言うメンツが並んでいた。

 そして、シグは懐から一枚の紙切れを取り出す。

「いつも通り、物資をくれ」

「なんだ、またか。お前さんの戦車を強化するためのパーツならもうさんざん取り寄せただろ? これ以上何をするつもりだ」

「いいや、今回は改造じゃない。物資が欲しいんだ」

「物資?」

 その疑問には、トートが答えた。

「街を一つ救いたいの」

「そのために、うちとお嬢様の部隊に十日分の食料、燃料、武器と弾薬が欲しい」

「おいおい。まさか、お前達だけで敵と戦うつもりじゃないだろうな?」

 シグが頷くと、ブンゲルトは肩をすくめていた。

「一晩寝て良く考えなおせ。正規の指揮系統から外れたお前らで何が出来る?」

「もう敵は動きだしてるんだ。冷静になれる時間なんてない。それに、正規の指揮系統から外れた俺達だからこそ出来る作戦なんだ」

 そうシグに迫られて、止めても無駄だと分かったのか、ブンゲルトは顔をしかめていた。

「うーん。しかしな、十日分ともなると・・・・・・」

 そこへ、ばんっとシグは持っていた紙切れを執務机に叩きつける。

 ブンゲルトは老眼鏡をかけて、それに視線を落としていた。

「また宝くじか。こないだもパーツの代わりにもらったが、三等の五百万だったじゃねえか。俺の儲けは少なかったぞ?」

「あれは国内のくじだからそれが限界だったんだ。だが、これは永世中立国のファイス連邦が主催する宝くじだ。一等はキャリーオーバーしてて六億、三等でさえ十倍の五千万」

「ふむ。確かに、それなら当選が三等だとしても余裕で補給分は賄えるな。しかし、飽くまでも宝くじだ。必ず当たると決まっている訳じゃあない」

「今まで部隊内の賭けで、さんざん儲けさせただろ。俺の運の強さは良く知ってるはずだ」

「しかしな・・・・・・」

 宝くじを眺めたまま、ブンゲルトは唸る。

 確かに、これで十日分の補給を渡して、もし宝くじが外れれば、ブンゲルトは物資横流しをしたとして逮捕されてしまう。シグの強運を知っているとはいえ、あと一歩を踏み出せないのもうなずける。

しかし、これでは交渉が成立するまで時間がかかりそうだった。

「わかった。では、もし宝くじが外れたとしても、私がその代金を払うとしよう」

 すると、突然そんな事を言いだしたのは、マリナだった。

「お嬢様! お気は確かですかっ?」

 ヨーゼフは驚いた様に声を上げていたが、マリナはその声など無視して、腰のサーベルを外しブンゲルトへと差し出していた。

「約束の印にこの剣を渡す。ダメか?」

 すると、それを訝し気に見上げていたブンゲルトは、やれやれと肩をすくめていた。

「わかった。その条件なら、物資をくれてやろう。しかし、俺は武器は嫌いなんだ。剣なんか置いてかなくていい」

 そう言って、ブンゲルトは大切そうに宝くじだけ机の引き出しへとしまっていた。

「まったく、どうかしてるぞ。あんたも」

「ディートリッヒ君に、動きたいなら買えばいいと言われたからな。それに従ったまでだ」

 そう言って、マリナはサーベルを腰へと戻していた。

「そこまでして行くつもりなのか?」

「うむ。困った民がいるなら、それを助けるのが領主の役目だろう」

「まったくまるで領主さまみたいに、立派な心がけだな」

 そう言ってブンゲルトは棚から取り出した一冊の帳簿を渡していた。

「表に置いてある物資なら好きなだけもってけ。その代わり、全部帳簿に書いとけよ」


 表に出た所で、シグはマリナへと声をかけていた。

「すみません。なんか気を使わせてしまって」

 すると、マリナはキッとシグを睨みつけていた。

「何を言うか、本当はあれが狙いだったんだろう?」

「ええっ?」

 シグはいったい何を言われているか良くわからなかった。すると、マリナはやれやれと言った様子で愚痴り始める。

「あんな当たるかどうかわからない宝くじを渡して、本当に物資をもらえると思ってるのか? ああやって、結局私に払わせるつもりだったんだろう?」

「・・・・・・シグ、謝った方がいいよ」

 トートまで心配そうな声をかけてくる。

そう言えば、自分の強運体質をこの二人には話していなかった事を思い出した。

 実践してみせた方が早いかと、シグはコインを投げ、キャッチして左腕へと押し付ける。

「表か裏か?」

 二人は一瞬訳が分からず首を傾げたようだったが、すぐに応える。

「表だ」「裏だと思う」

「ああ、裏だ」

 トートの言葉にうなずいて、シグが手を開けると、コインはその通り裏だった。

「ふむ。イカサマか?」

 マリナは容赦なくそう言うが、シグは口を尖らせて言った。

「生まれつき強運体質なんですよ。だから、あの宝くじも少なくとも当たります」

「そんな馬鹿な! だとしたら、お前は当選確実のくじをあの男に渡したのかっ?」

「ええ。俺は出世はしたいですが、お金には興味ありませんから」

 シグがクールにそう言い放つと、マリナは頭を抱えて嘆きだす。

「じゃあ、私は何のために約束したんだっ! あの男が真剣に迷っていたのはお前の体質を知っていたからなんだな、もう! それじゃあ何も言わなくたって商談は成立していたじゃないかぁ!」

「いえ、けどマリナさんのおかげで時間をかけずにすみましたから」

「ええいっ! それでも私はする必要のない取引を引きうけてしまったんだ! そんな安易な慰めはいらんぞディートリッヒ」

「呼ぶ時は愛称のシグで結構です・・・・・・」

 しかし、すぐにマリナは頬を叩いてヨーゼフへと指示を出す。

「部隊から何人か連れて来い! すぐに物資を運びだすぞ!」

「かしこまりました」

 ヨーゼフは素早く身をひるがえして、部隊へと戻って行った。

 その間にも、マリナは集積所に並べられた物資を品定めして行く。

「うちの部隊は四十人程度だからな。ライフルや短機関銃はすでにあるから、突撃銃をあるだけもらって行く。それと重機関銃と対戦車ロケット弾を何丁か、あそこにある迫撃砲も全部貰って行こう」

「突撃銃二十丁に重機関銃が五丁、対戦車ロケット弾が二丁にあと迫撃砲二門、ってとこですかね。後の細かい物資は自分で記帳して下さい。俺だけじゃ把握しきれませんから。それで、うちの場合は燃料を・・・・・・」

 そう言って、シグは燃料の入ったドラム缶の集められた辺りに目をやる。

 すると、そこではトートがしゃがんで何やら眺めていた。

「何見てるんだ?」

 シグが近寄ると、トートの目の前、ドラム缶に立て掛ける様に置かれていたのは、オフロードバイクだった。

「きっと偵察部隊用の補給品だな」

「・・・・・・うん」

「欲しいのか?」

「えっ? いや・・・・・・。そう言う訳じゃ」

「いいよ。俺の戦車に積めば邪魔にもならないだろ。―――バイクが一両と」

 そう言って、シグは帳簿に書いていく。

 すると、慌てたようにトートが止めていた。

「べ、別にいいよ。ただ、乗ってみたいなって思っただけだから」

「それは欲しいってことと同じだって。どうせ俺のおごりだから遠慮しなくていいよ」

「けど・・・・・・」

 渋るトートの様子に、シグは帳簿を閉じてドラム缶の上に置くと、問答無用でバイクを引いていた。

「じゃ、燃料も戦車に積まないといけないから、一度戻りますか」


 バイクを引いたシグにトートがついていくと、そこは拠点の外れの森の傍だった。

 そこには大型テントが一つだけ張られていて、すぐ近くに戦車が止まっている。

 しかし、戦車の砲身は洗濯もののかかったロープの片側が結ばれており、車体の上にも装備どころか、蓄音機やラジオ、ゲームボード盤などが乱雑に置かれていた。

「これが、戦車・・・・・・?」

「いや、しばらく暇だったせいで・・・・・・。作戦までには片付けるから」

 苦笑いで誤魔化すシグは、引いて来たバイクを戦車の後ろへと、とりあえず載せる。

 すると、その物音に気がついたらしい操縦士が、操縦席のハッチからはい出てきていた。

「遅いですよ車長」

 彼は工具をもっており、恐らく戦車の整備でもしていたのだろう。

「いや、悪いなブラウナー。ちょっといろいろあって。しかし、次の参加する作戦が決まったぞ」

「まだ正式な所属も決まってないのに作戦が決まったんですか?」

「ああ、今回は彼女に協力して、正規の任務から外れて動くことにした」

 そう言って、シグは隣に立っていたトートを前に出す。

 すると、あからさまに怪訝そうにブラウナーは眉をひそめていた。

「正規の任務から外れてってどう言う事です? もしかして、勝手に動くつもりじゃ―――」

「その通りだ。しかし、安心しろ。すでに武器も弾薬も仲間も確保してある。司令からも一応許可済みだしな」

「じょ、冗談じゃありませんよ。正規の任務でもないのに死ぬのはまっぴらです!」

「なんだよ。いつもお前が戦場に出たいって言ってたんだろう?」

「それは正規の任務で戦場に出たいって意味ですよ。ただでさえ、車長のせいで戦場に出られなかったのに、出れると思ったら非正規でですか! 俺もとことんツイてませんよ!」

 そう言って、ブラウナーは頭を抱えていた。

 申し訳なさそうにトートが声をかけようとしていると、それを見かねたようにシグが苦笑していた。

「気にしなくていいよ。ブラウナーはいつもああなんだ」

「ええ。うちの部隊の兵がツイてないのは、いつも通りですから」

「ま、車長に運を吸い取られてっからな」

 その声に二人が振り返ってみれば、そこにはメガネをかけた兵士とオールバックの兵士が立っていた。シグは気がついた様にトートに紹介する。

「さっきうだうだ言ってたのが操縦手のブラウナーで、こっちのメガネが装填手のバルト、オールバックの方がフィリップだ」

「情報部のトートです。よろしく」

 そう言ってトートが頭を下げると、二人は顔を見合わせていた。

「しかし、車長が女性を連れてくるとは珍しいですねぇ」

「そうだな。しかもわざわざ協力するってことは、惚れでもしたんかな」

「違うわっ!」

 それには、思わずシグが声を張り上げていた。

「俺はそう言う下心で協力したんじゃない! 暇なら有意義に過ごせって司令の言葉に従ったまでだ!」

「だいぶムキになっている所が怪しいですねぇ?」

「そう言ってる割りには、ずいぶんと可愛い子だしな」

「だあもう! うるさいなお前らは! さっさと出撃準備しろ! そしたら物資持ち行くぞ!」

「「へーい」」

そう言って二人が戦車の周りを片付け始めると、やれやれとシグはトートへと視線を向けていた。すると、トートは少し楽しそうに微笑んでいた。

「良い仲間だね」

「ああ。・・・・・・みんな俺と同じようにうちの大隊の生き残りなんだ」

 そう言って、シグは戦車に向き直る。

「うちの大隊はこのヴォルフって戦車で編成された部隊だったんだ。けど、ヴォルフの主砲は今や帝国軍に〈ドアノッカー〉って馬鹿にされるぐらい貫通力の低い大砲でさ。帝国軍の戦車相手に叩きのめされちまったんだ」

「それで、全滅?」

「そう。それで唯一、穴にはまって身動きが取れなかったうちの戦車だけが、生き残っちまった・・・・・・」

 落ち込んだ様子のシグだったが、改めてトートに胸を張り直す。

「だが、うちのヴォルフは俺達が第一線で使えるように改造してあるんだ。主砲は同じ口径だが、長砲身の貫通力が高いものに交換してある。砲塔の防盾も上から分厚い鉄板を張って、百ミリ以上の厚さにしてある。これなら、帝国軍の重戦車にも負けないはずだ」

 そう言うと、シグはトートへと向き直る。

「こんな部隊だけど、君の役に立ちたいんだ」

「うん。シグたちなら心強いよ」

 そう言って、トートも笑ってくれていた。


 翌日。物資の補給と準備を終えた第二百三十七歩兵小隊―――マリナ小隊と、第十二戦車大隊の生き残り―――シグ戦車隊のメンツは、拠点のはずれへと集合していた。

「歩兵と戦車じゃ進行速度が違う。ここは分散進撃と行こう」

「そうですね。合流地点はこの手前にある村が良いでしょう」

 マリナとシグが地図を挟んで話し合う中、トートはそれを覗きこんで首をかしげていた。

「分散進撃?」

「ああ、情報部だからトートは知らないのか。分散進撃って言うのは、目的地は同じだけど、別れて行軍する事を言うんだ。今回は足の速さが違うからこうするしかないって言うのもあるけど、こうすることで、通り道や途中の補給拠点が混雑しないんだ」

 ほう、とトートはそれを聞いて感心してる様だった。

「私達は前線までは列車に乗っていく。それから歩いて真っ直ぐ村へ向かう。早くても三日はかかるな」

「俺達は大きく前戦を迂回して森を突っ切ります。たぶん到着する日は同じだと思います」

「よし、それではまたその村で合流するとしよう」

 そう言って納得した様子のマリナだったが、少し感慨深げに呟く。

「しかし、〈死神〉と言われる君とまさか同じ作戦に参加する事になるとはな。いよいよ私達も年貢の納め時かもしれん」

「あはは・・・・・・、そんなの飽くまでも噂ですって」

「そう思っている。しかし警戒するに越した事はないからな」

 そう言ってマリナが敬礼すると、シグもそれに応える様にして敬礼していた。

 そして、マリナの指示で整列していた歩兵部隊が一斉に移動を始める。

 残されたシグは、戦車の上へと上がっていた。

「よし、俺達も行こうトート」

 そして、シグが上から手を伸ばすと、トートは手を伸ばして、それを握り返していた。

 戦車のエンジンは気持ち良く唸り声を上げる。

 トートを乗せたシグの戦車―――ヴォルフは、西へと向け走り出していた。

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